名探偵の世界のバグ(エラー)は俺らしい 作:heatmajin
あの日、神代玲という謎の男が去ってから、一週間が過ぎた。
佐藤美和子の心は、奇妙な静けさと、時折襲ってくる激しい動揺の間を、振り子のように揺れ動いていた。鈴木家の応接室で交わした、あの会話。夕暮れの光の中で告げられた、あの言葉。
デスクに山と積まれた書類を処理し、高木くんの他愛ない冗談に笑い、いつもと同じ日常をこなす。しかし、ふとした瞬間に、あの男の言葉が、呪いのように脳裏をよぎるのだ。
――もし、君が心の底から『助け』を必要とする時が来たら、心の中で僕の名前を呼ぶといい。
「…馬鹿げてる」
彼女は誰に言うでもなく呟き、頭を振って雑念を振り払おうとする。だが一度心に刻まれた「謎」は、消えるどころか日増しにその存在感を大きくしていくようだった。あの男は一体何者だったのか。あの異常なまでの観察眼は、全てを見透かすような瞳は、そしてあのありえないほどの自信は、どこから来るのか。
そんな彼女の葛藤を知ってか知らずか、都内では新たな脅威が、静かに、しかし確実にその牙を剥き始めていた。
「また被害者が出たぞ!」
捜査一課に、目暮警部の怒声が響き渡る。ホワイトボードに貼られた、新たな被害者の写真。これで、今月に入って三人目。いずれも、夜間に交番勤務やパトロール中を狙われた、制服警官だった。
「手口はこれまでと同じ。背後からスタンガンで昏倒させ、拳銃と手帳を奪っていく。今回は被害者が抵抗したため、腕に深い刺し傷を負わされている」
高木が、重苦しい声で報告する。犯人は警察の行動パターンを熟知しているかのように、常に捜査の網を潜り抜けていく。警官だけを狙った、明らかな警察への挑戦。にもかかわらず、犯人に繋がる手掛かりは、何一つ掴めていなかった。
「ちくしょう…!完全に、我々をコケにしやがって…!」
悔しそうに机を叩く目暮警部。重苦しい空気が、捜査一課を支配する。
佐藤は、その不穏な空気の中で、一人、別の戦慄を覚えていた。
理解不能な、巧妙な手口の犯人。行き詰まる捜査。そして、じわじわと追い詰められていく、警察組織。
この状況は、なんだ?
まるで、あの男…神代玲が、彼女に「助け」を求めさせるための完璧な「舞台」が、着々と用意されているかのようだ。
「まさか…そんなはず、ないわよね…」
彼女は、自分の突拍子もない考えに、自嘲の笑みを浮かべる。しかし、心の奥底で、無視できないほど大きく育った「期待」と「恐怖」が、彼女に囁きかけていた。
――ほら、もうすぐだ。お前が、私の名を呼ぶ時が。
佐藤美和子はまだ知らない。
この事件が、彼女の誇りも正義も、そして愛する人との絆さえも全てを破壊する、悪夢の序曲に過ぎないということを。
*
連続警官襲撃事件の捜査は、完全に暗礁に乗り上げていた。犯人はまるで幽霊のように、何の痕跡も残さない。警視庁全体が、見えない敵への恐怖と、成果を出せない焦燥感に包まれていた。
そんなある日、佐藤は非番だった。高木とのデートの約束があったが、彼は案の定、緊急の捜査会議で呼び出され、ドタキャンになった。
「…やっぱり、こうなるわよね」
ため息をつきながら、佐藤は一人、気分転換にでもなればと、巨大なショッピングモールを訪れていた。色とりどりのショーウィンドウを眺めても、心は晴れない。頭の中は事件のことばかりだ。
その時だった。
「おや、奇遇だな。佐藤刑事じゃないか」
聞き覚えのある、落ち着いた声。ハッと顔を上げると、そこにいたのは、いるはずのない男――神代玲だった。彼は高級ブランドの紙袋を一つだけ手に持ち、優雅に微笑んでいる。
「神代さん…! どうしてここに…」
「園子さんに頼まれてね。少し早い誕生日プレゼントを選んでいたんだ。君こそ、非番かい? だとしたら、僕が邪魔をしてしまったかな、君の恋人との時間を」
彼の口から「恋人」という言葉が出て、佐藤はわずかに狼狽する。高木との関係を、彼はどこまで知っているのか。
「いえ、彼は仕事で…」
「そうか。大変だな、刑事の恋人を持つというのも」
当たり障りのない会話。だがその一言一言に、全てを見透かされているような居心地の悪さを感じる。佐藤が何かを言い返そうとした、その瞬間だった。
「んだとゴラァ!」
「やんのかテメェ!」
すぐ近くの広場で、チンピラ風の男たちが突然、怒声と共に掴み合いを始めた。明らかにカタギではない。周囲の客たちが、悲鳴を上げて逃げ惑う。
(もちろん、俺が精神干渉で、彼らの粗暴な感情をほんの少しだけ増幅させてやっただけのことだが)
佐藤は、瞬時に刑事の顔に戻った。
「やめなさい! 警察よ!」
彼女が止めに入ろうと、一歩踏み出した、その時。
掴み合っていた男の一人が、逆上してポケットからナイフを取り出した。そして一番近くにいた佐藤へと、その凶刃を振りかざす。
「危ない!」
神代の声と、佐藤が身構えるのは、ほぼ同時だった。だが、彼女が合気道の型でナイフを捌くよりも、コンマ数秒早く。
信じられない光景が、目の前で起きた。
神代が、彼女の前に立ちはだかる。彼は何もしていない。ただそこに立っているだけ。なのに、ナイフを振りかぶったチンピラの腕が、まるで分厚いガラスにでも激突したかのように、ありえない角度にぐにゃりと曲がり、弾き飛ばされたのだ。
ゴッ、という鈍い音と、男の絶叫が響き渡る。
「ぐあああああっ! 腕が、俺の腕がぁっ!」
チンピラは、あらぬ方向に曲がった自分の腕を見て、その場で失神した。もう一人の男は、目の前の超常現象に完全に戦意を喪失し、その場にへたり込んでいる。
佐藤は言葉を失っていた。
今のは、何?
彼はただ、私の前に立っただけ。それなのに、なぜ…?
呆然とする彼女の肩を、神代は優しく抱いた。
「言っただろう? 僕が君を守る、と」
彼の声は悪魔の囁きのように甘く、そして抗いがたく彼女の耳に響いた。彼女の常識が今また一つ、音を立てて崩れ落ちていった。
ショッピングモールでの一件は、警備員が駆けつけ、失神したチンピラが確保されることで、一応の決着を見た。事情聴取で、佐藤は「男が足を滑らせて、不自然な体勢で転倒し、腕を骨折した」と証言した。目の前で起きた、物理法則を無視した現象。それを、彼女は誰にも説明することができなかった。
そして、説明できないからこそ、神代玲という男の存在が、より一層現実離れした重みをもって彼女の心にのしかかってくる。
彼は本当に、人知を超えた力で自分を守ってくれる存在なのかもしれない…。
その考えが、甘い毒のように心を蝕み始めた矢先だった。
事態は、最悪の方向へと転がり落ちる。
警視庁捜査一課に、一本の電話が入った。連続警官襲撃犯を名乗る、ボイスチェンジャーで変えられた不気味な声。
『ゲームは次のステージに進む。これまでは、ただの駒だった。だが、次はクイーンを獲る』
そして、犯人は明確に告げた。
『警視庁のアイドル、捜査一課のS・M。彼女の命、貰い受ける。お前たち無能な警察に、彼女を守れるかな?』
捜査一課が、凍りついた。
佐藤美和子が、明確なターゲットとして名指しされたのだ。
「ふざけるな!」
高木が、誰よりも先に激昂した。
「佐藤さんは、俺たちが絶対に守る!」
その日から、佐藤は完全に「籠の鳥」となった。どこへ行くにも屈強な刑事たちが付き従い、自宅のマンションは厳重な警備下に置かれ、セーフハウスへの移動も検討された。高木は、心配のあまり、彼女の行動の一つ一つを管理しようとした。
「佐藤さん、一人でトイレにも行かないでください」
「夜道は危険だから、今日はここに泊まってください」
それは、彼女を「守る」という行為の皮を被った、息苦しい「束縛」でしかなかった。仲間たちの優しさが、逆に彼女のプライドを、刑事としての自尊心を、じわじわと削っていく。
犯人の影に怯え、仲間たちの過保護に疲弊し、彼女の精神がすり減っていく。
そんな、ある夜だった。
厳重に警備されたセーフハウスの一室で、一人、眠れずにいた彼女のスマホが、静かに震えた。ディスプレイには「非通知設定」の文字。
警戒しながらも、彼女は通話ボタンを押す。
「…もしもし」
聞こえてきたのは、あの、忘れるはずもない声だった。
「やあ、美和子。眠れない夜を過ごしているようだね」
「神代さん…!? なぜ、この電話番号を…!」
「僕には分かるんだ。君のことも、君の周りで起きていることも、全てね」
彼の声は、どこまでも落ち着いていた。
「警察の警護など、無意味だよ。犯人は、君たちの想像を遥かに超える方法で、君を狙ってくる。高木くんでは、残念ながら、君を守りきれない」
「ふざけないで! 彼は、仲間は、私を命がけで守ってくれてる!」
彼女は、声を荒らげて反発する。しかし、神代は静かに、そして残酷に、事実を告げた。
「そうかな? なら、今すぐ、その部屋の窓から下を見てごらん。君を守っているはずの彼の『無力』が、よく見えるはずだよ」
佐藤は、彼の言葉に導かれるように、恐る恐る窓に近づき、ブラインドの隙間から、階下を見下ろした。
そこには、セーフハウスの周辺を、真剣な表情で警備している高木の姿があった。
その瞬間だった。
一台の黒いバイクが、ヘッドライトを消したまま、エンジン音もなく、猛スピードで高木に突っ込んできた。電動バイクだ。あまりにも静かで、あまりにも速い奇襲。
「高木くん!」
佐藤が叫ぶより早く、高木はバイクの存在に気づき、なんとか身をかわす。だが、それは巧妙な陽動だった。
彼が体勢を立て直した、その隙を突き、建物の死角から、もう一人の黒ずくめの男が、音もなく彼の背後に忍び寄っていた。
「高木くん、後ろ!!」
佐藤は、窓を叩いて絶叫する。
だが、その声は、分厚い防弾ガラスに阻まれて、決して彼には届かない。
彼女は、ただ、目の前で繰り広げられる、絶望的な光景を、見ていることしかできなかった。
高木の背後に忍び寄った犯人は、躊躇なくその手に持っていたスタンガンを彼の首筋に押し当てた。
「ぐっ…!」
短い悲鳴と共に、高木の身体から力が抜ける。彼は糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。
「高木くん…!」
佐藤は、窓ガラスを叩き割らんばかりに拳を打ち付ける。だが、無情にも、その音は部屋の中に虚しく響くだけ。
犯人たちは、気絶した高木を物のように扱い、その身体を無様に引きずっていく。そして、セーフハウスの真下、佐藤が絶望の表情で見下ろしている、その目の前で。
彼らは、高木の身体に、無慈悲にも時限爆弾を巻き付け始めた。赤いデジタル表示が、冷酷に時を刻み始める。残り時間は、わずか3分。
「そんな…嘘でしょ…」
佐藤は、その場にへたり込みそうになる足を、必死で奮い立たせる。仲間を呼ばなければ。警報を鳴らさなければ。しかし、犯人の一人が、まるで彼女の心を読むかのように、セーフハウスを見上げ、不気味に笑いながら一枚のフリップボードを掲げた。
そこには、黒いマジックで、こう書かれていた。
『警察に知らせれば、即爆破する。助けたければ、お前が一人で降りてこい』
絶望的な二択。仲間を呼べば、高木は死ぬ。自分が行けば、殺される。どちらを選んでも、待っているのは地獄だった。
警察の厳重な警護は、完全に破られた。高木は、自分を守るどころか、無力な人質になってしまった。
「う…あ…ああ…」
パニックと絶望で、涙が視界を歪ませる。刑事としての誇りも、仲間との絆も、今この瞬間、何の役にも立たない。無力感に押し潰されそうになった、その時。
彼女の脳裏に、あの男の声が、雷鳴のように響き渡った。
――もし、君が心の底から『助け』を必要とする時が来たら、心の中で僕の名前を呼ぶといい。
馬鹿げている。ありえない。オカルトだわ。
しかし、もう、他に縋るものが、何もなかった。
佐藤は、震える手で、まだ通話が切れていなかったスマホを耳に押し当てた。
「…たす…けて…」
声にならない、悲鳴のような声だった。
電話の向こうで、神代は、全てを予期していたかのように、静かに、そして穏やかに、こう言った。
「ああ、いいだろう。――ちゃんと、聞こえたよ」
その言葉が、彼女の耳に届いた、直後だった。
佐藤の目の前で、信じられない光景が、まるで奇跡のように、あるいは悪夢のように、繰り広げられた。
高木の身体に巻き付けられていた爆弾が、見えない力によって、まるで精密機械を分解するかのように、カシャ、カシャ、と音を立ててバラバラになっていく。起爆装置が外れ、信管が抜かれ、爆薬が分離し、全てのパーツが空中に浮かび上がると、そのまま砂のように崩れ落ちて消えた。
そして、気絶している高木の身体が、ふわりと宙に浮き、まるで優しい手に抱えられるように、物陰の安全な場所へと静かに運ばれていく。
全てが、わずか数十秒の出来事だった。
佐藤は、その場にへたり込んだ。腰が抜けて、もう立てなかった。
警察も、仲間も、恋人も、誰も救えなかったこの絶望的な状況を、あの男は、電話一本で、姿を見せることなく、いとも容易く、そして完璧に、解決してしまったのだ。
もう、彼女の心は、完全に砕け散っていた。正義も、常識も、これまでの人生で信じてきた全てのものが、ガラガラと音を立てて崩壊していく。
*
その夜。彼女は、まるで夢遊病者のように、セーフハウスを抜け出した。同僚たちの制止の声を、振り切って。
自らの足で、神代に電話で指定された、都心の高級ホテルのスイートルームへと向かっていた。
部屋のドアを開けると、神代がワイングラスを片手に待っていた。
「よく来たね、美和子。正しい選択だ」
彼は、彼女をソファに座らせた。佐藤は、まだ目の前で起きた出来事が信じられず、ただ呆然と、虚空を見つめている。神代は、呆然とする彼女の隣に静かに腰を下ろすと、彼女の冷え切った手を、自分の温かい両手で包み込んだ。
「怖かっただろう」
その優しい声と、手のひらから伝わる温もり。そして、その瞬間に、神代はごく微弱な精神感応を発動させる。彼女の脳内に渦巻くパニックや恐怖といった感情の濁流を、強制的に鎮静化させていく。まるで、荒れ狂う海に、一滴の凪を落とすかのように。
佐藤は、ハッとする。さっきまで心臓を鷲掴みにされていたような恐怖が、すっと、霧が晴れるように和らいでいく。この、ありえないほどの安心感は、何…?
彼女は、少しだけ冷静さを取り戻し、かろうじて言葉を絞り出した。
「私は…どうすればよかったの…? 警察官として、私は…」
彼女は、自分の無力さと、刑事としての判断が正しかったのかを、目の前の超越的な存在に問うてしまう。
神代は、彼女の問いには答えず、ただその手を優しく握り返す。
「君は、今日、嫌というほど思い知ったはずだ。正義も、警察組織も…いざという時、どれだけ無力かということを」
彼は、さらに精神感応の力を強める。彼女の心の奥底にある、刑事としての倫理観、高木への貞節観といった、社会的な「箍(たが)」を、内側からゆっくりと緩めていく。
「でも、僕は違う。僕は、君が望むなら、全てを与えられる。絶対的な安心と、誰にも脅かされない力をね」
彼の言葉が、まるで神の啓示のように、何の抵抗もなく、彼女の心に染み込んでいく。おかしい。こんな言葉に、普段の自分なら反発するはずなのに。なぜか、今は、その言葉が心地よくさえ感じてしまう。
神代は、完全に彼のペースに引き込まれた彼女の涙を、親指でそっと拭う。
「君は強い女だ。だが、その強さは、あまりにも脆い。君はもっと、守られるべきなんだよ。絶対的な力を持つ、一人の男にな」
彼は、佐藤の耳元に顔を寄せ、囁く。その吐息と共に、さらに強力な精神干渉が、彼女の理性を麻痺させていく。もう、高木くんのことなんて、どうでもいいじゃないか。目の前の男に、身を委ねてしまえば、楽になれるじゃないか、と。
「私を…どうするつもり…?」
「どうもしないさ。君が、君自身の意思で、僕を求めるようにしてあげるだけだ」
彼の指が、彼女の頬から首筋へと滑る。その支配的な愛撫に、倫理観を緩められた彼女の身体は、抗うどころか、甘い痺れを覚えていた。
神代は、彼女の唇に、自分のそれを重ねた。
それは、慰めるような、しかし全てを奪い去るような、深くて長いキスだった。彼女の脳は、彼の超能力と、生々しいキスの感触で、快楽の渦に飲み込まれていく。抵抗するという思考そのものが、もう存在しなかった。
長いキスの後、彼女は息も絶え絶えに、潤んだ瞳で彼を見つめる。瞳の奥の、理性の光は、もうほとんど消えかかっていた。
「君のその、強がりな鎧は、もう必要ないだろう?」
彼は、彼女が着ていたブラウスの、一番上のボタンに指をかけた。
「さあ、美和子。君の意思で、僕を受け入れてみせろ」
彼は、ボタンを外さない。ただ、指を添えているだけ。
しかし、その指先から伝わる微弱なサイコキネシスが、彼女の手を、まるで操り人形のように、ブラウスのボタンへと導いていく。
佐藤は、自分の手が、まるで自分のものではないかのように、ゆっくりと、しかし確実に、ボタンを外していくのを、ただぼんやりと見つめていた。
それは、彼女の意思か、彼の意思か。
その境界線すらも曖昧になったまま、彼女は、自らの手で、最後のプライドを脱ぎ捨てていくのだった。
彼女自身の、しかし彼の意思に導かれた指が、一つ、また一つと、ブラウスのボタンを外していく。白い肌が、ホテルの間接照明に照らされて、艶かしく浮かび上がる。佐藤は、まるで自分ではない誰かの行為を眺めているかのように、その光景をぼんやりと見つめていた。
ブラウスが両肩から滑り落ち、下に着ていたシンプルな黒いキャミソールが露わになる。その薄い布の上からでも、緊張と興奮で硬くなった、彼女の乳首の輪郭がはっきりと見て取れた。
「…美しい」
神代は、吐息混じりにそう言うと、そのキャミソールの肩紐に指をかけ、ゆっくりと引き下ろした。布が肌を滑り落ちていく感触が、理性を麻痺させられた彼女の身体に、奇妙なほど鮮明な快感をもたらす。
やがて、彼女の上半身は、レースも飾りもない、機能的なブラジャー一枚だけになった。刑事という職業柄、普段は決して人目に晒すことのない、無防備な姿。それが今、この男の前に、完全に晒されている。
神代は、その中央の谷間に指を滑らせると、フロントホックに躊躇なく手をかけた。カチリ、と小さな音を立てて、最後の砦が解き放たれる。
重力に従い、豊満な二つの乳房が、わななくように躍り出た。その先端は、すでに硬く尖り、彼の愛撫を待ちわびるかのように、上を向いている。
「んっ…」
乳房が空気に触れた瞬間、佐藤の口から、か細い声が漏れた。神代は、その反応を楽しむかのように、まずは片方の乳房を、手のひらで、まるで熟れた果実を確かめるように、優しく包み込んだ。そして、もう片方の先端を、親指と人差し指でつまみ、ゆっくりと、しかし執拗に、転がし始めた。
「あ…!ぁ、んんっ…!」
直接的な刺激に、彼女の身体が大きく弓なりになる。快感が、背骨を駆け上がっていく。頭では、ダメだ、と警報が鳴っているはずなのに、彼の精神干渉によって、その警報は、心地よいチャイムのようにしか聞こえない。
「声を出していいんだよ、美和子。君の可愛い声、もっと聞かせてくれ」
彼は、彼女の耳たぶを甘く噛みながら、今度はその口を、硬くなった乳首へと直接持っていく。温かく、湿った舌が、敏感な先端を舐め上げた。
「ひゃうっ…!♡ だ、だめ…そこは、だめぇ…!」
彼女の悲鳴にも似た喘ぎは、彼にとって最高の賛辞だった。神代は、片方の乳首を舌で弄びながら、もう片方の手で、彼女のスカートの中へと侵入していく。
タイトスカートの生地をたくし上げ、ストッキングに包まれた、しなやかな太腿をゆっくりと撫で上げる。その指が、目的地である湿った秘境へと近づくにつれて、佐藤の呼吸はどんどん荒くなっていく。
「や…やめて…っ」
かろうじて絞り出した抵抗の言葉も、彼の前では無意味だ。指先は、ストッキングと下着の薄い布の上から、すでに熱を帯びて湿り始めている彼女の秘裂を、的確に探し当てた。
「嘘つきだな。こんなに濡れているじゃないか」
彼は、その中心にある硬い蕾を、布越しに、ぐりぐりと円を描くように圧迫する。
「あぎゃっ!♡♡ んんっ、ぁ、ああああッ!」
未だかつて経験したことのない、直接的で、しかし焦らすような快感に、佐藤の思考は完全にショートした。彼女はたまらず腰を浮かせ、その指に自らすり寄るように身体をくねらせる。
「もっと、欲しいんだろう?」
神代は、その姿を満足げに見下ろすと、ついに邪魔な布を引き裂かんばかりに指をねじ込み、生温かい粘液で濡れた彼女の花弁に、直接触れた。
「んくぅっ…!♡♡」
生身の指が、敏感な粘膜を直接撫で回す。中で蠢く指は、彼女が一番感じやすい場所を、執拗なまでに刺激し続けた。もう、彼女の口から出るのは、意味をなさない、甘く高い嬌声だけ。何度も何度も、指だけで絶頂の淵へと追いやられ、その度に、彼女の身体はビクンビクンと大きく痙攣した。
完全に彼女の理性を破壊し、快楽だけの獣に変えたことを確認すると、神代は、ついに自らの硬く猛るペニスを解放した。それを目の当たりにした佐藤の瞳には、恐怖ではなく、純粋な好奇心と、メスとしての渇望が浮かんでいた。
「美和子。本当の『救済』を、君の身体に教えてやろう」
彼は、彼女の腰を掴むと、自身の先端を、蜜で溢れる入り口に押し当てる。そして、一気に、根元までその身を沈めた。
「んんんーーーっ!!♡♡」
彼女の身体が、これまでにないほどの大きさで跳ね上がる。内側から、物理的にこじ開けられ、満たされていく、圧倒的な感覚。痛みはなかった。彼の超能力が、彼女の身体を最適化し、痛みを感じさせないように調整していたからだ。あるのは、ただ純粋な快感と、支配される悦びだけ。
神代は、彼女の奥深くに楔を打ち込んだまま、しばらくその感触を味わう。そして、ゆっくりと、しかし確実に、腰を動かし始めた。
「あっ、あっ、ああっ!♡ そこ、は…! すご、い…!♡」
一突きごとに、彼女の最も感じやすい場所が、的確に抉られていく。高木とのセックスでは、決して味わうことのできなかった、次元の違う快楽。彼女は、もはや自分が誰で、ここがどこなのかも分からなくなっていた。ただ、この男が与えてくれる、無限の快楽の波に、身を委ねていたい。
「名前を、呼んでみろ」
「か、みしろ…さ…ん…♡ あ、ううん…れい、さま…!♡」
彼女は、無意識のうちに、彼を「様」付けで呼んでいた。神に、主人に、祈りを捧げるように。
「いい子だ、美和子」
その言葉を合図に、神代の動きが、一気に激しさを増す。
「あがががッ!♡♡ だめ、だめだめ! こわれちゃう、あたし、こわれちゃうからぁッ!!」
彼女の絶叫をBGMに、部屋中に、肌と肌がぶつかる下品な音が響き渡る。どれくらいの時間が経ったのか。彼女が何度、絶頂を迎えたのか。もう、誰にも分からなかった。
そして、ついに神代自身も限界を迎える。彼は、一際大きく、深く、彼女の身体の最奥に、その身を突き入れた。
「さあ、受け取れ。これが、君を救った、僕の力だ」
熱い奔流が、彼女の子宮の奥深くに、何度も、何度も、注ぎ込まれていく。
「んんんーーーーーっ!♡♡♡♡」
佐藤美和子は、白目を剥き、全身を硬直させながら、人生で最大の絶頂を迎えた。
その意識が、完全に闇へと落ちる寸前。彼女の耳に、満足げな悪魔の声が、聞こえた気がした。
「ようこそ、美和子。僕のハーレムへ」
*
意識が、ゆっくりと浮上する。
佐藤美和子が目を開けると、そこに広がっていたのは、見慣れないホテルの天井だった。シーツの感触、身体に残る気だるさと、奥深くで疼く熱っぽさ。昨夜の出来事が、夢ではなかったことを、彼女の全身が物語っていた。
隣には、もう神代玲の姿はない。
ただ、サイドテーブルに、折りたたまれた一枚のメモと、小さなベルベットの箱が置かれていた。
彼女は、おそるおそる、そのメモを手に取る。そこには、彼のものと思われる、流麗な筆跡でこう書かれていた。
『よく眠れたかな、僕の美和子。昨夜の君は、今まで僕が抱いたどの女よりも美しかったよ。例の事件の犯人は、僕の『友人』たちが処理しておいた。警視庁には、犯人同士の仲間割れの末の事故として報告が上がるだろう。君は、何も心配する必要はない』
犯人は、処理された…?
その言葉に、彼女は安堵よりも先に、彼の持つ、底知れない闇の力に、改めて身震いした。
『これは、僕からのプレゼントだ。君の首には、これがよく似合う』
彼女は、導かれるように、ベルベットの箱を開けた。
中に入っていたのは、細く、しかし決して切れることのない白金の鎖で作られた、シンプルなチョーカーだった。その中央には、小さな黒い宝石が嵌め込まれている。
それは、まるで、美しい飼い犬につけるための、「首輪」のようだった。
彼女は、しばらく、そのチョーカーをただ見つめていた。
これを着けることは、彼への完全な服従を意味する。もう二度と、元の自分には戻れないという、決別の儀式。
高木の顔が、一瞬だけ脳裏をよぎる。しかし、すぐに、昨夜、神代に与えられた、脳が焼き切れるほどの快感が、その罪悪感を上書きしていく。
もう、戻れない。
いや、戻りたくない。
あの絶対的な安心感と、全てを委ねる悦びを知ってしまった今、高木の隣で、正義の刑事ごっこを続けることなど、退屈でしかない。
彼女は、静かに立ち上がると、鏡の前に立った。
そして、自らの手で、その冷たい金属の輪を、自分の首に巻き付けた。カチリ、と留め金が閉まる音が、静かな部屋に響く。
鏡に映る自分は、どこか知らない女のようだった。
しかし、その瞳の奥には、これまでにない、仄暗い満足感と、倒錯した喜びの色が浮かんでいた。
「…悪くないわね」
彼女は、初めて、自分自身のために、微笑んだ。
*
その頃、帝丹高校では、蘭がスマホのニュース記事を見て、小さく息をのんでいた。
「連続警官襲撃事件、解決したんだ…犯人グループが、事故で…」
「へー、物騒な事件だったもんねー。よかったじゃん!」
隣で、園子が気のない返事をする。彼女の興味は、今、神代から届いた「今夜、会えるかい?」というメッセージにしか向いていなかった。
蘭は、事件解決のニュースに安堵しながらも、なぜか、胸の奥がざわつくのを感じていた。
あの事件をきっかけに、塞ぎ込んでいた佐藤刑事が、最近、何か吹っ切れたように、綺麗になった気がする。
そして、あの不思議な人、神代さんは、今どこで何をしているのだろう…?
彼女の知らないところで、巨大な歯車がまた一つ、静かに回り始めていた。
次のターゲットは、もうすぐそこにいる。