残骸置場 作:逃走‼蜚蠊男
クロスオーバーと言うか元ネタと言うか……
セーラー服反逆同盟が原作
セーラー服拳客同盟 残骸
この私立高等学校が、エリート校と呼ばれていたのは、ほんの十年ほど前の事である。
嘗ては有名大学への進学率が高い進学校で、非常に優れた、過大規模校であったのだ。
だが、今では、日本各地の札付きのワルが集う、一端の不良校であった。
──底辺校である。
入学する生徒は、小学生時代は補導され、中学時代には、初等少年院に世話になった者ばかりなのだ。
不良生徒が校門を潜り抜けていく。
彼らの見た目は、まるで昭和の時代から抜け出て来たような『不良』だった。
髪型等が、印象的なのである。
リーゼントを筆頭に、反り込み、パンチマーマがゴロゴロいるのだ。
不良と言うよりも『ツッパリ』と呼びたくなるような生徒達である。
西暦2011年現在、平成の世ではそうは居ないだろう、不良生徒だった。
異様な校門である。
鉄条網が、校門の上部に備え付けられているが、尖った部分が校内へ向いているのである。
それは、校内へ侵入する不振人物に向けられた鉄条網ではないのだ。
校内の生徒に向けられているのである。
底辺高校では、よく見られる、対生徒用の鉄条網であった。
不良生徒が、学校からの逃亡を企て、抜け出さない様にするため、考えられた鉄条網なのだ。
登校する生徒達を睨み付けている教師がいる。
ジャージ姿である。
一見、ヤクザか何かかと見紛う教師であった。
背中や上腕に彫り物でも入っていそうだ。
それも、その筈だった。
彼の遠縁に、1980年代の神室町で、東城会直系堂島組若頭補佐、堂島組内泰平一家組長を勤めた阿波野大樹がいるのである。
この教師、その阿波野と遠縁なのだが、同一人物かと思う程よく似ていた。
血筋とは、とかく奇妙で、面白い物であった。
右手に木刀。
それを、生徒に向けたり、肩に担いだりを繰り返している。
そして、木刀を向けては怒鳴っているのだ。
教師とは思えぬ太い声と巻き舌は、まさにやくざそのものだった。
ツッパリ達とて、このやくざ教師の前では大人しくなるだろう。
しかも、その木刀は、素振りに使う一般よりも重い木刀であった。
強靭で、堅い、赤樫製だ。
3.8尺の素振り木刀であった。
こんなもので殴られたら、骨折は免れないだろう。
「おい、こら、走れ!遅刻するぞ、ごらぁっ」
その時だ。
やくざ教師『佐伯一八』が、突然怒鳴ったのだ。
名字は阿波野では無かった。
遠縁であるのは、間違い無さそうだ。
現在の時刻は、七時五十分。
始業時間前に登校しなくてはならず、門が閉ざされるのは、八時三十分だ。
一限目の開始は八時四十五分である。
当然、校門もまだ開いており、閉ざされる様子はまだ無い。
にも拘わらず、佐伯はそう怒鳴ったのである。
明らかな嫌がらせであった。
木刀を振り上げ、その生徒へと先端を向けた。
見るからに、不良では無かった。
弱々しい。
──走れるのか!?
誰もがそう思ってしまいそうな生徒だった。
何故、この様な不良校に入学したのであろうか。
そんな生徒であった。
一年生だ。
彼は、やくざ教師の怒鳴り声に、すっかり萎縮し、何とか脚を動かし、走り出した。
門まで遠い。
少なくとも、彼にとって、その距離は、長距離走の様相を呈している程であった。
普通の者なら短距離走の距離である。
50m走、16.54秒。
中学三年生の頃に測った、彼の記録だ。
女子より遅い。
どころの騒ぎではない遅さだ。
真面目に走ってこれである。
間違い無く、小学一年生よりも遅い。
天﨑
だが、まともな生徒でも無かったのである。
不登校、引きこもり歴、実に八年。
根っからの引きこもりなのだ。
佐伯が待つ門前まで、本気で走ったにも拘わらず、たっぷり、二十秒もかかってしまった。
ものの数秒で、佐伯の顔は怒りによって、みるみる内に赤く染まっていた。
息が上がり、今にも倒れそうな様子であった。
「天﨑ぃ!こん野郎、嘗めとんかワレぇ!ぶち殺すぞ、コラァっ」
木刀の先端を天﨑へ突き付けた。
天﨑の顔が強張っていた。
かひゅっと、恐怖で呼気だけを洩らしていた。
金属が擦れる様な高い呼気である。
凡そ6.5kgの木刀だ。
例えば、剣道で素振りに使う様な、一般的な木刀の重量を遥かに凌いでいる。
その重さなら、素振り用木刀と呼ぶより、プロレスラーなどが筋力トレーニングに使うコシティ並みの重さである。
素振り用の木刀であっても、木の密度にもよるが、それでも、3.1kgは滅多に上回らない。
何故、ここまで重いのか、理由がある。
しかし、それを知る生徒は居ない。
──仕込み木刀
分かりやすく言えば、仕込み杖の木刀版である。
木刀の刀身に、金属の芯が仕込まれているのだ。
そして、その芯とは刃である。
「やめろよ」
「可哀想じゃねぇか」
周囲の不良生徒から庇うような言葉が投げ掛けられていた。
男子生徒女子生徒問わず、口々に、その様な言葉を、佐伯にぶつけているのである。
──庇っている。
訳では無いのだが、それこそ、不良生徒たる所以なのだろう。
彼らは、佐伯に不満が募っている。
寧ろ嫌いな教師の筆頭に当たる男であった。
故に逆らいたい。そんな思いも強い。
だが、不良生徒からは程遠い、天﨑の事も気に入らない。
そうした屈折した諸々の思いが集まり、この様な態度に出ているのだ。
庇うような口調でありながら、誰もが彼を心配していない。
いや、楽しそうな目で、動向を見守っているのだ。
そうした口調で、佐伯に言えばどうなるか。
不良生徒達はよく理解しているのである。
周囲が庇っている!?
佐伯がそう感じたら成功である。
彼は、周囲が庇っていることが気に障り、そして、怒り出すのだ。
有り体に言えば、キレる──
キレると、分かりやすく、暴力に打って出るのだ。
周囲の不良生徒は、その暴力を見たいのである。
「クソガキぃ、真面目にやれんのかぁ!」
流石に、芯──本身を抜くことは無い。
それでも、両手で持った。
木刀の握りかた、引いては刀を扱う為の持ち方である。
打ち所が悪ければ死ぬ。
人を殺せる木刀である。
普通の木刀だって、やろうと思えば、扱うもの次第で人を殺せる。
そして、この木刀は、殺すつもりが無くても人を殺せる木刀だ。
それを、ひ弱な少年に向けている。
見たところ、この少年、体重など40キロに満たないのではないか。
身長も、165cm程度か、男子の平均を大きく下回っている。
そんなひ弱な少年なのである。
彼に向けて、一気に木刀が振り下ろされた。
歓声が挙がった。
悲鳴もあった。
そうした物が入り交じった異様な声が、朝の校門で響いていた。
──期待だ。
悍ましく冷酷な期待が、そこに充満していた。
好ましくない生徒である天﨑の骨が砕ける音、彼の悲鳴、激痛で悶絶する声、それが聞ける。
男子も、女子も、不良生徒から期待の声が挙がっていた。
ともすれば、人が死ぬ!そんな光景が見られる!
そんな期待だ。
そして、そんな声を裂くのが、擦過音であった。
木刀が、振るわれ、大気を割いたのだ。
初夏の大気を、木刀が奮わせた。
五月だ。
まだ、一年生が入学して以来、大して時間は経っていない。
この天﨑も、一年生として、入学したばかりであった。
春と言っても良いだろう。
そんな時期だ。
より細かく言うなら、西暦2011年5月11日である。
今年の3月には、誰もが記憶しているであろう、震災があった年の話しである。
そんな震災をテレビなどで観ていながら、人の骨が砕け、命を落としかねない光景に期待している。
そして、躊躇いなく、木刀を振り下ろすのだ。
人間とは、げに恐ろしいものである。
が、その木刀は、天﨑の脳天にも、身体の何処も打たなかった。
佐伯が、態と外した訳では無い。
彼の狙い通りに振り下ろされていたら、首の近く、鎖骨辺りに深々と振り下ろされ、鎖骨を難なく断ち割っていただろう。
鎖骨はそもそも、こうした振り下ろしの一撃に弱い。
木刀や竹刀は無論で、拳でも折れる。
力の強いものなら、例えば、胸ぐらを掴み、拳の側面を鎖骨に落とす。
それで、折れるだろう。
人体の破壊を狙ったその木刀が、止められていたのだ。
一人の女子生徒が、学生鞄で、受け止めているのだ。
それは、あたかも鞄を、バックラーか何かの小盾のように扱っているのである。
不良生徒達から、感嘆の声が洩れるほど、瑠璃は見事に受け流していた。
盾!?
佐伯が一瞬、驚愕する。
だが、当然盾では無いと直ぐに察した。
昭和の不良生徒は、希にこうした学生鞄に鉄板を仕込む。
鉄板でないにしても、分厚い週刊誌の少年漫画を数冊仕込んだ。
月刊誌の児童漫画の方が分厚いが、そこはそうしないのも、不良少年の拘りなのかも知れない。
そして、盾代わりに用いるのである。
だが、瑠璃の鞄からは、そうした鉄板などの固さを、木刀に一切伝えてこないのだ。
教科書やノートすら一冊も入っていない。
そんな薄い鞄を盾にしたのだ。
それは、確実に技術であった。
こんな技術があるのか!?
敢えて言うなら盾の達人──
佐伯は、信じられない物でも見るような目を、その鞄に落としていた。
「駄目じゃないですか?先生、こんな公衆の面前で生徒を殺しかねない体罰はさ?こいつさ、下手したら死んじまうよ、ねぇ?」
瑠璃が、犬歯を剥き出しにして嗤う。
牙を剥き、唸り、威嚇する、狼の様な少女の笑みだった。
鞄で、木刀を弾いた際には、その長い髪が、踊っていた。
無造作に伸ばされた、黒髪だ。
染めていない。
若干、頬に添った髪がシャギーカットにされている。
しかし、何処か乱雑な髪であった。
着ているのは、黒鳥学園指定のセーラー服である。
黒いストッキングに、ローファーと、足元は、普通の女学生だ。
だが、スカートの丈が長い。
膝下より、更に下だ。
昭和の時代からやって来たスケバン宛らのスカート丈である。
そう見れば、黒のストッキングが、不思議とスケバン然としているようにも見えた。
「行くよ、幸辜」
「……う、うん」
女子生徒に凄まれた佐伯は顔を赤くしていた。
恥ずかしいのではない。
怒りだ。
煮えたぎる憎悪が渦巻いているのである。
「凄いな、あの娘。私より、平和的に終わらせた」
平和的に──
白い少女がぽつりと言った。
興味深そうに、瑠璃の背中を目で追っている。
白い髪、白い肌、白い口唇。
幽鬼の如き声は透明で、声が視認できるようなら、きっとその声も白い。
しかし、虚ろな双眸は、血塗られた様に紅い。
先天性色素欠乏症。
所謂、アルビノであろうか。
そんな白い少女であった。
「彫刻刀投げて、刺さなくて良かったぁ」
白い少女は、穏便に済ませた瑠璃を讃えつつ、心の中で、物騒なことを呟くのだった。