※この作品はR-18です。

残骸置場   作:逃走‼蜚蠊男

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番外編過ぎるのでこちらに移動。
現時点ではボツネタ。


番外編の残骸

━ 當之真冬は異世界転移しても、辺境伯とのまっ白旅が楽しかったので一向に無問題ッッ!! ━

 

 ──白い

 まっ白な人だった。

 ──白い髪、白い肌、着ている服さえ一点の澱みが無いまっ白なドレス。

 穏やかに語りかける清涼な声も、少し哀しげな吐息も、目には見えないそれらにだって、もしも色があったらきっと白い。

 ──雪の世界のプリンセス

 そんな形容をするしかない女性だった。

 ワタシが求めるこの世すべての白さが集まって、ヒトの形を成している。

 ──その人はそんな女性だった。

 

 たった一目で、その人に惹かれた。

 綺麗な、透き通った金剛石(ダイヤモンド)の様な白い肌に──

 絹より細い、白くて長い髪の毛に──

 

 そして、唯一、白さの中に灯った紅い焔の紅玉(ルビー)。

 初めて、白以外の色に焦がれた──彼女の紅い双貌に。

 

 この出会いからだ。

 多分二人のお姉様方も、きっと義理のお母様なら知らないだろう心の機微──ワタシは、その日、恋に落ちたのだ。

 

1.

 悲鳴が聞こえた。

 昼過ぎの伊勢佐木異人町の大通り近く。

 空き地で、ホームレスへの炊き出しが行われており、そこにはボランティアの女性がいる。

 

 彼女が悲鳴を上げたのだ。

 今日は、二人の女性がおり、一人が近くのコンビニへと昼休みの軽食用に買い出しへ向かった時の事だ。

 

 POPPO 鶴亀街道店前は騒然となった。

 一番製菓付近に駐車していた一台の貨物自動車が、急発進したのだ。

 制限速度など無視した上で、運転手はトラックを走らせた。

 

「エンジンかけたまま、店の近くに停まってるから、うるさいし迷惑だなぁって」

 一番製菓の美人女社長『鎌滝えり』と店番である彼女の祖母トメさんが後にそう話す。 

「トラックのね、ほら、銀色のトレーラー部分って大体会社名とかロゴあるでしょ?でも、そのトラック、荷台に会社名とかロゴも無いし、何か怪しいなとも思ってました」

 社員である鶏のコケコッ子も同意するように一鳴きしていた。

 そして、えりが感じた通り、その貨物自動車の運転手は常人では無かったのだ。

 

 積載量凡そ3000kgの貨物自動車は、凄まじいスピードでボランティアの女性に突っ込んだ。

 事故──に見せ掛けた殺人現場だ。

 明らかに運転手は、その女性を狙って急発進させたのだ。

 恐らく、炊き出しの場所を離れるのを待っていたのだろう。

 

 こんな話がある。

 殺人を計画するなら車を使う。

 車で轢き殺してしまえば、殺人事件ではなく、事故として処理される。

 殺し屋などは都市伝説だ。

 反社会的勢力は闇バイトなどで、ある程度の金を握らせて事故を起こさせるのだ。

 

 車両重量にして凡そ2000kgの金属製の塊が時速100kmで女性を撥ね飛ばした。

 ブレーキなど入れない。

 撥ね飛ばして、数メートル進み漸く止まった。

 

 女性の身体は宙に舞い上がる。

 全身が空中で回転した。

 

 同僚のボランティア女性もポッポの店員や客、その現場を目撃する。

 そして女性は、一回転の後、何事もなくアスファルトへと降り立ったのだ。

 フワリとした重力を感じさせない着地だ。

 

 そこに貨物自動車に轢かれたにも拘わらず無傷の女性が立っていた。

 貨物自動車の運転手は、慌ててバックする。

 また、今度はバックで轢くつもりなのか。

 

 殺意を言い逃れ出来ない行動だが、運転手もトラックに轢かれ無傷だった女性を目の当たりにして、動揺の末に混乱を極めてしまったのだろう。 

 再びバックで突っ込んでくる貨物自動車へ向かって、何と女性も駆け出した。

 そして、両脚を大きく前後へ開き、アスファルトを踏み締めた。

 左脚の膝を屈折し、右脚は後ろへ真っ直ぐ伸ばす。

 

 拳を突き出すように、トレーラーのリヤドアの下部に近い中央を打った。

 すると、キャビンのガラス部分が弾ける様に割れ、更にタイヤも内部から爆発するように弾け飛んだのだ。

 気、地、拳──

 三つの融合をもって三合拳。

 中国福建省で名を馳せる、かの陳海王の流派の技術(わざ)だ。

 大地の反動を利用した拳である。

 更に、勁の流れが内部を破壊、車両自体のエネルギーを利用し跳ね返したのだ。

 

 目撃者たちは、その光景に絶句していた。

 悲鳴を上げた者たちも声を失い、ただ女性の姿を見詰めていた。

 恐れたら良いのか、それとも無事である事を喜べば良いのか、この貨物自動車に起きた異常事態に驚けば良いのか、感情の行き先が定まらないのだ。

 

 程無くして、トレーラーのリヤドアが開くと内からゾロゾロと、作業着姿の男が八人現れた。

 貨物自動車が運んでいたのは荷物では無くて人だったのか。

 男達は皆、小型のサブマシンガンで武装していた。

 

 これには、野次馬も騒然となった。

 映画の撮影!?

 なら、女性が無傷なのも納得がいくのだが、それでも不自然さが残る。

 

 しかし、そんな甘い考えは、男達が一斉にサブマシンガンを掃射したことで、捨てざるを得なくなってしまった。

 女性へと無数の弾丸が叩き込まれた。

 

 彼女は弾丸を浴び続けるが、不思議な事に、全く流血することが無かった。

 僅かに身を捩り、浮き、回転、半回転。

 彼女に降り注がれた弾丸の数は256発。

 次々と速射にて浴びせられるすべての弾丸に対して、女性は消力と無寸止めを試み、成功させていた。

 

「ま……真冬……貴様ア、バケモンかぁ!」

 

 真冬、その単語以外は中国語だ。

 真冬とは、日本語の冬……ではなく、女性の名前だろう。

「剄神山の工作員ですね……」

 

 そこに、白い蜚蠊がいた。

 女性の身体が何故か蜚蠊だと、皆が幻視したのだ。

 蜚蠊が男達を叩きふせると、蜚蠊は煙が空中に溶け込むように消えて、女性の姿も何故かそこに無かった。

 

 

2. 杜撰に異世界転移してきた

「後任の転生管理の神が、死んだと思った人を転生させようとしたら実は生きていて転生ではなく、転移させてしまったそうです」

「ど、どういうこと!?」

 

 いきなり、神の空間にいた私に、メガーメガ神がそんなことを言ってきた。

 私は、300年前に、この世界に転生してきた。

 その転生させてくれた神がこのメガーメガ神様だ。

 でも、この神様はいい加減な仕事が災いして、左遷?させられたのだ。

 

 そして、後任の神が何かやらかしたみたいだ。

「異世界転生ってほら、トラックに轢かれてぇみたいなのが定番じゃないですか」

 

 ──いや、知らんけどそんなの。

 一応、口にはせずに話の続きを聞いた。

「でも、その人、トラックに思いっきり轢かれても無傷だったらしいんですよ、だから転生じゃなくて転移が起きてしまって」

 

「どんな人間!?」

 確かに今の私なら多分トラックに轢かれても死なない。

 でも、メガーメガ神様が言ってるのは地球の人間の話の筈だ。

 そんな人間、地球に居たときにも聞いた事が無い。

「あの、アズサさん。元地球人同士のよしみでその人と会ったら宜しくお願いしますね」

「はあ?そんなこと言われてもな、どうしたら良いのさ」

「多分突然転移して、困ってるでしょうし……後任の神が天界に手違いを申し出て、異世界の転移をやり直せる手続きが完了したらその人も帰れる……と思うんで……あのう、もし会ったら保護してあげてくれませんか」

「……どんな人?見た目とか分かってるの?」

 

 地球人が、突然異世界に転移をしたら、まあ、困ってるだろうと言うのは確かだ。

 気は進まないけど、保護くらいしても、面倒事は起こらないとは思う。

 トラックに轢かれて死なないとか言うのは確かに引っ掛かりを覚えるけど。

 地球人でそんなやつ、まるでアニメや漫画の住人だ。

 ……アニメに出てくる、宇宙人……そうそうサイヤ人みたいな暴力的な人じゃ無ければ良いけど。

 

 そう思うと嫌な予感もしてくる。

「あ、こんな人です~」

 頭の中に画像を映し出された。

 想像と違って、穏やかそうで綺麗な女の人だ。

 年齢は、二十歳過ぎくらいか。

 

 髪も肌も驚く程白い。

 和服の様な白いゴスロリを着ている。

 何と言うか、前世の記憶での印象から照らし合わせると、雪女っぽい人だなって思う。

 

 あ、それより、そうだ。

 

 この全身がまっ白な見た目、あの娘(こ)を思い出した。

 四人の娘の(一緒に暮らしていないし、娘扱いしたら嫌がるだろうけど)一人、あの娘(こ)……シローナの事を。

 

3.  まっ白な辺境伯と出逢った

 ギャアギャアと、奇妙な鳴き声が聞こえる。

 聞いた事もない鳴き声だった。

 気がつけば、そんな鳴き声がそこかしこから聞こえる森林の中にいたのだ。 

 女性は、周囲を注意深く観察し歩みを進めていた。

 突然、異界染みた場所に飛ばされてしまい、若干の戸惑いがある。

 さっきまで、大都市の歓楽街にいたのだが、ここはそんな都市とは真逆の大自然が周囲360度広がっているのだ。

 鳴き声も何の動物か判断できなかった。

 女性──當之真冬は、様々な国を旅して来た。

 中国、エジプト、ギリシャ、南米。

 中国への旅行は、拳法を学ぶ為であったり、ドラゴンロード……一般的にはシルクロードに向かうためだった。

 エジプトではピラミッドに入った。

 自分の父方のルーツを調べると言う大きな目的があったからだ。

 そうした旅で色々な生き物とも出会ったが、現在聞こえて来る鳴き声に該当する生き物とは出会った事が無い。

 学術的な意味合いで動物に明るくは無いが、豊富な旅での出会いでそれなりに動物の知識はあるつもりだった。

 

 森林は人の手が入っているのか、たまに柵の様なものが並んでおり、道が有ることを示していた。

 

 道は分かりにくいが、確かに地面が整えられた部分がある。

 そんな道から僅かに離れた木々の間から、気配を感じ、真冬はそちらへは振り向かず、視線だけを向けた。

 歩みは止めない。

 

 敵意や殺気は感じない。

 しかし、奇妙な気配だった。

 生き物のそれとは異なる様な、見知らぬ気配なのだ。

 

 気配が飛び出して来た。

 歩みを遮る様に、その気配の持ち主は真冬の前に立ち塞がった。

「え……な、なに……?」

 

 現れた物のその姿に、流石の真冬も目を丸くした。

 サブマシンガンの掃射を受けても怪我一つ無い、そんな女性の常識からも外れた物がそこにいた。

 真球では無いが、丸形の小さな物体だった。

 半透明で、表面はブヨブヨした弾力性がある。

 しかし、生き物なのだろう。

 意思を感じる動きを見せている。

 威嚇するように跳躍しているのだ。

 

「こんにゃく……それともゼリーですか」

 

 いや、違う。

 見た目は多少異なるが、こんな生き物を何かコンピューターゲームや漫画で見たことがある。

 ──スライムだ。

 スライムと言えば、日本人なら最初に思い出すのは、恐らく超名作コンピューターゲーム『ドラゴンクエスト』のあの青いスライムだ。

 天才漫画家『鳥山明』先生がデザインしたあのモンスターの姿だろう。

 意外にも真冬もそのスライムを思い出し、何か似ているように感じたのだ。

 

 その生き物は、全身を震わせ跳ねた。

 そして、真冬の鳩尾辺りに全身をぶつけて来たのだ。

 真冬の身長は現在162cmだ。

 九歳の頃は非常に小柄だった彼女だが、十代前半から身長が伸び始め、二十歳を過ぎる今、女性の平均身長を上回る程度に成長していた。

 

 その彼女の鳩尾辺りまで跳躍したスライムの様な生き物。

 見た目からは想像できない跳躍力だ。

 ゼリー状の身体は筋肉の塊の可能性がある。

 

 躱すこともせず、迎撃する訳でも無く真冬は両手を広げた。

「おいで、大丈夫、何もしないから」

 

 ポンっと音が鳴る様にぶつかった生き物を受け止め、抱え込む様に抱き締めた。

 腕の中で少し身体を震わせ抗う小さな物体だったが、やがて大人しくなってそのまま納まった。

 敵意が無い真冬の穏やかな『氣』を察して、懐いているのだろうか。

 

 真冬は、スライム(?)を抱いたまま、再び歩き始めた。

 が、一向に森林を抜けない。

 その先で真冬は、別のスライムが跳び跳ねているのを見付けた。

 

 そのスライムは道から外れた所の木々の間をすり抜けて行く。

 腕の中にいたスライムも跳ねると、腕から抜け出しそのスライムへ近付き、木々の向こうに消えていく。

 

 スライムの行動が気になった真冬も後を追った。

 見知らぬ土地で初めて出会った生き物と、そのまま別れるのが寂しかったからでもある。

 

 その先へ進むと、スライムが奇妙な箱の前にいた。

 懐いていたスライムの気配は覚えているので、まず間違い無く、さっきのスライムだ。

 箱の周りには他にも三匹のスライムがいる。

 箱は三つ置いてあり、その形状は直方体だ。

 

 そこそこ大きく、材質は何か分からない。

 スライムより少し大きめの窓、或いは入口の様な穴が一つ空いている。

 スライムが震えると中に入ろうとしていた。

 

 それを見た真冬は突然、嫌な予感に襲われたのだ。

 スライムは箱の内部に誘われる様に向かっていく。

 

 真冬は咄嗟に走り出し、スライムが内部に侵入する前にその箱を持ち上げた。

 邪魔されたスライムは抗議するかの様に跳ねた。

 

 真冬は持ち上げたそれの中を見ると、内部には奇妙な石がある。

 残りの二つにスライムが入ろうとするので、箱を踏み潰し破壊する。

 

 箱の中を覗き、開ける事が出来るか調べると一面だけ開けられる様になっていた。

 やはり、石がある。

 しかも、石か入っていた下部は異様にねばついていたのだ。

 

 スライムが中に入ると、この粘りに囚われるだろう。

 嫌な予感は当たりだ。

 

 これは蜚蠊ホイホイに似た何かなのだ。

 箱の中に誘われているようなスライムの仕草を見て、その可能性に気付けた。

 

 最後の箱も踏み潰し、機能を破壊する。

 スライム達は暫くうろうろしていたが、やがて消えていった。

 例のスライムは残っており、また真冬の胸に飛び込んで来た。

 

「良かった、『箱』を壊してくれたんですね」

 声が聞こえた。

 そして、木々の向こうから一人の少女が現れたのだ。

 銀色の髪を肩口まで伸ばし、またサイドテールに結っている。 

 身に纏う白い服。 

 少女は全身が白っぽく、何処と無く親近感の様な物が真冬に湧いた。

 杖を持っており、衣服の印象も、ファンタジーゲームの『魔法使い』を連想させた。

 見た所、十代前半だろうか、幼さが残る少女だった。

 

 少女の言葉が理解出来る。

 会話が出来る様ではあるが、何かその言語を理解する時、不思議な違和を覚えるのだ。

 その違和の正体を察する事は出来なかった。

 

「ぁ、はい、何か嫌な気がしまして。この子達が入ろうとしているのを見て……」

 真冬の言葉に、少女は頷く。

「そうです。その箱はスライムを誘き寄せて殺す箱なんです……」

 

「……え、何で、そんなことを」

 

 真冬がそう返すと、少女は不思議そうな表情をする。

「えぇと、簡単にスライムを退治して儲けようとしている輩めいた冒険者がいるんですよ、まったく……セコい商売を」

 

 冒険者──?

 何となく理解は出来る名称だが、明らかに馴染みがある単語ではない。

 しかし、スライムを殺す。

 その不穏な言葉が気になった真冬は、詳しく話を聞こうと判断し、自身の名を名乗った。

 

4.

 少女はシローナと言う、彼女もまた、冒険者だと言った。

 『箱』はスライムを乱獲し、スライムが死ぬと変化する魔法石を大量に得るための装置だと語った。

 

 乱獲してもスライムが絶滅するわけでは無いが確実に数を減らす。

 スライムは比較的弱い魔物なので、変に数を減らすと、スライムが適正レベルの若く未熟な冒険者が狩れなくなってしまうのが問題だと言う。

 結局狩られるのかと、少し悲しくなった真冬だが、そうした仕事なら仕方無いところだろう。

 

 そして、ここはやはり自分の世界では無いとシローナと会話していて自覚出来た。

「箱を破壊したり、回収はしているんですが、中々箱を使用している冒険者が見付からなくて、困っていたんです」

 

 箱は様々な所に設置されているらしい。

 回収しに来る者は確実にいる筈なので、箱を見付けてはそこに張り込みをしては居たのだが、一向に犯人と出会えないと言った。

 何度か回収に来たものを見付けた時は、小遣い程度の金で箱を回収に来た子供や浮浪者、老人だったのだ。

 

 もしかしたら、個人の冒険者がやっているのでは無くて、何らかの無法者が組織的にスライム狩りをしている可能性もあるのだ。

 スライムと言えど数を狩ればある程度の収入となり、そうした無法者達のシノギになっているのかも知れない。

 箱を使えば安全に、楽に魔法石を集められる。

 

「……分かりました。箱は壊してしまいましたが、ここに回収に来るかも知れないんですよね、手伝わせて下さい、シローナさん」

 真冬にしてみたら、この可愛いスライムが無闇に殺されている事実が許せないのだ。

 シローナは、少し不思議そうに訊ねた。

「真冬さん、冒険者でも何でも無いのでしょう?なんで、危険かも知れないこの件を手伝ってくれるんですか」

 

「……ぇ、ぁあ、理由……スライムが可愛いからです」

 まだ抱き抱えているスライムを撫で、素直にそう答えた。

 

 真冬の微笑を見たシローナは、顔が奇妙な熱を帯びるのを感じた。

 スライムを抱いている、まっ白な真冬を見た時、シローナは雪の姫君が降臨しているのかと思った。

 箱を壊してスライムを護る雪の世界の姫。

 真冬の見た目は、理想そのものだった。

 世界は白くあるべき。

 そんな妙な思想を持つシローナにとってまっ白な真冬は、まさに理想の姿なのだ。

 

 そして──張り込みを開始した。

 箱が設置されていた所から少し離れてキャンプを張っている。

 一人でも、不安は無かった。

 シローナは冒険者としてもトップレベルだ。

 輩の冒険者や、無法者もどうとでも出来る。

 だが、真冬が居ると不思議な安心感を得ることが出来た。

 

 空には疎らに星々が煌めき出して、月が顔を見せる頃、夜が訪れた森林に二つの人影があった。

 箱が壊れてるぞなどと怒鳴っている。

 当たりか。

 

 犯人かは分からないが、関係者なのは間違い無い。

 気配を消して、足音を立てない様に忍び寄る。

 

 シローナは真冬のまるで重さが無い様な動作に驚愕する。

 実体の無い幽体の様に思えた。

 足音も衣擦れの音さえ真冬からしていない。

 

 ──そして、そこには想像とは異なる者がいた。

 この森はスライムが多く棲息している。

 その分森林は深く、適当に雇った子供や老人ではなく犯人の中核が現れるかもと読んでいた。

 だが、現れたのは魔族だった。

 

 ここは当然魔族領では無いし、魔族領からは遠く離れている。

 勿論、人間の領地に魔族が居てもおかしくはない。

 身近な話では、シローナの義理の母の家にはよく頻繁に魔族がやって来ているし、義理の母も魔族領によく訪れている。

 問題なのは、もし交戦となったら少し面倒そうなことだ。

 

 犯人は魔族なのか、それとも魔族を雇っているのか。

 どちらにしても交戦することになる可能性は高そうだ。

 

「真冬さん、魔族です。あれは、二人ともオーガですね」

「え……オーガ……ッ!?」

 

 真冬の声には驚愕の色があった。

 シローナは、真冬がオーガに何か思うところが有るのではと考える。

 ──オーガ、それは確かに真冬にとって大きな意味を持つ名称だ。

 彼女の父が、そう呼ばれている。

 大国であるアメリカ合衆国を腕力で捩じ伏せる男。

 例えば、ある日彼がテレビを観ていて、そこに映った大統領の顔が気に食わなかったとする。

 彼はその大統領を殴りに行けるのか。

 行ったとして、本当に殴れるのか。

 普通は無理だ。

 だが、真冬の父はそれが出来る。

 曰く、地上最強の生物──オーガ。

 範馬勇次郎その人である。

 

 無論、向こうで壊れているスライム狩りの箱を見て怒鳴っているオーガは、父とは関係無いだろう。

 だが、この世界のオーガと言う魔族。

 

 やはり、強いのだろうか……。

 

「真冬さん、気を付けて。まずワタシが……」

 

 しかし、真冬は、嬉しそうに笑いながら飛び出したのだ。

 「父と同じ名前の者と闘えるッッ』と、真冬の心が躍った。

 

 突然飛び出して来た人影にオーガの二人は驚く。

「な、なんだ!?」

 

「ちょ、真冬さん!」

 

 シローナも慌てて飛び出した。

 義理の母の所にいる、あのブルードラゴンに似た空気が真冬から感じられ、少し戸惑う。

「冒険者ギルドの者です。貴方がたは、スライム乱獲犯の一味ですね、話を聞かせて貰います」

「チッ、てめえらか、イシトリ箱を壊しやがったのは!」

 

 イシトリ箱

 スライムや、モンスターは倒されると魔法石に変わる。

 やはり、その箱の名前の通り、魔法石狙いの為の乱獲なのだろう。

 冒険者だって金のために冒険者をやっている。

 それが普通だ。

 珍しいアイテムだって欲しいし、名誉も望む。

 シローナとて、冒険者ギルドの幹部となり名誉を得ている。

 

 しかし、無闇やたらに、スライムを乱獲し、あまつさえ石だけを求めるようなネーミングのイシトリ箱など許せる筈がない。

 スライムの命をあまりにも軽視しているのだ。

 

 真冬もまた、そこに憤りを覚えていた。

 

「スライムさんの生命を軽視するあなた方を許す訳にはいきません。バイトヒーロードットコム所属ユキ、お相手いたします」

 

 やけに芝居がかった口調だ。

 ユキって誰?とシローナは思ったが、真冬の名前だろうか。

 

 シローナも、オーガを一先ず制圧するため、魔法の詠唱を始めた。

 

 真冬は、腰を落とし、肘を僅かに曲げた両腕を前に出す。

 両手の掌は相手に向いている。

 奇妙な構えだ。

 オーガもシローナも、こんな構え方など見たことが無い。

 

 前羽の構え──

 

 嘗て、空手道神心会館長である愚地独歩がオーガ……範馬勇次郎と試合を行った際に見せた構えである。

 無論、眼前にいるのは異世界人のオーガだ。

 そんな話、知る由も無い。

 

 先ほど、進んで飛び出した真冬。

 その真冬が、攻撃を仕掛けるでもなく、構えただけで、オーガの動きを待っている。

 それは不思議な光景だった。

 

 オーガも真冬の意図が理解できず、困惑していた。

 

 オーガが近付く。

 真冬は、構えを崩さず動かない。

 

 近付いてくると、真冬はオーガの巨大さを改めて実感した。

 地球でも巨人は大勢いた。

 真冬にとって、尤も苦い思い出として残る巨人は幼い頃に遭遇した男である。

 たまに夢に見て、絶叫する。

 

 一緒に寝ている彼女に抱き締めて貰い夢を忘れる。

 そんな夜もある。

 

 だが、このオーガ。

 そのトラウマを与えた巨人よりも遥かに巨大だった。

 人間が到達する身長ではない。

 

 身長は恐らく3mを越えている。

 体重など1t近いのでは無いか。

 人間ではなく、熊に近い体躯である。

 

 しかし、その体躯を誇る怪物が行ったのは、パンチでもキックでもなかった。

 真冬の常識外にある攻撃だった。

 

 オーガの掌から、持続的に炎が噴射されたのだ。

 それはまるで、火炎放射器である。

 炎を噴射する魔法だ。

 

 この世界には魔法がある。

 

 真冬は、その焔を両手で円を画き、絡めとる様に防いだ。

 更に、その円は炎を噴射するオーガの腕を取り、オーガの腹に拳を打ち込んだのだ。

 

 焔を受け流し、一撃を叩き込む。

 廻し受けだ。

 

 たった一撃。

 それで、オーガは沈んだ。

 突如噴射された焔を前にしても完全な脱力。

 廻し受けと攻めの消力の合わせ技だ。

 

 シローナも、オーガを倒していた。

 

 真冬は、後の事はシローナや冒険者ギルドに任せる事にした。

 自分は結局の所は部外者なのだ。

 シローナから聞くと、このオーガも何者かにイシトリ箱の回収を依頼されただけらしい。

 

 セコい商売の癖に大掛かりなことをと、シローナが忌々しそうに呟いていた。

 

 ──さて、どうしよう

 真冬は、全面的には落着してはいないと言っても、オーガの捕獲に協力出来たのは良かったと考えていた。

 自分が見付けたスライムも無事だったのだ。

 

 問題が残るとするなら、やはりここは異世界だと言うことだ。

 真冬は、シローナに伝えるか迷ったものの、やはり自分がここの住人では無いことを伝えた。

 

「はい……?」

 シローナは何を言われたか、理解出来た様には見えなかった。

 当然だろう。

 真冬だって、元の世界にいる時に異世界人を名乗る者が現れたとしても、すぐに納得できないかと思う。

 しかし……

 

 シローナは、真冬の言葉を妙な形で解釈した。

 

 やはり、この白い人は女神なのだと。

 真っ白い雪の国の女神、それが真冬ことユキさんなのだ。

 

「分かりました。一度、ワタシの知りあいの……えぇと、義理の母に会ってくれませんか」

 

 母親に紹介されるらしい。

 勿論、変な意味での紹介では無いだろう。

「義理の母は、レベルMAXの魔女でして……神や魔族にも顔が利くんです。もしかしたら、真冬さんの事の手掛かりが見付かるかも知れません」

 

 高原の魔女 アズサ・アイザワ

 今いる地域から少し先にあるナンテール州に住んでいるらしい。

 スライム乱獲の話しも完全には決着していない。

 

 暫く、この世界で旅をしてみよう。

 さっきのオーガの様に、この世界には魔法なんて物を使う存在がいる。

 オーガがいたのだ。

 ドラゴンやら、キマイラやら、グリフォンやらも居るかも知れない。

 そうしたものと戦っても楽しいのではないか。

 

 ──異世界か。

 あの人と暫く会えないのは辛いが、このシローナに協力しつつ、旅を楽しもう。

 

 真冬は、シローナに微笑みかけ、改めて旅の同行を申し出たのだった。

 

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