残骸置場 作:逃走‼蜚蠊男
眼鏡の男は、離れて行く白い少女を、一瞬呼び止めようと考えたが、すぐに思い直す。
この少女、一体、何をする気なのか。
その熱い感情が、突然湧いてくる間欠泉の様に噴出したのだ。
少女への興味が、止まらないのである。
知らず知らずの内に、両の拳を握り締めていた。
興奮が抑えられない。
無寸勁──
詳しくは知らない。
だが、そう言う技術が何かの武術にあった筈だ。
そんな技術を、あの様な少女が使った。
破砕連振──
それに関しては初耳だ。
それは、仕方無い。
小学生程度の年齢の少女が考えた、下らないネーミングセンスにより名付けられた、特に意味が通じる名称では無いからだ。
だが、何にせよ、凄まじい技術ではある。
凡そ2mは離れたガラス壁を砕いたのだ。
しかも、神心会の男が負けることも予測し、彼を守るために、行った異様な技だった。
割る箇所を打った訳でも無いのが不気味である。
少なくとも、人間技ではない。
実の所、あれは、無寸勁とは異なる。
敢えて言うなら、真冬が使ったのは、遠当てに近いものである。
妖怪──
魔物──
女神?
そうだ。
彼女は、この、歓楽街に降臨した女神じゃないのか!?
──いや、女神にしては汚ないな。
興奮し贔屓目で見ていたが、改めて真冬の容姿を見詰め、そこで、正気を取り戻したのだった。
見窄らしい、ただの浮浪児だ。
流石に女神は言い過ぎである。
薄汚れ、
恐らく、妖怪が最もしっくり来る比喩の対象であろう。
赤い服を着ていたら台湾の女怪モシナを連想するかも知れない。
残念ながら、着ている服は、汚ないシャツ一枚である。
裸足で、アスファルトの上を歩いている。
ホームレスの子供だろう。
虚ろな紅い双眸も気味が悪い。
肌など死人の様に白い。
しかも
──妖怪だな。
だが、性根は良い妖怪だ。
もし、ゲゲゲの鬼太郎が実在するなら、この少女は、鬼太郎の味方側となる妖怪だろう。
神室町の情報屋にして週刊誌の記者『青木』と、妖怪『當之真冬』が、ここで出会った。
當之真冬が神室町で織り成す闘争の記録は、今まさに、この瞬間から、始まったのである。
ゆらりと、真冬は動いた。
ただ、風が吹く。
ただ、水が流れた。
そんな、動きであった。
「なんだ、あの、浮浪児──」
もう一人の神心会の男が、近付いて来る真冬へと、怪訝そうに視線を向けた。
明らかに、異様な姿である。
この様な場に、少女が臆することなく近寄って来たのだ。
怪訝に思っても無理からぬ事であろう。