残骸置場 作:逃走‼蜚蠊男
本文中に熊害ネタ、ピクルの娘未登場……舞台設定の前置きに入る前にボツになる。
ボツの理由……本文、初投稿後に勇次郎が本当に熊害ネタをやったことで、熊害ネタや対羆をやるには真冬では荷が重い話、戦闘だと考え、真冬対羆はボツ……。
以降の本文は打ち切りの残骸──
闇の中──
暗闇である。
夜空に、月も星も、輝いていない──
草木も眠る丑三つ時。
現代日本のどこに、こんな灯りの一つもない場所があったのかと、都会の人間ならそう感じるであろう深い闇。
例えば、日本最大の歓楽街『神室町』のような不夜城で暮らすものなら、想像も出来ない程の、大自然の中にある夜の世界である。
鬱蒼と植物が繁り、高い木々が立ち並ぶ。
それらは全て冬木立の物悲しさと言った風情であった。
そこは、既に祀られる神も無い朽ちた神社の境内であり、社殿もまた、自然に飲み込まれつつあるようだ。
眠りに落ちた冬の廃神社は、僅かに残る枯れ葉へと風の囁く声が届くだけの静寂に満ちていた。
しかし──
その静寂もいつしか破れた。
──奇妙で奇怪な音によってである。
カッ、カン、コッ──
それらが響き合い、そして混じり合い、生じる怪音であった。
金属と木材が軽くぶつかっているような、そんな音だ。
自然界で起こり得ない、人の手が道具を用いてこそなし得る音である。
それが、繰り返し繰り返し、怪奇に奏でられ始めたのだ。
深夜──
音の中心にそれは居た。
異様な出で立ちだった。
凡そ現代日本にそぐわぬ白い着物。
所謂死に装束であろうか。
胸元には首から吊るした小さな手鏡。
口には櫛。
高下駄を履いている。
軽い音に籠められた憎悪。
激しい怨恨に歪んだ形相。
それは、橋姫の如き一人の女である。
『丑の刻参り』
出で立ちとしては完全なものでは無いが、間違い無くこの女は、その呪いの儀式を行っているであろうことは想像に難くない姿であった。
かなりの樹齢と考えられる樹木へ藁で作られた人形を宛がい、釘を打ち込んでいるのだ。
櫛を咥えているからか、唸り声の様に唱えられる怨嗟の呪い言と槌で釘を打ち込む音が響いていた。
藁人形は『大』に似た形になっており、横一文字が両手、人文字に当たる部分が頭、胴体、両足であろう。
女は、藁人形の心臓部に当たる部位へと、執拗に五寸釘を打っていた。
打たれた部位が冒される呪いと考えられているため、女は明らかに死を望んでいるのだろう。
また、口に咥えている櫛は『くし』……つまり苦と死に通ずるとされており、その激しい怨みが想像できる。
だが、胸の鏡は単なる小さな手鏡である。
頭には、冠とするための鉄輪と蝋燭が無い。
そして、一番の失敗は、神木でも杉でもない樹木へと釘を打ち込んでいるのであった。
丑の刻参りとしては誤った作法と言えよう。
その時だ。
梢に届く風の声と、怨嗟の呪言とは別の音が聞こえた。
ここは廃村の神社である。
村は昭和の戦前辺りに閉鎖された。
人は居ない。
心霊スポットとして訪れる者もいるかも知れないが、そんな者は稀であろう。
少なくともそう考えるのが自然である。
そんな廃村である。
動物──
ではないだろう。
何故なら、それは社殿の戸を開ける軋んだ音であったからだ。
女の耳にもその音が届いた様で、彼女は身を震わせた。
釘を打ち込む手を止めてしまう。
闇を裂くように光条が伸びた。
懐中電灯の光である。
社殿から二人が
──丑の刻参りの作法の一つに、見られてはいけないと言う物がある。
それを知っているからか、女は絶望に染まった様に顔を歪めていた。
そして、懐中電灯を持った男が女を照らした。
女の姿が光により、闇から浮かび上がる。
「へえ、結構良い女じゃねぇか」
「そりゃ、そうだろうぜ、こいつ神室町の何とか……ん~『エリーゼ』だったかぁ?そこの売れっ子キャバ嬢だからよ」
丑の刻参りは、本来なら顔を白くし、異様に赤く口を紅で塗る物だが、彼女はそうでは無かった。
エリーゼで働く時のような化粧はしていないが、そうした異様な白粉などは使っておらず、見た目としては本来の顔立ちが見て取れるのである。
丑の刻参りの作法をそれなりに守っている彼女なのだが、不自然な違和感があるだろう。
その白粉を塗らないで顔立ちが分かるようになっていることもそうである。
また、火が点いた蝋燭などの危険なものを身に付けていない事もであろう。
男達は下卑た笑いのまま、
そして、懐中電灯を持っていない方の男が両手を広げる。
「見られちまったなぁ、殺すか?おっ?おっ?」
煽るように嘲る様に男はそう言った。
──丑の刻参りを目撃されたら、見た相手を殺す必要がある。
そうでなければ、呪いは自身に返ってくるからであった。
もしかしたら、彼女も目撃者がごく普通の男性なら、咄嗟に、手に持った木槌で殴りかかったかも知れない。
だが、本能的に根付いた恐怖に近い恐怖に身体を動かせなかった。
まるで、猛獣を前にした様な恐怖である。
他に言うなら、例えば、刃物や銃火器への恐怖であろう。
男達からは、それらに近い威容が放たれているのである。
神室町のキャバ嬢である彼女は、そうした暴力に精通した男を何度となく目にしている為であろうか。
二人は共に、巨漢であった。
身長は、恐らく190cm前後。
筋肉量も凄まじく、プロレスラー宛らであった。
体重なども100kgに近いだろう。
しかし、その筋肉から単なるデブではないと理解できる。
何らかの格闘技やスポーツをやっていそうなのは誰の目にも明らかだった。
懐中電灯を持った男は黒鉄のような黒い肌の男である。
迷彩カラーのジャケットを羽織り、同じく迷彩柄のズボン。
黒い軍用ブーツを履いている。
肉も骨も太い。
ジャケットの下に着込んだシャツの胸元から異常に膨れ上がった大胸筋が覗いている。
日本人では無さそうであった。
もう一人は髪を金色に染めた軽薄そうな男だ。
ラメ入りの派手なステージスーツを着ており、服装だけならホストか何かの様だが、あまりにも厳めしい鍛え上げられた肉体は、そうした職種の人間では無いと物語っている。
こちらは日本人だろう。
「姉ちゃんさ、『人を呪わば二穴攻め』って言葉知ってるかぁ?人を呪ったお仕置きの時間だぜえ」
──心霊スポットの一部は、裏社会の人間の持ち物である。
そうした都市伝説が存在する。
心霊スポットに訪れた若者から、不法侵入を理由に強請を働くのである。
また、外国のギャングやマフィア、闇バイトに拉致させ、人身売買や臓器を売りさばている──そんな話だ。
エリーゼのキャバ嬢である彼女も、そうした都市伝説に近い──神室町に
神室町は現在、極道大解散により、東城会などの極道が不在となり、その後釜として出現した、様々な半グレチームや海外マフィア、東城会や近江連合に属さない極道で溢れかえっており、彼らによる反社会的勢力の群雄割拠の時代が到来していた。
神室町3K作戦と呼ばれた神室町の浄化を掲げる警視庁により、東城会だけでなく、極道に金が流れる可能性があるホストクラブやキャバクラ、飲食店、違法な風俗店も含めて摘発された事によって、神室町からは多くのそうした店舗が失われた。
そんな出来事もあり、劇場前広場に立つ
東城会が存在した時代よりも、遥かに金と暴力、性風俗にまみれた歓楽街、神室町と化しているのである。
エリーゼはそんな中で生き残っているキャバクラの一つに数えられる。
懐中電灯に照らされている女は、少しずつ歩み寄ってくる男を前に、短い悲鳴を喉の奥で鳴らした。
竦んでいる。
身体が動かない。
猫は車道に飛び出した際、走行する車を前にしても動けないと言う。
猫同様に、恐怖が身体を動かさないのだ。
脳が、意識がどれだけ逃走を叫んでも身体が言うことを聞かない……そんな状態であった。
キャバ嬢の女は、藁人形が打ち付けられている樹木を背にする。
そして、へたり込む様にして腰が砕け、その身は沈んでいった。
「いや、た、助けて、許してっ」
女──高林ランはある人物に金を払い、この廃村に訪れていた。
逃げようと思えば、彼女を連れてきた車が待っている筈だ。
そこへ急げば良い。
しかし、馴れない高下駄などを履いている。
果たして走れるだろうか。
──が、実のところ、そこへ向かっても意味は無いのである。
女が丑の刻参りなど時代錯誤な呪いを行っている理由。
彼女は所謂ホスト狂いであった。
稼いだ金以上の金をホストに使っている。
キャバ嬢を始めたのも、ホストへと貢ぐ為である。
神室町でもっとも活気があり人気のホストクラブ『スターダスト』へ通う事が、彼女の人生そのものとなっていた。
ランが呪う相手。
それは、彼女が貢いでいるホストと、同じホストへ貢いでいる若い
ホストが若い夜鳥娘の方を贔屓している。
そう感じた彼女は、深い怨嗟に飲み込まれたのである。
「助けてぇっ」
叫んだ。
もしかしたら、車で待つ人間に届くかも知れない。
車には二人いる。
一人は運転手で男性だ。
声が届いたなら助けに来てくれるかも──
淡い期待でしかないだろう。
だが、そんな思いで願いを込め、儚い絶叫を上げる。
必死の声ではあったが、何かしら起こる気配は無情にも無かった。
スマホなどは、その車に置いてきている。
この白装束に着替えた際に、預けたのだ。
当然、それは預かると言うより、取り上げたと言った方が適切だろう。
「馬鹿な女だ。助け、呼んでも無駄な事だぜ。お前が乗って来た車の奴ら、俺たちの仲間だからよ」
黒人が言う仲間とは、運転手の男と、もう一人の人物も指している。
もう一人は女だ。
だが、ただの女ではない。
この心霊スポット事業を担う女詐欺師である。
表向きは、神室町の路上占い師だ。
特定の店舗などを構えてはいない。
心霊スポット事業に女を誘い込む罠は幾つかあるのだが、こうした占い師もその一つであった。
占いやカウンセリングなどで信頼させ、スピリチュアルへと傾倒させていくのだ。
そして、今回の件では、憎悪に狂ったランに丑の刻参りを行える場所を提供すると言う話を持ち掛け、この廃村へと連れてきたのである。
女を誘い込む目的──
最終的な目的を達成するだけなら、態々ここまで連れてくる必要は無いだろう。
「お、中々、良い乳してるじゃねぇか」
黒人はランを見下ろし、下品に笑い声を洩らす。
まるで舌舐りでもするかの様な、獣染みた笑い声であった。
そして、右足で今しがたまでランが藁人形を打つために使っていた古木を威圧的に蹴った。
ランは、自身が蹴られたかのように錯覚し、身を震わせ、悲鳴を上げる。
黒人は懐中電灯をランに向けながら、もう片方の手──右手をズボンのポケットに入れ、何かを取り出した。
金属──
奇妙な金属の物体だ。
それが黒人の手に収まっている。
「おめぇは、まだどこに売るか決まってねぇけどよぉ」
黒人はその物体をランに見せた。
「先ずは俺らを楽しませな」
ランの目に映るのはまさに凶器であった。
暴力をそのまま形にした、この様な凶器をランは知らなかった。
故に、ラン自身は、それが凶器であると直ぐには理解できなかった。
弧を描き列なる四つの輪。
それは、所謂ナックルダスターだ。
八十年代の不良漫画やドラマに登場する不良少年が喧嘩に用いるメリケンサックと呼ぶ方が日本人には馴染み深いかも知れない。
だが、そのナックルダスターには本来有り得ない物が一体化しているのである。
──回転式拳銃とダガーナイフだ。
六つのチャンバーが備えられたペッパーボックスタイプの回転式拳銃のシリンダーとトリガーが、ナックルダスターとして握り込む際に小指を填める輪と一体化し、折り畳まれているのだ。
そして、シリンダーとトリガーの間には、ナイフが収納されているのである。
それは『アパッチリボルバー』と呼ばれる、ナックルダスター、リボルバー拳銃、ダガーが一つになった凶器であった。
軽い音と共に展開したダガーナイフの刃をランの胸元に近付け、黒人は彼女の顔を覗き込む。
怯えるランの顔に、嗜虐的な情欲が、蛇の様に鎌首をもたげるのを覚え喉を鳴らした。
ランも漸くそれが凶器であると理解する。
ナイフ──
しかし、それに回転式拳銃の機構も備わっている事までは、考えが及ばないでいた。
とは言え、刃物を突き付けられる事は、充分に彼女へ恐怖を植え付けるものであった。
「面白いよなぁ、他人を呪ってたキチガイ女を犯すのはよぉ」
ステージスーツの男も近寄り、二人で笑う。
彼等は極道ではない。
半グレ集団のメンバーである。
嘗て神室町に闊歩していたカラーギャングや暴走族、そして東城会の元極道などで構成された半グレ集団のメンバーだった。
彼等の組織は、中国マフィアや台湾黒社会を後ろ楯に、今や神室町の一大勢力である。
彼等の組織は、特に台湾黒社会『蚩尤街』と繋がっており、人身売買等が主な収入源となっている。
刃渡り凡そ6cm程度の両刃の折り畳み式ナイフである。
「お、そうだ、お前、ここ使うのに幾ら出したんだ」
ステージスーツの男──榎本孝則が中腰になり、そう聞いた。
ここ──廃神社の事であろう。
ランは占い師に果たしてどれくらい注ぎ込んだのか。
合計はもはや覚えていない。
占いやカウンセリング、祈祷、御守り、数え切れない莫大な金であった。
だが、この廃村の神社で呪いを行うために払ったのは覚えている。
この諸々は榎本や黒人──ボブ・グレイマン、そして占い師の女の小遣いと、組織への上納金となるのだ。
「……三十万です……」
「こいつ、馬鹿だぜ!」
榎本は襟を一気にはだけさせた。
懐中電灯の光りに照らされ、闇の中に、女の白い肌が浮かび上がる。
女は最終的には蚩尤街に売却される。
その際に女の『状態』が重要となる場合がある。
余程に『損傷』していては買い取り手の意に沿わず売り物にならないと判断される場合もあるからだ。
だが、今回は『状態』は特に指定が無かった。
その為に、榎本とボブは自分達の楽しみを優先したのである。
ランは、エリーゼの売れっ子キャバ嬢だ。
当然、その見目は非常に優れている。
占い師にカモとされている時から、既に目を付けていたのだ。
蚩尤街に売る前に、凌辱しようと考えるのも自然の流れであった。
「許してお願い、殺さないで」
死者よりも生者が怖い──
怪談でよく言われる事柄だ。
呪言を紡いでいた口から、暴力に怯える弱々しい声がランの口から発せられた。
丑の刻参りに興じ、他人を呪う女も、腕力による暴虐さには敵わないのである。