北欧異聞帯で致命傷を負った藤丸くんが、霊核を移植されスカサハ=スカディとして異聞帯を治める話 作:メス堕ち大明神
北欧の空に、空想樹が天高くそびえ立っている。北欧異聞帯の空に浮かんでいた『消えない太陽』は消失し、スルトと一体化していた空想樹ソンブレロは姿を現した。空想樹ソンブレロの根は、北欧の大地に根を張り、まるで大きな山脈のように森や集落の間を横断している。
空想樹は天幕と接続され、この異聞帯のテクスチャを縫い付けるための針として機能している。針とはいうが、いわば空想樹はこの異聞帯を支えるための柱と言っても過言ではない。
この異聞帯も他の異聞帯と同じように、空想樹がなければ維持することは出来ない。空想樹が伐採されてしまえば、たちまちこの世界は消滅してしまうだろう。
カルデアが二つ目に攻略することになった異聞帯、北欧異聞帯。この異聞帯ではラグナロクが正常に行われなかったことにより、編纂事象から剪定事象へと分岐してしまっていた。剪定の理由は一つ、『管理社会による人類の発展性の衰退』に他ならない。
スルトによるラグナロクにより、この世界は常に燃え続けており、人類が生息できる地域はスカサハ=スカディがルーンによる大結界で維持している北欧周辺のみとなっていた。
しかしスルトの消滅とともに、消えない太陽の中にあった火炎領域ムスペルヘイムも消滅。ムスペルヘイムから漏れ出していたこぼれ火も消え、北欧異聞帯が消えない炎に焼かれる心配は無くなった。
もはや敵の脅威はなくなり、北欧異聞帯は剪定の危機を乗り越え、これから未来へ向かって進むんでいくものと思われた。しかしここは『異聞帯』である。既に剪定された枝葉の世界を、接ぎ木することにより無理やり再現しているだけの存在だ。
剪定の瞬間は、もう既にとうの昔に終わっている。剪定は覆しようのない事実だった。
空想樹無しでは、この世界はどうあがいても存続することは出来ない。それが『異聞帯』として生まれた、北欧異聞帯の運命だった。
そしてこの世界が『異聞帯』である以上、北欧異聞帯とカルデアの戦いは避けられない運命にあったのだ。
スルトとの戦いは熾烈を極め、カルデアに所属していた人間は「ある一人」を除き全滅してしまった。マシュもホームズもダヴィンチもゴルドルフも、スルトとの戦いにより1人残らず亡くなってしまっている。
今この場で生きているのはカルデアのマスター、藤丸立香一人のみしかいない。
一方のスカサハ=スカディは、部下である戦乙女のオルトリンデを残し、他の戦乙女達は全員全滅してしまっていた。
藤丸とスカサハ=スカディの二人は、お互いの守る世界の命運を賭け、なけなしの体力を振り絞りながらも、最後の戦いに挑もうとしていた。
「はあ…はあ…。」
お互い既に満身創痍だった。両者ともスルトとの戦いによるダメージが蓄積しており、もはやどちらが早く息の根が止まるのが先か、という状況だった。
スルトとの戦いでシャドウボーダーは大破し、中にある霊基グラフも修復不可能なほど破壊されている。それにより簡易召喚を行うことも出来ないため、藤丸は残された簡易的な魔術礼装を片手に、ガンドを打ちながらもなんとか応戦していた。
一方のスカサハ=スカディはスルトとの戦いの際に霊核に深刻なダメージを受けており、なんとか自身の肉体を維持しているような状況だった。本来であれば人間である藤丸に神霊であるスカサハ=スカディが遅れを取ることはないのだが、藤丸がガンドでなんとか善戦出来るレベルにまでスカサハ=スカディは弱体化してしまっていたのだった。
「…時に聞くが、…カルデアのマスターよ。」
するとスカサハ・スカディは、息も絶え絶えの状態で立っている藤丸に話しかけた。
「…私はもう既に長くない。霊核は既に砕けてしまっている。今このようにして現界しているのがやっとのような状況だ…。」
「貴様もそうなのであろう?既に筋組織も体組織もボロボロだ。もしここで私を屠り、北欧異聞帯を滅ぼしたとしても、お前は白紙化した地球の大地で一人彷徨い、衰弱し、朽ち果てることになるだろう。」
スカサハ=スカディの言う通りだった。たとえここでスカサハ=スカディを倒したところで、藤丸は一人、空想樹との戦いに挑まなければならない。既に霊基グラフは破損し、自力でのサーヴァント召喚は困難だ。白紙化地球に放り出されて野垂れ死ぬ以前に、空想樹の前で藤丸は力尽きることになるだろう。無謀である、とても現実的な話とは思えない。
サーヴァントのいない自分自身が無力であることは、藤丸自身が重々承知していた。
(いやだ、そんな運命、受け入れたくない。)
もし仮にこの異聞帯がこれから空想樹を伐採し消滅したとして、ストームボーダーも、サーヴァントもいない状態で、藤丸はこれからたった一人で他の異聞帯を攻略していかなければいけない。そんなこと、到底無理な話だ。
「だからなんなんですか…、おとなしくここで、俺に死ねとでもいうんですか?」
確かに、ここで藤丸が死ねばこの北欧に住んでいる多くの命は救われるだろう。しかし藤丸がここで死んだとして、スカサハ=スカディもあと少しの命だ。
指導者を失った北欧異聞帯の住民らに、何が出来るのだろうか。住民のほとんどが子どもである北欧異聞帯の住民がどうなるかなど、想像に難くなかった。
スルトが消滅し火炎領域が無くなったところで、『神』という唯一絶対の指導者がいなくなってしまったこの世界の住人達には、きっと何もすることなど出来ないだろう。
どちらかが死んでも、結果的に取り返しのつかない事態になってしまう。これでは藤丸もスカサハ=スカディも犬死にだ。
「…そこでだ、カルデアのマスターよ。私から、ある提案がある」
「…私の代わりに、この北欧異聞帯を治める気はないか?」
「なっ……!」
彼女からの突然の提案に、藤丸は話を飲み込めず、思わず驚きの声を漏らした。
寝耳に水だった。先ほどまで命のやり取りをしていた相手からの、驚くべき提案。なんとスカサハ=スカディは、敵である藤丸に「北欧異聞帯」を治めてほしいと申し出てきたのだ。
「俺に…、この異聞帯の王になれというんですか?」
スカサハ=スカディはこの異聞帯を統治する『異聞帯の王』だ。
その王の座を、彼女は藤丸に譲るというらしい。
思いもよらない彼女の提案に、何か企んでいるに違いないと、藤丸は勘繰ってしまっていた。そもそもお互いに瀕死の重症であるにも関わらず、「異聞帯の王を継いで欲しい」なんて、そんな虫のいい話があるだろうか。きっと安心させたところで、土壇場で裏切るつもりなのだろう。
今までの戦いの経験も踏まえてそのようなことがあるかもしれないと、藤丸は疑っていた。
しかしそんな藤丸の猜疑心は、彼女が言ったある一言で打ち砕かれることとなる。
どうやら彼女には、何らかの『秘策』があるようだった。
「私の代わりに異聞帯の王になることで瀕死の重傷から助かる道があるとしたら、お前はどうする?」
スカサハ=スカディは藤丸の表情を探るような様子で、こう答えた。
なんと『異聞帯の王となることで、瀕死の重症から助かる道がある』ということらしい。
彼女の提案を承諾すれば、藤丸はこの異聞帯でのたれ死ぬことはせずに生き延びることが出来る。その代わり、藤丸はこの異聞帯を治めなくてはいけない。それが彼女から提示された助かるための条件だった。
しかしそれはカルデアのマスターとして、人類最後のマスターとして、正しい選択といえるのだろうか。マシュやダヴィンチ、ホームズは、藤丸にカルデアとしての役目を託し散って行った。北欧異聞帯の王として、彼女の役割を引き継ぐということは、これから行う選択は、彼らの期待を裏切ることになってしまう。
(俺が北欧異聞帯の王になるということはみんなの…、カルデアのみんなの想いを裏切るということだ…。)
藤丸の頭に、マシュの顔が浮かぶ。
彼女は藤丸を守るため、スルトからの攻撃を身を呈して守り、遺体は跡形もなく消し飛んだ。
あんな凄惨な最期を、彼女も辿りたくなかったはずだ。
もし、異聞帯の王となることで命が助かるのならば。
おそるおそる、藤丸はスカサハ=スカディの瞳を見る。
「………。」
彼女の瞳は澄んでおり、藤丸を見つめるその視線は、どこまでもまっすぐだった。彼女が嘘をついて藤丸を陥れようとしているようには、とても思えない。
死にたくない。こんなところで終わりたくない。
それはきっと、彼女だって、スカサハ=スカディだって同じはずだ。
「…分かった。貴女の提案を受け入れる。」
彼女の真剣なその態度を信じ、藤丸は彼女の提案を受け入れることにした。
「ところで、俺をこの異聞帯の王にするってどうやって?」
異聞帯の王。
それはすなわち、空想樹を守り、この異聞帯を維持する役目を引き継ぐということだ。
これまで彼女の話を聞いたきたが、異聞帯の王となることと、瀕死の重症が完治することがどうも繋がらない。
「…その肝心の方法についてだが、私の話を聞けば、もしかしたらお前は躊躇うかもしれない。それでもよいのか?」
「躊躇う…って?」
「その『方法』を聞けば、お前は躊躇うかもしれない」と、彼女は言った。
躊躇うかもしれないという『方法』とは、一体なんなのだろうか。
かつてロシア異聞帯では、空想樹の運営権がイヴァン雷帝から皇女アナスタシアへと権限移譲されたことがあった。しかしあれは、移譲された側であるアナスタシアもサーヴァントだったから出来たことだ。生身の人間であり、魔術師ですらない藤丸に、そのようなことが出来るのだろうか。
しかしその方法は藤丸が想像するどのような方法にも当てはまらない、予想外のものだった。
「…私の霊核をお前に移植し、お前自身を私…『スカサハ=スカディ』にする。それが今この場で、お前を生き延びさせることが出来る、唯一の方法だ。」
「俺が…『スカサハ=スカディ』に…?」
人間である藤丸に、異聞帯の王の座を引き継がせる方法。
なんと自身の霊核を藤丸に移植し、藤丸をスカサハ・スカディ自身にするというものだった。
「霊核を移植すれば、肉体の修復が始まりお前の肉体は私…『スカサハ=スカディ』と同一のものになる。」
霊核とは、サーヴァントや一部の神霊を構成する核のようなものだ。人間で言うところの脳や心臓にあたり、これが破壊されればサーヴァントであろうと絶命し、神霊であろうと存在が消え去ってしまう。
そして霊核とは高濃度の情報体だ。その霊核の元となった神霊やサーヴァントの姿、記憶、人格などの全てが濃縮されている。いわば神霊やサーヴァントにおけるDNAと言ってもよい。
「そして必ずしも成功するとは限らない。お前の肉体は神霊である私の霊核に耐えられず死んでしまうかもしれない。一世一代の大博打と言うわけだ。」
そのようなものを移植すれば、通常の人間であれば耐えられず、たちまち肉体は崩壊し絶命してしまうだろう。
藤丸は以前ジークフリートから、聞いたある話を思い出していた。かつてとある世界線で聖杯戦争が行われ、致命傷を負ったマスターの肉体にサーヴァントの霊核の移植が行われた。
そのマスターは「あるサーヴァント」の心臓を移植され、そのサーヴァントの姿に変身できるようになったらしい。しかしそのマスターはホムンクルスであり、通常の人間がやってしまうと肉体や精神が崩壊する可能性があるとのことだった。
「もちろん、一度霊核の移植が行われれば二度とお前は元の姿に戻ることは出来ない。神霊である私の霊核に肉体が適合するということは、遺伝子レベルで肉体が変質するということだからな。そして、『魂』さえも。」
もし適合するならば姿形が上書きされ、藤丸はこれから何十、何百、何千年に至るまで、スカサハ=スカディとして生きてくことになるだろう。
それはつまり、これからの人生を『女性』の肉体で生きていくことを意味していた。
「お前の考えていることは私も分かっている。私に、いや…『女の肉体』になるのに抵抗があるのだろう?」
「そ、それは…。」
藤丸はこれまで生まれてきてから17年間、男としての人生を生きてきた。神霊であるとはいえ、彼女は女性である。生き延びるためとはいえスカサハ=スカディの姿になることに、藤丸は少し抵抗があった。スカサハ=スカディになるということは、これからの人生をずっと、女の身体で過ごしていくことになる。
「気にすることはない。性別による肉体の違いなんて些細なものだ。ましてや私は神霊だ。人間にとっては気にすることでも、私にとっては些事に等しい。3000年の月日をこの姿で生きてきた。きっとお前も、私として何千年も生きていくうちに慣れるだろうよ。」
どうやら神霊であるスカサハ=スカディにとって、肉体による性別の違いは些細なものだったようだ。彼女にとって、それほど気にすることではないらしい。
「なんならこれからはお前が『スカサハ=スカディ』なのだから、その体は好きに使ってくれて構わないぞ。胸なんかいくらでも揉んでも構わぬし、服を脱ぎ全裸姿を眺めてもよい。自慰行為にふけっても構わないぞ。民との間に子を作るのもよいかもしれぬな。」
「なっ…!そんなことするわけ…!」
「よいよい。カルデアのマスターであったとして、使命を受け戦う戦士だとして、お前も男だ。私にとって肉体の違いは些細なものと言ったが、なにも人間の情欲に理解がないわけではない。好きに使ってくれて構わないのだぞ?」
「おっと、話がそれてしまったな。どこまで話しただろうか。」
「そして肉体の変化にお前が耐えられるということは、逆説的にお前の『魂』もこの私…スカサハ・スカディと同一のものに変質しているだろう。…カルデアのマスターよ、アカシックレコードというのは聞いたことはあるか?」
アカシックレコード、聞いたことがある。以前カルデアでの魔術世界の座学の講習を受けた時に、ダヴィンチから聞いた概念だ。
アカシックレコードとは、この世界の万物が記録されている場所のことで、根源の渦に含まれる権能の一部だとされている。
「アカシックレコードに記録されている存在自体が書き換わり、お前の魂のラベリングは『藤丸立香』からこの私、『スカサハ=スカディ』のものに書き換わるだろう。そしてこの変化は不可逆的なものだ。」
「魂のラベリングが書き換わってしまえば、お前はこの世界から『藤丸立香』としてではなく『スカサハ=スカディ』として認識されるようになる。お前の魂が『藤丸立香』として生を受けたという記録が無くなり、お前は最初から『スカサハ=スカディ』だったと、世界から認識させるようになるだろうな。」
しかし人の身である藤丸が、神である彼女の霊核を移植し彼女の存在規模に耐え切ることが出来るのだろうか。
「けれど、勝算はあるんですよね?」
いくら移植の際のショックで死ぬかもしれないとはいえ、流石のスカサハ=スカディも無策ではないだろう。
「…ああ、勝算はある。後ろにある空想樹を見てくれ。」
するとスカサハは、後ろにそびえ立つ巨大な大樹に目を向けた。
空想樹ソンブレロ。この北欧異聞帯を維持している柱のようなものだ。空想樹は北欧の大地に根を張り、今もなおこの北欧世界を支え続けている。
この異聞帯のにある森羅万象は、空想樹を通し演算され、地表に出力されている。それは生物のみならず、神霊でさえ例外ではない。それはこの異聞帯の女王であるスカサハ=スカディとて例外ではなかった。
「それに関しては、この空想樹の権能の一部を使おうと考えている。空想樹の膨大な魔力と演算能力、そして研鑽を重ねた私のルーン魔術の全てを用いれば、お前を私の姿にすることも造作もないはずだ。」
スカサハ=スカディのような神霊でさえ、この異聞帯においては被造物に過ぎないのだ。であれば逆説的に、空想樹の演算能力を使えば、この異聞帯に存在するものであれば好きなように改変出来るということだ。それはつまり、「藤丸の肉体をスカサハ・スカディの姿に変えることが出来る」ということを意味する。
通常であればそんなことは不可能だ。しかし何事にも例外はある。
神域の魔女であり、北欧神話に名を連ねる一柱、ルーン魔術の天才であるスカサハ=スカディの手にかかれば造作もないことだ。
他にこのようなことが出来る存在はおそらくもう1人、ブリテン異聞帯の冬の女王、モルガンくらいだろう。
「ではこちらに来い。これから霊核の移植を始めるとしよう。」
彼女は目を閉じ、自身の胸に手を当て念じ始める。しばらくすると、彼女の手のひらに光り輝く宝玉のようなものが現れた。
その宝石のようなものは北欧の空に舞う雪のように光り輝き、青く煌めいていた。
これこそがスカサハ=スカディの霊核であり、彼女を構成する重要な存在である。人間で言うところの脳や心臓に値するものだ。本来であれば剥き出しにして他人の目に触れる場所に晒すものではない。
これは概念的なもので、スカサハ=スカディの持つ神格、歴史、記憶に人格、肉体を構成する要素に至るまで、いわば遺伝子情報のようなものだった。
「これが私の霊核だ。今からこれを、お前にすることになる。覚悟はよいな?一度移植をしてしまえば、お前は二度と『藤丸立香』には戻れなくなる。」
二度と藤丸立香には戻れない。そして、アカシックレコードに眠る藤丸の魂は、魂のラベリングごと上書きされ、藤丸立香という存在は完全に『スカサハ=スカディ』そのものになるだろう。
「うん、覚悟はしてる。キミの代わりに、この北欧異聞帯を治めてみせるよ。」
藤丸は決意を新たに、スカサハ=スカディに声をかける。
「ああ。『私』を受け継ぐ相手が、お前でよかった。」
藤丸の言葉を聞き、スカディは安堵の声を漏らし、微笑んだ。
その言葉を聞き、彼女も覚悟か決まったようだ。
「では、こちらに来るがよい。私の霊核を、お前に移植するとしよう。」
そしてスカディは、その光り輝く霊核を藤丸に移植する準備を始めた。
「空想樹、接続開始。演算機能の一部を限定解除。」
スカディが自身の魔術回路と空想樹を接続し、藤丸の肉体と自身の霊核をリンクさせる下準備を始める。運命の瞬間は、刻一刻と迫っていた。
「カルデアのマスターよ、私がいなくなった後の北欧異聞帯を頼むぞ。」
スカディが手をかざすと、宝石のような彼女の霊核は、スルリと藤丸の体の中へと入っていった。
「……!?」
しばらくすると、藤丸の全身が白い光に包まれた。
白い光はたちまち藤丸の全身を覆い尽くし、彼の傷ついた肉体の修復を始める。
彼女の霊核には、彼女が今まで生きてきた『スカサハ=スカディ』としての情報が全て記録されている。
それが藤丸の肉体の遺伝子情報から、魂のラベリングまでを上書きしていく。
しばらくすると、藤丸自身の肉体に変化が現れ始めた。
平均的な日本人の少年の見た目だった彼の顔はみるみる変化していき、鼻筋が高く、彫りの深い北欧の女性を思わせる顔立ちに変化していく。
短かった彼の髪の毛は長く伸び、長さが腰のあたりまでになると、ピタリと止んだ。
170cm程度あった身長は彼女の肉体に合わせ10cm程度縮んでいき、華奢な女性を思わせる体躯へと変わっていく。肩幅も狭くなり、鍛え抜かれた胸板はみるみるうちに豊満な乳房へと変化していった。
腰とみるみるうちにくびれていき、骨盤が大きくなっていく。彼の持っていた『男の象徴』も、女神である『スカサハ=スカディ』には不要なものだ。彼が生まれてから17年間を共にしてきた男の象徴も、女神に相応しいものへと形を変えていった。
(ああ…俺、本当にスカサハ=スカディになってしまうんだ…。)
体の変化が止まると『彼女』の体を覆い尽くしていた光の粒子は、大気中へと霧散していく。
そして、変化した彼女の姿が、外界へと顕わになった。
切れ長の目は深紅に輝き、冷たさの中に、どこか優しい雰囲気を放っている。北欧の雪原に反射し輝く、長く美しい紫色の髪は、冷たい風にそよぎながらも優雅に広がり、まるで夜の闇をまとったかのようだった。
藤丸が着ていた礼装は霊核の移植とともに、スカサハ=スカディの着ていた神秘的なドレスへと変わっていた。
ドレスの肩には黒い羽があしらわれ、威厳と妖艶さを兼ね備えた雰囲気を醸し出している。
固くゴツゴツしていた彼の手は女性的なものへと変わっており、指の一本一本が細くしなやかなものへと変わっていた。陶器を思わせる白い肌はかつての藤丸よりも白くなっており、北欧の銀世界とも相まって、より美しく見えた。
「…これが、俺?」
白銀に輝く北欧の大地に現れた、麗しい人影。
藤丸の姿は『スカサハ=スカディ』の姿そのものへと完全に変貌を遂げていた。その姿には、藤丸立香の面影などどこにもない。そこにいたのは『カルデアのマスター』の姿ではなく、この異聞帯を統治する北欧の女王の姿だった。
スカサハ=スカディは少し前に、霊核を移植することで魂のラベリングごと変わると言っていた。もはや『正体看破』の魔眼やそれに類する権能を持ったサーヴァントであっても、彼女の正体を感知することは出来ない。
誰が見ても、彼女をスカサハ=スカディでないと疑うものはいないだろう。
(…そう言えば、彼女はどうなったんだ?)
先ほどまで彼女がいたところが気になり、スカディは思わず後ろを振り向いた。
雪のような光の粒子が、北欧の青い空へ舞う。
かつてスカサハ=スカディがいたはずのその場所には、もはや誰もいなかった。
スカディが振り向いた時には、彼女は光の粒子となって、大気中へと霧散してしまっていた。
(…ああ、俺…本当にスカサハ=スカディの姿になったんだ。)
光の粒子となり北欧の空に舞い散るスカサハ=スカディの残滓を見て、彼女はこの世にスカサハ=スカディと呼べる人間は自分しかいないのだと言うことを痛感した。
それは同時に、この世界から『藤丸立香』と呼ばれる人間はいなくなってしまったということを意味していた。
そして自分のことを『藤丸立香』として認識してくれる人も、既にこの世にはいない。マシュもホームズもダヴィンチも、カルデアの仲間はみんな亡くなってしまったからだ。
(俺に彼女の…、スカサハ=スカディの代わりなんて務まるのかな?)
スカディは心の内で、思わずこれからの将来に関する不安を吐露した。自分のような人間が、北欧異聞帯を治める女王なんて立場が務まるのだろうか。いくらカルデアのマスターとして数多の戦場での実戦経験があるとはいえ、藤丸は日本に住んでいた元一般人だ。国の運営や、政治に関する知識があるわけではなかった。
これから行く宛てもなく、無計画にこの異聞帯を放浪するわけにはいかない。まず向かう先は、彼女が住んでいた氷の城だろうか。
「…さて。これからどうしようか…?」
彼女が住んでいた氷の城を探すため、あたりを見渡していると、ふと視点が足元の方へと向かった。
それは、まぎれもない女の身体だった。
スカディが顔をうつむくと、大きな二つの乳房が視界に入った。ドレス越しに見ても分かるほど大きな、二つの双丘。かつての藤丸の肉体にはなかったその『異物』は大きな存在感を放ち、彼女の肉体に存在していた。
(これが…俺の、)
「本当はこんなこと、してはいけない。」そんなことは頭では分かっていたはずだった。しかしスカディの中の『藤丸立香』の男としての好奇心が、まだ見ぬその先を知りたがろうとする。
興味が無いといえば、嘘になる。人類を救う使命を課せられた人類最後のマスターとはいえ、藤丸も、中身は健全な男子高校生だ。
目の前に自分の自由に触れられる女体があれば、当然興味を持つお年頃だった。
(いい…よな?少しくらい…今は『俺』がスカサハ=スカディなんだし…。)
今の自分は『藤丸立香』ではない。北欧異聞帯の女王、スカサハ=スカディだ。
大義名分を得たスカディは、そう自分に言い聞かせると、おそるおそる両手で包むように自身の乳房を揉んでみることにした。
(や、やわらかい…、これが女性の…)
スカディがやさしく乳房を包み込むと、手のひらに柔らかな感触を覚えた。
彼女の乳房はまるで餅のように柔らかく、指で強く押し込むと、弾力が乳房を通して跳ね返ってくる。
それらの感覚は、これまで『男』として生きてきた藤丸の人生にはなかった、新しい体験だった。
(なんか、癖になりそうな感覚っ、これっ)
揉めば揉むほど、手元に柔らかい感触が残る。
生まれて初めて体験する、不思議な感覚。
それからしばらく、スカディは満足するまで、自身の乳房を揉み続けた。
スカディが乳房を揉み続けて、5分くらいが経ったときのことだった。スカディの興味の視点は、ある別の一点へと集中していた。
(乳首があるあたりは…、どうなってるんだろう。)
スカディの興味は、自身の乳首へと向かっていた。
藤丸がまだ日本にいた際に、部屋のベットの下に隠していたエロ雑誌で見たことがある。
女性の乳首は子どもに母乳を与えるために、乳輪が男性と比べて大きく発達しているはずだ。
(知りたい…、もっと『その先』を…。)
スカディが自身の乳首を確認するため、ドレスをたくしあげて服を脱ごうとした、その時のことだった。
「…ゴホン。カルデアのマスター…。いえ、スカディ様、お楽しみは済んだでしょうか?」
乳房を揉むのに夢中で、先ほどからいた後ろの気配に気付かなかった。スカディが後ろを振り向くと、そこに立っていたのは先ほどまで戦っていた戦乙女の1人、『オルトリンデ』だった。
「お待ちしておりました。改めてよろしくお願いします。私、あなたの補佐を務める戰乙女の『オルトリンデ』と申します。」
(い、一体いつから…?一体いつから彼女は俺の後ろにいたんだ…?)
彼女の姿を見て、スカディはふと我に帰った。
オルトリンデは一体いつ頃から後ろにいたのだろう。そんなことを考えていると、先ほどまでの興奮が、一気に冷めてしまった。
(…最低だ、俺。何をしてるんだろう。)
(スカサハ=スカディはそんなつもりで、俺に身体を託したわけじゃないだろうに…。)
霊核を移植される前、彼女は確かに「自分の体を好きにしてよい」と、あのようなことを言っていた。しかし実際は、自分の代わりにスカサハ=スカディとして異聞帯の王を継いでほしいのが本音のはずだ。神霊とはいえ、彼女も死ぬのは怖かったはずだ。
そんな彼女の本音を蔑ろにし、彼女の言葉を額面通りに受け取り、彼女の身体を性的に消費しようとした。
そんな自身の浅ましさに、スカディは自分自身を強く責めた。
スカディが自身の内面と葛藤していると、オルトリンデは話を続けた。
「これよりはあなたがスカサハ=スカディ様であり、『私達』が仕えるべき主。貴女のことを、これから命に変えてでもお守りいたします。」
彼女の言葉を聞き現実を突きつけられ、スカディははっとした。自分はこの北欧異聞帯で「スカサハ=スカディ」として未来永劫、この北欧異聞帯を守る異聞帯の女王としての運命を宿命づけられたのだと、スカディは改めて理解した。
するとオルトリンデは、これからこの北欧異聞帯を治める異聞帯の女王としての役割を理解してもらうために、スカサハ=スカディとなった藤丸のために道案内を始めた。
「スカディ様。それではまず貴女を我々が住む城へと案内いたします。私の後ろに着いてきてください。」
我々が住む城というのは、かつて藤丸達が招かれたことのある、氷の城のことだろう。この異聞帯に来てから、これまで何度か招かれたことはあったが、自分の意思で向かうのはこれが初めてだ。
「…ああ、分かった。うん、今すぐ向かうとしよう。」
自分の意思か、それとも肉体による影響なのか、『スカサハ=スカディ』の口調を真似して、かつて藤丸だったスカディはオルトリンデに返事をする。
『スカサハ=スカディ』として生まれ変わった、藤丸立香の新しい人生が幕を開けたのだった。