北欧異聞帯で致命傷を負った藤丸くんが、霊核を移植されスカサハ=スカディとして異聞帯を治める話 作:メス堕ち大明神
オルトリンデの案内に従い、スカディはかつてスカサハ=スカディが根城にしていた『氷の城』へと向かっていた。
スカサハ=スカディが住んでいた氷の城は、汎人類史だとかつてオスロが存在していた場所に建っていた。
オスロとはノルウェーの首都で、チョコレートやサーモン、蒸留酒のアクアビットを特産品としている北欧の都市の一つだ。スカンジナビア半島の西方に位置し、首都ではあるものの、ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、フィンランドの四国の中でもやや規模が小さく、人口は約70万人程度しかいなかった。
藤丸だった頃のスカディは、学校の地理の教科書で少し名前を聞き齧っていたくらいで、それ以外のことはあまり知らなかった。藤丸にとってはそれくらいしか馴染みのないその場所に今、藤丸立香はこうしてスカサハ=スカディの姿で女王として立っている。
(それにしても…、結構遠いな。…もうかなり歩いているような気がするけど…。)
スカディがオルトリンデとともに氷の城まで歩き始めて数十分が経過していた。
遠くに氷の城の外観は見えているのだが、未だに目的地に辿り着く気配は見えない。このままだと、いずれ日が暮れてしまうだろう。
すっかり歩き疲れているスカディを見かねたのか、オルトリンデはスカディに『ある提案』を投げかけた。
「歩いていると少し時間がかかりますね。飛んで行きましょう。スカディ様、『飛翔のルーン』はお使えになれますか?」
(飛翔のルーン…って、あれだよな。スカサハ=スカディが使ってたやつだよな。)
『飛翔のルーン』。それは、スカディが使っていたルーン魔術のうちのひとつだ。主に長距離移動を行う際に使用していたルーン魔術であり、スカディが他の集落に訪問などをする時は、このルーンを決まって使用していた。オルトリンデら戦乙女が使っている空中浮遊も、スカディの飛翔のルーンを応用したものらしい。
「今の貴女であれば、飛翔のルーン以外にも、かつてスカディ様がお使いになられていたルーン魔術を一通り使えるはずです。」
オルトリンデが言うには、今のスカディであれば問題なく、かつてスカサハ=スカディが使っていたルーン魔術を使用できるとのことだった。
しかし藤丸は、ついさっきスカサハ=スカディの姿になったばかりである。
今まで一度も使ったことがないルーン魔術を急に使えるようになるなんて、とてもではないが思えなかったからだ。それに加え、そもそもルーン魔術にどれくらいの種類があるのかすら把握していない。ましてや自分は、ルーン魔術はおろか魔術に関しては素人も同然だ。そんな自分にルーン魔術などを簡単に扱えるはずがないと、スカディは心の中で思っていた、その時のことだった。
(あれ…?なんだこれ…、これは…スカサハ=スカディの…『記憶』?)
スカディの頭の中に、突如として飛翔のルーンのイメージが浮かび上がった。
もちろん、今まで藤丸はルーン魔術を使ったことは一度もない。ときどき汎人類史のスカサハが披露してくれたルーン魔術を見せてもらうくらいで、藤丸はほとんどのルーン魔術を存在さえ知らなかった。もちろん、この飛翔のルーンの存在も初耳である。
それなのにまるで、『最初から知っていた』のように、スカディの頭の中には飛翔のルーンのイメージが思い浮かんでいた。それだけではない、飛翔のルーン以外のルーン魔術も、『まるで最初から知っていたかのように』スカディの頭の中に入っていたのだ。
(まさかこれって、スカサハ=スカディの霊核を移植された影響なのか…?)
スカサハ=スカディの霊核が与えた影響は身体や権能だけではなかった。
どうやら知識面においても、彼女が知っている分野であれば、スカディの姿になった藤丸の頭の中には彼女の知識が入っているらしい。スカディの霊核が移植されたことにより、スカディの霊核の影響は身体だけではなく、藤丸の脳にも及んでいるようだった。
(俺、ルーン魔術のことなんか全然知らなかったのに…。なんかまるで自分が、自分じゃなくなっているみたいだ。)
身に覚えのない知識が自分の中に入っていることを知り、藤丸は少し恐怖を覚えた。
まるで自分が自分でなくなるような、自分の根本が変わっていくような、そんな感覚だった。
「っと…それで、飛翔のルーンを使えばいいんだよな。ちょっと待ってて、今すぐ起動するから。」
スカサハ=スカディの記憶を頼りに、スカディは空中に『飛翔のルーン』の文字を描いた。
するとスカディの肉体が仄かに赤く光り、スカディの身体が宙に浮き始めた。
「やはり私の見立て通りでしたね。この調子であればスカディ様が使われていたルーン魔術も全て使えるはずです。おめでとうございます。」
オルトリンデの見立てでは、スカサハ=スカディの姿になったことによりかつて彼女が使っていたルーン魔術を使えるのではないかとのことだった。
実際に、彼女の頭の中には飛翔のルーン以外のルーン魔術も知識として記憶している。
「それでは氷の城へと向かいましょう。場所は私達から向かって北北西の方向です。」
時速90kmの速さで飛翔し、遠くにそびえ立つ氷の城へと向かって飛んでいく。風を切りながら、二人は氷の城の方向へと進んでいった。
(…不思議だ、なんで寒さを感じないんだろう。)
北欧の空に広がる冷たい空気が向かい風となって、スカディの身体を吹き付ける。
本来であれば時速90kmの速さで空を飛べば凍てつくような寒さが全身を襲うはずなのだが、スカディは全く寒さを覚えることがなかった。山の神である彼女の権能によるものなのだろうか。
しばらく飛んでいると、あたりにまばらに巨人が点在しているのが見えた。あれはこの北欧異聞帯に生息している固有種の巨人だ。巨人は三種類おりヨトゥン種、ベルグリシ種、ムスペル種の三種が生息している。三種ともがこの北欧異聞帯の霊長として名を連ねており、この異聞帯には人類を含めて四種の霊長が生息していることになる。圧倒的な腕力に巨大な体躯を持つ彼らの存在は人類にとって脅威であり、捕食者である巨人の存在は、個が弱く矮小な北欧異聞帯の人類にとって、彼らを被捕食者の立場に陥れるには十分すぎるほどだった。
(俺がこの異聞帯の王になったんだ。アレもなんとかしないとな…。)
もうこの異聞帯には、スルトが発生させていた炎は存在しない。
そうであれば集落の人間達を間引きする必要も無くなったも同然だ。
早いうちにあの巨人達をどうにかしなければと、スカディは決心した。
スカディが飛翔のルーンを使ってオルトリンデと氷の城に向かい、数分が経過した。
歩いていくと半日以上かかってしまう氷の城に、わずか数分も経たずに着いてしまった。
「ここが、氷の城…。」
スカディの姿になってから改めて見る氷の城に、スカディは圧倒されていた。
あの時は敵の根城に入るというプレッシャーと、スカサハ=スカディ本人の威圧感も相まって堅牢な要塞のように見えたが、実際は要塞としての機能を持っていないかった。
断崖絶壁の上に建っているこの城は要塞としての機能よりも優雅さ、荘厳さを重視していた。防衛機能はスカサハ=スカディ本人の魔術に依存しており、建物の素材として使われている氷や雪は全てスカサハ=スカディの魔力によって作り出されたものである。
敵として相対した時にはその堅牢さがとても恐ろしく思えたが、自信の所有物となった今となってはとても頼もしく見えた。
氷の城は、橋を超えたその先にある。もしもの時は、この橋を落として籠城するのだろうか。
「よし、入るぞ。」
スカディは意を決して、スカディが住んでいた氷の城へと足を踏み入れた。
「おかえりなさいませ、スカサハ=スカディ様。」
スカディが門扉を潜り城の中に入ると、無数の戦乙女たちが氷の城のエントランスで待機していた。どうやら彼女達は、主人であるスカサハ=スカディの帰りを待っていたらしい。
「彼女らは私と同型機の、量産型の戦乙女達です。これよりスカディ様の日常生活における様々なことをサポートいたします。」
彼女らはヒルド、スルース、オルトリンデを素体として作られた、量産型の戦乙女達だった。
(あ…、あの子達、って)
彼女達の姿を一目見て、スカディはふと疑問に思った。
彼女達はみな同じ顔をしており、同じ姿をしている。
そこにはかつてカルデアが倒したはずのヒルド、スルースの2人も含まれていた。
するとスカディの考えていることを先読みしたのか、オルトリンデはスカディの考えていた疑問にこう答えた。
「なぜヒルドとスルースがいるんだ、と考えているような顔ですね。答えは簡単です。彼女達は私達3人をオリジナルに作られた同型機、ですから。」
「しかし私やヒルド、スルースと違って、自由意志はありません。彼女らはただ命じられた役割に順じ、行動に写すだけです。」
オルトリンデからされた説明はこうだった。
どうやらヒルド、スルース、オルトリンデ以外の戦乙女達は、3000年前のラグナロクにおいて亡くなっており、スカサハ=スカディは生き残った3体の戦乙女をベースに数百体の量産機を作り出した。そのオリジナルとなったのが、ヒルド、スルース、オルトリンデの3人らしい。戦乙女がみんな同じ顔、髪色をしているのは、そのためである。
しかし先の戦いにおいて、ヒルドとスルースの2体はカルデアが倒してしまい消滅してしまっていた。倒したはずのスルーズとヒルドが生きている理由。それは、スルーズとヒルドをオリジナルとした
よって現在、自由意志を持って行動しているのはオルトリンデ1人のみとなっている。
(そうか…俺達が…、カルデアがスルースとヒルドを…)
オルトリンデとかつては共に行動していた、いまこの場にいない2人。スルースとヒルドの2人は、他でもない藤丸達カルデアが手をかけてしまっていた。
スルトとの戦いに巻き込まれてなどではない、異聞帯と汎人類史を巡る戦いで、2人はカルデアの魔の手から北欧異聞帯を守るために、使命に殉じて亡くなったのだ。
スカディはふと、おそるおそるオルトリンデの表情を確認した。オルトリンデにとっては姉妹であるスルーズとヒルドを殺した張本人である人間が目の前に立っているのだ。ましてやその人物は、なりゆきでそうなってしまったとはいえ、自分が仕えている女王と同じ姿をしている。何も思うところがないはずがなかった。
「…キミは、私を…『俺』のことを、憎いとは思わないんですか?だって俺達は…キミの姉妹を…」
そこまで言って言い淀むと、スカディはおそるおそるオルトリンデの表情を見た。
オルトリンデは、少し思い詰めたような表情でうつむいていた。
そしてしばらくの間沈黙し、オルトリンデはスカディに対してこう答えた。
「…なにも思うところがないか、と言われると、それは嘘になります。しかしそれは私個人としての話。あの時、戦いに負ければ必ずどちらかが死んでしまっていた。それは『あなた達』も同じだったはず。あなた達は勝って、スルーズとヒルドは負けた。それだけのことです。」
「そして私たち戦乙女は、厳密に言うと『個』を持ちません。記憶や情報は任意性ですが同期されますし、『群体』で一つの存在であることが我々の強みともいえます。」
「そしてあなたは、かつての我が主人から『スカサハ=スカディ』という存在、立場を受け継ぐ役割を与えられた。スカディ様自らがあなたに役割を引き継ぐことを決めたのですから、私達はそれに従うまでです。」
少しほっとした、といえば嘘になる。
本来であれば罵詈雑言をぶつけられてもおかしくない立場だ。
敵対の末スルーズとヒルドを手にかけ、挙げ句の果てにスカサハ=スカディの姿になり、敵対していたはずのカルデアの人間が仕えていた主人と同じ姿になっている。
もっと口汚く罵ってもらってもいいと思っていた。
彼女が自分に対してどう思っているか。本心ではどう思っているか分からないが、彼女の胸の内を聞けて、スカディの中の藤丸は軽い安堵を覚えた。
「それでは改めて私、オルトリンデが城の中を案内いたします。スカディ様は私の後ろに着いてきてください。」
オルトリンデの言われるがままに、スカディは彼女の後ろを着いて行った。
エントランスを抜け少し歩いていくと、そこは廊下だった。
青を基調としたその廊下は、周囲の氷や雪も合間って煌びやかに写り、神秘的な雰囲気さえ感じられた。廊下は50メートル以上あるのだろうか、かなり奥の方まで続いており、数十の扉がスカディの視界に確認できた。
「とりあえず、日常生活で必要とされる場所を案内いたしますね。スカディ様、こちらへいらしてください。」
そういうとオルトリンデは、向かって左側にある一番近くの扉を開けた。
「こちらは食事室になります。調理係を割り振られている戦乙女が調理師として厨房でスカディ様の毎食の料理を作っております。」
そこは食堂だった。氷で作られた優雅な雰囲気の長テーブルの中央に、スカディが座るためのものと思われる椅子が用意されている。
椅子には豪勢な装飾が施されていた。北欧異聞帯は貨幣経済ではないが、一眼見ただけでそれが汎人類史であれば高価なものであるということが分かった。
「かつてのスカディ様は森で採れた果実や川魚、鹿のジビエ料理などをよく召し上がっておられました。時々ですが、魔猪を召し上がることもございましたね。」
「おそらくですが、スカディ様のお姿になられてることによって味覚も変わっておられると思います。先ほどのメニューも、きっとご満足されると思いますよ。」
スカサハ=スカディは神霊であるが、どうやら人間のように食事をするらしい。神霊でも、食事をしなければ餓死することもあるそうだった。またオルトリンデの推測ではあるが、身体がスカサハ=スカディの姿に変わったことにより味覚が彼女のものに変化しているかもしれないということらしい。魔猪料理などの風変わりな品物も、スカディの肉体であれば拒否反応なく平らげることが出来るだろう。
「スカディ様が何か召し上がりたいものがございましたら、ぜひ私達の誰かに申し使ってください。すぐにその日の食事で用意してご覧になります。」
どうやらスカディが好きなものを言うと、調理担当の戦乙女がそれを作ってくれるらしい。
カルデアにいた頃はその役割は調理担当のサーヴァントが担っており、主にエミヤやブーティカがそれらの仕事を行っていた。
(もし俺が日本食が食べたいって言ったら、作ってくれるのかな?)
もちろんこの北欧異聞帯に、日本食なるものは存在しない。
スルトが地上を焼いたのが神代の頃なので、汎人類史におけるこの時代には日本食はおろか、日本の原型である大和王朝の中央政権すら誕生していない。まだ日本は小さなクニや集落が集まってできた群島で、木の実や狩猟を主な主食として生活していた頃だ。
そもそもスルトが地上を焼き尽くした世界がこの異聞帯なので、そもそも大和王朝すら誕生しないまま世界とともに焼き尽くされたのが、この世界だ。
そもそもこの世界には元から存在しないものを一から説明したところで、作れるのだろうか。
スカディは故郷の味に舌鼓を打ちたい欲をぐっと堪えて、オルトリンデの次の案内先へと向かうことにした。
「こちらは図書室になります。ラグナロク前から残る書物やルーン魔術の魔術書、この世界の歴史書や集落ごとの戸籍の記録もこちらに記録されています。」
次に案内された場所は図書館だった。
この異聞帯における叡智の殿堂であり、ラグナロク以前にあった書物が保管されている。書物とは言っても幅は広く、ルーン魔術に関する魔術書や北欧異聞帯の歴史書、植生や動物に生態についてまとめられた学術書など、様々なジャンルの本が置かれていた。
しかしスルトの炎によりほとんどが焼失してしまったので、この時代ではすでに失伝してしまったものも中にはあるようだ。この図書館に保管されている書物は、なんとかラグナロクの影響を免れた書物を、スカサハ=スカディが蒐集したものばかりである。
娯楽小説などの類はなく、それはこの異聞帯に娯楽小説などの類の娯楽が生まれる土壌がないことを意味していた。
この北欧異聞帯は識字率が低く、読み書きが出来るのはスカサハ=スカディと戦乙女達のみのため、実質スカサハ=スカディのためだけに用意された図書館と行ってもよい。
紫式部やシェヘラザードなどのサーヴァントが見たら、きっと喜んでいたことだろう。
(もし紫式部さんやシェヘラザードさんがいれば、見せてあげたかったな…。)
しかしそれも、既に叶わない願いだ。霊基が登録されたトランクが破壊されているため、カルデアの補助なしでは彼ら彼女らを召喚することは叶わない。そしてそのカルデアはスカサハ=スカディになった藤丸を残し全滅してしまったので、召喚は実質不可能である。
「…そういえば、文字とかはどうなんだろう。どれどれ…」
スカディは試しに、近くにあった本棚の本を手にとって読んでみた。
先ほどルーン魔術を当たり前のように使えていたので、もしやとスカディは思った。
藤丸はルーン文字を読むことは出来なかったが、スカサハ=スカディの姿になった今の身体では、彼女の肉体の影響で読み書きが出来るようになっているかもしれない。
(すごい…!初めて読むはずの言語なのに、内容がスラスラと頭に入っていく…!)
予感はは見事に的中した。スカサハ=スカディの身体になったことにより、スカディはルーン文字を読めるようになっていた。
本のタイトルには「ヨトゥンハイメン山地の植生について」と記されている。
ヨトゥンハイメン山地とはスカンジナビア半島に連なる巨大な山地群の一つだ。スカンジナビア半島で最も標高が高い山、ガルフピッケン山もこの山地の中に含まれている。藤丸はカルデアに来る前、特別英語の成績が良いわけでもなかったのだが、自分がこのように異国の言葉の意味を理解し、スラスラと読めている事実にスカディは関心を覚えていた。
(読むのは後にしよう。あとでゆっくり読めばいいし。)
もう少し気になるところまで読んでいたかったが、まだオルトリンデに城内を案内してもらっている最中だ。時間や手間を取らせるわけにはいかない。
スカディは読みかけた本を棚に戻し、オルトリンデとともに次の場所へと向かっていった。
「こちらは執務室です。スカディ様が女王として必要な業務の確認などは、こちらで行なっておりました。」
次に案内された場所は執務室だった。この部屋はスカサハ=スカディが公務を行う際に使っていた場所のようだ。部屋の中央には机が配置されており、承認途中の書類がそのまま置かれていた。
「集落の開発や事業の確認などは、こちらで戦乙女を通して書類で伝えられています。」
書類は図書室にあった本と同じく、羊皮紙で書かれていた。羊皮紙は汎人類史において紀元前2500年頃のエジプト王朝の時代から実用化されており、どうやらこの異聞帯においても流通はしているらしい。これからスカディも、この執務室で仕事をすることになるのだろうか。スカディはカルデアに来る前の学生時代の課題やカルデアでの任務のレポート作業を思い出し、少し億劫になった。
執務室から出ると2人は横にある次の部屋へと向かった。
「こちらは応接室です。客人を呼ぶ際に、こちらが使われておりました。とは言っても、ほとんど来る機会はないのですが…。すぐ近くに、客人用の客室もございます。北欧異聞帯を担当していたクリプターのオフィリア様には、そちらを使っていただいておりましたね。」
次に案内されたのは応接室だった。
オルトリンデは廊下を出て、少し離れた個室を指さした。どうやらオフィリアは、そちらの寝室で寝泊まりをしていたらしい。北欧異聞帯でのスルトとの戦いの末、カルデアとともに亡くなった彼女だが、どうやら北欧異聞帯の女王達からはそれなりの待遇で迎えられたようだ。ゲルタは「お客様は遠い昔話に出てくる人」と言っていたが、それは集落に住む住人たちに限ったことなのだろう。少なくともこの氷の城は、外からの来客を想定した作りをしているように思えた。
(まあここは、俺が使うことはもうないだろうな。)
かつてカルデアのマスターだった頃ならば、同盟を組んでいた時にこの部屋を使わせてもらうことがあったかもしれない。しかし今の藤丸はスカサハ=スカディ自身である。この氷の城の主人になってしまったので、この部屋を使うことはよほどのことがないないだろう。
スカディは応接室の扉を閉め、次の階にある部屋へと向かった。
「こちらはスカディ様の私室になります。女王としての公務が終わった後は、こちらで睡眠を取られておりましたね。他にもスカディ様の衣服や私物、化粧道具などがございます。基本的にはこれから、このスカディ様が使っていた私室を使っていただくことになりますね。」
次に案内されたのは、スカサハ=スカディの私室だった。他の部屋と比べると生活感があり、化粧品と思われる薬草や大きな鏡などが部屋に置かれていた。
部屋の大きさは20メートル以上あり、日本にある藤丸の自室と比べると、比べものにならないくらい広かった。
カルデアで用意されていた藤丸のマイルームもそれなりに広がったが、この部屋はそれ以上に広かった。
部屋の中央にはベッドがあり、煌びやかな白いレースに、四隅に柱が立っており、上には天井があった。
一目で「女王」が使っているベットであることがわかる。
藤丸は男性として生まれたが、もし女の子として生まれていたら、一度はこのような生活に憧れを抱いていたのだろうか。
(まあ、もし女の子に生まれていたらというか、『女性』の身体になっちゃったんだけどね。)
もし女の子に生まれていたらとは言うが、なんの運命の悪戯だろうか。今の藤丸はスカサハ=スカディの姿になり、女性の身体になってしまっている。鏡に映る自身の姿を見ながら、スカディは思わず自嘲的な笑みを浮かべた。
「さて、それでは次に案内するところが最後になるかと思われます。少しスカディ様にご足労をかけることになりますが、よろしいですか?」
そういうとオルトリンデは、スカディをある場所へと案内した。大きな木製の黒い扉があり、見るからに重要そうな場所に見える。
扉を開けると中は薄暗く、部屋の真ん中には壁に沿うように階段が螺旋状になっていた。天井はかなり高く、見たところ20メートル以上あるようにみえる。
「スカディ様、お召し物が長いので足元にお気をつけください。もし落ちそうになった場合は、私がお助けいたしますので。」
階段は少し急で、登り降りをするのが疲れそうな印象を受ける。スカディは足元に気をつけながら、ゆっくりと階段を登っていった。
「こちらは監視塔です。こちらでは常に3人の戦乙女が1時間おきに交代で周辺の見回りを行っています。」
次に案内された場所は、氷の城の外縁部に高くそびえ立っている監視塔だった。監視塔は東西に二対ずつあり、スカディは西側にある第一監視塔に案内されていた。
(すごい、綺麗だ。山の向こうの方まで見える。)
監視塔から見える景色は絶景だった。北欧異聞帯全体を一望できるほどで、あたり一面に広がる銀世界が、地平の彼方まで広がっていた。
ところどころに集落が点在しており、ぱっと見える範囲だけでも30ほどあった。北欧異聞帯にある集落の数は全部で100個ほどなので、この小さな集落全てを合わせて一万人ほどの人間が、この異聞帯で暮らしていることになる。かつて自分が暮らしていた日本であれば、10000人の都市はどのような規模だっただろうか。流石の田舎でも、少なくともこの異聞帯のように広大な大地がありながら、小さな集落でこじんまりとした生活はしていなかったはずだ。頭に残る日本での記憶と北欧異聞帯の街並みを比較しながら、スカディは少し複雑な気持ちを抱いた。
「こちらでは主に三つを意識して周辺地域の監視を行っています。結界内に外側の巨人が入ってきていないか、『消えない太陽』に異変はないか、他の異聞帯からの侵略行為はされていないか。この三つですね。」
「一つ目の役割は、結界外の巨人の監視です。結界外の巨人は、スカディ様のルーンの結界により中に入ってこれないようにはなっているのですが、ごく稀に結界を破って侵入してくる個体が発生することがございます。それらを監視し、侵入された場合は戦乙女が討伐に向かい、対応するのが一つ目の役割となります。」
一つ目の役割は『結界外にいる巨人達の監視』だった。
北欧異聞帯に生息する三種の巨人達は、この異聞帯の至る所に点在している。それらの脅威に晒されないようにするため、この異聞帯の人類達はスカサハ=スカディの作った結界の中の集落の中で生活し、自分たちの生存圏を維持している。とは言ったものの、それらの巨人達は北欧異聞帯の人類にとって脅威であると同時に、『定めの日』を運営するための社会システムの一部と化していた。それら以外で集落に巨人が侵入してしまえば、集落はたちまちのうちに蹂躙され、この北欧異聞帯はとっくの昔に滅んでしまっていただろう。そのようなことにならないため、『定めの日』以外で巨人達が人間を殺したりしないように、戦乙女らが交代で監視しているのだ。
「二つ目の役割は『消えない太陽』の監視です。「でした」と言うのが適切かもしれませんね。スカディ様もご存知とは思いますが、消えない太陽とは火炎領域ムスペルヘイムであり、スルトの化身です。我々は消えない太陽に何か異変はないか、中に封印されているスルトが外界に何か干渉していないかの監視を行っていました。しかしスルトが倒された今、この二つ目の役割は必要ありませんね。」
二つ目の役割は『消えない太陽の監視』である。否、『だった』と表現するのが正しいかもしれない。
この監視塔ではかつてスルトへの脅威に対抗するために、24時間交代制で戦乙女達による、『消えない太陽』の監視が行われていた。しかしスルトは倒され、もはやこの異聞帯に『消えない太陽』は存在しない。二つ目の役割は、役目を終えたも同義だろう。
「三つ目の役割は、他の異聞帯からの侵略行為の監視です。もし他の異聞帯から侵略されないよう、こちらの監視塔からこの世界全体を、光の壁の近くには他の戦乙女を配置させ24時間常に監視をしています。」
三つ目の役割は、『他の異聞帯からの侵略行為の監視』だった。この白紙化地球には全部で7つの異聞帯があり、その中の一つに北欧異聞帯も含まれている。既に一つの異聞帯、ロシア異聞帯は消滅し残る異聞帯は北欧異聞帯を除けば5つのみであるが、そのどれもが北欧異聞帯にのっては脅威といっても過言ではなかった。いわば残りの五つの異聞帯は、北欧異聞帯にとって敵も同然といえる。いつ侵略を仕掛けてくるか分からない他五つの異聞帯に対して、北欧異聞帯は常に睨みを利かせていた。
以上が、この監視塔に与えられた三つの役割である。
「こちらと同じ監視塔が、向かってあちら側の東側にもございます。あちらが第二監視塔ですね。機能はほぼこちらと同じになります。」
オルトリンデの指差した先には、こちらと同じ形状の監視塔がもう一つあった。どうやらそちらの監視塔も、こちらにある監視塔と機能はほぼ一緒らしい。
「ほぼ」という言い方に引っ掛かりを覚えたが、この時のスカディはあえてそのことは聞かないようにした。
「さて、これでほとんどの施設は見てまわりました。以上ですね。スカディ様、何か気になったところなどはございますか?これから貴女はこの国を治世する立場です。何か気になった点があればおっしゃっていただいて下さい。」
一通り回って見たところでオルトリンデは一瞥し、スカディに何か質問などはないか確認を求めた。
「…いや、ないよ。君のおかげで、この城がどのような構造になっているかが分かった。ありがとう。」
面と向かって感謝の言葉を伝えられ呆気を取られたのか、鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情になったかと思うと、オルトリンデはすぐに表情を戻し、軽く会釈をした。
(さて、これからどうしようか…。他にやることもないしな…。)
一通り城の内部は見て回った。
まだ日も登っているので、まだ時間はかなりある。
何か他にできることがあればよいのだが、今の彼女はスカサハ=スカディの姿になったばかりである。
何かこれから女王としてする事はないか、オルトリンデにスカディは尋ねようとした。その時のことだった。
「あっ」
疲労が溜まってしまっていたのか、スカディは軽く前にふらついてしまった。
「あっ、ス、スカディ様!」
倒れ込んだスカディを見て、オルトリンデは慌てた様子でスカディの元へ駆け寄ってくる。
「長旅でお疲れではごさいませんか?先ほどのスルトとの戦いでの疲労も残っているでしょう。」
スカサハの霊核を移植されたことにより外傷などは完全に完治しているが、どうやらスルトとの戦いにおいての疲労はまだ身体に残っているようだった。
「そういえば先ほど、浴場を案内するのを忘れておりましたね。これより湯浴みのご用意をいたしますので、準備ができ次第、ご案内いたします。」
南極カルデア基地から脱出して以降、藤丸は風呂に入ることが出来ずにいた。使えるのはストームボーダー内にある簡易シャワーのみで、ゆっくり足を伸ばし風呂に入る機会はほとんどなかったといってもよい。
日本人である藤丸にとって、それはストレス以外の何者でもなかったといえるだろう。
しかし今の藤丸はスカサハ=スカディの姿だ。
風呂に入るということは全裸になるということであり、否応にも女性の姿になった自分の姿をその目で見ることになってしまう。女性の姿になったばかりのスカディは、まだ心の準備が出来ずにいた。
風呂の準備へと向かうオルトリンデを横目に、スカディは一人悶々としていた。
(…こうなったら、ヤケだ。どっちにしたってこれからこの肉体で生活するんだ。この異聞帯を治める女王として、俺も腹を括るしかない…!)
意を決し、スカディは浴場へと足を進めるのだった。