「ふぅ…ちょっと少ないが、私は満足できた。感謝するぞ、明智瑠斗」
(まだ欲しいってのかよ?)
ぬいは少し嬉しそうに笑みを浮かべる。瑠斗はぬいの言葉に困惑しながらも、あ、ああ。とだけ答えた。瑠斗の肉棒は、精液を出し切ったのか、象の鼻のように垂れさがっている。ぬいはチラと壁に掛けられた時計を見上げた。まだ完全下校時間までは1時間ほど時間がある。だが、瑠斗の肉棒が萎えてしまってはやむを得まいと、ぬいは立ち上がろうとした。それを瑠斗が呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待ってくれないか姫崎さん!」
「ん?なんだ、明智瑠斗。私にまだ精液を捧げてくれるのか?」
瑠斗の呼び止めに、ぬいは面白がって笑った。
「いやそれは無理だ……じゃなくて!…ちょっと、話をしても聞いてもいいかな?」
ぬいの面白がった言葉を、全力早口で否定する瑠斗。だが、瑠斗はすぐに本題を思い出して、話を切り出した。
「話?何の話だ?」
「姫崎さんのこと……幻魔について、教えてくれないか?」
瑠斗の言葉を聞いたぬいは、ほぉ?と見上げた根性だな、とでも言いたそうな表情で瑠斗を見上げた。ややあって、ぬいは口を開いた。
「いいだろう。ある程度の事は話してやる。ほら、私の隣に座れ」
ぬいは自分の右側の床を叩いた。瑠斗は、ありがとう。と言ってぬいの右隣に胡坐をかいて座った。
「それで?私と幻魔の何が知りたいんだ?」
ぬいは率直に投げかけてきた。瑠斗もその好意に甘え、率直な疑問を提起した。
「…姫崎さん、昨日言ってたよな。幻魔は、地の底で暮らす化け物。だって」
「ああ、言ったぞ?」
「それならなんで、姫崎さんは人間の見た目なんだ?あの蜂の腹部を見なかったら、本当に分からないんだが…」
瑠斗の質問を聞いたぬいは、何だそんな事か。と少々期待外れだ。と言っているように首をフルフルと振った。そして怪しい笑みを浮かべて語りだした。
「答えは簡単。この女に擬態しているからよ」
「この女、って…姫崎さん、まさかこの学校の誰かを―――」
唐突に大声を出した瑠斗を、ぬいが口を手で抑えて黙らせた。
「シィー!声が大きいぞ、間抜け。誰かに聞かれていたらどうするつもりだ」
「ご、ごめん……でも、擬態してるってことは相手がいる訳だろ?」
「ああ、いる。だが、もう昔の人物だな」
「え、昔?」
ぬいの答えに瑠斗は驚いた顔をする。「昔」という言葉が、その驚きを増長させたようだった。
「あれは何百年前だったか…ここの近くに住む、村娘だったか?」
「な、何百年前って…それ」
「私たち幻魔は、人間より長寿だからな。それくらいは生きれる」
余りにスケールの大きな話に瑠斗は、言葉を失う。ぬいは続ける。
「私が生まれたのは……そう、人間どもが己の欲望の為に、この小さな国で相争っている時代―――歴史の教科書で言うなら、戦国時代。だったか?詳しい年は覚えておらんが、確かそうだった筈だ」
「ひ、姫崎さん。凄い時代に生まれたんですね」
「まあな。とは言え、その時の私はまだ、動物的本能で生きる下等幻魔「シャルカ」*1だったがな」
「てことは、姫崎さんにも母親か父親がいたってこと?」
ぬいは天井を仰ぐように口を開いた。
「ああ、いたな。幻魔の姿をした今の私と、殆んど同じ姿だった…とは言え、私を産んだ後すぐに、人間に殺されてしまったがな」
「あ、ごめん。嫌なこと思い出させたよな?」
ぬいの言葉に瑠斗は謝罪を述べた。だが、ぬいは口元に笑みを浮かべ、瑠斗に笑いかけた。
「気にするな。生みの親が殺されたとしても、私たち幻魔は何とも思わない奴ばかりだからな。そんな事を言うのは、人間位なんだぞ?」
「そうなんだ…」
ぬいの笑みに、瑠斗は少しばかり恐怖を覚えた。親が殺されてもなんとも思わない。そんな感性の持ち主は、人間からしてみれば殺人鬼かサイコパスだ。そう思うと、瑠斗は改めて幻魔と種族は恐ろしい種族だと思った。ぬいは独り言ちるように呟く。
「それから長い年月を、私は人間どもをコソコソと襲いながら生き抜き、成体であるヘキュバとなった。だがもうその時には、私たち幻魔は既に滅びかけていた。だから、私の人間への復讐心も、自然と消え失せていったのさ。生きて種を存続させる。幸い、私にはその力がある。……戦国時代に生きていた幻魔たちが聞いたら、確実に私を殺しに来るだろうな。ハハハ」
「姫崎さん…」
自嘲するようにぬいは寂しそうに笑う。そんなぬいの姿を見た瑠斗の心の内側に、何故か、彼女の傍にいたい。という思いがこみ上げてきた。瑠斗は、友達こそいないが、家には大切な家族がいる。ぬいの話を最後まで聞いた瑠斗は、何処か彼女が寂しそうにしているように見えたのだ。そう思うと、瑠斗はいてもたってもいられなかった。
「さて、話は終わりだ。そろそろ帰る―――」
瑠斗は立ち上がろうとしたぬいの右手首を左手で掴んだ。力を込め、彼女を放さないように。瑠斗の行動に意表を突かれたぬいは、慌てて振り返った。顔には、困惑した表情が浮かび上がっている。
「な、なんだ明智瑠斗?私が話せることはもう何も―――」
姫崎ぬいさんッ!
瑠斗は声を抑えながらも、彼女を呼び止める勢いある声で叫んだ。急にフルネームで呼ばれたぬいはさらに困惑した表情で瑠斗を見つめる。ぬいの口から思わず、な、なんだ?と疑問の言葉が漏れた。瑠斗はいたって真剣な表情で口を開いた。
「姫崎さん―――」
ヘキュバとしての貴女の姿を、俺に、見せてくれませんか?
「は?」
突拍子もない言葉を受け、今度はぬいが、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を見せたのだった。