「…明智瑠斗、今、何と言った?」
鳩が豆鉄砲を食ったような表情のぬいが、徐に聞き返した。瑠斗はいたって真剣な表情でもう一度繰り返した。
「ヘキュバとしての貴女の姿を、俺に、見せてくれませんか?」
「………」
瑠斗の口から出た言葉は、嘘偽りのない言葉だった。ぬいの話を聞いた瑠斗は、彼女の事をもっと知りたくなったのだ。ぬいは瑠斗の顔を見据えて、彼を観察している。自然と視線が何度も交差するが、2人は表情を全く変えなかった。ややあって、ぬいが瑠斗に尋ねた。
「…本気なの?ヘキュバとしての私の姿が見たいって」
「ああ、本気だよ。出来れば、ヘキュバになる所も見たい」
「………」
2人の間にしばらく沈黙が流れた。瑠斗は、ぬいの顔をジッと見据えている。嘘は言っていないが、ぬいに信じてもらえるよう、彼女の顔を見据え続けた。やがてぬいが、小さな笑い声を上げ始めた。
「クスクス!明智瑠斗、お前は面白い奴だな!今まで私に、そこまで迫ってきた人間は、他にいないぞ?」
「そうなのか?」
瑠斗の短い言葉に、ぬいは微笑みながら頷いた。
「ああ。だから特別に、お前の望みを聞き届けてやろう」
「本当か!?」
「ただし、ここでは無理だ。誰かにバレてしまう可能性があるからな…誰かさんの様に」
ぬいは悪戯っぽく笑って瑠斗に尋ねた。
「だ、誰だったけなぁ~」
瑠斗は目を逸らしながら笑っていた。
その日の夜、瑠斗は自室のベットに寝転がってぬいの言葉を思い出していた。
(今晩迎えに行くから、部屋の電気を消して合図しろ。って、なんで部屋の明かりなんだ?)
瑠斗は壁に掛けられた時計に目をやった。時刻は20時を少し過ぎた頃だ。既に月曜日までの宿題は終わらせてあるため、後は休日をダラダラと過ごすだけだ。だが、これから自分はぬいのヘキュバとなった姿を見に行くのだ。心なしか、ワクワク感が高まって来ていた。そして時計の長針が、20時半を過ぎた頃、瑠斗は手元にあったリモコンで部屋の電気を消した。
(本当に来てくれるのか?)
瑠斗がそんな事を考えていた時だった。部屋からベランダへ通じる窓が、コンコンとノックされたのだ。
「!?」
瑠斗は突然の事に驚いて飛び上がった。瑠斗はベットからゆっくりと降りると、ベランダへの窓を開けた。
「良い時間帯を選んだな」
「あ、姫崎さん」
そこには昨日と同様、ぬいの姿があった。既に稲葉山高校の制服ではなく、背中空きの黒色ワンピースを着て、長い黒髪は首の付け根辺りで一纏めに結んであった。だが、昨日と違って殺気を感じることは無いし、瑠斗が驚いて尻もちをつくこともない。ぬいは口元に小さな笑みを浮かべて、瑠斗に右手を差し出した。
「では、私の棲み処へ案内しよう」
「…ありがとう」
瑠斗はぬいの手を取った。すると、ぬいの背中から透明な薄い膜が生え始め、肥大化していく。薄い膜はあっと言う間に、太さを増した蜂の翅のような形になった。
「姫崎さん、それ」
「ああ、私の翅だ。昨日は制服で来たからな。表の塀から飛び移せてもらった」
「ああ~だから昨日は、ガタン!って音がしたのか」
そう言うことだ。とぬいは笑う。そして瑠斗をしっかりと掴んだぬいは、ゆっくりと翅を羽ばたかせ始めた。ぬいと瑠斗の身体が宙に浮き上がったかと思ったら、ぬいはそのまま瑠斗の自宅前の道路に降り立った。そして翅をすぼめていき、やがて完全に見えなくした。
「付いて来い。こっちだ」
「あれ?飛んでいかないのか?」
「飛ぶと体力を消耗するし、音もたつ。悪いが歩きだ」
「りょ、りょ~かい」
暗い夜道を瑠斗とぬいは歩き始めた。歩き始めてしばらくは街中を歩いていたが、やがて目の前の視界が開けた。住宅街から山へと続く田んぼ道に出たのだ。目の前にはこの街のシンボル的な扱いを受けている「
「え、姫崎さんの家って、山の中!?」
「そうだぞ?まあもっとも、人間として生活してる家は住宅街のアパートだがな」
「そ、そうなんだ…」
そして2人は山の中へと足を踏み入れていった。稲葉山の登山道を10分くらい上った所で、分かれ道が現れた。分かれ道の片方は「山頂」と看板がされているが、もう片方の道には「この先行き止まり」と書かれている。ぬいはその「この先行き止まり」の道の方を選んだ。瑠斗は黙って付いていく。ぬいを見失った瞬間、山の中で遭難は待ったなしだからだ。やがて2人は斜面側に岩肌が見えている周囲を木で囲まれた空間に辿り着いた。景色なんて見れたものではない程、木々が生い茂っている。
「こっち」
ぬいはそう言うと岩肌のある斜面の方へと歩いていく。目を凝らしても岩肌があるばかりで、ぬいの家らしき場所は見当たらない。
「え、ここが姫崎さんの家?」
「いや、この先だ」
ぬいはそう言うと、右手をとある岩の突起に添え、そのまま奥へと押し込んだ。ガコン!という音がした僅か数秒後、目の前にあった岩肌の一部が、ゆっくりと上へと上がっていく。岩肌が全て上がり切ると、そこには人工的な通路があった。
「ええ!?な、なんだよこれ!」
「私の巣を隠すための仕掛けだ。どういう訳かは知らんが、偶然これを見つけてな。巣を隠すために、利用させてもらっているという訳だ」
ぬいはクスクスと笑っている。人間が作ったものだとしたら、えらく滑稽だ。と言っているそんな笑い方だった。ぬいはひとしきり笑った後、その穴の中へと入って行った。瑠斗も後を追って通路へと足を踏み入れた。そして、2人がある程度通路を進んだ所で、背後の岩肌はゆっくりと元の位置へと戻っていった。
幸い、明かりには困らなかった。原理は不明だが、通路は青白い光によって照らし出されている。
「この光は?」
「蛍石。と言ったか?光を放つその石がこの通路の壁に使用されているんだろう」
「そ、そうなんだ。姫崎さん、詳しいね」
「いや、私も詳しくは知らないんだがな」
その言葉を聞いて瑠斗はガクッとなった。ぬいがボケた可能性も否定できなかったが、考えないことにした。やがてしばらくすると、瑠斗とぬいは開けた場所に出た。天井がかなり高いようで、ひんやりとした空気が辺りを包んでいる。ポチャン!という水が飛沫を上げる音も反響して聞こえてくるが、瑠斗が驚いたのはその空間の中央から少し離れた場所に、人口建造物があったことだ。金閣寺や銀閣寺に似ているその建築物の周りにはかがり火が焚かれ、その建築物を薄っすらと照らし出している。
「こんな所に建物があるなんて…」
「まあ普通に驚くだろうとは思っていたが、あれが私の巣だ」
ぬいはそう言って建築物の方へと向かっていった。よく目を凝らしてみれば、その建物は水の上に立っている。その先は良く見えないが、地底湖なのかもしれない。瑠斗がそんな考えを巡らせていると、2人は建物の入り口まで到着していた。
「靴は脱いでよね」
「は、はい」
ぬいは建物の扉となっている引き戸を開けて靴を脱ぎ、室内へと入った。瑠斗も後に続き、靴を脱いでから扉を閉めた。室内はかなり広い空間だった。足元の感触から、たぶん畳が敷かれているのだろう。流石に電気は来ていないようで、かがり火が部屋の角3か所に置かれている。
「あまりかがり火が無い方へ行かないようにな。床が抜けているから、湖に落ちてしまうぞ」
「あ、わかった」
ぬいの気遣いに、瑠斗が感謝したその時だった。
ザバァン!
という音が聞こえたかと思うと、瑠斗の目の前に3体の「化け物」が現れた。頭部から大きなカマが生えたオレンジ色の甲殻を持つ生き物だ。シャァー。という高い唸ったような鳴き声を上げている。
「な、なんだこいつら!?」
思わず身構える瑠斗だったが、ぬいが振り返りながら告げた。
「私の子供たち「シャルカ」よ。この子たちには人間を食べないように教育してあるから、安心しなさい」
「うおっ!」
そう言うと、3体のシャルカは瑠斗の元へ向かって来た。だが、襲い掛かってくる様子は見せず、寧ろ好感的に接してきているような気さえ感じられた。相変わらずシャァー。という鳴き声で鳴いているが、瑠斗は先程発した鳴き声より穏やかに鳴いているように聞こえた。
「子供って…姫崎さんは……あ、いや、幻魔としてだよな。ごめん、早とちりする所だった」
「何を馬鹿なことを言っている?まあいい、準備をしてくるからその子たちと戯れていてくれ」
そう言ってぬいは部屋の奥にある扉の奥へと消えていき、広間には瑠斗と3体のシャルカが残された。瑠斗はとりあえず畳に胡坐をかいて座り込んだ。すると1体のシャルカが瑠斗の元へとやって来て、目の前に足を畳んで座り込んだ。異様な光景だあったが、彼らは先程と同じように襲い掛かっては来ない。
「お前たちも、いつか成長して姫崎さんみたいになるのか?」
瑠斗は思わずそのシャルカに質問を投げかけてしまった。ハッとした瑠斗は思わず、目の前にいるシャルカが愛猫のミノに重ねていたことに気づいた。慌てて、何言ってるんだ俺は?と自嘲する瑠斗。すると、奥の扉が音を立てた。瑠斗の視線がそちらに向けられると、そこには
「準備って、その着物に着替えてきただけ?」
「まぁな。私服をボロにしてしまうかも知れないから、これに着替えてきたのよ……さて―――」
そう言ったぬいは怪しく笑った。
お望み通り、私がヘキュバとなる所を見せてやろう♡
そう言ってぬいは、髪を纏めていた髪留めを解いた。髪が解けるのと同時に、ぬいは床に崩れるように座り込み、M字開脚で大きく足を開いた。既にパンツは脱いでいたようで、ぬいの無毛の秘所は丸見えだった。
「フフッ、よぉく見ておけ♡……はぁぁ…」
ぬいが大きく息を吐いた直後、グニュゥという音がした。ぬいの開いていた脚が、更に外側へと開かれる。
「アアッ♡…はぁ♡」
ぬいは瞳をゆっくりと閉じた。
「んあっ、アアッ♡」
すると瞳の部分から、赤色のブツブツした物が生えてきた。それは顔の上半分を覆うように伸びていきながら、ブチュ!ブチュチュ!という音を立てる。
「ンンッ♡アアッ♡」
直後、ぬいの秘所から、昨日の見た物と同じ、巨大な蜂の腹部が飛び出してきた。バシュッ!という水が弾ける様な音を立て、蜂の腹部を全て秘所からひり出したぬいは、両手両足を床に着けるブリッジの姿勢となった。
「ンンッ♡あああぁぁ♡」
目元から現れた赤いブツブツは彼女の黒髪と合わさり、黒い髪は段々と硬質化していきやがて畳に突き刺さった。更には人間の形をしていたぬいの身体も、段々変異していった。両脚は彼女の胸元へと移動していき、人間としてのお腹は、ドンドン細く括れていく。人間の足だった物も細くなっていき、やがて昆虫の足の様に黒と黄色の甲殻で覆われていく。
「はぁ♡はぁぁん♡」
両肩は大きく形を変えていく。肩の付け根の部分はキノコの傘の様になり、両腕も細くなっていく。やがては指先も鎌状のものへと姿を変えた。ぬいが着ていた着物は、ビリビリと音を立てて破け、彼女の頬らかな乳房も、下乳を硬い甲殻で覆われた。
「ああ♡はぁん♡」
そして完全に人の姿ではなくなったぬいは、昆虫のようになった両脚を床に着き、身体をくねらせながら状態を起こした。
「あああぁ!……ふぅ…ふぅ…」
ぬいは呼吸を整えるように息を衝く。人間だった身体は、完全に蜂のような姿に置き換わっていた。身体の所々に人間だった時の肌は残っているが、頭は昆虫の複眼が髪と合わさって後頭部で二股に分かれ、触覚が頭頂部から生えている。胸元のすぐ下からは5本目6本目の足が生えていて腹から鼠径部、そして蜂の腹部と続いている。
「す、すごっ」
瑠斗は完全に語彙力を失った感想をこぼした。そしてやっと息を整えられたぬい―――ヘキュバが宣言するように言った。
これが私の本当の姿、ヘキュバとしての私よ♡
ヘキュバの口元には笑みが浮かべられていた。