襖が開いた瞬間、宴会場の空気が凍りついた。
斎賀百は艶やかな深紅の着物を纏い、背筋をピンと伸ばして入ってきた。いつものボーイッシュな印象は消え失せ、代わりに大人びた色香が漂っている。問題は胸元だ。着物の布が悲鳴をあげそうなくらい張りつめていて、歩くたびに鎖骨の谷間がちらちらと覗く。
(おいおいおい、その角度はヤバすぎだろ……)
俺は思わず襟元を直そうとして百に肘でどつかれた。
「痛っ」
「余計なお世話」
百は淡々と言ったが、その目は鋭く周囲を威嚇している。確かに周りの男どもが鼻の下を伸ばして凝視しているのがわかる。特に年配の商人が喉仏をごくりと鳴らしているのを見た瞬間、背中に冷たい汗が流れた。
(完全に視線が一点集中してるじゃねえか)
俺の隣に立っている百の肩が僅かに震えている。いや、あれは怒りが昂ぶっている証拠だ。手の甲が白くなるくらい強く扇子を握りしめている。
「要」
百の低い声が耳元で響く。
「頼むぞ」
彼女が俺を恋人扱いすることで牽制する作戦だ。だが俺みたいな冴えないオタクが通用するのか? 不安に駆られていると、百が腕を絡めてきた。柔らかい膨らみが肘に当たり、思考回路がショートしそうになる。
(待て待て待て! 近い! 近すぎるって!)
「何を突っ立ってんの?」
百は全く動じていない。むしろ俺の方が赤面してしまう始末だ。
「ほら行くよ」
引きずられるように宴会場の中央へ。そこには町の大名屋敷から派遣された武士たちが並んでおり、全員が好奇の目で百を見つめていた。特に若い侍が耳打ちしながら苦笑いしているのが気になる。
(やっぱバレてるだろこれ……)
俺が焦っていると、突然百が大きな声で言った。
「皆さん初めまして。こちらが、今、お付き合いをしている殿方の陽務要です。今日からは仲良くさせて頂きます」
周囲からどよめきが起こる。中には「あの若造が?」と呟く声も聞こえる。確かに場違い感がハンパない。だが次の瞬間、俺を見る百の目に深い怒りが宿ったのがわかった。
(この女……マジでぶちギレる寸前だな)
俺の腕を掴む力が増している。皮膚に爪が食い込むほどだ。周囲の男たちもようやく事態を理解したらしく、慌てて目を伏せ始めた。だが一人だけ空気を読まない奴がいた。
「おいおい姐ちゃん、そっちの男は見るからに貧弱そうだなぁ」
酔っぱらった浪人が大声で煽る。その瞬間、宴会場の温度が5度くらい下がった気がした。百の手から何か禍々しいオーラが立ち昇っているように見える。
(ヤバい! 百の殺気が漏れてる!)
「ちょ、ちょっと落ち着け」
俺が小声で止めようとすると、百はにっこりと笑顔を浮かべた。完璧な作り笑いだ。
「そうですわね。こちらの男性は確かに頼りないですわ。でも……」
扇子を開きながら続けた。
「少なくともあなた方よりは私を守れると思いますよ?」
その言葉と共に浪人の前に扇子が叩きつけられる。畳に小さな穴が開いた気がした。
「ひぃっ」
浪人が蒼白になって後ずさる。他の客たちも一斉に百から距離を取った。俺だけが巻き添えを食って彼女の傍にいるという状況だ。
「さて要」
百が俺の方を向いて言う。
「こんな連中は放っておいて食事を楽しみましょう? デザートに栗羊羹もあるらしいわよ」
急に優しい口調になるのが逆に怖い。だが確かに飢えているのは確かだったので、俺は腹を括ることにした。
(とにかく無難に過ごそう。百の怒りに火をつけないようにしないとな……)
豪華な膳が並べられた長机。上座には地元の大商人たちが陣取り、その向かいに俺たちが座ることになった。百の着物は一段と美しさを増していて、隣に座る俺は終始居心地が悪い。
(さっきの宣戦布告効いてるな。全員百から微妙に視線を逸らしてる)
それでも若い商人の一人が勇気を出して話しかけてきた。
「あの……斎賀さんは素晴らしいですね。その着物も本当にお似合いです」
言いつつも目は胸元から離れていない。俺は咄嗟に手を伸ばして箸置きを転がした。
「わっ! すみません!」
全員の注目が俺の手元に集まる隙に百が商人に微笑みかける。
「ありがとうございます。この着物を選んでくださった方に感謝しないといけませんね」
意味ありげな視線を俺に向けてくる。その瞬間、宴会場の空気が凍りついた。
(いやいやいや! そんな風に言われたら俺が買ったと思われるだろ!)
実際は百のお母さんが用意したものだが、この場で訂正するわけにもいかない。案の定、周囲から羨望と軽蔑の混ざった視線が突き刺さる。
「お若いのに粋なお選びですね」
老婆商人が嫌味ったらしく呟く。百の表情が一瞬曇ったのを見逃さなかった。俺は咄嵯に料理を勧めた。
「美味しそうですよ? さあ召し上がって下さい」
百は無言で皿を取ったが、その箸使いがいつもより荒っぽい。苛立ちを隠せなくなっている。
(早くここを出たい……)
もしシャンは連載版あり?
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なし
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タイトルでバンされる可能性あり