※この作品はR-18です。

クソゲーハンターの兄は狙われている   作:ボルメテウスさん

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蛇の林檎の宴会

蛇の林檎――シャンフロ内でも、妙に“話がこじれる連中”が自然と集まる店だ。正月仕様で店内は飾り付けが派手になっているのに、俺の背筋だけは寒い。

 

入った瞬間、嫌な予感が確信に変わった。

 

SYSTEM:「蛇の林檎・新年会へようこそ。御席:中央席(移動制限)」

 

「は?」

 

カウンターでも端席でもなく、堂々たる“中央”。逃げ道が存在しない配置。店員NPCがにこやかに頭を下げる。

 

「お客様、中央へ。縁起物ですので席替えは……ええ、“難しい”です」

 

難しい、じゃねぇ。拘束だろ。

 

俺が渋々座った瞬間、左右から圧が来た。

 

右――アーサー・ペンシルゴン、通称ペンシルゴン(=天音永遠)。左――サイガ-100(=斎賀百)。そして、斜め前に“実況席”みたいな顔でオイカッツォ。

 

「開幕から逃走封じ。ヘイト固定完了だな」

「実況すんな」

 

ペンシルゴンが柔らかく笑う。柔らかいのに、眼だけが鋭い。

 

「逃げないでね。今日は“正月”だし」

「正月は逃げるだろ。初売りから逃げたいだろ」

 

百は静かに頷いて、短く言った。

 

「逃げるなら、今のうちです」

「今のうちも何も、もう移動制限って出てんだが?」

 

オイカッツォが肩をすくめる。

 

「陽務、口だけは滑らせるなよ」

「それができたら俺はここにいない」

 

乾杯の流れすらないまま、ペンシルゴンが唐突に切り込んでくる。あまりに自然で、逆に怖い。

 

「結婚の話、嫌い? それとも“面倒”なだけ?」

 

正月の親戚かよ。

 

「嫌いでも面倒でもなくて、重い。重量制限オーバー」

「重量……」

 

百が眉を寄せる。真面目な顔で追い打ちしてくるのが、彼女の厄介なところだ。

 

「大人は重さから逃げません」

「逃げるだろ。重い荷物は宅配するだろ」

 

俺が論点を逸らそうとすると、百は微動だにしない。

 

「面倒でも必要なら向き合う人が誠実です。あなたは誠実側ですか?」

「誠実の定義から詰めよう。何歳? 社会人? 税金払ったら?」

 

オイカッツォが即座に突っ込む。

 

「時間稼ぎは悪手だ。相手が“条件提示”に移行する」

「なんで敵に攻略アドバイスしてんだ、お前は」

 

ペンシルゴンが紅茶を一口飲む。それだけで空気が一段、静かに冷える。

 

「面倒なら、面倒を減らす方法を考えればいい。嫌いなら理由を聞く」

「その言い方、面談担当の人事かよ」

 

ここからが本番だ。恋愛の単語は出さず、“生活”と“責任”で殴ってくる。大人だからこそできる最悪のやり口。

 

百が先に、淡々と並べる。

 

「休日の使い方。金銭感覚。仕事優先の度合い。連絡頻度」

「おい、婚活アプリのプロフィール欄か?」

 

「曖昧が一番揉めます。あなたは曖昧にしない人です。……そうですよね?」

 

否定すると、“曖昧にする人”認定。肯定すると、言質。正面から詰めてくるのが、百の怖さだ。

 

俺は笑って流す。

 

「俺は曖昧だよ。回線みたいに揺らぐ。ラグい男だ」

「言い訳がゲーム寄りすぎます」

 

ペンシルゴンがふっと視線を落とした。その一瞬、いつものニヤニヤが消える。

 

「……取り繕わない私を見て、引かない? それが条件」

 

一言だけ。短いのに、妙に刺さる。俺は反射で答えかけて――慌てて口を閉じた。

 

「引く引かないじゃなくて、耐性の話だろ? 状態異常“素直”への耐性、俺まだ積んでない」

「逃げてる」

 

百が即断する。ペンシルゴンも同じく、楽しそうに頷いた。

 

「逃げてるね」

「逃げてねぇ。戦略的撤退だ」

 

オイカッツォがうんざりした顔で言う。

 

「今のは撤退じゃなくて回避行動。陽務、いずれ“優しさ”踏むぞ」

「踏まない。俺は今日、靴底に“言質回避”を貼ってきた」

 

店員NPCが、正月限定のメニューを運んできた。見た目はめでたい。嫌な予感は最高潮だ。

 

「縁起メニュー、ご注文ありがとうございます」

 

SYSTEM:「縁起メニュー注文者は新年の抱負を一言入力してください」

 

「うわ、来た」

 

俺は最短で済ませる。短いほど安全だ。たぶん。

 

「抱負:平穏。以上」

「平穏が正義。戦争はやめろ」

 

オイカッツォがため息をつく。

 

「“平穏”は挑発になるぞ。現状維持=誰も選ばない、だからな」

「勝手に翻訳すんな!」

 

百が、わずかに身を乗り出す。

 

「今年、あなたは何から逃げるつもりですか?」

「逃げないって言わせたい顔してる!」

 

ペンシルゴンは、今度は逃げ道を潰すように、静かに言った。

 

「今年は、私は“強いふり”を減らす」

「へぇ」

 

「それを見たら……あなたはどうするの?」

 

一瞬だけ、本当に“素”の目をした。俺は、嫌になるほどその目に弱い。

 

「どうするって……縁起悪い単語を正月に出すな。嫌われるとか言うな」

「質問に答えて」

 

百が重ねてくる。

 

「曖昧にしたら、今年も同じです」

 

詰む。逃げたら逃げたで、二人が“逃げ”として確定してくる。俺は最悪の妥協案を選ぶ。

 

「答える前に運営に確認する! SYSTEM! “情緒的質問”のスキップ機能ください!」

 

SYSTEM:「スキップ不可」

 

「ほらな」

オイカッツォの声が、やけに遠い。

 

百が、まっすぐにこちらを見る。目が真剣すぎて、冗談が通じない。

 

「あなたは逃げない人です。否定しますか?」

「否定したら俺が悪者になる構図だろ、それ」

 

「否定しないなら、言ってください。短く。今年は逃げない」

 

俺は最後の抵抗として、定義を持ち出す。

 

「“逃げる”の定義は? ログアウト? 退出? 撤退? 用語集――」

「定義は後で詰めます。今は宣言です」

「強い。行政」

 

ペンシルゴンが横から、楽しそうに刺してくる。

 

「逃げないって、誰に対して?」

「“イベントに”なら安全でしょ。言って。ほら、あなた得意だよね? 逃げ道作るの」

 

俺は、まんまと乗った。

 

「そうそう、これはイベント戦だ。人生じゃない」

「今年は逃げない(イベントから)! これで安全!」

 

オイカッツォが顔を覆う。

 

「今、原文を言ったな。“今年は逃げない”。括弧はログに残らないぞ」

 

「残るの!?」

 

百が、容赦なく次を重ねる。

 

「では、次。誠実なら言えます」

「『今年は逃げない』――約束できますか」

 

誠実――その単語はズルい。俺は誠実でいたい。少なくとも、自分がそうだと信じたい。

 

「誠実は否定しない! 俺は誠実だ!」

そして、勢いで続けてしまった。

 

「……約束は、する。だから――今年は逃げない!」

 

言った瞬間、店内の空気がピタリと止まった。

 

ペンシルゴンが、楽しそうに笑う。

 

「はい、今 “今年は逃げない” と “約束する” が同じ息で出た」

「完成。おめでとう」

 

「待て待て待て! 今のはイベントの話! クエストの話!」

「俺は人生から逃げないとは言ってない!」

 

間に合わない。間に合うはずがない。だって、ここはシャンフロだ。運営は人の心を遊ぶ。

 

SYSTEM:「発言を確認しました。新年契約を記録しました」

SYSTEM:「契約文言『今年は逃げない』」

SYSTEM:「対象:未指定 キャンセル:不可」

 

「はぁ!?」

 

俺は立ち上がろうとして、移動制限を思い出す。喉が変な声を出した。

 

「未指定!? なんで未指定!? そこが一番危ないだろ!!」

「運営ぇぇぇ!! 正月から言葉を契約に変えるな!!」

 

ログアウト――と叫びかけたところで、追いログが刺さる。

 

SYSTEM:「契約状態:有効。ログアウト時、ペナルティが発生します」

 

「詰みじゃねぇか!!」

 

ペンシルゴンは、嬉しそうに、でもどこか真剣に言った。

 

「未指定なら、今から指定すればいい」

「あなたは私を見た。だから“今年は逃げない”は、私に向けて成立する」

 

百は百で、淡々と上書きしに来る。

 

「指定の前に、契約の主導権を確認します」

「あなたに“今年は逃げない”と言わせたのは私。管理権は私です」

 

「管理権って何だよ! 恋愛を行政にするな!」

「正月から人生を“申請制”にするな!!」

 

オイカッツォが、ひどく冷静に締めた。

 

「陽務、今年一発目の敗因:口が素直」

「恋愛PvP、勝ったのは二人だ。お前はログに負けた」

 

俺は、中央席で絶望したまま、心の底から誓った。

 

――来年の正月は、蛇の林檎に来ない。

……いや、今のも契約にされそうだから撤回する。撤回させてくれ。

 

SYSTEM:「注意:対象未指定の契約は、周囲の関係者が主張できます」

 

「やめろォォォ!!」

もしシャンは連載版あり?

  • あり
  • なし
  • タイトルでバンされる可能性あり
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