※この作品はR-18です。

巫女X触手~神様に捧げられた少女   作:霧里

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神に捧ぐ

 

笛の調べに誘われて、あなたは神楽の舞台へと足を踏み入れた。

夕日に染まった稜線が、暗く沈んでいく。それに代わるように焚かれた篝火が、あなたの横顔を熱くする。

 

どんっ……どんっ……。

 

空気を震わす太鼓の響きに合わせて、一歩、また一歩、階段を上がる。

右手には鈴を、左手には扇を。真っ白い巫女装束に身を包んだあなたは、足を踏み鳴らし、舞台の上に上がると同時に鈴の音を響かせた。

 

しゃらんっ……。

 

冷涼な鈴の音に、空気が静まり返る。

鈴の音を響かせながら舞台の上を回っていると、次第にあなたの心も凪いでいく。

緊張と不安が薄れ、使命感のような気持ちが芽生え始める。

巫女としての自覚。それは、父を手伝いたいと思ったときの幼心にも良く似ていた。

 

しゃらんっ……。

 

__かしこみ……かしこみ……申す。

 

奇妙な感覚だった。浮遊感がある。知らないはずの言葉を唇が紡ぐ。

足取りが軽い。口ずさむ祝詞に、体から心が離れていく。まるで、霧の中に居るみたい。鈴の音が響くたび、それは深く、濃くなって、自分の姿ですら見失う。

 

しゃらんっ……。

 

うぶすなの 底の底

ひとつの目 ふたつの口

みっつの御手を 持ちたまう

 

しんしんと 土鳴りひびき

ねばつく風の まにまにて

あらわれ坐します 御神の御影

 

ゆらぎし縄に 嬰をくるみ

ほのかにあまし みたまを乗せて

おさめ奉る 供物の器

 

ふるへる手足 ぬめるほど

とぐろとぐろに まいのぼり

ほそき首根に あまねく注ぎ

くちびるぬらし ふかく呑まるる

 

ああ いとしき御神よ

あたらしき血をもて 里をまもらせたまえ

ひとのかけらに やどりたまい

あまたのちからを おさめたまえ

 

しゃらんっ……。

 

天音……こっちへおいで。

 

名前を呼ばれた気がした。手招く声に意識が揺れる。

重なる鈴の音が、体の芯を震わせた。舞台の上を回る足は、導かれるように社へと向きを変える。

 

しゃらんっ……。

 

しゃらんっ……。

 

しゃらんっ……。

 

まるで、眠りに落ちるようだ。

笛の調べも、太鼓の響きも遠ざかる。だんだんと意識が霞む。どんどんと自分を見失う。なのに、言いようのない高揚が、あなたの体を包んでいた。

 

だって、そう。

 

あなたは神に捧げられる巫女なのだから。

自覚ですら足りない。初めからそうだった。抗えぬ喜びが胸を満たす。

 

__まつりて絶えず……かしこみ……かしこみ……。

 

最後の一節を唱えたあなたは、社の前で足を止めた。

ゆっくりと扉が開く。一歩、吸い込まれるように足が進む。

 

一歩、一歩……一歩ずつ。

 

社の中は薄暗く、がらん として見えた。

外には、しつこいくらい篝火が灯されているのに、暗がりの中にはロウソクの一つもない。

 

鏡の置かれた祭壇の前で膝を折ったあなたは、最後に一つ。

 

しゃらんっ……。

 

鈴を鳴らす。

 

祭壇に置かれた小さな杯を両手で受けて、中に注がれた乳白色の液体に口づけた。

かぁっと喉が熱くなる。舌に残る甘さが糸を引き、お酒の匂いが後から立ち昇ってくるようだ。

 

常根……。

 

そっか、このお酒がそうなんだ。

 

慣れないお酒の味に、舌先が痺れる。頬が火照り、熱っぽい吐息が漏れた。

とくんっと、ふいに胸が高鳴った。鼓動に紛れたお酒が、全身へと巡っていくと、のぼせたみたいに頭がぼんやりとし始めた。

 

美味しくはない。

 

でも、妙な魅力がある。

 

いつのまにか、あなたは空の杯に舌を伸ばしていた。

無機質な陶器の滑りと冷たさを感じながらも、杯に残った雫に舌を這わせる。

それは、ケーキの乗ったお皿に残ったクリームを、舐め取るような行儀の悪さ。

 

……はしたない。神様の前で何をやっているんだろう。

 

舌先が甘く痺れていた。糸を引く口惜しさに、あなたは余計に恥ずかしくなる。

 

でも、もっと飲みたかったな。

 

ぼんやりと考えながらも、空になった杯を戻す。

最後に、祭壇の前で三つ指を突いたあなたは、ゆっくりと頭を下げた。

 

それで、終わり。

 

神に巫女を捧げるため。今はただ、残った慣習としての儀式を締めくくる。

 

「天音っ!」

 

聞き慣れた父の声。あなたは、はっと顔を上げて振り返った。

どうして? 何をしてたんだろう? ただの慣習に、なぜこんなに魅入られてしまったのか。嬉しいし、誇らしい。今でもまだ、あなたの胸には巫女としての自覚が宿っていた。神に捧げられること。その晴れ舞台を、父にも見てもらえる。

 

とくんっ、高鳴る鼓動に身震いした。

 

お酒を飲んだせいか、頭がぼんやりして、ズキズキと痛む。

まるで、風邪を引いたように体は熱い。身動ぎをするのも億劫に感じていた。

巫女装束が肌に擦れて、くすぐったいのとも違う、変なもどかしさが全身に纏わりつくようだ。急に怖くなったあなたは、助けを求めるように父を呼ぶ。

 

けれど……。

 

ばたんっ。

 

扉が閉まる。まるで、あなたを閉じ込めるように。

 

静まり返った社の中。人の気配はない。ただ不思議と篝火の弾ける音が、ぱちっ……ぱちっと、漏れ聞こえるだけ。暗闇に放り出されたような不安があなたを包む。

 

本当に父の声だったの?

 

立ち上がった あなたは、よろよろと扉へ歩み寄る。

胸に染み込む不安を払うように父を呼ぶが、返事はない。探るように伸ばした指が扉に触れる。けれど……動かない。押しても引いても、ビクともしなかった。

 

確かに隙間はある。わずかに漏れた光の先は、外に繋がっていた。

閂でも掛けられているのだろうか? でも、それにしたって まったく動く気配がないのは妙だ。まるで、そういう形の壁を相手にしているみたい。

 

やっぱり、気のせいだったのかな。

 

諦めとともに、扉に触れていた手が、ゆっくりと下に落ちていく。

 

大丈夫、今日だけだから。自分に言い聞かせる。

一晩社に泊まって、それで儀式はおしまい。そのくらい平気だと思っていたのに。

 

着替えのときに感じた視線。神楽の最中に感じた浮遊感。

霧の中にいるような不安と、自分を見失う恐怖。今は自分を取り戻してはいるけれど、このまま眠ってしまって本当に大丈夫なんだろうか?

 

裏口とか、無いのかな?

 

朝になったときに戻っていれば、バレないで済むかも。

 

壁に手をついたあなたは、社の中を歩き出した。

一歩、二歩、三歩……どこまでも暗闇が続く。振り返った向こうを覆い隠して、どんどんと深くなる。心細い。不安が胸に染み込む。

 

ふと、つま先が何かを蹴った。

 

壁かと思ったけれど、それも違う。何か、軽いものが滑っていくような音がした。

 

なんだろう?

 

暗闇に慣れてきた あなたの目は、ぼんやりとその形を見つめていた。

何か、長方形の。触れてみれば、ちょうどスマホのようなサイズ感が手に馴染む。

側面に見つけた突起を指で押し込むと、ぱっと手元が明るくなった。

 

やっぱり、スマホだったんだ。

 

でも、なんでこんなところに落ちてるんだろう?

 

それに……。

 

浮かび上がった画面には、見覚えがあった。

大きな酒瓶を抱えた男性と少女の写真。それは、常根村のことを調べたときに見つけたものと全く同じだった。

 

でも、おかしい……。

 

あのブログはもう、何年も前のもの。

写真に映っている少女の忘れ物だとしても、それがどうしてここにあるの?

祭りの後、そのまま放置されていた? だとしても、電源が入る訳が無い。

 

あなたは、慣れた手つきでスマホの中を探っていく。

表示された日時は合っているはず。月日も同じ。ただ一つ違うのは、それが今から数年前の日付であるということ。

 

きっと、写真好きの子だったんだろうな。

 

フォルダの中は、旅行中の楽しげな様子で埋め尽くされていた。

道中の綺麗な景色。美味しいそうな料理。どうやら、常根村には旅の途中で立ち寄ったようだ。見覚えのあるのどかな風景が何枚も並んでいる。

 

旅の記録というよりは、もう日記のようだ。

そこに映る少女に、あなたは親近感を覚え始めていた。

 

最後の写真は、真っ白い巫女装束に身を包んだ少女の自撮り。

村の巫女なんて大役に、はしゃぐ気持ちは あなたと一緒だった。

 

でも変だ……やっぱりおかしい。

 

儀式の最中はスマホどころか、カメラだって持ち込めなかったのに。

外の脱衣所に残されているならまだしも、どうしてスマホがここにあるの?

 

答えを求めた指先は、一つの動画ファイルを捉えていた。

タイトルはない。日付は今日。撮影が開始された時間は、ちょうど今からだ。

 

やんちゃな子だな。

 

一体どうやってスマホを持ち込んだんだか。

 

苦笑しながらも、おかげで少し緊張が解れた。

再生した画面は、暗いままだった。スマホの光で照らされて、ようやく社の中だとわかる。「はぇー……」とか「ほぇー……」だとか。いかにも退屈そうな声が聞こえてくる。

 

一通り社の中を歩き回った少女は、祭壇の前に敷かれた畳の上へと戻っていた。

 

グチュ……。

 

粘ついた水音。静謐な社に響く不気味な気配に、背筋が震えた。

あなたは思わず振り返る。でも、そこには何もいない。

音はスマホから。そのことに、動画の少女は気づいていないようだ。

 

逃げて……。

 

その声が、届くはずもなかった。

次の瞬間、映像がブレた。床に落ちたスマホが、音を立てて転がっていく。

画面の端に、ニュルリと蠢く何かが映った。一見すれば蛇の体のような、しかしどこか不自然に蠢く影。それは、ダメ……。本能的な恐怖からか、その影を見た途端、あなたの心臓が跳ね上がり、頭の中で警報が鳴り響く。

 

グチュリ……グチュグチュ……

 

絡まる水音に、少女の悲鳴が呑み込まれる。

「いやっ。やだっ……助けっ! パパっ、ぱぱぁぁ……!!」涙声で叫ぶ少女を、助ける声は返ってこない。

 

なに……これ。

 

あなたの指からスマホが滑り落ちた。

 

あ……と、気づいたときには硬い音がして、さっきまで点いていた画面の灯りが消えてしまう。

 

人じゃなかった……。

 

それどころか、あなたの知るものではない。

バタバタと少女が足を暴れさせる音が、頭にこびりついて離れなかった。

服が裂かれる音に、嫌な想像をしてしまう。あの後、少女はいったいどうなったのか。その想像は、あなたの予感と重なった。

 

背筋が冷たくなる。

 

恐怖に足が竦む。

 

腹の底から湧き上がってくる怖気。もう、前には進めない。スマホから逃げるように後ずさると、グニュリ……柔らかい何かを踏みつけた。

苔じゃない。それはあなたの足の裏で形を変えると、波打つように蠢きながら、スルリと這い出していく。

 

グチュリ……グチュグチュ……

 

絡まる水音は、動画の中で響いていたあの音だった。

暗闇の中で蠢く影が、あなたを取り囲むように近づいてくる。

 

逃げないと……。

 

そう思うのに、恐怖に捕らわれた足は動かない。

冷や汗を吸って重たくなった巫女装束が、あなたの手足を縛り付けるようだった。

 

ひっ……。

 

聞こえた悲鳴に、あなたは視線を向けてしまった。

 

そこには、動画の続きを再生するスマホがあった。

触手に絡め取られて、身動きのできなくなった少女の姿が浮かび上がる。

身を隠すものは何も無い。破られた巫女装束が、白い肌に纏わりつくだけ。

両手両足を広げられて、火照る肌を撫でる触手の刺激に、少女は甘い吐息を漏らす。

 

画面の向こうの少女と目が合った。

 

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……

 

その瞬間、あなたは駆け出していた。

 

少女が何かを呟く、その前に。それを見てしまったら動けなくなる。

きっとそうだ。「逃げて……」少女は背中を押してくれたはずだ。

そうじゃないと、絶対ダメ。想像しそうになる言葉を振り切るように足を動かした。

 

暗闇が果てしなく遠い。走れば数秒も掛からない距離が延々と続いていくようだ。

 

「助けて」

 

声が聞こえる。

 

気のせいだ。そうは思っても、後ろ髪を引かれて足が鈍った。

忍び寄る恐怖と、重たくなる罪悪感。着慣れない巫女装束の裾が絡んで、転びそうになる。

 

戻ってできることなんてない。スマホだけを持ち出したって何になるっていうの。いま、あの子がどうなってるかなんて、想像できない。したくもなかった。

 

9……8……7……

 

後ろから、異質な気配が近づいてくる。振り返る余裕もなかった。

とぐろを巻いて、うねりながら床を這う何か。あなたは泣きながら逃げる。

スマホに映っていた、あれはなに? イカやタコの触手のようにも見えた。

蛇だと言われたらそうだったかもしれない。記憶に思い当たる節はなかった。

強いて言うなら、物語の中に出てくる化け物くらいか。

 

こんなの、村の人達は知っていて……っ!。

 

あなたにできることは、もう一つだけ。

壁に手をつきながら懸命に足を動かした。ささくれだった木の針が、指先に刺さる。痛いだなんて言ってられない。足を止めれば追いつかれる。

 

早く、早く、早く……っ!

 

逸る心に思い浮かんだのは、優しい父の笑顔だった。

ここから逃げる。早く父に会いたい。全部話して、この村から出るんだ。

 

6……5……4……

 

グチュグチュと次第に大きくなる水音が背後に聞こえ、鼓動が跳ねた。

伸ばした指先が扉の取手を掴む。暗闇の中、一筋と漏れてくる外の灯りに、あなたは安堵を隠せない。扉の取手を強く引いて……。

 

ガチャリ……

 

その音に、胸が冷たくなった。

 

ガチャリ……ガチャリ……

 

押しても、引いても、扉は開かない。金属の冷たさと、無機質な音だけが返ってくる。心が凍りつき、指先が冷たくなったみたいに動かなくなった。

 

ドンッ、ドンッ、ドンッ!

 

扉を叩いて、父を呼んだ。

 

お父さん、お父さんっ!

 

けれど、動画の中の少女と同じ。あなたを助ける声は返ってこない。

 

3……2……1……

 

グチュリ……。

 

粘ついた水音が、耳の後ろ側から聞こえた気がした。

恐怖で喉が詰まる。「ぁっ、ぁっ、ぁっ……!」と短い悲鳴が絞られる。

扉を叩き、金属の取っ手をカチ鳴らしても、漏れた光は揺れることさえなかった。

 

嫌な想像をした。

 

動画に映った少女と、自分の姿が重なって見える。

 

あんな風に触手に捕らえられて……。

 

殺されるだけならずっと良い。人でもない何かに肌を許すだなんて、そんなのは……。

 

ゆらり……。気配が膨れ上がる。

 

イヤだっ、やめてっ、だれかっ……!

 

振り返る勇気も出なかった。

 

あまりの恐怖に、胸が締め付けられる。

 

外とつながる唯一の境界。漏れた一筋の光に、あなたはしがみつくしかなかった。

 

シュルリ……。

 

伸びてきた触手が、あなたの右手に絡みついた。

それは生温かく、粘液で濡れていた。まるで、ゴムのような。でも、違う。

もっと、生き物みたいな生々しさがある。

 

ひっ……!

 

その薄気味悪さに、悲鳴でさえ潰れてしまう。

怖気が悪寒に変わる。歯が噛み合わない。カチカチと音を鳴らして、今にも膝から崩れ落ちてしまいそう。

 

ゆっくり、優しく……。

 

手首に絡んだ触手は、あなたの指にも食指を伸ばす。

親指に、人差し指に、中指に……。一本、一本、優しく絡め取りながら、金属の取っ手から指が外されていく。慌てて掴み直そうとしても、触手の粘液に塗れた指は滑り、上手く掴み直せない。

 

ぐっと、体が後ろに引きずられた。足が浮きそうになる。

太い触手がお腹に巻き付き、社の奥へと引き込むようだった。

 

あっけない。あれだけ必死に掴んでいたはずなのに。

右手の小指が、取っ手から滑った。慌てて伸ばした左手も触手に捕らえられる。

右足に、左足にも、触手が絡みつき、あなたは尻もちを付くように倒れ込んでしまった。

 

いやだ……いやだ……いやだ……。

 

叫んで、喚いて、まるで駄々をこねる子どものよう。

叫べば叫ぶほど、恐怖に負けた自分を強く意識して、心が削れていく。

けれどもう、恐怖を飲み込むほどの勇気はあなたに残っていない。

 

バタバタと足を暴れさせる音を、どこか遠くで聞いていた。

見上げた天井は、スマホが映していた映像とまるで同じに見える。

 

いや……。

 

ズルっと体が引きずられ、扉から漏れていた光が闇に覆われていく。

触手の合間から伸ばした手が空を切る。指先は取っ手にすら触れられない。

遠のく、遠ざかっていく。あなたの日常が、当たり前に続くと思っていた生活が。

 

父の面影と、その温もりが……。

 

「あっ……♥」

 

ふと、聞こえた艶めかしい声に、あなたの視線が吸い寄せられた。

ぼんやりと浮かぶスマホの画面。見てはいけない、そう思うのに……。

触手に弄ばれて、甘い声を漏らす少女の姿。その顔が、自分の姿に重なるようで、あなたは知らずに吐息を漏らしていた。

 

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