異世界の日常
第一話「いつものくだり」
「サブロウ、ご飯ができたよ。」
椅子に腰かけた初老の男が、机に向かっている。机の一点に顔を寄せ、集中している。両手はその一点に添えられており、小さく、小刻みに動かしている。その手の先には、小さな何かがある。石のような材質で出来た、小さな虫。約1センチほどの石の虫のようなものには足が四本、そして、クワガタのような長い顎がある。足が四本なので厳密に言えば虫ではないのだが、まあ、雰囲気的には虫にしか見えない。
「ご飯できたってば!」
男のいるのは4メートル四方の四角い部屋。窓際に男がいる小さな机、その逆側には薪をくべる穴の開いた暖炉、その上に乗っかっている調理用の石、石の上には鉄の鍋、そして、鉄の鍋からは湯気が立ち上っている。そして鍋の前には、木の杓子を持ち、布を頭に巻いた、身長が大きく、頭に立派な角の生えた、屈強な女がいた。
「聞こえている。すまない、今ちょうど終わるところだった。」
「だと思ったけどさ、呼ばないとサブロウ次を始めちまうだろう?」
「まあそうだな。」
サブロウと呼ばれた初老の男は、椅子の背もたれを使ってグウっと背伸びをした後、やっと椅子から上がり、笑顔を湛えて、女の元に向かう。男と女の間にあるのは50センチ四方の背の高い小さな机。そこに落ちそうなほどの皿、その上にスープ風の料理。浮かぶのはゴロゴロとした野菜と少なめの肉。そしてその机の脇にある椅子に、二人は向かい合わせになって、座る。
「相変わらずうまそうだな。」
「うまそうじゃなくってうまいんだっての。」
「確かにそうだ。」
挨拶もなしに彼は右手で皿の脇にあった木のスプーンを掴み、料理に口をつける。薄い塩味と、野菜から出た旨味と、ほんのり感じる程度の肉の旨味。彼はにっこりと微笑み、左手で握った拳から親指を立てる。大柄の女は、それを見てにっこりとほほ笑む。日常。昨日と同じ今日。男は、ここに至るまでの今までのことを思い出した。
◇◆◆
彼は元々、ただの中年だった。全国展開する家電量販店の、単なる従業員だった。店に立ち、商品を説明し、お買い上げいただく。しかし昨今はオンラインだかECだかが隆盛になり、客の大半は現物を実店舗に見に来て、ネットで安いものを買う。実際には悪辣な業者がかなり交じっているのでオンラインで買うのはリスクが高いのだが、それをいくら説明しても客は買わず、そしてメーカー保証での修理の時だけはバッチリ店に文句を言う。そういうようなご時世に代わっていった。
「物部さん、これセッティングしといて。納期3日、遅れたらそっちで連絡して。」
しかしそんな中でも、白物とパソコンはよく売れた。白物はそもそも設置や工事が必要な場合が多く、素人が家に届けられても何も出来ない。そしてパソコンも同様で、初期設定がされていない状態から自分でやるのが前提だ。もちろん初期設定や各種設定、何なら修理だって今は無料動画で何でも見れる。しかし、基礎知識すらない人間相手に用語を説明する動画はあっても、初期設定動画でそこから説明するものはない。初期設定動画を見て用語がわからず、用語動画に行って分かった気になっても戻ると意味が分からなくなり、結局ただの動画サーフィンで終わる人間が大半である。
「あいよ。」
そして量販店の販売スタッフは二種類に分別された。一つは、きわどい線を踏みながら、騙さないギリギリで商品を説明して、その場の勢いで買い物を決断させるスキルのある販売員。そしてもう一つは、そういう手法が苦手で、結果として必要な裏方に回るスタッフである。もちろん裏方作業は外注に任せれば楽なのだが、その外注も商売なので、結局利ザヤの二重取りとなり、消費者の払う金額は相当額に跳ね上がる。そうなると店の評判が落ちるので、自前で何とかしようとうまく言いくるめができない落ちこぼれ販売員を『作業担当』にして雑務を押し付けている。それでも外注よりは遥かに安い。そういう販売員は正社員から成績不振から降格させてアルバイトにしてあるからだ。いやなら辞めろという、いわゆるブラック手法である。
「3日かあ。」
それでも物部三郎の生活が成り立っていたのは、彼が実家住まいで、かつ、未婚だったからだ。家に生活費をいくら振り込んでも、嫁や子供がいなければどうとでもなった。そもそも趣味らしい趣味が彼には無く、するめのように遊び続けている箱庭ゲームと、ちょっとエロい電子書籍を読むこと以外はしていなかった。目の前の仕事も、明らかに家電量販店の販売員の仕事じゃない。パソコンの初期設定。しかもそう難しいものじゃない。新規でアカウントを取って、付属ソフトのシリアルを取得して、認証する。その後にいろいろと使いやすいように彼は手を入れているが、そこは必須工程に入っていない。ただ、長年の経験上、そこに手を入れておくと後から文句の電話が来なくなると知っているから、やっているだけだ。
「おろ?」
トップページに設定する日本最大の検索サイトのニュース欄に、緊急速報という表示が出る。見てみると、ブルドックのような男の写真の隅にLIVE!という装飾がある。スマホを見てみるが、そのようなニュース通知は出ていない。首をかしげながら、LIVEをクリックする。どちらにしろ動画閲覧の試験は必須項目に入っているからだ。
『日本国国民の皆様、私は内閣総理大臣、石橋ゲルです。』
物部三郎はこの石橋ゲルが好きだった。ブルドッグのような仏頂面で、頭が少し薄くて、笑顔を作るのが下手で、いつも嫌そうに会見をしていて、野党が選挙のたんびにお花畑みたいな政策を提案すると『財政根拠のない政策は現実的に無理なので』とバッサリ切り捨てる。そのせいで選挙に負けまくっているのだが、そこすらも物部三郎は好感を持っている。適当な効能だけ吹き込んで、頭が弱かったり気弱だったりの客を狙い撃ち、高額取引をもぎ取る手法を強制するのが今の流行だ。それを公然と非難してしまい底辺まで落ちてきたそんな自分に、石橋を重ね合わせていたのだ。
『今この中継が見えている皆様に重大な発表があります。』
物部三郎はすごく嫌な予感がした。この石橋総理、この言い方をするときはかなりヤバいのだ。ちょっと大げさに言ってやろうとか、逆に嘘で安心させようとすることが一切ないのだ。ヤバい時は直球でヤバイ。
『詳細は割愛しますが、世界は滅亡します。』
ポカンとする物部三郎。旧麻布政権時代の防衛大臣だったころからの石橋ファンである物部三郎ですら、この物言いに呆然としている。
『私の伝手でクリスチャンだけは異世界に移住できることが決まりました。ちなみに神道と仏教の方は輪廻を待つようにとのお達しだそうです。今この映像を見ている方も、クリスチャンのみとなります。』
物部三郎はハッと我にかえる。自分はクリスチャンではない。正直、仏教徒でもない。父親の葬式に際して葬儀屋から宗派を聞かれて、知らないので母親に聞いたところ、別にどこでもないがお父さんの為にお墓と葬式はやりたいとなり、単に近いだけの寺を指名しただけなのだ。なので普通は仏教徒の括りではないのか、と首を傾げた。
『今回のクリスチャンの定義は、教会に行ったことがあるキリスト教の信徒であることです。』
物部三郎は思い出した。確か甥っ子が結婚することになり、結婚式にカソリックの教会を予約したはいいものの、カソリックは信徒条件があると知らず、しかしお嫁さんの家はガッチガチの仏教徒なのでどっちかがクリスチャンになるのは当然拒否、右往左往した挙句、親族でいいから信徒になるようにという話になり、その時に未婚で今後も未婚そうだからと被害がなさそうな物部三郎に白羽の矢が当たり、結婚式の当日になって何故か遠方に住む親戚のおじさんである物部三郎が簡易的な洗礼を受けるという、珍妙な事件が起きていたのだ。その後に手を組むようなことは一度もやっていない。彼も忘れているほどの昔の話である。
『規模の大きな分散疎開となります。おそらく同じ異世界に送られるのは一人だけです。そして地球は滅びるので、もう知り合いに会う為に戻ることもありません。もしも嫌であれば嫌だと意思表示してください。輪廻の輪に戻れることでしょう。』
輪廻に戻る、ということを物部三郎は考えてみた。しかし、であれば一人で異世界にいくほうが良いと思い直した。輪廻の先は必ずしも人間ではなかったはずだ。動物だったり、虫だったり、なんなら木だってありうる。もう十分満足したと思えるほど達観しているわけでもないし、そもそも自分はまだ女性も知らない。もちろん虫であったほうが性交率は高いかもしれないが、そもそも生存率が低い。
『残り30秒で世界は滅亡します。異世界に行く気のある方は、神に祈ってください。』
急いで頭の前で手を組んで、目を瞑り、エイメンと口走る物部三郎。怪訝そうな目でそれを眺めている同僚。そして声をかけようとした従業員の目の前で物部三郎の姿が掻き消え、驚きの声を上げようとした同僚と、地球と、世界が、蒸発した。
◆◆◇
「物部三郎さん、お待たせしました。異世界の創造神、ベルファイアと申します。」
「ご、ご丁寧にどうも。いかつ、ごほん、素敵な名前ですね。」
物部三郎は真っ白い空間に立っていた。そして彼の前には、光る等身大お色気フィギュアみたいな女神さまが立っていた。
「そして異世界転移なのですが、貴方、信心が少なかったんですね。加護ポイントがほとんど無いですよ。」
「やっぱりそうですか。まあ、生き残っただけでも儲けものです。」
「あら、騙されたとか、チートよこせとか、犯すぞこらとか言わないのですか?」
「言ったらどうなるんですか?」
「その場で魂を対消滅させます。」
「その感じだとかなり消滅してますか?」
「それなりには。」
物部三郎は予想が当たって安堵した。もちろん自分だって異世界転生物はよく見ていた。チートをもらって大活躍ってやつだ。転生先から乞われてやってきて、無理を聞いてもらうという話だ。しかし今回は地球の滅亡だ、おそらく今回は地球側の神様から頼まれて引き受けている立場だろう。言ってみれば、元居た会社が倒産して受け皿になってくれた別会社に所属し直すようなものだ。待遇に文句を言える立場じゃない。
「そこまで卑下しなくても良いのですよ。ささやかながら『チート』というのも用意してます。」
「現金給付2万円とかですか?」
「悪くはないんですけど、すぐ無くなっちゃいますよ?」
「結局働くしかないのは一緒だし、多少でもお金が回れば経済も発展するじゃないですか。」
「残念ですが神様がお金を渡すのはダメなんです。地上の貨幣価値が下がっちゃうんで。」
「いや、見えないようにこっそり渡せば大丈夫じゃないですか?」
「神の見えざる手ってやつですか。もちろんダメです。あれで滅んだ世界もあるんですよ。」
「じゃあどんなチートを?」
物部三郎は微動だにしない光るフィギュアの手から、ひらっと光る葉っぱが落ちたことに気づき、反射的にそれを拾おうと手を伸ばした。するとその葉っぱは、すうっと物部三郎の方に向きを変え、顔に張り付いたかと思うと、消滅した。
「ああー、本当に欲しがらないタイプの人なんですね。」
「そうでもないですよ。現金はかなりほしい。」
「でも全然使ってないじゃないですか。」
「無くなって困るのが不安なんです。」
「じゃあ経済回らないじゃないですか。」
「しまった。」
女神は思考する。避難魂の受け入れを始めてかなり経ったが、正直ひどいのばかりだった。まず強気の要求をしてから譲歩を引き出すような手法を使う輩ばかりで、消滅させた魂は数えきれないほどだ。そもそも自分の世界はそこまで困っていない。発展すれば下界を覗くときに楽しそうだというくらいで、別にそこまでひどい世界だとも思っていない。銀貨二枚だけでいいというのは初めてだ。ルール上あげられないが、代わりに少しチートっぽいものをあげても良いかも。
「ふむふむ、左肩を上げると痛むんですね。」
「五十肩なので。」
「あと、入れ歯じゃないけど虫歯になりやすくてほぼ全部に治療跡があると。」
「どうも遺伝っぽいです。」
「季節の代わり際とか疲れが溜まると腰痛がひどくなると。」
「ヘルニアですかね。」
「視力がひどいですね。近視と乱視と老眼ですか。ほぼ単焦点レンズです。」
「メガネが手放せません。」
女神は苦笑する。ふつうここまで言えば『健康になれるんですか!』って言ってくると思ったのだが、彼は雑談ベースを一切崩そうとしない。ちょっと心をのぞいてみると、何とか現金給付に戻せないだろうかと必死に考えているようだ。
「あ、童貞なんですね。」
「どうにかなるんですか!」
目を輝かせて光る女神フィギュアに詰め寄る物部三郎。実際の女神はそのフィギュアには入っていないのだが、それでも気圧されて身を引いてしまう。先ほどの葉っぱから接続されている女神の端末に『未婚、未経験、未恋愛の三冠王』と表示されていた。しかも、バッドステータスである。毒やら麻痺と同じ扱いで、彼の魂にずっとデバフをかけているのだ。そこで女神は一計を案じた。
「なりますよ。私、神様ですから。」
「うっひょっひょーい!」
「一回だけですけど、お願いしたらセックスさせてくれる能力です。」
「本当に?!そんな超チート大丈夫なんですか?!」
「そ、そんなに超チートかしら?」
「ああ、夢が膨らむなあ。」
女神は転生者用の端末を触ってみる。
名前:物部三郎
年齢:54
性別:男
種族:人間
職業:販売員
視力:左右とも0.01(ただしメガネがあれば0.7)
身長:180センチ
体重:80kg
力強さ:8
素早さ:6
タフさ:17
判断力:8
記憶力:6
精神力:17
HP:31
MP:31
@所有スキル
描画:0
パソコン操作:1
暗算:1
自動車運転:3
@バッドステータス
腰痛:5(加齢)
弱視:5(加齢)
虫歯:5(加齢)
老化:5(加齢)
@チート
頼むとセックスできる(回数制限1)
女神は目頭が熱くなった。これはひどい。年相応以上に体が衰えていて、これで初めての世界で生活できるとは到底思えない。全属性魔法とか不老不死とか愛され体質とか平然と言い放つフザケタ連中にも腹が立ったが、ここまでひどい体なら先にそっちを希望しろよと憤った。敬虔さに応じて添えられていたチートポイントは10しかなかったが、今のところ一回だけセックス券は1しか使ってない。
「ほかに何か希望はありますか?」
「じゃあ現金給付で。」
「だめです。じゃあもう終わりにしますよ。」
「おっけーです。」
おっけーじゃねえだろ!と女神は突っ込みかけつつも、もうどうでもいいやと確定ボタンを押すと、エラーになった。チートポイントの未使用があるのと、世界にそぐわないスキルの修正が必要となっていた。スキルのほうはパソコン操作と自動車運転だ。女神は端末から情報を検索する。向こうの世界じゃ馬車っぽいのを自動車って呼んでいるらしい。なのでこれは乗馬・馬車でいいだろうと修正した。そしてコンピュータとは、命令型ゴーレムを動かす魔石の部分の名称らしい。しっくりくるものを探しながら何度か書き直し、最終的にゴーレム制作に落ち着いた。問題はチートポイントだ。あの狂った避難魂みたいな感じになってほしくない。しかしすぐ死んでしまうのもつまらない。そこで女神さまはニンマリと笑顔を浮かべて、端末を操作した。ポイントもちょうど使い切り、保存は完了した。
「それでは転生させますよ。」
「向こうはどんな場所なんですか。」
「ちょっとワイルドな里山っぽいアレです。」
「わかりました!」
「そうそう、ステータスを見るときはちゃんとステータスオープンて言いなさいね。」
手を振って消えていく物部三郎。女神は端末の情報を確認して、そして女神フィギュアのコンセントをそっと抜いて、そしてもぞもぞと布団にもぐっていった。ちなみにこの女神様、髪はボサボサ、丸いお顔で目が小さく眼鏡でニキビだらけ、かなり許容限度オーバー気味のぽっちゃり体型、ジャージを着ている、そのくせ声だけは声優を凌駕するほどキレイなアニメ声の、ごく普通のバーチャルユーチュー、もとい、女神様である。
名前:物部三郎
年齢:14(見た目54)
性別:男
種族:人間
職業:異世界転移者
視力:左右とも0.01(ただしメガネがあれば1.5)
身長:180センチ
体重:80kg
力強さ:9
素早さ:9
タフさ:9
判断力:13
記憶力:13
精神力:13
HP:27
MP:39
@所有スキル
描画:0
ゴーレム作成:1
暗算:1
乗馬・馬車:3
@バッドステータス
なし
@チート
頼むと結婚できる(回数制限1)
絶対に戻ってくるメガネ(回数無制限)
全言語会話
◇◆◇
物部三郎が目を覚ますと、そこは薄暗い場所だった。横を見ると、背の高い草が上に伸びている。起き上がろうと手を突こうとするが、手が動かない。どうも後ろ手に縛られているようだった。感じるにおいは雑草を潰した時のような青臭さがツンとする。足を立てようとするが、足首が動かせない。どうも足首も縛られているようだ。
「誰かいませんかー!」
声をあげてみる。しかし返事は聞こえない。高音の何かの鳴き声が上からするのと、木の枝が風にしなる音と、横からコオロギのような虫の声がするだけだ。何とか身を起こそうと藻掻き、胴体を前後左右に振る。そうすると何とか座ることができた。そして周囲を見渡す。低い低木が幾重にも絡み、その間に高い木が生えていて上のほうで大きく葉を伸ばしており、地面近い場所は高い草、低木の間は太いツタが絡まっている。地面が全く見えない。昼だと分かるのにとても薄暗い。これは、里山じゃない。ジャングルだ。
「うわ、うわあ!」
そこで彼は、自分の胸元に緑色のムカデは這い上がってくるのに気づいた。振り払おうにも手も足も縛られている。まさに手も足も出ない。胴体を必死に振るが、もちろん落ちない。あれだけ足があって、その程度の振動で落とされるはずがない。物部三郎はパニックになった。何も考えられず、叫びながら、せっかく起こした体をまた倒し、ゴロゴロと転がりまくった。やがてムカデは消えた。だが、何も事態は好転していない。強いて言うなら彼は横転しただけである。
「あは、あはは、あはははははは!」
物部三郎は笑った。大声で笑った。滅亡する世界から逃げてきて、逃げ込んだ先が地獄だっていう可能性をまるで考えていなかった。そうだ、現代の地球だって、安全圏というエリアはごく僅かだ。たいていが過酷な自然だったり、紛争地帯だったり、汚染地域だったり、生存に適さない場所が大半だったじゃないか。なぜこちらで日本のように安全な場所に行けると思っていたのか。
「なんだい、人間が狩れたと思ったら、あんたこっち側かい。」
「え?」
ニュッと大きな顔が目の前に現れる。薄く青い色の瞳。白目の部分が吸い込まれるような黒。ウエーブのかかった金髪、がっしりとした顎先に日に焼けた肌。そして額の上には、細く上に伸びている、二本のツノ。線の細い美人というよりは、健康的な美人。
「悪かったね。あんた、出身は?」
「町田。」
「町だ?ああ、人間の町に潜り込む連中か。おおかた正体がばれて逃げてきたって感じか。」
手足の拘束が解かれる。手を掴まれ、ひょいと立たせられる。自分も決して小さいほうではないが、その自分が見上げるほどの身長。そして、おっぱいが丸出しで、腰布というか、腰に毛皮を巻いている。じっと胸を見る物部三郎に、女性は苦笑する。
「すごいね。どう見ても年取った人間にしか思えないけど、うん、かなり凄腕の擬態だね。本当は14、5ってとこだろう?バレなきゃ人間なんざ食い放題だったろうにねえ。」
「そう見えますか?」
「人間はね、あたいみたいなオーガの言葉は理解できないように出来てるのさ。オーガとしゃべれるのはオーガだけさ。若いだけあってツメが甘いねえ。」
しかし物部三郎には目の前のオーガと名乗る女の言葉がほとんど入ってこなかった。その豊満な乳房に釘付けだった。女はまたも苦笑して、物部三郎の両手を掴み、自分の胸に彼の手のひらを押し付ける。一気に顔が赤くなる彼に、彼女はとうとう大笑いを始めた。
「あはは、あんた、もしかして、交尾したことが無いのかい?」
「わ、わかりますか?」
「そりゃあそんだけおっぱい見てくればねえ。女はそういう視線てやつはわかるもんなのさ。」
「やっぱそういうのバレちゃうんですね。」
「ただね、オーガは交尾相手は一生変えないのが決まりだよ。相手はよく選ぶんだね。」
「やっぱ俺は魅力的じゃないですか。」
「まあ、強そうでもないし、人間のにおいがして食っちまいそうになるし、たくさん相手がいるならやめとくタイプだね。」
肩を落とす彼に対し、オーガの女性はニイっと目を細めて笑ったかと思うと、腕を絡ませてくる。乳を腕に当てて、一層顔が赤くなる目の前の男の耳に口を寄せて、ささやき始める。
「けどさ、あんた、他のと違って殴りかかってこないし、組み付いて犯そうとしないし、面白いよね。」
「面白いですか?」
「そうさ。オーガって種族も、それこそ人間たちだって、同じ場所でずっといる連中は段々集団が弱くなっていくんだよ。」
「遺伝子の多様性ですか。」
「い、いでん?ま、まあ、あたいも詳しくないんだけどさ、今の長老たちが前の、そのまた前の、それこそ昔の長老たちから語り継がれてるらしいんだよ。だから毛色の違うオーガを見つけたら、とりあえず誰かが番いになっておけってね。」
「それってもしかして・・・俺と?」
「そうだよ。」
「よっしゃあああ!異世界チート万歳!女神様ありがとう!」
「よ、よくわかんないけど、これからよろしく頼んだよ。」
ガッツポーズし、膝を突き、涙を流して天を仰ぐ物部三郎(54歳)。そんな彼を見て、女オーガはなんだか無性に胸の奥が甘く苦しい気分がしたのだった。
◆◇◇
「あんた、ネームドオーガなのかい?そのなりで?」
「ネームドオーガって何?」
「ネームドオーガってのはね、名前のついているオーガのことさ。」
胸に抱きかかえられたおじさんこと物部三郎は、お嫁さんの名前を尋ねてみたのだが、無いと言われた。なんでも名持のオーガはネームドオーガという特別な種類になるらしく、そうそう名前は付けられない、とのことだった。
「なるほど、えらいから名前が持てるしきたりがあるのか。けど、勝手に名乗ればよくないかな?」
「勝手に、ねえ。」
「例えば俺は物部三郎って名前があるけど、別に全然強くないし、凄くもない。けど便利だから名前がある。」
「確かに名前ってのは分かりやすいのはあるね。けど、勝手に名乗って、その、何か起きたりしてないかい?」
「特には。」
「やっぱ毛色の違うオーガは考え方も違うんだねえ。よし、あたいも何か名前つけておくれよ。」
物部三郎は考えてみた。強そうで、かつ、美しい名前を付けてみたい。目も青いし外人っぽいのが似合うだろう。ただ、フランソワーズとかジョセフィーヌって感じじゃない。もっとこう、野性的で、それでいて奇麗な名前がいい。力強くツタと低木をかきわけて先を進む彼女を見て、思い浮かんだ名前を口にする。
「アイビー、ってのはどうだろう?」
「どんな意味なのさ。」
「ええとね、そこの邪魔っけな紐みたいな草があるでしょ。」
「蔦のことかい?」
「そうそう、そのツタを別な呼び方でアイビーって呼ぶんだよ。しぶとい上にすぐ伸びて、しかも折れないし切れにくい。そのくせ絡んで大木を枯らすことだってある。名前ってのはね、こうなってほしいって気持ちで付けるものなんだよ。」
「じゃああたいは今日からアイビーだ。うん、なんだか強くなった気がするよ。」
物部三郎は胸の奥に痛みを感じた。自分はずるい男である。話を合わせて、相手を喜ばせて、利益を誘導している。自分が一番嫌っていた行為を、自分自身が行っている。それも単に女性に好かれたい一心で。最低最悪だと良心が叫んでいるが、その一方で、ここまで純粋な好意の笑顔を向けられたのも生まれて初めてだった。嘘は必ず露見する。罪は必ず罰せられる。不誠実は必ず看破される。だとすれば、せめてその瞬間までは、この笑顔と、そして勃起の収まらない豊満なバストを見続けておきたい。
「で、どこに向かってるの?」
「川だよ。」
「なんで。」
「血を洗い流すときに楽だろ。」
「なんで血が流れるの?」
「あたい処女だからさ、まぐわいで血がドバドバ出るんだよ。」
「処女なの?」
「いや、14で処女ってのは別に遅くないだろ。サブロウの里じゃもっと早かったのかい?」
「じゅ、14んんんんんんんん?!」
「もっと早く産んでいる女オーガもいるけどさ、別に14は処女でも普通だっての。失礼な男だね。」
物部三郎は計算する。仮に最短で18になったら結婚してすぐ子供を産んだとする。するとその子供も最短18歳で子供を産むと、自分は最短36歳で孫が見れる計算になる。そして孫がやはり最短18歳で子供を産むと、自分は54歳で曾孫が見れてしまうことになる。そして自分は54歳。しかしその最短もあくまで日本人なら、だ。しかしそれが14以下で出産までとなると、玄孫まで視野に入ってしまう。
「その、若すぎる子が子供産んでも大丈夫なの?お母さん死んじゃうとかしない?」
「いや、あんたの里はどんだけひ弱なのさ。オーガは5歳くらいからずっとこんな体だし、子供が10人詰まってたら別だけど、5人くらいなら狩りをしながらでも子供産めるからね。」
「すっげえな。」
「さ、川に着いたよ。」
◇◆◇
勢いよく全裸になる俺のお嫁さん(といっても腰布取っただけなのだが)。そしてざぶざぶと川に入り、足を開いて、股間に川の水を当てている。非常に男らしいんだが、しかしそこに女子の生尻があると、それだけで勃起が増す。いつもの見慣れた俺の陰茎が、まるで中学生時代のように鉄のように固くなっている。やはり本物の女性を目の前にすると、体の反応も変わるようだ。
「さ、サブロウもおいでよ。あたいがチ〇ポ洗ってやるからさ!」
「いいの?!」
「番いだからね。気持ちよかったら一回スッキリしたって良いんだよ?」
「まじで?!」
俺はもどかしく感じながらもワイシャツとネクタイ、スラックス、トランクス、そして靴下を脱いで、やはり全裸で川に入る。蒸し暑かったジャングルと違い、川の水は冷たく、俺の陰嚢がキュンと縮む。そして全裸で、笑顔で、手をいっぱいに広げて全裸で迎え入れてくれるアイビーを見て、陰嚢からぐつぐつと精液が湧き出していくのを感じた。
「意外と使い込んでる色してるじゃないか。こりゃ前の女には負けられないねえ。」
「ま、前のとか、い、いな、い、一人で、あ、いい、気持ちいい、いい、いい!」
「一人でって、自分の手だけかい?やっぱ体が小さいと番いに見られにくいか。大丈夫だよ、あたいがいるからね。ほーれ、いっちに、いっちに、まずは先っぽの汚れた精液吐き出しちまおうね。」
胸を背中に押し付けられながら、耳元に囁かれながら、ゴツゴツしたタコだらけの手で、俺の陰茎がシコシコされる。生まれて初めての女子の手。その手こきに俺は耐えられず、二こすりも耐えられず、俺は射精した。粘度のある帯のような黄色い筋が、尿道口から吐き出され、それは彼女の逆の手の中に次々と当たり、終いにはボトボトと滴り落ちるほどの量になっていた。
「体がちっちゃいからどうかって思ったけど、すごいじゃないか。うちの里でもここまでのオスはいないよ?」
「里じゃ見られながらしてるんだ?」
「男オーガの発情期は年に1回しかないからね。里の数を減らさないように里の連中が総出で応援するんだよ。」
「見られながらだと出来ないとか言われませんか?」
「そういうのもいる。そしたら嫁が旦那をボッコボコにして、手がこすって無理やり立たせて、女が上から乗っかって、バスンバスンってマ〇コ打ち付けるのさ。珍しい旦那になると、もう見られながらとか試さないで、いきなり嫁乗っけてマ〇コ打ち付けさせるってのもいるよ。ただ、そういうのに限って意外と子沢山だったりするんで、子供が生まれない女の会合で、マ〇コバスンバスン体操ってのを始めたらしいよ。」
「意外と平和なんだね、そっちの里。」
「そりゃあ四六時中ずっと殺し合いしてるはずないだろ。メシだって食うし、クソだってするし、屋根の草だって張りなおすし、ウルフの毛皮だって鞣すし、近所のガキの世話だってするし、もちろん狩りもするし、血抜きもするし、燻製だって作るし、いろいろやってるんだよ。」
「でも子作りは分担じゃないんだね。」
「そりゃあそうさ。子供の生まれる数が少ないのに、弱い子供しか生まれないオスの子種で里の女がみんな孕んじまったら、里が全滅するだろう?クソ強い男オーガだろうと産ませた子供まで強くなるとは限らない。逆に里の中で一番ひょろっちい男オーガの子種が、伝説級のネームドオーガになったって話もある。だから番いはちゃんと守るもんなのさ。」
「なるほど。」
つづく。