範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
序
私は父親の顔を知らない。
名前も知らない。
会ったことも──
写真で見たことも無い。
一切合切、私は父親の事を知らない。
生きているのか
死んでいるのか──
母は何も教えてくれない──
……くれなかった。
そんな母は、私を一人残して死んだ。
まだ若い人だった。
母ともっと何か話したい事があったと思う。
父親の事だけじゃない。
母を喪うのは、9歳の小娘には耐え難く辛い事だった。
四畳半一間の安アパート、暖房器具の無い寒々しい部屋で私は泣いた。
1
と或る年の真冬日だった聖夜 ──
朝から深々と雪が舞っていた。
街を行く誰もが厚着だ。
コートを羽織る者、首周りには厚い布のマフラーを巻き、幾重もの重ね着の末に着膨れしている者もそこかしこに見られる様な真冬日。
そんな中で──
その少女は、まともな精神の者ならば、皆目を疑う薄着だった。
白い薄手の半袖ブラウス。
膝上丈で短めな濃紺一色のプリーツスカートに、黒色のソフトナイロン製ニーソックス。
制服なのか普段着なのか、どちらとも取れるような服装だが、明らかにこの寒空の下には不釣り合いな代物だ。
髪は長く、無造作と言って良いほどに伸ばされている。
年の頃なら10に満たないだろう。
半袖ブラウスから伸びる白い腕、ミニスカートとニーソックスの間に見える太ももは非常に細く、110㎝程度の小柄な体躯はともすれば見た目より幼く見せているかも知れない。
そんな年齢の少女にしては髪型も何処か乱雑で、無頓着なのか身嗜みを知らぬように見える。
しかも、その髪は異様なまでに真っ白い──
肌も白い。
髪も肌も日本人のそれとはかけ離れた、すっかり漂白された様な奇妙な白さだった。
まるで、今、深々と降っている雪が固まり人になったような白い少女だ。
雪女──
いや、雪女は普通黒髪だが、この雪の舞う街中、この少女を見ると、ふと、そう思ってしまう者も多いだろう。
だが、そんな白い少女であるが、一点、色があった。
目が紅い。
泣き腫らし充血しているとか、そう言う訳ではない。
本来日本人なら黒目である筈の瞳が紅いのだ。
恐らく少女はそうした症状なのだろう。
白いブラウスは多少透けており、下着を身に着けておらず、注意深いものなら、ほぼ白一色の少女の体から薄紅色が確認出来るかも知れない。
好き好んで見たがる者はそうは居ないだろう慎ましい物であるから、下着未着用を周囲に気付くものはいないようだが、好き者が気づけば目の毒である。
神室町──
この夜の街で少女は引っ越しの最中だった。
手荷物1つ無い引っ越し。
荷物は、自分自身と現在身に付けている物、僅かな額が入った小銭入れのみ。
少女は先日、母を喪った。
母は家賃を滞納しており、母が死んだ翌日、大家はこの身寄りの無い幼い娘をアパートから叩き出したのだ。
今夜は、話に聞いている神室町に存在するらしいホームレスの巣窟、西公園にでも泊まろう。
少女はそんな、あまりにも無謀で無防備な事を考えていた。
どう考えても正気の沙汰では無い。
ホームレス相手だ。
うら若い娘など何をされるか分かったものでは無いだろうに。
虚ろな目で、神室町を闊歩し出してどれくらい経ったのか。
過ぎた時間も、少女は特に気にすること無く、ただうろうろと西公園を探していた。
西公園
通称、賽の河原──
少女はその名前を聞いた事があるし、大体の概要は把握している。
が、詳しい場所までは知らない。
知っているのはホームレスのたまり場で在ること。
それくらいだ。
もっとも、それは西公園に関して一般人が知りうる限りの全てだ。
西公園に立ち入れば四方八方、ホームレスばかりである。
人生の終点──
奈落の底──
それだけの場所だ。
とは言え、少女は盛大に、重要な事を勘違いしていた。
西公園がある区画は、神室町で公園前通りと呼ばれている。
そこは概ね神室町の北東である。
しかし、少女は『西公園』の名前からか神室町の西側を探していたのだ。
神室町にさして馴染みが無く、西公園に用のある者が陥るよく見る間違いだった。
公園前通りではなく、少女は七福通り西を散策していた。
見付かる筈もない。
確かに公園はあった。
振り子の椅子が二つ揺れるブランコが1台とジュースの自販機が2台、簡素なベンチが3基、公衆便所があるだけのごく小さな公園だった。
ホームレスもいたのだが、たまり場と言うには数も少ない。
とてもここで生活している訳では無いだろう。
西側にあるが西公園ではないこの公園を、神室町の人間は児童公園と呼んでいる。
(寒い、な──)
自販機が目に入る。
何か、温かい物でも飲んでみたい。
母が存命の頃から、住居のガスはほぼほぼ止められていることの方が多かった。
冬場も、水道から出るのは冷水だった。
洗顔も洗髪も冷水。
風邪はいつの頃からか引くことは無かった。
腐ったものや、黴の生えた物を食べても、それに中ることも無かったかと思う。
それでも、こんなにも寒い夜である。
自販機の見本に見入ってしまう。
温かい珈琲や紅茶の缶、口にしたことは無いがポタージュスープやお汁粉などの見本にも目が行く。
小銭入れには合計で638円。
買えない訳じゃない。
どのみち、明日とも知れない身の上である。
だが、少女は自販機から目を逸らし、歩き出した。
七福通り西から東側──
コンビニエンスストア等も見掛けたがそこを通り越す。
このまま北側に進めば見えてくるのはバッティングセンターだが、そこに用はない。
暖はある程度取れるかも知れないが、入場に金を取られてしまう恐れがあるのだ。
センターに単に入るだけなら、実は金を払う必要もないのだが少女は知らない。
暫く歩き、それでも西公園が見付からない場合……
その際には、最悪今夜は先程の公園に寝泊まりしよう。
彼処にはベンチも有ったし、公衆便所の個室が1つ。
トイレの個室で寝るのはどうかと思われるが、野晒しのベンチよりは、鍵を掛けられる分、安全かも知れないのだ。
普通の9歳の少女とは明らかに一線を画している思考だが、それは仕方無い。
彼女の人生は正しく底辺その物だったのだから。
そしてちょうど、バッティングセンターの先に向かう様になると、不思議とカップルが多くなってきた。
それもその筈──
この先の区画はホテル街と呼ばれる区域なのだ。
いかがわしいラブホテルから極々普通のビジネスホテル、見るからに治安の良くないカプセルホテル等々。
格安の粗悪な簡易施設から、それなりの設備が整った宿泊施設まで様々なホテルが建ち並んでいる。
とは言っても、勿論、彼女が用のある場所ではない。
仮に体で金を稼ぎ、いかがわしいホテルに泊まる事になるなんて、真っ平御免である。
幾ら日本有数の歓楽街と言われる神室町であったとしても、9つの娘が体を商売に使うことは流石に無理だろうが(少なくとも表向きは──)
そんな折りの事──
乱暴な怒声が聞こえた。
複数人の男性の声だった。
何がそんなに彼等を怒りに駆り立てているのか甚だ疑問だが、こうした手合いに真っ当な理屈は通用しない物である──
そして更なる怒号に、少女は、無意識に視線をそちらへと向けてしまう。
ほんの数瞬──
その短い時間で直ぐに少女は目を逸らすのだが、一人の男と目が合ってしまっていた。
『仕切り直し、没ネタエピソード』は削除し、残骸置場に入れた方が良いですか?
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そのままで良い
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残骸置場行きが良い