※この作品はR-18です。

範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ)   作:贋海王

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皆殺し

 

 背後に悪樓(あくる)がいる。

 真冬の立ち位置から、残りの標的である柳田までは約2mだ。

 悪樓との彼我の距離は約7mとなっている。

 悪樓は、一瞬で真冬までの距離を縮めた。

 半歩踏み込めば真冬に手が届く。

 

 その時点で真冬は、既に背面を見せてはいなかった。

 半身の状態で悪樓へ視線を向けた。

 しかし、真冬の意識は、柳田、そして、仔犬に向かって伸びているのだ。

 視覚と気配の察知、その両方の感覚で三者を捉えていた。無論、聴覚や嗅覚、微細な空気の流れ、振動、そうした物も活用されている。

 

 悪樓は腰を落とし、体勢を低くした。

 そして、全身が陽炎の様に揺らめく真冬を見据えた。

 真冬の虚ろな紅い眼差しを睨み付ける。

 

 そこに立つ者は、もはや、性欲処理人形に堕ちていた少女ではなかった。

 これが本来の真冬なのかと悪樓は考えた。

 

 恐らく、現状の真冬には大竿王(The )・隷苻男(レイプマン)と言えど、心の内に潜り込む事は不可能だろう。

 言葉で心の隙に衝き、心と身体を堕落へと誘導するのがレイプマンの遣り口だ。

 現在の真冬には心の隙がない。

 それほど、戦闘に……“殺し”に集中しているのだ。

 無我や忘我、そうした境地にすら達していると言っても過言では無いだろう。

 姉である陵伽は、呉の里では『魔空』と呼ばれる異名を持つ。

 それに倣うなら真冬の境地は無量空処──

 差詰め『無空』である。

 産まれながら身に付けていた脱力、澄みきった精神、あるがままの闘争本能。

 空に雲が流れ、雲は雨となり、雨は地に降り注ぎ川となる、そして川は海へ繋がっていく、雲行雨施──あるがままの世界の様に、真冬に身に付いていた多くの力だ。それこそ、無であり空である。

 曾て死に際の集中力を越え、エンドルフィンを越え、遂には未知なる脳内麻薬の発現だ。

 この絶望と恐怖、望まぬ快楽が融け合う坩堝の中で、蜚蠊たる真冬は蠱毒として完成されつつあったのだ。

 

 少女に対して使う比喩ではないが、悪樓の目には真冬の立ち姿が、まるで岩山の様に見えているのだった。

 肉が、少女の物ではない。『氣』が、尋常ではないレベルで充実し、全身を巡っている。

 それは、龍脈に流れる大地の氣そのものが、人の形を成しているような、そんな水準にあった。

 大海の畝りに似た氣の猛りが真冬の体内を巡っていると、悪樓は犇々(ひしひし)と感じていた。

 氣の奔流が、さざ波から高波に、そして津波となって叩き付けて来る──その様に錯覚してしまう程の脅威を、真冬から感じているのだ。

 岩山にして大海──真冬の姿にそれを幻視した。

 

 血の海と化したこの“倉庫”に立つ、返り血で紅く染まり、背なで幽鬼が哭いている真冬は、異形の美を湛えていた。

 この凄まじく恐ろしい血臭が充満した部屋で、平然とした姿は異様でもあった。

 悪樓とて、眉を顰めたくなる様な噎(む)せ返る程の血臭なのだ。

 並みの人間ならその場で嘔吐しかね無い。

 非常に強い人間──例えばムエタイの五冠王『チャモアン』、キックボクシング世界チャンピオン『ロブ・ロビンソン』、ボクシングヘビー級チャンピオン『アイアン・マイケル』そう言った世界最強クラスの人間とて、この凄まじい血臭には耐えられまい。

 だが、例えば、『花山薫』や『ズール』『錦山彰』『嶋野太』『久我重明(じゅうめい)』など、そう言った人物なら何の問題もなく、仮にこの場で焼肉を喰えと言われても、ごく自然に喰ってしまうだろう。

 真冬は、何処かの箍が外れ、螺が抜けた彼らの様な人間に近しい感性、精神なのである。

 躊躇い無く、人間の首を切断出来る。

 躊躇い無く、人間を殺せる──つまり、既に、自身が殺されても良いと、そんな覚悟が出来上がっているのだ。真冬はそんな少女だった。

 

 だが、今すぐに殺される訳にはいかない。

 殺されても仕方無いし、殺される覚悟が出来てはいるが、殺されたい訳では無いのだ。

 少なくとも、向こうの仔犬を安全な場所まで連れて行きたい。

 それまでは、死ねないのだ。

 しかし、そうした思考は、今の真冬には無い。

 ただ、それらは闘争本能に組み込まれた物だった。

 思考の中で、死ねないと言う感情が湧いている訳では無かった。

 

 悪樓が、残りの半歩を踏み出した。

 もはや、凌辱や調教と言った行為は、頭から抜け落ちていた。

 真冬の存在を、制圧或いは排除すべき脅威だと、判断しているのだ。

 脅威だと認識したのは、思考の流れを感覚的に掴む事が出来なくなったからだ。

 明らかに真冬の気配が変質していた。

 

 腰を落とし、低い体勢のまま、一気に詰め寄った。

 半歩移動する前のほんの刹那、四台の監視カメラの内一台に視線を向けた。

 この部屋の異常を、監視カメラは映し出している筈だ。制圧部隊が直に押し寄せるだろう。

 

 ──悪樓の右手が、素早く真冬の左腕に伸びる。

 真冬の右上腕は、橈骨と尺骨が握り潰され、粉砕されている──同じ様に左腕も粉砕するつもりだった。

 左腕は右肩へ絡まる様に伸ばされた。

 

 真冬は悪樓の開かれた右掌へと、肘を打ち突け迎撃する。

 真冬の肘打ちの方が速い。

 そして、肘打ちのインパクトから一瞬遅れ、真冬の膝が悪樓の右腕へと打ち上げられた。

 

 その時だ。

 悪樓は血が沸騰した様な異常を、右腕に感じた。

 骨肉が軋む激痛だ。

 肘打ちと膝蹴りは、ほぼ同時に二発入っていた。

 各々がほんの少し遅れて打たれ、衝撃と波動がぶつかり合い重なった。

 血管と骨に伝わる振動──真冬は肘と膝で無寸勁を放ったのだ。

 そして、それは肘と膝で打たれた無寸・雷神であった。

 本来は脳や心臓に撃ち込む。

 だが今回の波動は単に肉と骨、神経を破壊した。

 

 悪樓は仰け反り、真冬から僅かに遠ざかる。

 彼は、一瞬何が起きたか理解出来ないでいた。

 真冬は更に、悪樓の腹に左掌を撃ち込んだ。

 撃ち込むや、直ぐに肘を引き床を踏みつけ、続けて掌底を脇腹に放った。

 

 悪樓は、大気の振動を感じた。

 鼓膜が震える。

 だが、彼にダメージは無い。

 が、周囲に亀裂音が走った。

 続けて、破裂音が聞こえた。

 破裂音は柳田から聞こえた。

 彼の眼球が破裂していた。

 眼窩から夥しく流血している。

 外見からは分からないが、脳や内臓も破裂していた。

 口から泡と共に血を溢し、脚から崩れていく。

 

 ある冬の夕刻、翠に見せた無寸・雷神の応用技術『無寸勁・破砕連振』

 ──車体を振動させ、窓ガラスを粉砕した技──それを更に洗練した技術だ。

 室内でしか使えないが、軸から大気を振動させ対象の内部を破壊する無寸勁だ。

 ある種の遠当てと言っても良いだろう。

 今回の場合、軸は悪樓で対象は柳田だ。

 

 これは、後に完成され、真冬のフィニッシュムーヴの一つとなる『無空衝・振烈』の片鱗であった。

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