※この作品はR-18です。

範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ)   作:贋海王

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音速ジェット機

 同時に動いた。

 この両者の闘争を見ている者が居るなら、誰もがそう思っただろう。

 

 悪樓が右足から踏み出し、真冬は屈む様に体勢を低くした。

 だが、二人の間に流れる時間は、それぞれ全く異なる物であった。

 

 一歩踏み出した悪樓は、開手の状態で右腕を伸ばし、続けて左拳を振り上げ、小指側の側面を打ち下ろした。

 獲物に喰らい付く蛇の様に、右掌は、真冬の長い髪を掴もうと疾走し、凄まじい重量を想像させる金属製の鈍器と化した──そう形容しても過言ではない左拳が狙うは、真冬の頭頂部又は、後頭部だった。

 髪を掴み、引き寄せ、頭頂部に空手道の手技で言う所の『鉄槌打ち』を叩き込む。

 そんな算段であった。

 

 一方、真冬は──

 屈むと同時に左手で、コンクリートの床を抉った。

 爪を突き立て、潜り込んで行く指で、コンクリートを綿か柔らかい何かを毟り取る様に抉ったのだ。

 掌に収まるより僅かに大きなコンクリートの瓦礫が出来上がり、それを握っている。

 凡そ2kgはあるコンクリートの塊だった。

 

 そして──それを投擲した。

 

 コンクリートの塊は、礫となり、空を裂いた。

 幼女が投擲した物とは思えない、恐ろしい疾さである。

 最早、人の手による投擲武器ではない。

 それは、近代兵器、弾丸や砲弾の如き速度であった。

 空気を裂く擦過音が聞こえるより速く、その礫は悪樓の鼻尖を撃っていた。

 礫は軟骨を潰し、鼻の形を大きく変え、顔面にめり込む。

 

 熱を帯びたコンクリートの塊が、激しく大気を揺らす炸裂音がそこで響いた。

 その音より一瞬速く、礫の第二陣が放たれた。

 真冬の左手は無数の礫を放っていた。

 散弾銃の弾丸がばら蒔かれる様に、礫が疾る。

 それが悪樓の全身、至るところを撃ち続けた。

 

 朱く血に染まった幼い少女は、その身を、腕を、脚を、腱を戦車の砲台に変えていた。

 犯され、穢れ、ついぞ忘れていた筈の脱力が、完全に取り戻されているのだ。

 

 真冬の足元のコンクリート床は大きく穿たれている。

 

 そして、真冬は膝を伸ばし、立ち上がり、強く右腕を振り上げた。

 尺骨と橈骨を砕かれた右腕を──だ。

 悪樓の鼻尖にはまだ瓦礫が残っている。

 炸過音が響くより先に、瓦礫が重力に引かれるより前に、真冬は恐ろしい速度で礫の散弾を放ち、更に動いたのだ。

 つまり、真冬の一連の動作は音速を越えているのである。

 音の約三倍。

 初速だけならば、銃弾を越える。

 速度で言うならば、音速戦闘ジェット機にさえも並ぶだろう。

 

 しかし、それを人体で行ったのだ。

 未だ幼い、今年で漸く10歳になる少女の肉体。

 左肩の靭帯、右膝の前後十字靭帯、左足アキレス腱が断裂していた。にも拘わらず、その動きは止まらない。

 痛みなど、とうの昔に棄てている。

 バランスさえも損なわれ無い異常性があった。

 何れ程幼くとも、少女と言えども、それはやはり、範馬の遺伝子が確かに受け継がれている肉体なのだ。

 

 振り上げられた右上腕が伸びた。

 尺骨と橈骨が粉砕され、ブラブラとなった上腕だ。

 それを肩で操作し、まるで鞭の様に振るった。

 鞭打の様な技術か。

 そして、手の甲を悪樓の鼻尖にめり込む瓦礫に撃ち込んだ。

 伸びて振り上げられた鞭の腕は、毒蛇の様な速さで襲いかかっていた。

 その腕は、まるで、世界最速の毒蛇『ブラックマンバ』だ。

 灰色の鱗を持つ蛇、ブラックマンバ。

 真冬の白い腕は正しくブラックマンバであった。

 

 相対する敵の鼻頭に何かしらの物体を投擲し、そこに鞭打を叩き込む技──物体は何でも良い。

 今回の様に礫でも良い、例えば砲丸投げの鉄球等でも良い、釘やアイスピック、ナイフでも良い。

 後の世に『無空衝・蛇噛(へびがみ)』と名付けられ、完成する技術の雛型が生まれた瞬間である。

 先端が尖った鋭利な物体の場合は『蛇牙(へびきば)』と呼ばれる。

 

 それで終わらない──

 鼻の軟骨を潰す音が聞こえるより速く、真冬は新たな打撃を撃ち込んでいた。

 ふわりと右腕が動く。

 右手の甲が、悪樓の人中を撃った。

 更に連撃、人中、喉、鳩尾そして、振り上げた掌で睾丸を撃ったのだ。

 睾丸を揃える様に掌を撃ち上げて、二つの睾丸を逃がさず同時に撃ち抜く。

 潰れた──

 まだ、激痛が脳に伝達されていない。

 そこで更に真冬は五指を揃え、悪樓の陰茎を切り裂いた。

 邪淫勁の要が、破壊されたのだ。

 

 長きに渡った凌辱の意趣返しが遂に叶ったのである。

 真冬の髪を掴もうとした悪樓の右手は空を掴むに終わった。

 真冬の眼前に凄まじい速度で鉄槌打ちが振り下ろされるが、その鉄槌に真冬は膝を放った。

 鉄槌打ちの形に固められた拳、その小指に真冬の膝蹴りが叩き込まれたのだ。

 

 鼻が潰れる音がここで漸く、倉庫の中で聞こえた。

 

 悪樓は大きく目を剥いた。

 そして、叫んだ。

 いぎゃあと、甲高く声を伸ばす。

 何の痛みで、悲鳴を上げたのか。

 鼻か、人中か、それとも睾丸を潰された激痛か。

 喉を打たれた際に、喉仏を砕かれたからか、声が変わっていた。

 しかし、睾丸を潰されてもなお、心は折れていない。

 激痛を怒りと闘志に変えて、真冬へと突っ込んだ。

 

 だが、小指を打たれた左手は異様な姿になっていた。

 小指は異様に曲がり、肘が外れ、骨が突き出ていたのだ。

 皮こそ破っていないが、靭帯が千切れ、尺骨と橈骨が外れ、突き出ているのだ。

 左手を撃ち込もうとして、漸くその異常に悪樓は気付いた。

 

 

1.

 ──その技術、一連の動作を、監視カメラは映し出していた。監視カメラの映像をリアルタイムで観る者がいる。

 

 三人の男達だ。

 二人は日本人、一人は外国人らしき容姿である。

 日本人の内一人は、白さが長い黒髪に混じった男だった。

 空手着の様な胴着を身に付けている。

 口髭の影響か、昔ながらの麗人の如き気品の様な物が、醸し出されている男であった。

 

 もう一人の日本人は、背広を着た、鋭い目付きの男だ。

 顔に凄まじい刀傷が幾つも刻まれている。

 見るからに裏社会の人間と想像できる。

 襟には、代紋バッジがあった。

 それは源王会の物である。

 

 外国人の男は亜細亜人だろうか。

 外国人かと思われたのは、中国服を着ているからそう見えるだけだ。

 頬が痩けた、ツリ目の男で、冷酷な眼光で監視カメラの映像をじっと観ていた。

 

 三人の男の内、口髭の男が、驚愕した表情でその瞬間を見詰めていた。

 

 さして広くは無いオフィスの様な一室である。

 壁には日本刀が飾られている。

 監視カメラの映像を流すモニターは、デスクの上にあった。

 男達は、椅子に座り、それを観ていた。

 真冬の姿だ。

 彼らは、邪淫勁が新たな調教を行っている所を観ていた。

 筈だったが、異様な光景に変わっていたのだ。

 

 そして、口髭の男はその異常な光景に驚いた訳ではない。

 真冬の技術を見て、その型に驚愕したのだ。

 

「馬鹿な、あれは、當麻塵滅流『祓雛(はらいびな)』ではないか」

 

 “あれ”とは、コンクリートの瓦礫を投擲し、命中したそれに打撃を叩き込んだ技の事を指している。

 

 此処は、蒼天堀から車で二十分ほど先の町、鼬之橋町にある源王会の事務所だ。

 真冬と源王会、亜細亜系のマフィア──

 

 その因縁が、動き出していた。

 

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