範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
土用の丑の日に『う』の文字が附くものを食べると、夏の暑さに負ける事が無いらしい。
陵伽は、まさに「言葉の意味がよくわからんが」とは思うも、「特に悪い風習でもないな」とも思っている。
しかしながら、丑の日の「う」なら、それこそ牛だ。
──牛肉でええやん。
そう思っていた折のことだ。
長年のそんな下らない思いが、あっさりと解決した。
「ん~。牛でも良いんだよ、ウサギとかでもさ、ほら」
この小さな恋人である幼女──
そして、スマートフォンの画面を見せてくる。
丑の日を解説した検索結果が表示されていた。
「瓜とか、うどんも有りなんかい、どないやねん」
最近のガキは何でもスマホ検索やなあと、心の裡で呟いてしまう。
陵伽も三十路を過ぎて、若年層との年の差と言うものを感じつつあった。
「施雲は、何、食べたい?」
歳を経ても、関西弁のイントネーションに、全く変化が無い。
関東での暮らしも、それなりに長かった筈だが、そこは関西人の
関西人は、他の地域のイントネーションや方言に染まりにくいのである。
そして、分かりやすいからか、関西弁は存外、他の都道府県民に真似をされやすかったりもする。
陵伽の妹である真冬も、関西弁が多少移った程の感染力だ。
「ん~、折角だし、鰻かなぁ」
「へぇ、渋いやん。えぇで」
ここは、神室町近辺に建っている真冬と施雲が二人で暮らしているマンションの一室である。
部屋は三部屋。
高級マンションではないが、ボロアパートと言った風情ではない。
元々、心理的瑕疵物件であったことから、家賃も安い事が、真冬には有り難かった。
過去の入居者から、自殺者が三人も出ており、女の幽霊が見られる物件らしい。
この部屋にはベッドが、二台ある。
本来は、真冬と施雲、それぞれのベッドである。
また、もう一つの部屋にはベッドが一台置かれている。
それは、客用の物であった。
寝室として使われておらず、物置になっているのが、幽霊部屋だ。
このマンションの泊まり客の大半は、陵伽、或いは翠である。
彼女らが泊まりに来た際に、そちらの部屋のベッドを使うのだ。
が、今もであるが、可笑しな……面白い使われ方をしているのである。
例えば翠が泊まりに来た時だ。
施雲は、たまに一人で寝たいと駄々を捏ねる。
そして、施雲が、客用のベッドを使うのだ。
陵伽が泊まりに来るのは、概ね、真冬が不在の日が多い。
その際に、陵伽は客用のベッドを使わない。
施雲のベッドに潜り込むのである。
真冬が在宅の時は、陵伽が客用のベッドを使うのだが、その場合は、陵伽の所で遅くまで遊んでいた施雲が、そこで寝てしまうと、真冬は聞かされている。
現在は、真冬が不在の状況であった。
「鰻は、滋養強壮に良いんでしょ、精が附くと良いわね、リョウガ」
施雲は、子供らしからぬ口調でそう言って、けらけらと、笑った。
「阿保か」
陵伽は、軽く、施雲の頭を
ように見えた。
しかし、叩けていなかった。
施雲は僅かに頭を振り、躱したのである。
冗談交じりとは言え、陵伽の一撃を躱したのだ。
恐ろしいガキであろう。
まだ、日も高い内から、陵伽と施雲は神室町に繰り出した。
目的は、鰻である。
暑い。
異常気象ではないかと思ってしまう程の猛暑だった。
コンビニエンスストアのPOPPOに立ち寄り、冷たい飲料とアイスを買って、鰻屋を目指した。
陵伽と施雲は、手を繋ぎ歩いている。
一見、母と娘だろうか。
幼い娘と神室町を闊歩する母親。
身なりからは、例えば外国人の訳有りの親子には見えないだろう。
それよりも、一見して、とある違和感を覚える者もいるかも知れない。
親子とは思えない手の繋ぎ方なのだ。
互いの指の間に、互いの指を絡ませ、手を繋いでいるのだ。
親子ではない、奇妙な親密性に気付ける者もいるだろう。
母と娘程、年齢に差がある二人の、恋人繋ぎである。
真冬の前でも、いつの間にか、
それなのに、ある一件まで、この二人の関係性に気付けていなかったと言うから、闘争以外の心の機微に、真冬が相当疎いことが窺い知れる。
赤牛丸のうなぎ牛丼で済ませるかと、施雲が聞くが、陵伽は断った。
態々、神室町に出てきたのだ。
それなりの店を探そうとなったのである。
そうして、泰平通りで見付けた店に立ち寄った。
注文したのは特上の鰻重だ。
鰻は二枚盛られている。
重箱には、タレが染み込んだご飯が、みっしりと敷き詰められていた。
肝吸いと奈良漬けが添えられている。
ふわりと柔らかい肉厚な鰻を、美味しそうに口へと運ぶ施雲を見ていると、陵伽の顔も綻んでいく。
自分や真冬が、これくらいの時、施雲と同年代の頃、こんな穏やかな時間は滅多に得られる物ではなかった。
それは、自分達が選んだ道だ。
自分達がくぐった門の先にある道だった。
後悔は無いのだ。
しかし、こうした、穏やかな時間を施雲が得られている事が、何より喜ばしかった。
自分達が知らない穏やかな幼年期を、施雲が過ごして欲しいと願わずにはいられない。
真冬もそう思っているだろう。
真冬は、母としてそう願っているだろう。
自分は──当然、恋人として、施雲の穏やかで暖かい時間を作り、幸せにすると誓っている。
「あぁ、これ、瓜やん」
奈良漬けを口に放り込む。
添え物にも「う」が付いているのだ。
日本の風習とは、面白いものである。
どうと言う事はない、ありふれた、それでも陵伽にとって愛しい者と過ごす掛け替えの無い、そんな夏の一幕であった。
『仕切り直し、没ネタエピソード』は削除し、残骸置場に入れた方が良いですか?
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そのままで良い
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残骸置場行きが良い