範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
中国山東省──
黄海に面した、中国大陸東部の省である。
突き出された山東半島先端部は、黄海を挟み、対面するかの様にして、朝鮮半島と程近い。
山東省には、古くから、とある名峰に中国武術を伝える寺院が存在している。
その寺院には、過去に、孫子も訪れた事があるとの逸話が残されており、件の中国武術の崇高さを表しているだろう。
武術の名前は『金剛拳』中国武術の最高峰の位である──海王に任命された楊海王が修めた流派であった。
金剛拳──肉体を金剛石へと変える事を旨とする流派であり、その修練は苛烈を極める。
学ぶ者の数多くが、修練の途中で、その命を落とすことになる程である。
金剛拳の本山に、一人の幼子が現れた。
それは、現在の金剛拳海王である楊が、海王候補生の洋王だった頃の話だ。
現れた者は、ピンクのワンピースを纏った、六歳程度の幼女であった。
ピンクのタイツにシューズとピンク一色に包まれた美少女である。
髪は黒い。
異様なのは、白目と黒目が反転した双眸であった。
日本で言えば、年齢的には小学一年生の児童だ。
女人禁制のその寺に、そんな幼女の姿。
本来ならば、許されない筈だ。
まず、門番が追い払おうとした。
門扉の前に立つ者は、自動小銃を携えた四人の僧兵である。
金剛拳の基礎である、木剣の受打を終えた者達だった。
みな、凄まじい肉体を誇っている。
武術装の上からでも、筋肉の厚みが見て取れるのだ。
肉の圧力は、熱気も伴い、その『気』によって、大気には陽炎が揺らめいている、彼らは見るものにそう錯覚させる程の存在感があった。
門番が、そんな恐ろしく凄まじい肉体を誇っているのだ。
修行僧であろうか、決して、高い位にいる僧ではない筈だ。
ならば、洋王、海王ともなれば、どれ程に鍛えられた人間なのだろう。
想像だに出来ない、正に金剛石の化身なのかも知れない。
「カノン砲、使わせてぇや、
少女は、臆する事もなく、大阪弁訛りの日本語でそう伝えて来た。
女人禁制と言う問題に加えて、事もあろうに幼女は日本人なのだ。
門番の一人が、頭にカッと血を昇らせ、怒りで顔を真っ赤に染めた。
女人である……それよりも日本人が現れた事に怒りを覚えたのだ。
その怒りで我を忘れた門番が、なんと幼女に向けて自動小銃の引き金を引くのだった。
空気を裂くような銃声が、鳴り響いた。
それに驚いた、山間の木々がざわめく。
止まっていた鳥達が羽ばたいたのだ。
だが、真に驚愕したのは、そうした鳥達ではない。
発砲した門番、そして残る三名の僧兵達であった。
──彼らは見た。
それは、高名な武術の本山にて、門番を務める男達でさえも、信じがたい技術であった。
幼女の五指は揃えられ、中心を僅かに窪ませた掌に、弾丸が収まり、吸着するようそこにあったのだ。
──幼女は八重歯を覗かせ、嗤っていた。
呉一族の迦陵頻伽、呉陵伽──門番達は、その名前を当然ながら知らない。
空掌──その術理を知る筈もない。
仙術や、魔術の類いかと、そんなあり得ない妄想さえ脳裏に過る程の驚愕であった。
リョウガは、嗤いながら、ライフル弾頭を掌から摘まみ上げ、菓子でも放り込む様に、人間の小指くらいの大きさであるその金属を口に入れた。
そして──咀嚼を始めたのだ。
不気味な音が聞こえた。
金属が鳴いている、そんな音だ。
──地面に吐き出した。
「な──何!?」
すると、弾頭は粉々に噛み砕かれていたのだ。
タングステン製のライフル弾頭が──である。
無論、咬筋力もヒトのそれではない。
リョウガは、また嗤っていた。
愛らしい八重歯が、まるで獣の犬歯の様に、男達には見えていた。
赤い衣服でも着ていたら、モシナではないか。
台湾の都市伝説にある、幼い少女の姿で語られる女怪が思い出された。
リョウガは、軽く跳躍し、弾頭を吸着させた掌を今しがた銃撃した男の顔面に添えた。
身長差があるため、顔面に手を伸ばす為に跳躍したのだ。
そして、離れる。
男の膝が曲がった。
身体が、崩れていく。
完全に転倒するより、速く、リョウガは、更に動き出した。
同じ様に、他の男達の顔面にも、恐ろしい速度で手を添えて行った。
誰一人として、反応出来ていない。
男達は、その奇妙なリョウガの行動により、完全に意識が、脳の外へと追い出されていた。
殺した訳では無い。
リョウガが、ここに来た理由は襲撃では無いからだ。
故に、こうして、意識を奪う程度と言った風に──穏便に事を済ませたのである。
襲撃であるなら、次の行動は、門扉を空掌にて破壊しただろう。
だが、門塀に掌を添えたリョウガは、まるで、ヤモリの様に高い門を登っていくのだった。
空掌で、門塀に引っ付いたのだ。
それは、異様な光景だった。
「カノン砲、使わせてぇや、なあ」
侵入したリョウガは、修練場に向かいそこにいる修行僧達に日本語で話し掛けては、怒り、仕掛けてくる者には、先ほどと同じ様に意識を奪うのだった。
五分も掛からず、三百人程度の意識が奪われたころ、青ざめた一人の男が、リョウガの前に現れたのだ。
修練場だけではない。
庭や、建物、そこいらで修行僧達は、倒れ伏しているのだ。
凄まじく、哀しい程に、その戦闘能力、技量、技術が修行僧とリョウガに差があったのだ。
そこまでされて、金剛拳の現海王である宗海王は、リョウガの前に立ち、漸く、彼女の話をまともに聞いたのであった。
すると、リョウガは、カノン砲の使用を、中国語で頼みだしたのだ。
──日本語で話していたのは、単にからかっていただけである。
だが、その要求に、宗は戸惑った。
何の話だと、理解出来なかったのだ。
カノン砲──
金剛拳の修練の一つに、旧式カノン砲の砲弾の直撃を至近距離で受けると言う物がある。
リョウガは、そのカノン砲の使用許可を貰いに来たのだ。
リョウガの考える、自身の空掌の訓練。
それの最終段階に備える為に、噂で聞いた金剛拳の修練を試したいと考えていたのだ。
勿論、金剛拳の様に、腹で砲弾を受ける訳では無い。
空掌で受けて、掌に吸着させる──それが目的だった。
約18kg強の砲弾──
それが初速にして、380m/sで迫ってくる、旧式のカノン砲である。
しかし、リョウガの最終段階を達成する為には、その程度を止められなければ、話にならないのだ。
だが、その最終段階については、宗海王には告げなかった。
そこまでの手の内をさらすつもりは無く、また言ってしまえば、宗海王、ひいては金剛拳の面子を潰しかねないからでもあった。
「旧式カノン砲、私に撃ってぇや、宗海王、なぁ?」
リョウガの愛らしい笑顔が向けられても、寧ろその笑顔を見る心境は、可愛いさを感じるより、恐ろしさが
「死ぬぞ」
「うん、ええよ」
このやり取りを、楊洋王も聞いており──
躊躇い無く、死んでも良いと返答するリョウガの狂気に、畏怖と畏敬が綯い交ぜとなった念を抱いていた。
「ついて来なさい。そうだ、楊洋王、お前も来て、この娘の修練を見届けるといい」
宗海王は、リョウガの挑戦を許し、楊洋王にもまた、声をかけるのだった。
修練場で待つ攻城砲が、リョウガの心を、非常に躍らせた。
単純にワクワクしていた。
玩具を前にした子供であった。
確かにリョウガは子供──六歳の幼女だが、その玩具が常軌を逸した物なのだ。
空掌の修行、しかし、今から試す事柄が本当に愉しかった。
砲弾を装填する役目の修行僧や宗海王、楊洋王の他にも、リョウガを見る者達が集まっている。
女人禁制の本山で、金剛拳の修練を行う為のカノン砲を使用しようとしている幼女。
修行僧の多くは、その怒りを隠そうともしていなかった。
「じゃあ、撃ってええよ」
凡そ3m先に立ち、リョウガは手を振った。
そして、攻城砲の砲弾が放たれたとほぼ同時、突然銃声が響いた。
狙撃──
スナイパーライフルによる、狙撃であった。
楊洋王が緊張した面持ちで見詰める、その緊張した空気を裂いた銃声だった。
砲弾が放たれた轟音と混ざった、凄まじいものだった。
銃声は、恐らく、その轟音に飲み込まれている。
少女に、金剛拳の修練など行わせるつもりなど無かった。
宗海王は、リョウガ暗殺を考えて、既に狙撃手を待機させたうえで、カノン砲の使用を許したのだ。
が──
右掌はライフル弾を、左掌は砲弾を掌握していた。
右掌は、リョウガの後頭部に回っていた。
更に、リョウガは僅かに腰を落として、二発のライフル弾を躱していた。
狙撃は、三方向から行われていたのだ。
砲弾と弾丸の掌握と回避、それを全て、ほぼ同時に行っていた。
リョウガは、右腕を薙ぎる様に振った。
すると、掌握された弾頭が、宗海王の足元の地面に突き刺さったのだ。
──リョウガは、嗤っていた。
──そんな話を、リョウガ曰く流星拳砲岩似の男が、当のリョウガ本人へ向けて、口にした。
そして、それは、真実である。
その話に挙がる物──谷村が理解出来る常識の中に、何一つとして無かった。
与太話としか思えない、しかし、何故か真実なのだと思ってしまう自分も、谷村の中にあった。
先ほどのリョウガの姿を見ていたからだ。
「どうでもええねん、そんなこと。あんた、倉庫の場所、知ってるんやったら教えろや。あんときな、宗海王を殺さんかったんは、カノン砲使わせてもろた恩義があったからや。話せや、あんた、殺すんは躊躇い無いで」
リョウガは、もはや、笑っていなかった。
表情にあるのは、確かな憎悪の焔であった。
『仕切り直し、没ネタエピソード』は削除し、残骸置場に入れた方が良いですか?
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そのままで良い
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残骸置場行きが良い