※この作品はR-18です。

範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ)   作:贋海王

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迦陵頻伽 対 當麻塵滅流

「石蹴派(せきしゅうは)、當之(たぎの)馬厳(ばげん)──と申す」

 

 どろりとした、異様な声色で、辮髪の男は名乗った。

 武術的な構えも取らず、両腕は後ろ手に組まれている。

 踵は揃えられ、両脚は真っ直ぐ芯のように伸びていた。

 ──直立不動と言った様相である。

 だが、自然体ではない、どこか違和が見受けられるような佇まいでもあった。

 禍々しい『氣』が仄暗く揺らめいている。

 

「名前なんか、どうでもええんや」

 

 しかし、その苗字が引っ掛かる。

 不穏な物が、心中へと、小石の様に投げ込まれた。

 

 ──真冬と一緒やんけ。

 ──血縁者か。

 ──いや、虚言(フカ)しとるだけか?

 ──せきしゅうはって何(なん)や?

 ──武術流派か?

 ──當之と関係あるもんなんか?

 

 たった一つの小石が、心臓に、とてつもない重石(おもし)となって、のし掛かっている。

 苗字一つ告げられただけで、リョウガは、一瞬攻めあぐねてしまったのだ。

 

 故に、馬厳の行動を許してしまった。

 とはいえ、一般人の目には、行動の起こりさえ始まっていない様に映っている。

 馬厳の一連の動作は、そんな時間の流れの中で行われた。

 

 身長183cm体重97kg

 馬厳の、武術家として恵まれた体躯が、するりと前進した。

 そよ風が吹く様な、緩やかな動きだった。

 しかし、それは凄まじく速い。

 重心や脚の動きが、どう流れたか分からない、異様な足捌きだった。

 

 そして、先ほどリョウガが弾丸を投げ返し仕留めた男の一人が、腰に携持していた中華包丁を軽く蹴り上げた。

 留め金を砕き、革鞘となっているベルトが千切れ、中華包丁が舞った。

 いつの間にか、それは、馬厳の右手に収まっていた。

 

 厨房付近に、二十代前半と見られるバイトの女性がいる。

 ガラス戸が勢い良く割れる音や、リョウガの啖呵に驚き厨房から、出てきた事が彼女の不運だった。

 持ち帰り用の焼き肉弁当を調理したり、キャベツを千切りにするのが彼女の仕事だ。

 丁度暇になった時、リョウガが店内に侵入したのだ。

 仕事が続いており、顔を出すタイミングがもう少し遅ければ、その不運から免れる事が出来たかも知れない。

 

 馬厳は、風がそよぐ様な動きで、彼女のすぐ背後へと踏み出した。

 

 この様な状況で中華包丁が煌めくと、それは、冷たい凶刃そのものであった。

 

 本来なら、人が生きる糧となる料理を生み出す為に使用される刃が、人体に潜り込んだ。

 先ず、女性の右腕が肘関節に近い上腕で切断された。

 骨で止まることもなく、容易く断たれたのである。

 中華包丁は、実のところ、武器となる様に製作された物でなく、あくまで調理器具を武器に扱っているだけだ。

 刃物の切れ味に頼った訳では無いのだ。

 ひと息に肉と骨を断つ、それは馬厳の凄まじい膂力と技術、速度が合わさる事でなし得た事であった。

 

 ──続いて左腕を切断。

 

 宙を舞う左腕へと、左膝を突き上げる。

 そして、更に浮いた女性の左腕の手首へと、膝蹴りを放った左脚を伸ばし脛を疾らせ、打ち付ける。

 その左腕は、脛蹴りの衝撃を利用し、リョウガへと放たれたのだ。

 

 もう一本の切断された右腕を宙で掴む。

 脛蹴りを打った状態から、右足を軸として独楽の様に回転し、その勢いのまま、右腕を投げた。

 一歩程進み、投げられた右腕に追い付くと、それに向けて掌底を付き出した。

 掌底のインパクトと同時に、加えて、自身の手首を捻る様に動かし押し込んでいた。

 

 リョウガが行動を許してしまった際の一連の動作である。

 2ミリ秒──刹那にも満たぬ間にそれらの動作は終わっていた。

 

 これらの動作の意味は何なのか──攻撃とも思えぬ奇妙な物であった。

 リョウガもまた、彼の苗字を耳にした際に生じた動揺から立ち直り、彼と同じ、達人が身を置いている時の流れに突入していた。

 

 馬厳は掌底を打つために伸ばしていた左腕を引きながら、中華包丁もリョウガへと投擲した。

 刃が、回転し、リョウガへと飛翔していく。

 

 そして、引き戻した左腕と、中華包丁を手放し自由となった右腕、現れた時は踵を揃え、芯の様に伸びていた両脚──それらは続けて大きく形を変えて、奇妙な構えを見せ始めていた。

 

 心臓に残った重石を、リョウガは小さな呼気と共に吐き出した。

 眼前に奇妙な物が迫ってくる。

 呼気が擦過音のように空気を震わせ、リョウガは両手の指を揃え掌の中心を窪ませて、空掌の形を作る。

 

 ──腕!?なんやねん!?

 

 女性の左腕が、リョウガに直撃する寸前で、突如爆ぜた。

 まるで、火薬か何かを仕込まれていたかの様に。

 しかし、火薬の匂いはしない。

 爆ぜた為か、肉片がリョウガに向かって来る。

 血飛沫が、リョウガを紅く染めようと降り注いだ。

 肉片と血の目眩ましである。

 そして、骨片が散弾となり飛び散った。

 

 右腕も、同じ様に炸裂する。

 しかし、左腕よりも細かい粒子の様になり、肉片は骨片と混ざり、合わさり、顔面を叩くのだ。

 血は霧となり、呼吸器へと潜り込む。

 

 ──當麻塵滅流『菊裏(きくり)』

 黄泉比良坂で、伊邪那岐命と伊邪那美命を取り持つ、菊理姫に因んで名付けられている。

 死者の人体を武器と化して、生者へぶつける、悍ましい秘術である。

 それは、死者の伊邪那美命と生者の伊邪那岐命に由来しているのだ。

 そして、要(かなめ)となるのは、塵滅流の秘技『漣(さざなみ)』と同じく、振動である。

 

 両腕を切断された女性は、突然激痛が発生したと錯覚した。

 腕が熱い。

 上体が跳ね上がり、痙攣を繰り返す。

 地獄で責苦を受ける者の様な声が、絶叫となって、女性の喉から、両腕の鮮血と共に迸った。

 痙攣し、捻られる上体のせいで、血飛沫が踊っていた。

 畝り、空中でのた打ち回るような血飛沫が、血臭と踊った。

 

 血臭は、ロースやカルビ、ハラミなどが焼ける匂いと混ざり合う。

 タレの匂いも充満していた焼き肉屋だ。

 そうした、焼き肉の匂いを嗅いだとき、恐らく血臭を思い出すだろう。

 幻臭として、鼻腔に残り続ける者もいるかもしれない。

 今夜、ここに来たものは、二度と焼き肉が喰えない、そんな不気味で恐ろしい、忘れ難い臭いだった。

 

 リョウガは、両腋を締め、両肘を曲げて、空掌を構えた。

 両脚を前後に開く。

 それは、空手の前羽の構えとどことなく似ていた。

 真空が掌に発生する。

 すると、リョウガへと飛び散った血が、幾つもの球形となり、掌の前方で、浮かんでいた。

 そして、血液の球形は、なんと、空中に溶ける様に蒸発してしまった。

 肉片と骨片は空掌に掌握され、吸着するや、乾燥し床に散らばり落ちていった。

 肉片は、出来の悪い人肉ジャーキーと言った状態である。

 

 奇妙な構えを描き出し、仕掛けようとした馬厳だったが、そのリョウガの異様な空掌による防御に気付き、動き出すのを止めた。

 奇妙な構えのまま、静止する。

 

 馬厳は、リョウガの空掌を目の当たりにして、より強く、心を昂らせていた。

 空掌──ここまで面白いとは思ってもいなかった。

 

 馬厳は、まるで、リョウガと視線を合わせようとしているかのように、深く腰を沈めていた。

 そして、左脚を前方へ長く伸ばし、右脚をくの字に曲げて後方へ引いていた。

 両の拳が奇妙なものだった。

 拳を形作り、親指、人差し指、中指を伸ばす。

 そして、人差し指と中指を揃え心持ち緩やかに曲げ、親指を添えるのだ。

 左手を胸元に、右腕を前方へ僅かに上向きに伸ばしている。

 

 かつてリョウガが行った鶏口拳に似るが、薬指と小指は握られたままだ。

 鶏口拳よりも、より狭い範囲を突き刺すように打てる。

 その拳のまま、絡めとるように相手を捕らえ、転倒させる事も可能だ。

 蟷螂手(とうろうしゅ)であった。

 所謂、蟷螂拳(とうろうけん)で形作られる拳である。

 

 これは、当然、本来の當麻塵滅流に含まれる物ではない。

 馬厳が、中国に渡ったとき学んだ技術であった。

 彼は、塵滅流の人間であり、當之の血も流れている。

 だが、本家の者ではない。

 中国人の血も流れているからだ。

 石蹴派は、大陸の武術と血が結び付いた、塵滅流であった。

 

 捕食者を狩る被食者──それが、螳螂。

 その姿を模した象形拳が蟷螂拳だ。

 螳螂は鳥すら狩る。

 

 ──呉の迦陵頻伽を、蟷螂拳で狩ってやろう。

 

 塵滅流石蹴蟷螂拳──

 馬厳は、跳躍とステップが合わさった、異様な歩法で、リョウガへと間合いを詰めていた。

 

 深く腰を落としているにも拘わらず、ほぼ一度の足の運びで、リョウガへと進んでいた。

 リョウガなら二歩、馬厳なら半歩で間合いに入る、そんな距離だ。

 しかし、その間合いの差も、身長差を考えての物だ。

 リョウガが並みの人間なら確かに二歩だ。

 だが、二歩程度の距離は、リョウガに取って意味がある距離ではない。

 

 胸元にあった、蟷螂手を下げる。

 伸ばされていた右腕を振りかぶり、勢い良く振り下ろした。

 そして、その動作と共に、背後へステップで下がる。

 リョウガは、左肘でそれを、ぶつけ合うように受ける。

 が、左肘は、虚空に走った。

 馬厳が背後へ下がったからだ。

 そして、馬厳は、ステップで下がった際にもくの字に曲げていた右足を軸に、身体を半回転させる。

 

 胸元にあった左手がその回転に合わせて、伸びるや、リョウガの白黒反転している右眼球へと三指の先端が迫り、右手が同時に左脚の膝へと襲い掛かっていた。

 

 本来は、ここまで腰を落とさない。

 的確に、人体の急所や経穴、経絡秘孔を破壊するための体勢である。

 その為、リョウガの目線まで腰を沈める程に落としているのだ。

 しかもそれでいて、速度は全く損なわれていない。

 

 膝関節の靭帯を引き裂き、軟骨を削ぎ、膝蓋骨を剥ぎ取る。

 それを、馬厳は、人差し指と中指でやってのけるのだ。

 

 リョウガは、半身を向けて、眼球を狙う突きを躱した。

 半身から勢いを付けて、彼女も先ほどの馬厳同様回転した。

 膝に襲い掛かる蟷螂手を、回転の遠心力を加え右足で弾く。

 

 その瞬間、馬厳は、リョウガの左隣をすり抜ける為、床を蹴ってステップを試みた。

 そして、左手首を曲げて蟷螂手の鉤を作り、リョウガの首へ回して、絡め、捕えるのだった。

 

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