※この作品はR-18です。

範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ)   作:贋海王

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迦陵頻伽を狩る螳螂

 投擲された中華包丁が、漸く追い付いた。

 馬厳の速度は、自身が投擲した物体より速い。

 

 首を捕らえ、ほぼ同時──数ミリ秒後、続けて右の蟷螂手も鉤の様に曲げ、リョウガの右膝裏へ絡めていった。 

 膝裏を鉤に捕らわれ、膝が、くの字に曲がり、上へと引っ張り上げられた。

 右脚だけで立つような状態である。

 

 ──リョウガは、舌打ちした。

 外しの維持を続け過ぎた事が、仇になっているのだと、いよいよもって浮き彫りになりつつあった。

 

 それは、今の攻撃に対しての反応速度の鈍さが、はっきりと理解出来たからだ。

 万全な状態で、加えて“外し”ていたら、今の様に首を捕られる事は無かっただろう。

 短時間で、外しを行い過ぎたのだ。

 ギョンドや劉星龍との戦闘に始まり、急ぐ余り、移動中も外していた。

 そして、短機関銃の弾丸を掌握し、投げ返すと言う無謀に近い行動。

 それに加えて、さっきの妙な術へ対抗をする為に外したのである。

 

 外している時間、その間に行った事柄、強者との戦闘。身体への負担が大き過ぎた。

 

 問題は、まだあった。

 真冬救出が残っている。

 故に、この男に関しては、外しを扱わずに勝つ必要がある。

 

 だが、勝てるのか──今の掴みへの反応の遅れ、余りにも疲弊している。

 いや、疲弊だけではない──外していないからだ。

 外していない本来のリョウガの実力と、馬厳の実力では大きな差があると言う事を表していた。

 少なくとも、ギョンドや劉星龍をも、この男は上回っているのだ。

 そしてリョウガは、外さなければ、劉星龍にも敗北していた。

 

 リョウガは肘を、馬厳の肩へ落とした。

 逃れる為だ。

 その瞬間、浮遊感を覚えた。

 抱きかかえられる様に、身体を持ち上げられたのだ。

 右足が、既に床から浮いている。

 

 ──中華包丁!?

 

 リョウガは、持ち上げられた理由を察した。

 中華包丁が、馬厳の行動に追い付いたのだ。

 そして、その接近する良いタイミングで抱え上げられたのだ。

 察したからとて、それに意味は無い。

 中華包丁の刃が、人中辺りまで迫っていた。

 顔を逸らす。

 しかし、完全に躱せない。

 僅かなりとも威力を逃がし殺す為に、リョウガは、無寸止めを試みた。

 しかし、それも万全では無いのだ。

 左の頬を中華包丁の刃が滑る様に撫でて、深々と切り込み、引き裂いた。

 刃が走る軌跡に逆らわず、逸らしていく。

 そして、深く刃が頬肉に潜り込むと頬骨で、刃の衝撃を止めた。

 そこから僅かに頬骨で刃を押した。

 中華包丁は頬を切り裂き、そして床に落ちた。

 その際に、頬骨を僅かに砕いた。

 ぶつりと、血が盛り上がる様に湧き、そして鮮血が噴き出した。

 血は口内から喉の奥へ流れ込んだ。

 血を飲み込み、気管支に流れた時は激しく噎せてしまう。

 頬肉が僅かに捲れる様に垂れた。

 

 もう少し切れた範囲が広ければ、左頬だけ、口裂け女になるような──そんな傷であった。

 指を傷口に入れたら、歯や舌に指が触れる──そんな深い傷であった。

 

 ──糞が、なんちゅう、くそっ。

 

 悲鳴を上げない。

 必死で歯を噛みしめた。

 悲鳴を飲み込む。

 悲鳴を上げたら負ける様な、そんな気がしたからだ。

 何故なら、苦痛故に悲鳴を上げそうになった訳では無かったからだ。

 

 顔を傷つけられた──その悔しさが、悲鳴となりそうであったのだ。

 それでは、誰に負けるのか。

 馬厳に──ではない。

 女であると言う事に負けるのだ。

 それに敗北したくないから、歯が砕ける程に噛みしめ口を閉ざし、悲鳴を完全に殺したのである。

 だが、敗北はあっても勝利は無い。

 悲鳴を上げなくとも、女であると言う現実は変わらないのだから。

 

「ほう、巧いな、顔面、人中に中華包丁が潜り込むかと思ったのだが」

 

 馬厳は、喉の奥で笑い声を洩らした。

 どろりとした、汚泥のようなぬめりがある、仄暗い声で、リョウガを称賛するのだった。

 

 称賛の言葉を紡いだその口が、リョウガの右肩へ食らいついた。

 突然の奇行めいた攻撃であった。

 石蹴蟷螂拳──本来螳螂は捕らえた獲物を食らう物だ。

 故に、こうした嚙み付きすら、蟷螂拳は技としているのだ。

 螳螂の口吻は、獲物に食らい付き、噛み砕くように出来ている。

 ならば、当然それを模倣するのである。

 

「な、ば、馬鹿な」

 谷村が、異様な格闘に絶句する。

 嚙みついた状態で、馬厳の頭部が上がり後方に反れていくのを谷村は見ていた。

 つまり、馬厳は、リョウガの右肩の肉を噛み千切ろうとしているのだ。

 

 馬厳は、そして首を振った。

 

 リョウガは、右肩に凄まじい熱を感じた。

 熱は、突然発生した激痛だった。

 熱さと激痛が、脳に響いた。

 その熱は、異常な頭痛さえ引き起こし、胸元と胃にも熱い泥が出現し、それが、喉に上がってきた。

 噎せる様な熱さが喉に残り続け、呻きと呼気が何度も溢れた。

 

 馬厳は、何かを吐き出した。

 しかも、狙ってやったのか、鉄板があるテーブルに赤黒い物が音を立てて乗った。

 衣服の布切れがへばりついた、リョウガの肉片が、焼き肉の鉄板で焼かれだしたのだ。

 近くにいる客の鼻腔を、リョウガが素材となっている焼き肉の匂いが擽った。

 

 リョウガは、鈍い痛みもある胃から上がってくる物で嘔吐(えづ)き、咳き込んだ。

「糞禿げが、やってくれるやん」

 

 辮髪を禿げと呼び、リョウガは、胃液などの吐瀉物と共に悪態も吐いた。

 

「無寸止めは巧かったが、お前の焼き肉は旨いかな?」

 

 リョウガは、自身の肉片が鉄板で焼かれているのを見ている。

「後で、味見しとくわ、あんた殺してからなあ」

 

 凄まじい激痛に汗が止まらない。

 肩が熱い。

 しかし、それでも、そう返す。

 

 だが、抱えられ、脚の一本も床に着いていない、そんな状況が続いているのだ。

 

 逃れ様と、自由な右脚、両肘を、繰り返し打ち込んでいく。

 しかし、こうした体勢だ、いかなる打撃とて、まともな威力になる筈がない。

 

 真冬であれば、こうした状態でも、攻めの消力により、威力が変わらない打撃を与える事が出来る。

 だが、リョウガの場合、ある程度の速度や角度、タイミング、バランスの幾つかが打撃を行うのに必要だった。

 そこは、常識的な範疇にいる格闘家と変わらないのだ。

 

「ハリガネムシ……」

 

 馬厳が呟いた。

「はあ?なんやねん……」

 

 ねん──そこで、一瞬言葉が途切れ、リョウガはここで思考するより先に、絶叫を上げた。

 身体を貫かれる様な、脳天まで一気に電流を流し込まれる程の衝撃だった。

 その電流──無論、電流ではない。

 電流と錯覚する程の激痛が、走ったのだ。

 電流が流し込まれた。

 そう錯覚した部位。

 

 それは、肛門であった。

 

 リョウガを抱える体勢は、彼女のそれを探り当てる事が容易いものである。

 膝裏から太股へ絡めて、蟷螂手を上昇させた。

 スカートの中に潜り込み、蟷螂手を下着の中へと滑りこませ、中指でつつき、押し入れて一気に、中指、人差し指、親指を突き刺した。

 そして抉る様に指で掻き毟ったのである。

 

 ハリガネムシ、螳螂の肛門から出現する糸状の虫の事だ。

 肛門を突き刺す、石蹴蟷螂拳の形象拳であった。

 

 肛門への攻撃は当然危険なものだ。

 場合によっては腸が傷付き、破裂しかねない。

 肛門裂傷により、人工肛門での生活を余儀無くさせる場合だってある。

 こうした、闘争の中では、大抵は爪先などで蹴り上げる事が上げられるだろう。

 

 だが、貫手や武器を用いる事もありえるのだ。

 馬厳は、ハリガネムシに因んだ一撃を、肛門に叩き込むのである。

 

 まだ、蟷螂手はリョウガの肛門に突き刺されていた。

 掻き混ぜる様に動かすたび、リョウガは絶叫した。

 異物感がもたらせる激痛に、リョウガはついに、涙まで流し、声を張り上げて、痛みを訴えてしまった。

 痛いと、何度も繰り返し叫ぶ。

 すると、更に激しく突き刺し、蟷螂手を突き挿(さ)すのである。

 

 蟷螂手が血に染まり、濡れていた。

 リョウガの身体は、小刻みに震えている。

 痙攣しているようでもあった。

 いつしか、失禁までしていた。

 それに気付いた馬厳の口角が嘲笑のためにつり上がる。

 

 リョウガから、力がすっかり抜けた時だ。

 意識を手放してしまったのだ。

 

 馬厳は、リョウガを抱えたまま俯せに倒れる様に身体を傾けていく。

 そして、リョウガの後頭部を床に叩きつけ、仰向けに倒れこんだ彼女の腹の上に尻を乗せ、動きを完全に封じたのである。

 体勢としては、所謂マウント・ポジションと言うものだ。

 

 後頭部を床に叩き付けられたリョウガは、その意識を取り戻すのだった。

 血に濡れた蟷螂手を、リョウガの小さな唇に押し付けた。

 だが、口を閉ざしているリョウガの、裂けた頬の内へと、まるで陰茎を膣口に捩じ込む様に突き入れ、そして、僅かに残る傷口と口唇の境を裂いて、傷を広げたのだ。

 左側の口だけ、頬骨辺りまで裂けていた。

 

 螳螂が、迦陵頻伽を狩っている。

 捕食者である鳥が、被食者である螳螂に狩られようとしていた。

 

「螳螂が、ハリガネムシにやられるんやろ、ふつう、あほかいな」

 

 口が、裂けているからか、言葉がどこかまともに紡げていない。

 しかし、呉の迦陵頻伽は、凄まじい気迫を秘めて、唄うように悪態を吐いた。

 

 

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