※この作品はR-18です。

範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ)   作:贋海王

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迦陵頻伽の裡にあるもの

 

 柔らかな熱気に満ちた部屋は、灯りが落とされている。

 部屋を緩やかに灯す光りは、二つのベッドの間に置かれた円筒状のランプだけだった。

 

 熱気には、女の汗などの艶やかな匂いが溶けている。

 それは、二人の女の香りが混ざりあっている。

 ベッドが二つあるにも拘わらず、二人の女は一つのベッドを使っていた。

 

 一人の女の腕の中に包まれている者は、女と呼ぶには、まだ、幼いだろう。

 それでも、十一歳くらいには見える。

 

 女は、少女に腕枕をするように腕を絡めて、薄明かりに照らされている彼女と互いに見詰めあっていた。

 二人とも、裸体である。

 

 軽く額をあわせ、猫の様に頬を擦り合わせて、互いの肌の熱や柔らかな吐息、氣の流れ、血流や心音を、重ね、感じ、聴いていた。

 女……呉リョウガの肌に備わる共振動触感という力は、少女の僅かな機微の変化にも対応するために、尋常ならざる感応のなかにあった。

 苦痛を与える為に備わった感応能力は、愛する者に対しては、尽くす力へ変貌するのである。

「施雲~?」

 

「なに?」

 施雲は、リョウガの頬に指を這わせていた。

 頬骨辺りまで裂けて、口裂け女になっているリョウガの右半分。

 その縁を撫でていた。

 初めて出会った時から、一つの身体に二つの相貌を持つ女。

 施雲にとって、呉の迦陵頻伽は、共命鳥(ぐみょうちょう)でもある。

 

「施雲は嫌いな漢字とかあるかぁ?」

「ん?」

「いや、ちょっとなあ、思い出してなぁ」

「なにをぉ?」

 

 するりと、施雲はリョウガの裂けた頬に口唇をつけた。

 傷の無い頬には掌を添えている。

「真冬なぁ……つよなったら、翠ちゃんに思い伝えるとか、アホゆうとったやん?」

 

「アホって酷っ」

 乾いた様な軽い声で、施雲は笑った。

「ゆうて、今もあいつ、そんな、つよないやん?」

「ん、んー」

 

「でも、二人でハワイ行きよったやんかぁ」

「お陰で、リョウガは、私と暫く二人で居(お)れるからよかったね」

 

 その言葉により熱を帯びたリョウガの肌を彼女の腕の中にいる施雲は直ぐに察知した。

 肉体の起こりの0.5秒前、それどころではない速度で、施雲の脳の伝達物質は察知し、リョウガの熱の変化を感じとるのである。

 

「つよいって何やろなぁって、最近の真冬見てて思(おも)たんやわ。施雲はつよいってわかるかー?」

「ん~知らないなぁ」

「そやろなぁ」

 

「ガキん時な」

「うん」

 施雲は、リョウガの熱が帯びている首筋にも口唇を寄せた。

 

「雌雄を決す──言(ゆ)う、漢字──ゆうか、あれや、慣用句嫌いやってん」

 

 リョウガは、首筋に口唇を寄せていた施雲のそれに、軽く、自らの口唇を何度か落とした。

 

「一番、そんなん思てた時期やなぁ、真冬と出会(でお)うて、つるみだしたんわ」

「なんで、嫌いだったの?」

 

 リョウガは施雲の白い──ランプに照らされてどこか月の雫で濡れたような青白い幼さが残る乳房に舌を這わせた。

 そして、少し喘ぐ様な荒い吐息のあと、リョウガは舌を這わせていき、舌の先端が、乳頭へと辿りつくと、唇でそれを包み込み、舌でつつき、軽く歯を立てた。

 

 「フ」と「ん」と「く」の音が混ざり合いそれらが一文字になる様な響きの、摩擦熱がこめられた吐息を施雲は洩らした。

 

 かつて、タングステンライフル弾頭を噛み砕いた事もある、人間凶器と言える歯が、物体の破壊ではなく、甘い快楽を与えるために使われていた。

 

 施雲の身体が一瞬震え、一層、リョウガへと擦りよった。

「ガキん時なぁ、ほら、この慣用句ってなぁ──」

 

 ──俺と貴様のどちらが強いか雌雄を決す、つまり、言(ゆ)うたら、負けた貴様は雌で、雌は劣った弱いやつや、そう、ゆうとることやん?それがムカついてなぁ、やったら、なんやねん、雌は生まれた時点で負けとるんかいなって、雌に生まれた時からすでに雄より劣っとるかいってな、ガキん時はおもとったんや。しかもな?結構きつい負け方も、したしなー?そんなときやから、ほんまムカついててん。どないしたら、外しも鬼哭も使わんで男に勝てるんやろかーって悩んだもんや。

 

「ん、うん、なに~?リョウガも子供の時あったのねぇ~?」

 施雲は、口角を上げ、何処と無く底意地の悪そうな笑みを態と作る。

「まあなぁ、十二歳やで、そんとき」

「へぇ、何十年前なの、それ」

「そんな、昔ちゃうわ!ボケナス!ん、で、最近は真冬見てたら、強いか弱いか、何がどうしたら強いんか、良(よ)う分からん様(よぉ)なってなぁ」

 

「ん~?そうねぇ」

 施雲はリョウガの首に手を回す。

 そして、耳元で囁いた。

「お真冬(かあ)さんから、私を奪えたら、私がリョウガはスゴく強いんだって思ってあげるよ」

 

 薄暗がりの中でも、多少の光源で、夜目が利くリョウガには、そう語る施雲の頬が朱に染まり、潤む瞳に熱が帯びている事が見て取れた。

 

 そして、施雲はリョウガを引き寄せ、かき抱いた。

 リョウガの身体も逆らうこと無く、互いに顔を寄せて、重なりあう。

 迦陵頻伽が施雲の舌を啄み、施雲の蛇のような舌は彼女を追い絡みついていく。

 そして、施雲は裂けたリョウガの左頬に手を添えて、ゆるりと爪を立てず人差し指と中指を、割れた頬の内へと侵入させた。

 そして、二指で歯をなぞり、歯茎や、頬裏などを撫でた。

 施雲はこのリョウガの、共命鳥の頬も愛していた。

 

「そうやなあ、真冬のやつ、そないなったら、どんな反応するやろ」

「左腕のモーター爆発するまで怒るんじゃない?娘は渡さないって、だけどね、勝ってね、リョウガ。真冬の機械の腕、ドゥルガーアームは強いけどね」

 

 機械の腕も強さになるのだ。

 リョウガは、今現在では、あの頃の妙な雌としての強さへの執着が、今一理解出来ないでいる。

 

 その執着の酷さが顕著であったのは、やはり、あの頃の神室町で過ごしていた時期である。

「あんときも、施雲おったらなぁ」

「ん~?」

「ガキん時にもな、施雲おったらなぁて。真冬がハワイいきよってから、なんか、良(よ)お、昔のこと思い出すねん」

「ま、そんな慣用句一つで拗らせてた過去(ガキ)んときも含めてさ、私は貴女を、愛してるわ、リョウガ」

 

「……あんた、何やねん、私が十一くらいのときやったら、そんな台詞、口にでけへんわ」

「令和の女はね、昭和の女より大人なのかも知れないねぇ」

「は?私は平成生まれや!ボケナス!」

 

 施雲は思う。

 迦陵頻伽が紡ぐ過去の旋律をもっと聞きたいと。

 彼女の心の裡に潜む綺麗なものも、どす黒く穢いものも施雲は聞きたかったのだ。

「ねぇ、リョウガ、貴女の子供のころの話し、私と出会ってないころの、大人になってからの話しも、また聴かせてね」

 

 リョウガの神室町での始まりは、やはり、真冬との出会いだ。

 ──そして、その始まりは、どちらかと言うなら、穢い旋律で紡がれる迦陵頻伽の唄になるだろう。

 

「せやな、ええで」

 思い出の中に施雲は居ない。

 なら、施雲に自分の思い出を語るのも悪くは無いと、リョウガは、考えていた。

 すると、心の裡にある、どこかどす黒く濁るものもストンと落ちて、消えるか、透明にも、白く変わっていく、そんな気分だった。

 

1.

 ──誰か知らんけどありがとなあ、お兄さん

 谷村は、重いものがぶつけられた様な衝撃が未だ残り続けている鳩尾の、強烈な痛みに耐えていた。

 片膝立ちのまま、幼女のその言葉を聞いたのである。

 

 リョウガは、何事も無かった様に立ち上がっており、また馬厳と相対しているのだ。

 

「……厨房の奥に厠がある。そこで、下着とタイツを脱ぎ、尻を洗って来い、臭くてかなわん」

 

 右手を軽く握り、折りたたまれている人差し指に親指を添えた部分を、鼻腔を隠し、馬厳は、そう言った。

 すると、一瞬の沈黙のあと、一般人達からも笑い声が発せられた。

 

 谷村は、馬厳の言いぐさが気に食わなかったのか、眉を顰め、じっと睨む様に彼を見据えた。

「ええのん?優しいなぁ、あんた、私もウンコ付いてたから気持ち悪くてなぁ!あ、なんや、そしたら、ノーパンで戦わんとあかんのん?それも恥ずかしいやん!」

 

 リョウガの言葉にも一般人達から笑いが起こった。

 ──そして、リョウガはトイレに駆け込んだのである。

 

 闘争の再開は、奇妙な物だった。

 間違いなく、リング上などの試合ではあり得ない、再開であった。

 

 先程のやり取りは、殺し合いの前の会話とは思えない物だったが、奇妙な物は別の物だ。

 

 馬厳が、トイレの前まで歩み、ドア前を通り過ぎて壁の前に立ったのだ。

 壁を背にしたら、右手側にドアがある。

 それは、トイレ個室の方からドアを開けると、そこに立っているものは、トイレから出てきた者の視点上、ドアが彼を隠してしまうのだ。

 そして、店舗の方へ向かう際は、隠れた者に背を向ける事になるのだ。

 ドアを閉める時でも良い。

 不意打ちを仕掛けるタイミングが生まれるのである。

 

 ルールがある試合では、起こり得ない状況だった。

 リョウガが、ドアを開けた。

 ドアが、馬厳を隠した。

 

 そこで、リョウガが、ドアに向かって、拳を打ち込んだのだ。

 ドアの蝶番が破壊され、ドアが外れたのだ。

 そして、続けて前蹴りを放つとドアが吹き飛んだ。

 

 ドアの向こう側では馬厳が、逆に不意打ちを食らったことに驚愕している筈だ。

 

 足音を聞き分け、リョウガはさも当然の様に、馬厳の卑劣な策に気付いていたのだ。

 だが、更に向こうからも蹴り返されたのだ。

 

 奇妙な再開だった。

 しかし、直ぐにリョウガは、ドアに空掌を使った。

 そのまま、突っ込んだ。

 

 リョウガは、ドアを盾にぶつかりに行ったのだ。

 が、ドアは拳大の穴が馬厳側から穿たれた。

 そして、そこから手が伸びて来たのだ。

 

 一見、ホラーかパニック映画の様相である。

 その手が曲げられ、ドアを引くと、ドアの半分上が腕に引き千切られる様に断たれたのだった。

 

 リョウガは、ドアを捨てる。

 そして、トイレ前で、互いに視線を向けあった。。

「尻は洗ったかね?」

 

 その言葉には、嘲る様な含みがあった。

「お前は、ここで敗北し、死ぬまで犯され続けるのだ。お前の探す真冬の様にな」

 

 やはり、この男も知っていた。

 それが、確定したのは、それはそれで、朗報ではあった。

「なら、喋って貰うで」

 

 馬厳は、蟷螂手に構えなかった。

 

 右脚を前に出し、踵を上げた。

 爪先は設置されたままだ。

 僅かに左脚を下げ、膝を曲げる。

 そして、上体は僅かに半身であった。

 両足共に靴を脱いでいた。

 裸足だ。

 

 右足が、突然跳ね上がった。

 リョウガは下がる。

 が、なんと、馬厳は足の親指と人差し指で、スカートの裾を挟み込み掴んでいた。

 短い足の指で、恐ろしく器用な技術だった。

 

 リョウガは、一瞬、呻く様な金属が擦れる音を思わせる悲鳴と呼気を洩らした。

 下着を履いていないからだ。

 何をされる!?

 

 捲られるのか、脱がされるのか、引き裂かれるのか、外しを行うリョウガが、羞恥に負けた瞬間でもあった。

 が、だからなんや!と心中で叫んだ。

 

 衣服を掴まれる程度は、格闘なら当たり前の行動なのだ。

 リョウガは、前方へと踏み出した。

 そして、スカート内部を気にすること無く、その馬厳の足へと膝を当てるため、脚を上げた。

 

 馬厳には、下腹部が見えただろう。

 何と言う事は無い。

 見られて何が恥ずかしい。

 しょうもな。

 

 リョウガは、いつの間にか相手が、色欲をぶつけてくることに、醒めた様だった。

 リョウガの膝蹴りは、男の足の指が解かれる事で躱されていた。

 

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