※この作品はR-18です。

範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ)   作:贋海王

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迦陵頻伽の嘴

 プテラノドンが、そこにいる。

 異様な光景であった。

 現代の焼肉屋で、翼竜が、その翼を羽ばたかせ、天井付近で滞空しているのである。

 翼開長4mもの雌のプテラノドンだった。

 

 ──翼を羽ばたかせている?

 

 ふと、その光景を眺めていたある野次馬の──恐らく神室町の何処かの店で、キャバ嬢か何かをやっているのであろう、肩口や胸元を大きく見せる衣服を着た、派手気味な女性が首を傾げた。

 

 全く翼を羽ばたかせない訳ではないが、プテラノドンは鳥などのように翼を大きく羽ばたかせて飛翔している訳ではない。

 上昇気流に乗り、滑空して飛ぶのである。

 少なくとも、現代ではその説が有力視されている。

 

 ──なら、あれは、何なの?

 

 あれ程大きく翼を羽ばたかせ、滞空しているのは、本当にプテラノドンなのか?

 現代の焼肉屋に翼竜が飛んでいる──その奇妙さは一先ず置いておき。

 恐竜等の古代生物好きなキャバ嬢が、そう思った時だ。

 

 プテラノドンが、鋭い声で鳴いた──

 

 ──象形拳

 リョウガが、プテラノドンを象っているのである。

 馬厳(ばげん)の蟷螂拳が、螳螂を真似た拳法であれば、リョウガのこれは、プテラノドンを真似た拳法なのである。

 

 言うなれば、これは──

 翼竜拳(よくりゅうけん)であった。

 

 故に、本来のプテラノドンとは異なり翼を羽ばたかせているのだ。

 リョウガが抱くプテラノドンのイメージを、この場に居るものに、翼竜の姿を見せているのである。

 

 強くイメージしたものを、リョウガの姿を見るものにまでイメージさせる。

 リョウガの脳内で象形(かたち)作(づく)られた、それ程の強い思い込みが、ここにプテラノドンを出現させたのだ。

 

 天井に、空掌で吸着することで、飛翔を再現しており、また、滞空している様にも見せているのである。

 

「豚(っぶった)の」

 

 その唄声と同時に、空気が破裂する様な音が、鳴り響いた。

 野次馬達の何人かが、咄嗟に耳を塞いでしまう様な、高くて激しい音だった。

 

 鮮明に見せるリョウガのイメージも、受け取り手が居る位置や、個々が持つ創造力の優劣で、その鮮明さも多少変化する。

 空気の炸裂音を聞いたのは、創造力と言う面で、僅かに劣った者達だった。

 

 古代生物好きなキャバ嬢は、本来、現代人が知っている筈がない、プテラノドンの鳴き声を聞いていた。

 彼女の耳に届いたのは、空気の炸裂音ではなく、プテラノドンの鋭い鳴き声であったのだ。

 リョウガが想像しているプテラノドンの鳴き声と全く同じものを、空気の炸裂音が変化して、聞こえているのである。

 プテラノドンと言う存在に、親しみを覚えているから聞こえた、そうした理由もあるだろう。

 

 天井に吸着しているリョウガの空掌──

 リョウガの掌と天井は、隙間なく密着している。

 しかし、掌には僅かな窪みがあり、そこに真空が発生しているのである。

 掌と天井が吸着している絡繰は、リョウガの空掌によって発生させられている真空にあった。

 

 リョウガは、掌の窪みに、新たな真空を産み出した。

 

 その時──既に窪みに発生しており、天井と吸着している真空と、新たにリョウガが発生させた真空とがぶつかり合った。

 そして、そこに空気が流れ込んだのだ。

 空気の炸裂音は、そうして鳴り響いたのである。

 

 その炸裂音が、プテラノドンの鳴き声のように聞こえたのだった。 

 

 ──キャバ嬢『紫月(しづく)鈴蘭(れいら)』の目に滞空していた翼竜が、突然、急降下する姿が映った。

 

 ──翼竜ね、妙な行動をしたんです。

 ──え、翼竜……えぇ、プテラノドンって呼ぶのはちょっと違うかなって、だから、翼竜って言いました。

 

 一鳴き、耳をつんざくような声を発してから、直ぐに翼竜が急降下したのだ。

 

「声(こっえ)~ぇ」

 

 鈴蘭(れいら)は、翼竜が見せた次なる行動に目を丸くした。

 

 ──翼竜のね、足の爪が達人さんに突き立てられたんです。

 ──プテラノドンの足にも爪が有るんですけどね、別に足の爪で獲物を襲ったりはしないらしいんです。あくまでも、着地する時や、その足の爪と翼に付いてる爪を引っ掻けて、木とかに登る時に使われる。

 ──でも、その翼竜は足の爪で攻撃したんですよ。

 ──どちらかと言えば、そう、鷹や鷲とかの猛禽類が、獲物を捕まえる時みたいでしたね。

 

 天井に吸着していた真空と、新たに発生させた真空がぶつかり合った。

 そこに、流れ込む空気が、炸裂した。

 それは、凄まじい推進力をリョウガに与えたのだ。

 リョウガは天井から、急降下し、馬厳へと襲いかかっていた。

 翼竜の爪──それは、膝を曲げていた左脚、その足裏であった。

 降下の際に、左脚は真っ直ぐに伸ばされていた。

 上空からの飛び蹴りにも見える。

 

 この、リョウガが放った飛び蹴りの入りかたは、実は別の技を応用した物だ。

 

 ──烈火太陽脚

 アニメ化もされた事がある、不朽の超名作格闘漫画『闘将(たたかえ)‼拉麺男(ラーメンマン)』の主人公、美来斗利偉(ビクトリー)・拉麺男(ラーメンマン)が使う『超人一〇二芸』の一つであるその足技を、リョウガは自身の技として再現している。

 一撃で、飛び蹴りが、相手の身体に突き刺さる破壊力。

 それを再現するために、扱えるのは室内限定だが、空掌で発生させた真空を炸裂し、莫大な推進力を産み出し、飛び蹴りを放つ。

 これが、リョウガ式の烈火太陽脚であった。

 翼竜が、急降下する速度、それを、この烈火太陽脚を扱う際の入りかたを用いて再現したのである。

 

 馬厳は、それを躱そうとした。

 身体のどこを狙っての攻撃か、一瞬理解出来なかったが、上体を半回転、続いて左脚を軸に下半身も半回転させ回避する事を選んだ。

 そして、カウンター気味に翼竜へと拳を叩き込む。

 だが、彼が行おうとしたそれらは、どれ一つ実行されなかった。

 

 鈴蘭が、翼竜の爪が彼の鳩尾に突き刺さったのを見た。

 リョウガが「声(こっえ)~」と唄ったのと、それが起きたのは同時であった。

 

 リョウガ左の足裏が、馬厳の鳩尾へと半ば潜り込むようにめり込んでいた。

 そして、揺らめいていた、右脚が、疾った。

 右脚は、馬厳の顔面へと打ち込まれた。

 

 ──翼竜の両足の爪が、獲物を捕えたのである。

 リョウガは、その状態で、馬厳の身体に立っていた。

 

 ──空足だ。

 鳩尾の肉と顔面に、吸盤が吸い付くように足の裏が吸着しているのだ。

 リョウガは既に裸足である。

 本来なら、衣服の上からでは、空足も吸着させるのは困難だ。

 だが、リョウガは、自身が裸足ならば、衣服の上からでも問題はなかった。

 流石に靴を履いた状態では、不可能ではあるが。

 靴下を履いたままなら、不可能ではないが、吸着する力は大きく劣る。

 裸足であり、相手が肌を露出している場合が最も強い吸着力となるのだ。

 

 ──幼女の足裏が、顔面に押し付けられている。

 しかし、その姿を見ている者はいない。

 

 ──翼竜の爪が顔面と鳩尾へと食い込んでいるのだ。

 野次馬達に見えている光景は、恐ろしいものであった。 

 

 ──プテラノドンは、長い嘴がありますよね?

 あれで、獲物を突っついて肉を抉って食べていた……私もそう思ってたんですけど、何か、肉食では無いそうですよね。

 ──あの嘴で、挟み込む様に、掬い上げる様な形で魚を捕まえて丸飲みにしてた、そうです。

 

 ──でも、焼き肉屋にいた、幼い翼竜は、その長く鋭い嘴を突き刺したんです。

 鉤爪で抉った肉へと食らい付く様に……でした。

 柔らかい眼球や、鳩尾の肉を、嘴で突っついて食べ始めたんですよ。

 

 鈴蘭が見ていた、翼竜拳の幻想。

 リョウガはその幻想を、このように、行っていた。

 

「屠殺(とぉ~さつ)さぁ~れて」

 鳩尾へと吸着する左足と顔面へと吸着する右足。

 

 リョウガの足のサイズは約22cm弱である。

 その小さな足が、吸盤の様に、吸い付いているのだ。

 皮膚と肉が吸い上げられており、馬厳は、痛みさえ感じていた。

 小さな足からは、想像も出来ない痛みを与えて来るのだ。

 

 馬厳は、リョウガの足首を掴んだ。

 そして、自身の上に立っているリョウガを引き剥がそうと試みる。

 そうすると、皮膚と肉が引っ張られる様だった。

 

 リョウガは、嗤っていた。

 口が裂けた右頬が、異様に吊り上がり、割れて禍々しい笑みとなっていた。

 そして、彼女の口から、金属音に似た声が上がった。

 金属同志が擦れ合い、互いに削り合っている様な声であった。

 語尾が長く伸ばされ、翼竜が鳴いていた。

 

「ぶぅぶぅ、ぶぅッッ」

 

 そしてまた、唄った。

 

 馬厳は、引き剥がした。

 しかし、引き剥がしたのは、馬厳だったのだろうか。

 馬厳は、手を離してしまった。

 リョウガの空足は、馬厳の顔面と鳩尾の皮膚と肉を引き剥がしたのだ。

 

 引き剥がしたのは、ぶぅっと、唄ったのと同時だった。

 恐ろしい程の鮮血が迸っていた。

 顔面には、鼻が無かった。

 鼻腔まで抉れ、額の肉も削ぎ落とされたようになっており、額骨が剥き出しになっていた。

 上唇が中心から千切られ、歯と歯茎も失われている。

 

 最も野次馬を戦慄させたのは、右の眼球が垂れ下がっている所であった。

 

 鳩尾の肉もごっそり奪われ、胃が、内側から覗いていた。

 

 それでも、意識を奪われること無く、馬厳の両脚はしっかりと床に根を張る様に、立っているのである。

 リョウガは、足の裏に残る肉を踏み潰す様に、着地するのだった。

 

『ズル』

『ズリュ』

『ぐじゃり』

 ──そうした文字が全て混ざりあい、そこに湿り気が帯びた様な不気味な音が、リョウガの足元から発せられた。

 肉を踏み潰し、前方へ動き出した際に生じた音だ。

 

 肉で、足を滑らせても可笑しくないが、リョウガの足捌きに乱れは無かった。

 

 リョウガの足捌きは、この程度で乱れるバランスではない。

 リョウガは、水浸しと言って良い程に濡れた、薄い和紙の上を、それを破ること無く、走る事が出来る。

 端から端が、凡そ300mの和紙であったとしてもそれが可能なのだ。

 ──しかも、凄まじい事に、無造作に走るのである。

 

 その気になれば、水面さえ、駆ける事が可能なのだ。

 

 そんなバランスと、足捌きの持ち主である。

 肉を踏み潰しながら駆け出したとて、バランスを損なう筈がないのである。

 

「し~ぃ~なぁじん」

 リョウガは、両手を鶏口拳の形に固めていた。

 

 ──えぇ、眼球です。

 ──眼球が、垂れ下がっていました。翼竜は、その眼球を啄み出したんです。

 恐ろしい光景でした。

 これが、白亜紀の補食なんですね。

 恐ろしい、でも、興奮もしました。

 目の前で、古代の補食者──翼竜が、人間に食らい付いたんですから!

 ──あれは、そうッッ、言うなら、まるで『神室町ジュラシックパーク』でしたよッ!マジで!

 

 啄んだのは、鶏口拳である。

 しかし、リョウガの爪──何度も剥がし、槌で打ち、鍛え、猛禽類の爪の様になった分厚く鋭い迦陵頻伽の爪が加わる事で、単なる鶏口拳では無くなっている。

 その拳(けん)の嘴は、まさに、翼竜の嘴なのだ。

 

 リョウガの翼竜拳(よくりゅうけん)は、その垂れ下がっている眼球を掬い上げる様に打ち込まれた。

 打ち方としては、アッパー気味だ。

 カエル跳びアッパーにも似ている。

 

 眼球を捕えると、そこから跳躍したのだ。

 そして、眼窩へ眼球を押し戻す様に、打ち込んだのである。

 眼窩を砕き、パンっかポンっか、そんな軽い衝撃と共に、眼球は破裂していた。

 

「とぉさぁつ」

 

 続いて、翼竜拳が打ち込まれたのは、胃が覗いている、鳩尾に向けてだった。

 

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