範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
「ばぁら、っばらぁッ」
リョウガの翼竜拳が、打ち込まれた。
──胃に対してだ。
傷口から覗いている、その胃に向けて、嘴の様な形に揃えられた五指が、叩き込まれたのだ。
一般的には、鶏口拳と呼ばれる物である。
防御と攻撃を兼ねた膝蹴りを繰り出したのだ。
右目は既に見えていない。
顔面の皮膚や肉が剥がされ、鳩尾の肉も胃が見えるまで抉り取られている。
それだけのダメージを受けながらも、防御と攻撃を行っているのだ。
凄まじい執念であった。
単純な勝敗の先を見据えた執念である。
──何年も積み上げて来た力はすべて、石蹴派の為の物だ。
石蹴派の血を、當麻の者達に示し続ける。
石蹴派の技術、ここにありと、宗家に刻み付ける。
石蹴派が、丹念に築き上げて来たものを、崩壊させてなるものか。
そんな意思が、膝蹴りを放ったのだ。
──當之馬厳こそが、塵滅流石蹴派そのものなのだ。
それらが、意識の中にあった訳では無い。
意識は、既に思考を手離していた。
執念と闘争本能が、身体を動せているのだ。
そして、
瞬間──その左膝がほんの数ミリ上がった時、既にリョウガの右脚が動いていた。
まさに、機先を制する一撃だ。
リョウガの予知能力もかくやと言うべき、超知覚の賜物である。
馬厳のその膝蹴りは、彼の脳が命令し、肉体を動かした訳ではない。
神経の伝達速度を予知する能力でさえ、それを察知することは、不可能な膝蹴りであった筈だ。
だが、リョウガは、察知したのだ。
リョウガの右脛が、先ず、脹ら脛を打った。
その一撃を食らい、馬厳の膝の上昇が鈍るや、太股へと、続けて脛蹴りが打ち込まれた。
剃刀であり鉈──鋭利で重いローキックだった。
二連のローキックが、馬厳の防御と攻撃を容易く崩したのである。
鶏口拳は、二連ローキックとほぼ同時に、剥き出しの胃に突き刺さっていた。
リョウガの五指が、それぞれ根元まで、一気に胃へと潜り込んだのだ。
そして、リョウガは、胃の中で鶏口拳の形から空掌へと変化させる。
すると、軽く、破裂音が、野次馬達の耳に届いた。
胃が、内側から破裂したのだ。
リョウガが、右手を引き抜くと、肉片と体液が飛び散り、床を異様な色で染め上げた。
全身を痙攣させ、動作を止めた馬厳へと、左足の甲を振り上げる。
それは、正確に股間に打ち込まれていた。
リョウガは、嗤った。
睾丸が押し潰され、恥骨まで粉砕される音を聞いたからだ。
甲は、深く股間にめり込んでいた。
その蹴りで、97kgもの体重を誇る馬厳の身体が浮いた。
リョウガは、左足を下げる。
馬厳が履いている、灰色がかった白い武術装のズボン、その股間に朱いものが滲み出していた。
馬厳の不運は、この激痛により、意識を取り戻した事であった。
血が溢れる口を開き、屠殺される豚の断末魔の様な絶叫があがる。
既に右目は潰されている。
しかし、残る左目は異様な物を見ていた。
涙と血で歪む視覚は、落ちてくる天井を映している。
──いや、天井が落ちてくるのではない。
浮いた身体が、更に加速し、跳ね上げられたのだ。
彼の上体は反り、馬厳の身体が天井に迫っていた。
リョウガは、僅かに腰を落とし、右掌を股間へと打ち上げ、加速を促したのである。
そして、同時に、ズボン越しに陰茎を掴んでいた。
掴まれた陰茎と、加速し天井へと打ち上げられた身体。
恐ろしい肉が千切れる音が響いた。
陰茎が千切れ、馬厳の顔面は天井へと衝突し、そこを朱く染めていた。
少し離れて吊り下がっている照明が揺れていた。
馬厳の身体は、リョウガが狙ったのか熱された鉄板へと弾かれ、背中から落下したのだった。
リョウガが疾った。
手にはいつの間にか、中華包丁が握られている。
勝負は、もはや決着していた。
だが、まだ息がある。
当然だ。
リョウガは、彼をまだ殺すつもりは無かった。
真冬が捕えられている倉庫の場所を吐かさないといけないのだ。
「“倉庫”、
リョウガは、仰向けで鉄板に横たわる馬厳の辮髪を掴んだ。
そう尋ね、一拍も置かず、中華包丁の抦尻をいきなり股間へと叩き付けたのだった。
千切れた陰茎の根元へ、深々と突き刺したのだ。
顎を外れんばかりに開口し、虚空を掴み、蹴るように、四肢を振った。
中華包丁の刃が、その左手首へと落とされた。
鉄板に、鮮血が降り注ぎ、焦がす音が馬厳の鼓膜を震わせる。
リョウガは、馬厳の残された目に見せ付ける様に、その手首に中華包丁を食い込ませ、鉄板に押し付ける。
──焼いていた。
その間、上腕の断面から更に肉を削いでいく。
削ぐごとに、新たに肉の焼かれる音が、馬厳の耳に届くのである。
野次馬から、悲鳴が上がった。
血臭に加えて、肉の焼ける音、匂い、それらに視覚、聴覚、嗅覚を刺激され、焼き肉を食っていた客達の足元や鉄板には吐瀉物が撒き散らされていた。
逃げ出そうにも、恐怖により身体が動かないのだ。
谷村は、縺れる脚でリョウガの元へ向かった。
あまりにも悍ましい光景だが、胃の底から込み上がる熱いものを必死で押さえ込んでいた。
恐らく、これだけの目撃者が有っても、この店に捜査の手は入らない。
倉庫に繋がる物なのは、間違いないからだ。
「倉庫の場所は、当たりがついている、離れるぞ」
リョウガへ谷村は、そう告げた。
リョウガは、谷村の方へ顔を向けることは無かった。
「……あんま、時間かけた無いねん。こいつが吐いたあと、教えてくれる?」
「……何!?」
「お兄さんの
谷村の事は、敵では無いと、理解している。
だが、彼の情報が正しいとも限らない。
慎重に言葉を選び、谷村へ離れる様に言う。
正しく情報を告げるとも限らないからだ。
完璧に信用している訳ではない。
この男の意図もまだ判明していないのだ。
谷村が離れるのを気配で確認しつつ、リョウガは焼いた肉片を指で摘まむ。
「はよ、言えや」
焼いた肉片を、ゆらゆらと見せ、辮髪を引き自分へと顔を向けさせた。
そして、その肉片を、口の端から頬骨まで裂けた傷口へと入れていく。
その裂けた傷を、まるで、口吻であるかの様に見せたのだ。
馬厳の耳元に顔を寄せ、咀嚼を始める。
わざと音を立てて、ゆっくりと下品に咀嚼する。
咀嚼音が、馬厳の鼓膜を突き刺した。
喉を鳴らし、嚥下する様を見せ付ける。
切り分けた。
焼いた。
そして、また同じ事を繰り返すのだ。
喰われている。
鍛え上げた石蹴派の血肉が。
それは、恐ろしい程の怒りと絶望を植え付けていた。
声にならない、叫びとも呼気とも受け取れる音を喉の奥から発した。
馬厳は、仰向けのまま、身体を僅かにくの字に曲げ、右脚を跳ね上げた。
凄まじい、柔軟さであった。
──日本人の小娘に、肉を喰われる。
──その怒りで、執念の一撃を放つのである。
爪先が、リョウガへ届くほどだった。
だが、リョウガは、その足を中華包丁の刃で受け止めたのだ。
中足部辺りへ刃をぶつけ、そして、圧した。
中華包丁は容易く、滑り込み、中足骨を断ち切っていた。
切断されたその末端部が、馬厳の右頬を掠め、鉄板に落ちたのである。
リョウガは、鉄板の上で、大きく音を立て、中足骨を破砕する。
その砕いた骨を見せ、リョウガはそれを、口に放り込み、噛み砕いて見せたのだった。
「
囁き、リョウガは、何度も繰り返し続けた。
切る。
焼く。
咀嚼、嚥下。
血、肉、骨、歯。
破れた陰嚢から溢れ、既に肉塊となっていた睾丸を焼かれ、舌の上に乗せ、ゆっくりと喰われる様を、まざまざと見せつけられた時、馬厳は、漸く“倉庫”の場所を告げたのである。
「ありがとなぁ、じゃあ、楽ぅなれや」
馬厳の見た最後の光景は、血塗られ、裂けた口で嗤う、リョウガの哀しげな顔だった。
翼竜の嘴が、それを映す残った眼球を啄み、眼窩を砕き、脳まで達していた。
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