範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
谷村が運転する車で、リョウガは、“倉庫”へ向かっていた。
法定速度ぎりぎりで、車が走っている。
先程、焼き肉屋で惨劇を行った事など、もはや気に止めていない、そんなリョウガの落ち着き様に、谷村は戦慄していた。
リョウガの、白黒反転した双眸が、じっと前方を睨んでいる。
妹を助けるんや──改めて、倉庫へ向かう理由を尋ねると、リョウガは谷村にそう答えた。
この少女は、この先の倉庫で待つ者との戦闘について、考えているのだろう。
前方を凄まじく堅い双眸で睨んでいる。
しかし、リョウガが見ているのは、車外の光景ではなく、倉庫で待つ何者かなのだ。
妹、恐らく真冬の事なのだと谷村は推察した。
何故、あの場所に囚われているのか。
美しい幼い少女である……それだけで、あの倉庫に囚われてしまう理由になる。
そんな、理不尽な不運に、リョウガの妹は遭っているのだろう。
倉庫の存在を知る谷村には、それが理解出来るのだ。
「ありがとな、お兄さん。停めて
大阪弁のイントネーションでリョウガが言った。
倉庫群の並ぶ埠頭まで、あと、車で二十分は掛かる距離だ。
リョウガが車で送って貰う事を選んだのは、外しの使用時間を温存するためだ。
外した状態で走ったなら、確実に法定速度で走る車を上回る速度を出せる。
外しの段階によってはレーシングカーの最大速度を上回る事も可能だろう。
しかし、今日は外し過ぎた。
倉庫での戦闘を考えての温存であった。
だが、この距離から外して自分の脚で駆ける。
そして、外したまま、戦闘を開始するつもりだった。
「まだ、それなりに距離があるが──」
「向こうにお巡りさん連れてく訳にもいかへんしなぁ」
リョウガは、幽かに微笑する。
右側だけ、口の端から頬骨まで裂けた笑顔は、元が美少女故に、異形の者が纏う、艶やかな蠱惑さも感じられた。
恐ろしい事に、傷口は血が止まり、薄く皮が張っている。
裂けてしまっているのはどうしようも無いが、その断面は既に癒え始めているのだ。
「私の名前は呉陵伽や、お兄さん、またどっかで会えたらなんか、お礼させて貰うな」
リョウガの名乗りに応え、谷村もまた名前を告げた。
「何かあれば、亜細亜街の中華料理屋『故郷』に訪ねてくれ」
リョウガは、軽く手を上げ、そして走り出した。
裸足で、アスファルトを踏み、蹴るように駆け出した。
その一歩で、アスファルトが抉られ、砂塵の様に破片が舞った。
豪雨のなか、谷村は、既に遥か遠くにあるリョウガの背を、見送っていた。
──人が人の肉を喰らう。
悍ましい光景だった。
だが、谷村の心境としては、リョウガのそれを、悪と断じる事がどうしても出来なかった。
口を割らせる手段。
あれ程の化け物相手に、それはどれ程あっただろうか。
妹の救出──時間も無いのである。
だが、睾丸を金柑と称して、舌の上で転がす様を思い出すと、どうにも幻痛めいたものを覚えてしまい、早くその光景が記憶から消えてくれと、願うのだった。
1.
デボラのマスター伊集院は、源王会の極道と銃撃戦を開始していた。
銃撃だけではない。
待機しているであろう、貸倉庫内に、手榴弾を放り込む。
日本の埠頭が、戦場の様相を呈していた。
極道達の武装は、拳銃や散弾銃、短機関銃などまちまちだった。
腕前も当然差がある。
躊躇いなく撃てるものも、若干の躊躇を見せ発砲が遅れるものもいる。
彼らは、伊集院が両手で放つロケット弾の爆発で吹き飛ばされていた。
そして、ジープの銃架から外したブローニングM2重機関銃を手にするのだった。
伊集院の目的は、突入組を援護する為の陽動も兼ねている。
少し離れて、古くからの知り合いである、ミニクーパーの男も銃撃戦を始めたのか、銃声が聞こえていた。
神室町の種馬──
神室町の一発狼──
神室町の
四十代半ばの壮年であるが、見た目は三十を過ぎた程度だ。
銃の腕前も、衰えていない。
真冬救出の為に声をかけて見たところ、意外にもあっさり承諾したのだ。
彼の名は、冴羽獠──人呼んで、シティーハンターである。
獠は、身を翻し、咄嗟に転がった。
彼が既に離れたその場所へと、一瞬遅れて数発の弾丸が撃ち込まれる。
直ぐ様立ち上がり、近くの貸倉庫の窓から内へ、身を躍らせていた。
源王会の極道が放った無数の弾丸を掻い潜り、躱し、闇に潜む。
──そして、獠のコルト・パイソンから放たれる弾丸は正確無比に彼らへ撃ち込まれていた。
その倉庫内は薄暗く、人の気配は無かった。
貸倉庫群に囚われている少女──真冬は、ここには居ない様だ。
人気が無い、倉庫を後にしよう、と。
──その時だ。
鉄球クレーン車の分銅が建物へ激突したかのような轟音が轟いた。
獠は、窓から顔を出し、そちらへと視線を向ける。
凡そ8m離れて建っている別の貸倉庫の壁が、内側から粉砕され、そこから、剛志の巨躯が弾き出されたのだ。
壁を突き破ったのか。
184cm125kgの体躯が宙を舞っていた。
剛志が、アスファルトに叩き付けられ、二度バウンドした後、止まった。
獠は、立ち上がった剛志の顔を見て、一瞬我が目を疑った。
左右の鼻孔が、上向きに裂けていたのだ。
良く良く見れば、鼻尖が失われているようだ。
そして、彼を追って来たのか、壁の奥から一人の男が悠然と歩んで来た。
元横綱の蒙将龍だ。
二年前真冬に敗れ、だが、この倉庫では三度真冬を破った男である。
そのリベンジは、レイプと言う形で果たしたのだ。
蒙将龍は、剛志の足元へ、人差し指と中指で挟んでいたものを投げ捨てた。
──肉片だ。
剛志の鼻頭であった。
鼻孔に、人差し指と中指を突き入れ、二指で挟み込み、無造作に放り投げたのだ。
その際、掌側を上向きに、指を突っ込んでいた。
そして鼻孔内で二指を鉤状に曲げ、挟み、引っ掛けたのである。
剛志は、千切られた鼻尖に視線を落とし、幽かに舌を鳴らした。
ゆっくりと右脚を上げ、その肉片を踏み潰す。
──そして、蒙将龍に笑いかけた。
鼻尖を千切られた顔面から、血が滑り、口をつたいアスファルトへと滴っていく。
凄まじい笑顔であった。
「大丈夫かっ!?」
獠が剛志へと声をかけ、人気が無かった倉庫から飛び出した。
駆け寄ろうとする獠を、剛志は制した。
「平気だ、俺の事より、あんた、真冬の救出に向かってくれや、場所はもう分かってる」
四番棟──
貸倉庫群の中に、番号が振り当てられている棟がある。
色分け等はされていない。
剛志は、簡潔に告げるや、蒙将龍へと掴みかかるのだった。
蒙将龍は、股を割り、蹲踞の姿勢を取った。
「──そうか、よし、そっちは任せた。死ぬんじゃないぞっ」
剛志とほぼ同時に、獠も四番棟へと、走り出していた。
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