※この作品はR-18です。

範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ)   作:贋海王

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カツアゲ坊主、相撲を取る

 

「む!?ぬぅっッ」

 

 蒙将龍は、唸った。

 それはまるで、太い、威嚇する様な獣の唸りであった。

 剛志が組んできた、その体勢の意味に気付いたのだ。

 

 ──がっぷり四つ、そう言われる相撲の立ち合いの体勢だ。

 咄嗟に、蒙将龍も剛志を抱え込む様に腰へと両手を回し、掴んでしまっていた。

 胸元を合わせ、身体が密着する。

 全身の筋肉が、立ち合いに臨んでいた。

 

 蒙将龍の筋肉がぶるりと震えた。

 

 土俵ではない。

 コンクリートの床の上で相撲を取るのか!?

 ぞわりと、汗が吹き上がる。

 明らかに正気では無い取組みである。

 だが、それも、問題など無いのだ。

 コンクリートの上での殺し合いこそ、蒙将龍が手慣れた物だからだ。

 

 蒙将龍の右脚が、僅かに上昇され、直ぐ様踏み抜くように剛志の脹ら脛と足の甲を蹴りつけた。

 足をかけたのではない。

 明らかに蹴りである。

 蹴手繰りとも違う。

 表の相撲では禁じ手であろう。

 

 だが、古代相撲では──

 当然、蹴りは有効な技術である。

 

『各々、脚を挙げて、相蹶(ふ)む』

 

 古代相撲の一番にて──かの『當麻蹶速』と『野見宿禰』の一戦に、この様な記載があるが、ここでいう『蹶む』とは、「踏む」ではなく、『蹴りつける』と言う意味合いとなるのだ。

 つまり、両者は、脚を上げて蹴り合ったのである。

 

「キックかよ、元横綱さんがよぉ?」

「古代相撲──」

「あん!?」

 

 蒙将龍がやっているのは古代相撲である。

 裏の闇相撲は、そうした命の奪いあいと変わらないものなのだ。

 

 剛志が引き付ける。

 しかし、動かぬ。

 力士の両足は大樹の根であった。

 そして、この蒙将龍は大樹どころではない。

 大山なのだ。

 

「真冬は、俺と戦(ヤ)った時、力士に蹴られても、泣き言一つ吐かなかったぜ」

 蒙将龍が笑った。

「当たり前だろ。真冬はな、俺がアイツの頭蓋骨を外しても、喧嘩を止めようとしなかったんだよ、お前の蹴り一つで、泣き言なんざ吐く訳がねぇんだよな」

「俺の張り手喰らってもなぁ、小指をよぉ、噛み千切りやがったんだぜ、真冬は」

「俺が投げつけた大型バイクと正面衝突してもな、アイツは無傷だったんだよ。張り手程度で参るタマじゃねぇよ、真冬は」

 

 奇妙なやり取りだった。

 まるで、同じ女との睦事を自慢し合うかの様な口振りであった。

 ──俺との時、真冬は、こうだったぜ。

 こんな事してやった。

 こう反応してきて、アイツは、こんなことまでやりやがったんだ。

 そんな一人の女との行為を自慢し合う様な口調である。

 

 だが、一人の女と二人の男がやり合った、過去の情事とは、決して艶やかな色事ではない。

 肉を裂き、骨を断つ、命のやり取りをも伴う、恐ろしい闘争なのだ。

 剛志と蒙将龍、過去に真冬と死闘を演じた男達が、相対しているのである。

 

 ──ふふん

 ──クックック

 

 真冬との死闘を自慢しあい、鼻を鳴らした剛志へと、蒙将龍は、何かを喉の奥に含んでいるような笑い声で返す。

 

 不思議な会話だった。

 そして、真冬もまた、不思議な少女である。

 範馬の姫君が、二人の男を闘争と言う睦事で狂わせ、争わせているようであった。

 これも、範馬の遺伝子所以と言ったところであろうか。

 

 互いに語り合う真冬の戦闘能力。

 ──だが、不思議な事に、蒙将龍との一戦を決した『咬龍(こうりゅう)』

 ──そして、剛志との一戦を決した『無寸雷神』

 これらについて、二人は口にしなかったのだ。

 

 自身を破った真冬の技術である。

 それならば、その技を語りたくなるのではないか。

 

 だが、敢えて彼らは秘していた。

 勝負を決した『咬龍』と『無寸雷神』は、間違いなく、真冬にとっての最大の技術(わざ)であろうと、彼らは感じていた。

 奥義や秘術、必殺技、そうした呼び名でも良いだろう。

 

 剛志は、そんな技術を、軽々しく口に出してしまっては良くないだろうと考えているのだ。

 必殺技は、秘されているからこその必殺技となるのだ。

 闇の武術家が、多数の目がある場所でし合うことを嫌うのは、その為だ。

 自らの技術を、衆目に曝したく無いのだ。

 

 ならば、真冬の無寸雷神を他人に聞かせるのは不味い、剛志は、そう考えているのである。

 

 剛志は、明らかに真冬に惚れ込んでいる。

 だが、それは、女としての真冬ではない。

 闘士──喧嘩相手としての真冬に惚れているのだ。

 そしてそれは真冬もだ。

 真冬に『また、喧嘩をしたい』などと言わしめた男は、剛志ただ一人なのである。

 

 蒙将龍にとって、咬龍とは忌々しい技だ。

 自身を破った技術を語りたく無い、単にそれだけである。

 

 剛志は、蒙将龍を掴んだまま、若干引き寄せ、そして間を空けず、右脚を絡める様に掛けた。

 蹴り付けて来た逆の脚、左足へ絡めたのだ。

 そして、その足を引いた。

 重心を一旦崩し、仰向けに投げ倒そうとしていた。

 

 ──外掛けだ。

 狙い通りなら、そうした決まり手となっていただろう。

 しかし、それでも蒙将龍は微動だにしないのだ。

 

「……横綱ってぇのは、まぁ、伊達じゃねえんだな、あんたも」

 

 蒙将龍が角界に残っていたら、果たして現役横綱の零鵬が、何れ程、名を馳せる事が出来たであろうか。

 ──蒙将龍は、それほどに強い力士である。

 だが、表の大相撲においては、金竜山に負け込んでいる。

 その立ち合いには、実の所、大きな裏やカラクリがあるのだ。

 それは、金竜山言うところの、大相撲の腐敗が関係している。

 金竜山は、八百長も、賭博も嫌う。

 だが、それならば、金竜山の対戦相手が合意すれば良い。

 八百長など、どうとでもなるのだ。

 こうした取引が、蒙将龍と源王会とのパイプを、太く確かに、繋げて行ったのだ。

 

 蒙将龍は、未だ密着する剛志の巨躯へと、体重を載せる。

 そして、先程引き千切った鼻へと、頭頂部をぶつけたのだ。

 鼻尖は失われ、鼻腔が剥き出しの鼻が、圧され潰れていく。

 鼻骨が曲がり、折れ、完全に粉砕された。

 

「ぐぬ、ぶぐう」

 剛志が、異様な呻きを漏らした。

 鉛の塊が無理矢理ねじ曲げられた様な、厚く太い声だった。

 

 だが、剛志は、それでも離さなかった。

 

 追い討ちで、額をぶつけた。

 それでも、剛志は離さない。

 どころか、再び、両腕に力を込め、振り回す様に、動いた。

 

 その間、蒙将龍の右拳と左拳が、頬を打ち抜いた。

 

 剛志は、スウェット生地の上からでも分かる程の、蒙将龍の熱い汗を感じた。

 剛志もまた、顔や首、背中、胸、腹と全身から熱を伴った汗が生じている。

 

「そりゃあ、伊達じゃないさ。何せ横綱ともなれば、真冬のおめこを簡単にぶち抜くからな」

「あ?」

「決まり手は膣内射精(なかだし)よ」

 

 どう言い繕おうが、この程度か。

 剛志は、はっきり理解してしまった。

 この元横綱は、真冬の戦闘力に惚れている訳じゃない。

 いや、分かっていたことだ。

 

 ──こいつは気に食わない。

 

 蒙将龍が再び掴んだ。

 そして、足を掛けながら、回り込む様に動いた。

 僅かに上体を下げ、頭を腋へと滑り込ませる。

 

 相撲ではない。

 剛志は、滑り込んで来る頭部から首へと腕を絡め、抵抗する。

 

 剛志の身体を首と肩で担ぎ上げる様に引っこ抜いた。

 そして、ブリッジをするかのように、蒙将龍は仰向けに倒れていく。

 

 ──バックドロップだ。

 元横綱が、なんと、プロレスリングの技を使ったのである。

 コンクリートの地面へと、剛志の頭を叩き付ける積もりなのだ。

 リングの上でも、土俵の上でもない。

 殺す為の、正しく殺人技であった。

 

 しかし、その時だ。

 抵抗するかの様に、首へと絡められた剛志の腕。

 更に剛志は、足を掛けたのだ。

 完全に、バックドロップの体勢へと移行する前に、足を掛けていた。

 くの字に曲げ、鉤を引っ掛ける様に、蒙将龍の脚を刈っていた。

 そして、絡めた腕を後ろから首へと回した。

 

 バックドロップのために倒れ込む蒙将龍。

 その加速と力をも利用していた。

 

 マウント斗羽が得意とした、河津落とし。

 バックドロップから河津落としで返す。

 それは、往年の一戦、力剛山対ルゥ・セーズのヒトコマを思い出させる。

 

 いや、剛志が狙ったのは、あくまで相撲の決まり手である。

 

 ──これは、河津掛けであった。

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