範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
「む!?ぬぅっッ」
蒙将龍は、唸った。
それはまるで、太い、威嚇する様な獣の唸りであった。
剛志が組んできた、その体勢の意味に気付いたのだ。
──がっぷり四つ、そう言われる相撲の立ち合いの体勢だ。
咄嗟に、蒙将龍も剛志を抱え込む様に腰へと両手を回し、掴んでしまっていた。
胸元を合わせ、身体が密着する。
全身の筋肉が、立ち合いに臨んでいた。
蒙将龍の筋肉がぶるりと震えた。
土俵ではない。
コンクリートの床の上で相撲を取るのか!?
ぞわりと、汗が吹き上がる。
明らかに正気では無い取組みである。
だが、それも、問題など無いのだ。
コンクリートの上での殺し合いこそ、蒙将龍が手慣れた物だからだ。
蒙将龍の右脚が、僅かに上昇され、直ぐ様踏み抜くように剛志の脹ら脛と足の甲を蹴りつけた。
足をかけたのではない。
明らかに蹴りである。
蹴手繰りとも違う。
表の相撲では禁じ手であろう。
だが、古代相撲では──
当然、蹴りは有効な技術である。
『各々、脚を挙げて、相
古代相撲の一番にて──かの『當麻蹶速』と『野見宿禰』の一戦に、この様な記載があるが、ここでいう『蹶む』とは、「踏む」ではなく、『蹴りつける』と言う意味合いとなるのだ。
つまり、両者は、脚を上げて蹴り合ったのである。
「キックかよ、元横綱さんがよぉ?」
「古代相撲──」
「あん!?」
蒙将龍がやっているのは古代相撲である。
裏の闇相撲は、そうした命の奪いあいと変わらないものなのだ。
剛志が引き付ける。
しかし、動かぬ。
力士の両足は大樹の根であった。
そして、この蒙将龍は大樹どころではない。
大山なのだ。
「真冬は、俺と
蒙将龍が笑った。
「当たり前だろ。真冬はな、俺がアイツの頭蓋骨を外しても、喧嘩を止めようとしなかったんだよ、お前の蹴り一つで、泣き言なんざ吐く訳がねぇんだよな」
「俺の張り手喰らってもなぁ、小指をよぉ、噛み千切りやがったんだぜ、真冬は」
「俺が投げつけた大型バイクと正面衝突してもな、アイツは無傷だったんだよ。張り手程度で参るタマじゃねぇよ、真冬は」
奇妙なやり取りだった。
まるで、同じ女との睦事を自慢し合うかの様な口振りであった。
──俺との時、真冬は、こうだったぜ。
こんな事してやった。
こう反応してきて、アイツは、こんなことまでやりやがったんだ。
そんな一人の女との行為を自慢し合う様な口調である。
だが、一人の女と二人の男がやり合った、過去の情事とは、決して艶やかな色事ではない。
肉を裂き、骨を断つ、命のやり取りをも伴う、恐ろしい闘争なのだ。
剛志と蒙将龍、過去に真冬と死闘を演じた男達が、相対しているのである。
──ふふん
──クックック
真冬との死闘を自慢しあい、鼻を鳴らした剛志へと、蒙将龍は、何かを喉の奥に含んでいるような笑い声で返す。
不思議な会話だった。
そして、真冬もまた、不思議な少女である。
範馬の姫君が、二人の男を闘争と言う睦事で狂わせ、争わせているようであった。
これも、範馬の遺伝子所以と言ったところであろうか。
互いに語り合う真冬の戦闘能力。
──だが、不思議な事に、蒙将龍との一戦を決した『
──そして、剛志との一戦を決した『無寸雷神』
これらについて、二人は口にしなかったのだ。
自身を破った真冬の技術である。
それならば、その技を語りたくなるのではないか。
だが、敢えて彼らは秘していた。
勝負を決した『咬龍』と『無寸雷神』は、間違いなく、真冬にとっての最大の
奥義や秘術、必殺技、そうした呼び名でも良いだろう。
剛志は、そんな技術を、軽々しく口に出してしまっては良くないだろうと考えているのだ。
必殺技は、秘されているからこその必殺技となるのだ。
闇の武術家が、多数の目がある場所でし合うことを嫌うのは、その為だ。
自らの技術を、衆目に曝したく無いのだ。
ならば、真冬の無寸雷神を他人に聞かせるのは不味い、剛志は、そう考えているのである。
剛志は、明らかに真冬に惚れ込んでいる。
だが、それは、女としての真冬ではない。
闘士──喧嘩相手としての真冬に惚れているのだ。
そしてそれは真冬もだ。
真冬に『また、喧嘩をしたい』などと言わしめた男は、剛志ただ一人なのである。
蒙将龍にとって、咬龍とは忌々しい技だ。
自身を破った技術を語りたく無い、単にそれだけである。
剛志は、蒙将龍を掴んだまま、若干引き寄せ、そして間を空けず、右脚を絡める様に掛けた。
蹴り付けて来た逆の脚、左足へ絡めたのだ。
そして、その足を引いた。
重心を一旦崩し、仰向けに投げ倒そうとしていた。
──外掛けだ。
狙い通りなら、そうした決まり手となっていただろう。
しかし、それでも蒙将龍は微動だにしないのだ。
「……横綱ってぇのは、まぁ、伊達じゃねえんだな、あんたも」
蒙将龍が角界に残っていたら、果たして現役横綱の零鵬が、何れ程、名を馳せる事が出来たであろうか。
──蒙将龍は、それほどに強い力士である。
だが、表の大相撲においては、金竜山に負け込んでいる。
その立ち合いには、実の所、大きな裏やカラクリがあるのだ。
それは、金竜山言うところの、大相撲の腐敗が関係している。
金竜山は、八百長も、賭博も嫌う。
だが、それならば、金竜山の対戦相手が合意すれば良い。
八百長など、どうとでもなるのだ。
こうした取引が、蒙将龍と源王会とのパイプを、太く確かに、繋げて行ったのだ。
蒙将龍は、未だ密着する剛志の巨躯へと、体重を載せる。
そして、先程引き千切った鼻へと、頭頂部をぶつけたのだ。
鼻尖は失われ、鼻腔が剥き出しの鼻が、圧され潰れていく。
鼻骨が曲がり、折れ、完全に粉砕された。
「ぐぬ、ぶぐう」
剛志が、異様な呻きを漏らした。
鉛の塊が無理矢理ねじ曲げられた様な、厚く太い声だった。
だが、剛志は、それでも離さなかった。
追い討ちで、額をぶつけた。
それでも、剛志は離さない。
どころか、再び、両腕に力を込め、振り回す様に、動いた。
その間、蒙将龍の右拳と左拳が、頬を打ち抜いた。
剛志は、スウェット生地の上からでも分かる程の、蒙将龍の熱い汗を感じた。
剛志もまた、顔や首、背中、胸、腹と全身から熱を伴った汗が生じている。
「そりゃあ、伊達じゃないさ。何せ横綱ともなれば、真冬のおめこを簡単にぶち抜くからな」
「あ?」
「決まり手は
どう言い繕おうが、この程度か。
剛志は、はっきり理解してしまった。
この元横綱は、真冬の戦闘力に惚れている訳じゃない。
いや、分かっていたことだ。
──こいつは気に食わない。
蒙将龍が再び掴んだ。
そして、足を掛けながら、回り込む様に動いた。
僅かに上体を下げ、頭を腋へと滑り込ませる。
相撲ではない。
剛志は、滑り込んで来る頭部から首へと腕を絡め、抵抗する。
剛志の身体を首と肩で担ぎ上げる様に引っこ抜いた。
そして、ブリッジをするかのように、蒙将龍は仰向けに倒れていく。
──バックドロップだ。
元横綱が、なんと、プロレスリングの技を使ったのである。
コンクリートの地面へと、剛志の頭を叩き付ける積もりなのだ。
リングの上でも、土俵の上でもない。
殺す為の、正しく殺人技であった。
しかし、その時だ。
抵抗するかの様に、首へと絡められた剛志の腕。
更に剛志は、足を掛けたのだ。
完全に、バックドロップの体勢へと移行する前に、足を掛けていた。
くの字に曲げ、鉤を引っ掛ける様に、蒙将龍の脚を刈っていた。
そして、絡めた腕を後ろから首へと回した。
バックドロップのために倒れ込む蒙将龍。
その加速と力をも利用していた。
マウント斗羽が得意とした、河津落とし。
バックドロップから河津落としで返す。
それは、往年の一戦、力剛山対ルゥ・セーズのヒトコマを思い出させる。
いや、剛志が狙ったのは、あくまで相撲の決まり手である。
──これは、河津掛けであった。
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