範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
真冬から、膝蹴りを食らった左腕である
何が起これば──いや、何をされたら、こうなるのか。
悪樓の内にある武術の常識から、余りにも大きく外れていたのだ。
理解が、到底及ばないのである。
凄まじい激痛も、思考の邪魔をしていた。
地面を蹴って、前に出ようとしたが、咄嗟に踏みとどまった。
振り上げようとした、左腕が異様な姿になっていたからだ。
小指は不気味に捻曲がり、肘の靭帯が千切れ、外れた骨が突き出ているのである。
打たれたのは、小指だ。
鉄槌打ちを膝蹴りで迎撃されたのだ。
と、そこまでは、悪樓も理解している。
しかも、筋肉と骨が震え軋む様な異様な感覚が、今も継続しているのだ。
その震えが──振動が、筋肉や靭帯をズタズタにし続けているのである。
加えて、痛みが無い箇所を探す方が困難な状態でもあった。
その中でも、特に恐ろしい激痛に襲われている箇所へと、視線を下げたのだった。
悪樓は、カッと目を見開いた。
驚愕と絶望、怒りが入り交じった目であった。
──陰嚢が、内側から破裂したかのように破れていた。
原型を留めていない肉片が押し出され、溢れかけている。
夥しい血が、溢れ、太股を越えて這い続けていた。
目を背けたくなる光景だった。
明らかに、睾丸が潰れているのだ。
しかも、二つともである。
態々、逃さぬ様に二つの睾丸を追い詰め、揃え、掌底で打ち抜いているのだ。
片方を先ず打ち、圧して行く。
そして、もう片方も続けて押し潰していったのだ。
ほぼ、同時に打って、潰していた。
陰嚢の内側も利用し、内部で避けられ無いようにも考えられた一撃だった。
更に、二つ潰した衝撃で、陰嚢を内部から破ったのである。
必ず破壊する、そんな意志が込められているかのような的確な一撃であった。
──恐ろしく執拗な破壊であった。
そこが、男にとっての急所である、それ以上の意味を見出だし、邪淫勁・悪樓の睾丸を、真冬は破壊したのである。
潰されたのは、睾丸だけではない。
だらりと垂れ下がっている、350mlのペットボトルの太さ、長さ、大きさかと見紛える程の巨根。
鍛えられた黒鉄のような陰茎だ。
亀頭など、正しく『ゾウガメ』の頭を思わせるように太く、巨大である。
──太い男、松尾象山も陰茎の太さだけは悪樓に一歩譲る筈だ。
──黒い男、久我重明も、陰茎の黒光りだけは悪樓に劣る筈だ。
もし、昔の画家が、この悪樓を絵画にしたなら、ギリシャの生殖神『プリアーポス』もかくやと言う程の巨根として描かれる事だろう。
──果たして、何れだけの女を苦しめたのか分からない、邪淫勁の陰茎である。
ゾウガメと言うが、寧ろ、女性を襲う際は『カミツキガメ』の狂暴性を持つのだ。
挿入するだけで、膣口を裂いてしまう、そんな暴虐の肉棒である。
因みに、邪淫勁は『じゃいんけい』と読むが、これは『
その陰茎が根本から先端までを、二度、真っ二つに裂かれていた。
まるで、陰茎が四本垂れているように見える。
ナイフか何かで斬られた様な異様な状態であった。
真冬が五指を揃え、爪で切り裂いたのだ。
(ふむ、打震に似ているが違うか)
梯子の上、横穴状になっている廊下で、この一戦を見詰める者がいた。
暗がりの中で、身を潜める様に眺めている。
鎬紅葉だ。
いつの間に現れたのだろうか。
打震に似ている──それは、真冬が、悪樓の小指を膝蹴りで打った事を指しているのだ。
着目点が、監視カメラで見る男達同様の物である。
それほど、真冬の先だっての膝蹴りが、興味深い物であったのだろう。
真冬を救出に来た筈だが、彼女の戦いぶりに興味が湧いたのか、ただ、じっと眺めていた。
(それにしても、凄まじいな。睾丸の破壊に、全く躊躇いの一つも無いとは──)
例えば、関節技で骨を折る。
関節技を極める事に慣れたものでも、いざ靭帯を断ち、折ってしまう──その状況まで至ると躊躇が生まれる。
眼球を突く、あまつさえ抉る事が出来る人間は少ない。
当然、相手の睾丸を潰せる人間ともなれば稀だった。
だが、真冬にはそうした人体の破壊への躊躇が、紅葉の目からも、全く見受けられ無かったのだ。
息を吐くのと同義で、睾丸を潰している。
紅葉は知らないが、真冬は神室町にやってきた夜に、彫刻刀で絡んで来た当たり屋の眼球を抉ると言う凶行に及んでいる。
これが、範馬の娘の精神性なのだ。
何の躊躇いも無く闘争や人体の破壊に及べる、それが範馬なのである。
いや、もしかしたら、當麻の血も影響しているのかも知れない。
(恐ろしいのは、その精神性だけではない。烏兎から鼻尖、人中、喉仏、水月、釣鐘への投擲から連続打撃の速度──人間技じゃない)
──範馬勇次郎の娘、悪樓との戦闘を見る限り、信じざるを得ない、紅葉の目にもそう映っていた。
それほどの戦闘能力なのだ。
もう暫し動向を見る、紅葉が選んだのは、早急な救出ではなかった。
故に、インカムへ向けて、真冬発見の報は告げなかった。
真冬が動いた。
ひらりとも、ふわりとも言える、羽毛が舞うような、ゆらりとした動きだと、紅葉は感じた。
絶叫と咆哮が入り交じった怒号を、悪樓の口から発せられた。
激痛を堪える為の絶叫であり咆哮だ。
そして、気合いを入れる意味合いもあったろう。
生きた丸太が動き回る。
そんな動作を悪樓の太い右脚が見せた。
真っ直ぐに突き出された。
先端が尖った丸太の槍。
それが、悪樓の前蹴りだ。
宙を疾り、右足が伸びる。
悪樓は、全裸だ。
靴も履いていない。
その為分かるが、丸太の槍は、真冬へと中足を打ち付けて来た。
邪淫勁・悪樓、彼の武術家としての流儀は何なのだろうか。
少なくとも、この前蹴りは、中国拳法よりも、フルコンタクト系の空手を思わせた。
狙うのは臍より僅かに下、明星と呼ばれる急所に近い。
しかも、そこには彫刻刀の柄が潜り込んでいる。
それは、悪樓が先ほど踏み抜いた箇所でもある。
子宮が裂傷している可能性も高いだろう。
膣口から流れる血は、膣の傷もあるが、子宮のダメージに依るものあった。
改造ガスガンの特殊なBB弾を膣内に撃ち込まれたこと、悪樓の踏みつけ、突き刺さった彫刻刀の柄、あらゆる物が子宮を傷付けているのだ。
真冬は踏み出す事無く、ゆるゆると、その体勢を下げていった。
真冬の両足の親指と小指は、異様に捻られ骨が折られているように見えた。
しかし、真冬はまず、両足の五指で立つように曲げた。
痛みを感じていないのか、彼女の指の状態に気付ける者がいたら、余りにも奇妙で凄まじい動きに見えただろう。
そして、膝を折り畳む。
両脛は寝かせ、膝頭を床に付けている。
正座から、腰をあげた様な体勢であった。
膝立ちである。
加えて、折れた親指と小指以外の三指を立てていた。
膝立ちにより、小柄な真冬が一層小さくなったのだ。
凡そ身長120cmの真冬が、膝下が畳まれたことで100cmほどになっていた。
上体は多少うつむき加減に、曲げている。
前蹴りに対して、突然座り込む様な動きを見せたのである。
前蹴りがこのまま繰り出されたなら、彫刻刀の柄が刺さった下腹部は逸れるが、胸元から上に突き刺さる筈だ。
軌道を変えれば、踵落としにでも切り替えられるかも知れない。
依然危険な状態は変わらず、膝を付けば、一層不利になる筈だ。
一旦、前蹴りを放った悪樓の脳内にも、この真冬の行動への疑問や警戒心が巡りめぐった。
だが、紅葉はあることに気付いたのだ。
しかし、それは、余りにも信じがたい事柄であった。
実在したのかと言う思い。
いや、実在はしているのは確かだ。
それは間違い無い。
何故、この技術が真冬に伝わっているのかと、そう表現するのが適切か。
加えるなら、誰が伝えたのであろうか。
しかも、それを、実戦で使えると言うのか!?
幼い子供の、真冬がである。
(まさか、
真冬の左掌が、下から、前蹴りを押し上げる様に弾いた。
膝立ちから、僅かに進んだのである。
まず、前蹴りを放つ脚に潜り込んでいく様に動いていた。
足の指を使い、膝行したのだ。
一見何でもない動きではある。
しかし、流れる様な膝行は、異様な物であった。
自然な流水の様な動きだった。
続けて、尺骨と橈骨が粉砕されている右上腕がしなった。
肩と肘で操作している。
若干、伸びた。
しなやか筋肉、強靭な腱と靭帯の肘。
それが、腕を延長させたのである。
しかも、上腕は、骨が粉砕されているが故に、制限から解放されているのだ。
それが、絡まるように、悪樓の右足を捕らえた。
先ほどの掌底と共に、行われたそれで、悪樓の重心と体勢を崩した。
そして、軸足となっていた左脚を払ったのだ。
体勢を崩し、下半身が更に下がった悪樓へと、膝行し、真冬は恐ろしい行動へと移った。
四本になっている陰茎を掴んだのだ。
そして、一気に、根本から引き千切ったのである。
(何!?)
紅葉はまたも驚愕した。
陰茎を掴み、引き千切った事に関してではない。
真冬が、一連の行動を取りながら、その顔が向けられているのは悪樓に対してでは無かったからだ。
その虚ろな紅い双眸が向けられているのは、梯子の上だ。
──明らかに紅葉へと、視線が向いているのである。
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