範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
隊員の一人が、陵伽達が逃げ込んだ倉庫の中を照らしていた。
薄暗がりとなっている室内の闇を、光芒がゆっくりと撫でる。
伸びた光条が、往復するように動き、室内の様子を浮かび上がらせた。
人の気配が無い。
しかし、入り口は、彼ら三人が塞いでいる。
外で待機しているメンバーからも、連絡は無い。
コンテナの影にでも、潜んでいるのだろうか。
バトン状のライトを持つ男が、背後で銃口を室内に向けている男に、顔を向けて頷くように、首を縦に振った。
それを確認した男が、銃身を支えていた左手を銃から離した。
そして、外の三人に合図を送るように手を振った。
中に来るように呼んだのだ。
だが、剛志と輸送ヘリコプターが戦闘を始めた。
このタイミングで、輸送ヘリコプターのミサイルが炸裂したのであった。
それを聞き、慌てた様子で、外の三人へ制止する様に、手の平を突き出した。
止まるように促したのだ。
「何だ……」
「ヘリが戦闘を始めた様だ」
声に怯えの色があった。
誰かが、生唾を飲んだ。
対戦車ミサイルを放つ事態なのか。
それ程の脅威が敵なのか。
「不味いな、呂隊長の班も交戦中だ、応答が無い」
「お前らは、ヘリの方を見てきてくれ、俺ら三人で中を確認する」
ライトを持った男が言うと、他のメンバーは、特に反対意見も無く、頷いた。
空掌を使い、陵伽は壁を穿った。
陵伽と冴羽獠はその穴から脱出し、既に倉庫内からは消えているが、当然、隊員達は、それを知る由も無かったのである。
伊集院は迎撃の為に残り、コンテナの陰に、その巨体を忍ばせていた。
1.
冴羽獠は、積み上げられたコンテナの陰に身を隠していた。
コルトパイソンの弾丸は六発、フルに装填されている。
予備の弾丸にも余裕はある。
陵伽の作戦──
疑問だった。
本当に、機関砲の総弾数を空にするまで、避け続ける事など出来るのだろうか。
冴羽獠は、目を逸らさず、じっと陵伽の背を見据えた。
小柄な少女だった。
──ミサイルを跳ね返す。
そんなことは、可能なのか!?
無論、まともな人間には無理だ。
ヘリが、上昇していた。
ここに居ても、攻撃ヘリコプターのメインローターの五枚ブレードと、テールローターの五枚ブレード二組が、回転し、空気を裂き、激しく叩く音が聞こえている。
──下降気流
ヘリコプターの近くにいたら、その風圧に晒される。
陵伽のツーサイドアップテールに結われた髪や、スカートが激しく舞っている事からも、それが確認出来る。
本来なら吹き飛ばされて然るべきな程の風圧である。
それを浴び続けているにも拘わらず、陵伽の幼い身体が、全くバランスを崩していないのだ。
如何なる体幹の持ち主なのか。
冴羽獠の目に映る陵伽は、愛らしい少女でありながら、戦車のような重厚さも見て取れたのだ。
しかも、その下降気流を浴びながら、30mm 機関砲の掃射を受け始めたのである。
敵もまた、異常だった。
幼い子供へ、躊躇無く機関砲を撃ち込んだのだ。
冴羽獠は、眉を顰めた。
どうにも状況が異様過ぎる。
幼女の殺傷に躊躇いを持たない人間がいる。
僅かな金や、食料を報酬に、大人が子供を殺す。
大人が、任務で情け容赦なく子供を殺す。
その逆も、当然ある。
それは、海外の戦場なら日常的に起こり得る事だ。
だが、日本で、こんな事をやれる人間が居たとは、信じがたいものがあった。
いや、ここに来た、依頼自体、常軌を逸していたではないか。
幼女の監禁、凌辱、拷問──その被害者の救出が、今回の仕事なのだ。
昔からの知り合いである、伊集院の依頼であった。
画像を見せられた時、冴羽獠は自ら救出部隊に志願したと言っても間違いではない。
怒りや、少女への哀れみ。
そうした物を抱いたのではない。
人間としての根本的な感情の様な物であったのだろう。
陵伽が、弾丸を躱し続ける。
「狙えやぁ!おっちゃん!行くでぇ!」
凡そ一分、陵伽は避け続けた。
冴羽獠は、陵伽のその合図のような声を聞いた。
凄まじいの一言だ。
機関砲の連射を約一分躱し続ける。
これ程の事をやってのける人間など、そうそう居ないだろう。
自分はどうだ。
出来るか、出来ないかで言えば、恐らく出来る。
だが
「やりたくはないなぁ」
それが本音だ。
攻撃ヘリの装甲。
風防の防弾性能。
コルトパイソンの弾丸で、あのヘリコプターの防弾性能を抜ける事が出来るか。
それは、未知の領域だった。
過去にも、機銃を搭載した汎用ヘリコプターを撃ち落とした事もある。
だが、確実にあの時代のヘリコプターよりも、装甲の防弾性能が上がっている筈だ。
握力を強める。
コルトパイソンを両手撃ちで構えた。
銃口をヘリコプターに向けた。
「ミサイル……」
撃ちやがったか。
ミサイルを撃ち込んで来る──陵伽は、それを察したのだろう。
先程の台詞はそう言う事だ。
ミサイルを撃つ。
それは、陵伽がミサイルを跳ね返してからだ。
だが──
跳ね返すとは、どういう事なのか。
その時だ。
下降気流に変化が生じたのが、冴羽獠は気付いた。
下降気流が、陵伽に届いていないのだ。
髪とスカートの揺れでそれが分かる。
揺れ方が変わった。
今までは、風に晒され、不規則な揺れだった。
それが、全方に吸われる様な動きを見せているのだ。
何か、見えない物が陵伽の前面に発生したのだ。
陵伽は、両手を前に突き出し、掌も前に向けている。
そして──
ミサイルが止まったのだ。
超音速で飛翔する物体が、見えない何かにぶつかったのだ。
だが、何かに着弾した訳では無い。
爆発しないのだ。
「……何だあれ」
何かが、ミサイルを押し返している。
何かは冴羽獠にも分からない。
だが、あれは、あの幼い少女が、行っている。
それは、理解出来た。
信じがたいが、理解は出来るのである。
「二発目!?」
短翼に携行された対戦車ミサイルは、左右に二基。
合計で四基搭載されているのだ。
その二発目を、発射したのだ。
冴羽獠の耳に、陵伽の絶叫が届いた。
だが、それは悲鳴では無いと、冴羽獠は察した。
いよいよ、冴羽獠も、陵伽を見た目通りの“少女”と言う概念の中では図れない存在なのだと、認識していた。
ミサイルが、押し返されていた。
そして、反転するかのように、ヘリコプターの元へ帰って行くのだ。
既に、ミサイルから噴射していた焔が消えている。
陵伽が右腕を振り上げた。
その時だ。
ミサイルが、まるで反射するかのように、完全にヘリコプターへ向けて、弾き跳ばされたのだ。
重量はざっと300kgはある航空機搭載型の対戦車ミサイルである。
それを跳ね返す何か──
超能力?
冴羽獠はそう考える。
だが、それは、違う。
空道──
これは、武道の技術なのである。
武術対近代兵器の戦いなのだ。
だが、その時だった
発砲音が響いた。
そして──陵伽の顳顬、背中、肩、腹、胸から血が吹きあがったのである。
突然の事だった。
冴羽獠は、周囲を見渡した。
身を隠しながら、周囲を探る。
自動小銃で、陵伽を狙撃した男であろう。
それが、三人。
「こいつは、不味いな──」
冴羽獠は、彼等を迎撃するため、銃を向けた。
トリガーに指を掛ける。
──その時だ。
「っこんっなもん、屁の突っ張りにもならんわ!おっちゃん!弾ぁ、無駄に
陵伽はまるで、冴羽獠が、銃を撃とうとした事に気付いたかの様な口振りだった。
だが、確かに、迎撃の為の発砲を制止する言葉であった。
凄まじい少女だった。
弾丸を撃ち込まれて、なお、そんな啖呵を切ってしまえるのだ。
冴羽獠は、瞼を閉じる。
そして、呼吸を整えた。
凄まじい少女だ。
大人になれば、嘸かし、良い女になるだろう。
死なせてはいけないな。
真冬の救出は、済んでいる。
「あの子を護る事は、俺の役目じゃない、俺のやることは一つ──確実にヘリを墜とす事だ」
冴羽獠の双眸がヘリコプターに向けられる。
陵伽は、少女ではない。
一人の武術家だ。
冴羽獠は、認識を改めたのだ。
顳顬──
衝撃で、ツーサイドアップテールを結っているリボンが弾け飛んだ。
細い髪の房がほどけ、舞った。
はらりと揺れた。
背中──
陵伽が、狙撃されている。
しかし、冴羽獠が見据え、その眼光に捉えているのはヘリコプターの姿である。
「迦陵頻伽の根性やぁッッ」
獣の咆哮の様だった。
陵伽の意思。
陵伽の戦意。
──陵伽の
「今や、おっちゃん!」
冴羽獠の意識が、それらと重なった。
2.
四発目のミサイルが、轟音を上げた。
3.
一基目のミサイルが、反転した。
それが、押し返されていく。
意思を持っている。
物体でしか無いミサイルが、意思を持っている。
そう錯覚してしまう、異様な光景だった。
発射したミサイルが、何故戻ってくるのか。
これは、発射すれば、ただ飛翔する物体ではない。
誘導弾である。
ミサイルに備わったレーダーやセンサーにより、目標物までの飛行経路を判断し、飛翔するのだ。
滅多な事では、外れない。
いや、外れる、外れないの問題なのか?
何故、戻ってくる──
その思考が、操縦席の男達の判断を鈍らせた。
二基目、三基目のミサイル──
だが、それらの末路も、一基目と同様だった。
陵伽の空掌──
まず、二基目のミサイルが、一気に押し込まれた。
一基目のミサイルに着弾した。
凄まじい、爆発が生じた。
陵伽の鼓膜が、破れんばかりの衝撃に震えた。
爆風が破片を撒き、それが、陵伽に突き刺さる。
破片が、破片とは言えない金属の塊も、ばら撒かれた。
だが、陵伽は、まだ立っていた。
逃げない。
四基目──
三基目のミサイルを跳ね上げた。
そして、四基目のミサイルを空掌で掌握する。
ミサイルが、動きを止めたのは、凡そ、陵伽が立つ前方5m──そんな距離だ。
陵伽の手に、300kgのミサイルが、掌握されていた。
それを、発生させた真空で、投げ返したのだ。
三基目のミサイルが、落下する。
真空の壁を消したからである。
三基目のミサイルが、メインローターに着弾した。
四基目のミサイルが、その爆発に巻き込まれ、誘爆する。
「今や、おっちゃん!撃てやぁッッ」
コルトパイソンの弾丸が、ひび割れた風防を貫いた。
爆風がヘリコプターを巻き込む。
二発目三発目の.357マグナム弾が、先に貫かれた1cmにも満たない、風防の穿たれた孔へと吸い込まれた。
ワンホールショット──
凄まじい技術を以てして、この神業を成し得るのだ。
続けて、ミサイルが、着弾したメインローターを撃ち抜いた。
爆風に巻き込まれた攻撃ヘリコプターは、ワンホールショットでコクピットを貫かれていた。
四基目のミサイルが起こした爆風が、操縦の利かなくなったヘリコプターを呑み込んでいく。
攻撃ヘリコプターは、異様な機動を見せ、爆散するのだった。
4.
S&W M629 が、火花を散らせた。
暗がりの倉庫内では、煌々とした輝きであった。
その弾丸が、伊集院が潜むコンテナ付近に差し掛かった隊員を撃ち抜いた。
.44マグナム弾を以てしても、ケブラー製のボディーアーマーを確かに貫通する事は適わない。
しかし、衝撃は、その肉体に襲いかかる。
胸骨が、粉砕されていた。
ぬっと暗がりから、現れた大男に、二名の隊員は、悲鳴染みた高い声を挙げた。
埠頭──
場所を考えると、目の前の男は正しく、海坊主と見紛う巨漢であった。
しかも、丸坊主なのだ。
だが、残念ながら、彼等は中国人だ。
日本人がイメージする海坊主と伊集院を重ねる事は無かった。
中国にも、似たような妖怪は居るが、多少その印象が異なるのである。
もはや、伊集院の敵では無い。
ガシリと、隊員達の持つ自動小銃の銃身を掴む。
そして、それを引き寄せ、男達の頭部をぶつけ合わせる。
男達は、倒れ込んだ。
それぞれ、腹に、伊集院の足が落ちた。
5.
リチャードは、指を鳴らす。
一歩踏み出した。
自動小銃の銃口が、リチャードに向けられている。
そのリチャードの表情に、恐怖も動揺も焦燥も無い。
銃口を向けている者が、追い詰められているのだ。
リチャードが、また踏み出した。
男の口から、金属同士を擦り合わせた様な高い呼吸音が悲鳴のように洩れた。
恐怖のあまり、トリガーを引いた。
だが、発射された物はあらぬ方向へと消えて行く。
リチャードは拳を固めた。
技術も糞もない。
ただ振り抜く。
振りかぶった拳を撃ち抜く。
それが、当たれば良い。
それだけで終わる。
あまりにも潔い、純粋な拳だった
6.
ゲイリーのメリケンサックが、自動小銃を撃ち抜いた。
美髯の隊員は咄嗟に、その自動小銃を横に持ち、ゲイリーのパンチを、それで受け止めようとしたのだ。
自動小銃は、それだけでへし折れていた。
もはや、使い物にならないのは、明白であった。
男は、ゲイリーに、それを投げ付ける。
そして、ナイフを抜いた。
ゲイリーは、投げ付けられた自動小銃を、弾いた。
その瞬間、男はナイフを逆手に持ち、ゲイリーの首を狙って振り抜いていた。
ゲイリーは、それを肘で打った。
ナイフが下がる。
そして、ゲイリーは、ナイフを持っている手を掴んだ。
恐ろしい厭な音が聞こえた。
手首が、不気味に曲がっていた。
手の平が、下がり、ピタリと手首に付いてしまうほど、曲がっているのだ。
四方、どこに曲げても同じ様になるだろう。
完全に手首の骨が砕けていた。
男が絶叫する。
ゲイリーのパンチが、フルフェイスのアーマーを砕き、顔面に叩き込まれた。
7.
作戦行動隊長の呂は、次々に倒れていく隊員達を見て、既に戦意を失っていた。
最初の薄ら笑いをどこかに落として来たのか、歯を鳴らしていた。
その時だ。
腹に強い衝撃を受けた。
次に何かが見えた。
しかし、理解は出来なかった。
膝だ。
膝蹴りが、顔面に叩き込まれたのだ。
その瞬間、手首を掴まれていた。
──なに?
その、疑問符が浮かぶより早く、浮遊感を覚えた。
頭が地面に向いていた。
頭から、コンクリートに落ちた。
首を、横から蹴られた。
そして、崩れていく。
頚が異様に曲がり、折れていた。
最後まで、自分が戦っていた相手を視認出来ず絶命したのだ。
古牧宗太郎は、小さく、呼気を発した。
8.
爆風に巻き込まれた輸送ヘリが火を吹き、墜落していく。
その先は海だ。
それを剛志は見ていた。
彼も、爆風に巻き込まれ、転がっていたが、既に立ち上がり走り出した。
ヘリコプターは倒したが、まだ終わっていない。
向こうで、発砲音が響いているのを聞いた。
まだやれる。
まだ戦える。
剛志の裡に、狂気染みた闘争心が沸き立っている。
雨が、疎らになっていた。
冬の雨も、この程度では、剛志の火照る闘争への熱を冷ます事は出来ないだろう。
剛志に気付いた隊員達が、自動小銃を向けた。
数発──
一人の銃口からは二発。
もう一人の銃口からは六発。
最後の一人の銃口からは四発。
陵伽に撃ち過ぎたのだ。
慌てて、予備カートリッジの再装填を試みる。
剛志はその内の七発を正面から食らった。
しかし、怯まない。
──もはや、勝負は決していた。
『仕切り直し、没ネタエピソード』は削除し、残骸置場に入れた方が良いですか?
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そのままで良い
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残骸置場行きが良い