※この作品はR-18です。

範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ)   作:贋海王

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迦陵頻伽、姉として

 

 隊員の一人が、陵伽達が逃げ込んだ倉庫の中を照らしていた。

 薄暗がりとなっている室内の闇を、光芒がゆっくりと撫でる。

 伸びた光条が、往復するように動き、室内の様子を浮かび上がらせた。

 

 人の気配が無い。

 しかし、入り口は、彼ら三人が塞いでいる。

 外で待機しているメンバーからも、連絡は無い。

 

 コンテナの影にでも、潜んでいるのだろうか。

 バトン状のライトを持つ男が、背後で銃口を室内に向けている男に、顔を向けて頷くように、首を縦に振った。

 

 それを確認した男が、銃身を支えていた左手を銃から離した。

 そして、外の三人に合図を送るように手を振った。

 中に来るように呼んだのだ。

 

 だが、剛志と輸送ヘリコプターが戦闘を始めた。

 このタイミングで、輸送ヘリコプターのミサイルが炸裂したのであった。

 

 それを聞き、慌てた様子で、外の三人へ制止する様に、手の平を突き出した。

 止まるように促したのだ。

 

「何だ……」

「ヘリが戦闘を始めた様だ」

 声に怯えの色があった。

 

 誰かが、生唾を飲んだ。

 対戦車ミサイルを放つ事態なのか。

 それ程の脅威が敵なのか。

「不味いな、呂隊長の班も交戦中だ、応答が無い」

「お前らは、ヘリの方を見てきてくれ、俺ら三人で中を確認する」

 

 ライトを持った男が言うと、他のメンバーは、特に反対意見も無く、頷いた。

 

 空掌を使い、陵伽は壁を穿った。

 陵伽と冴羽獠はその穴から脱出し、既に倉庫内からは消えているが、当然、隊員達は、それを知る由も無かったのである。

 伊集院は迎撃の為に残り、コンテナの陰に、その巨体を忍ばせていた。

 

1. 

 冴羽獠は、積み上げられたコンテナの陰に身を隠していた。

 コルトパイソンの弾丸は六発、フルに装填されている。

 予備の弾丸にも余裕はある。

 

 陵伽の作戦──

 疑問だった。

 本当に、機関砲の総弾数を空にするまで、避け続ける事など出来るのだろうか。

 冴羽獠は、目を逸らさず、じっと陵伽の背を見据えた。

 

 小柄な少女だった。

 ──ミサイルを跳ね返す。

 そんなことは、可能なのか!?

 無論、まともな人間には無理だ。

 

 ヘリが、上昇していた。

 ここに居ても、攻撃ヘリコプターのメインローターの五枚ブレードと、テールローターの五枚ブレード二組が、回転し、空気を裂き、激しく叩く音が聞こえている。

 

 ──下降気流

 ヘリコプターの近くにいたら、その風圧に晒される。

 陵伽のツーサイドアップテールに結われた髪や、スカートが激しく舞っている事からも、それが確認出来る。

 本来なら吹き飛ばされて然るべきな程の風圧である。

 それを浴び続けているにも拘わらず、陵伽の幼い身体が、全くバランスを崩していないのだ。

 如何なる体幹の持ち主なのか。

 冴羽獠の目に映る陵伽は、愛らしい少女でありながら、戦車のような重厚さも見て取れたのだ。

 

 しかも、その下降気流を浴びながら、30mm 機関砲の掃射を受け始めたのである。

 敵もまた、異常だった。

 幼い子供へ、躊躇無く機関砲を撃ち込んだのだ。

 

 冴羽獠は、眉を顰めた。

 どうにも状況が異様過ぎる。

 幼女の殺傷に躊躇いを持たない人間がいる。

 僅かな金や、食料を報酬に、大人が子供を殺す。

 大人が、任務で情け容赦なく子供を殺す。

 その逆も、当然ある。

 それは、海外の戦場なら日常的に起こり得る事だ。

 だが、日本で、こんな事をやれる人間が居たとは、信じがたいものがあった。

 

 いや、ここに来た、依頼自体、常軌を逸していたではないか。

 幼女の監禁、凌辱、拷問──その被害者の救出が、今回の仕事なのだ。

 昔からの知り合いである、伊集院の依頼であった。

 画像を見せられた時、冴羽獠は自ら救出部隊に志願したと言っても間違いではない。

 怒りや、少女への哀れみ。

 そうした物を抱いたのではない。

 人間としての根本的な感情の様な物であったのだろう。 

 

 陵伽が、弾丸を躱し続ける。

「狙えやぁ!おっちゃん!行くでぇ!」

 

 凡そ一分、陵伽は避け続けた。

 冴羽獠は、陵伽のその合図のような声を聞いた。

 凄まじいの一言だ。

 機関砲の連射を約一分躱し続ける。

 これ程の事をやってのける人間など、そうそう居ないだろう。

 自分はどうだ。

 出来るか、出来ないかで言えば、恐らく出来る。

 だが

「やりたくはないなぁ」

 それが本音だ。

 

 攻撃ヘリの装甲。

 風防の防弾性能。

 コルトパイソンの弾丸で、あのヘリコプターの防弾性能を抜ける事が出来るか。

 それは、未知の領域だった。

 

 過去にも、機銃を搭載した汎用ヘリコプターを撃ち落とした事もある。

 だが、確実にあの時代のヘリコプターよりも、装甲の防弾性能が上がっている筈だ。

 

 握力を強める。

 コルトパイソンを両手撃ちで構えた。

 銃口をヘリコプターに向けた。

 

「ミサイル……」

 撃ちやがったか。

 ミサイルを撃ち込んで来る──陵伽は、それを察したのだろう。

 先程の台詞はそう言う事だ。

 

 ミサイルを撃つ。

 それは、陵伽がミサイルを跳ね返してからだ。

 だが──

 跳ね返すとは、どういう事なのか。

 

 その時だ。

 下降気流に変化が生じたのが、冴羽獠は気付いた。

 

 下降気流が、陵伽に届いていないのだ。

 髪とスカートの揺れでそれが分かる。

 揺れ方が変わった。

 

 今までは、風に晒され、不規則な揺れだった。

 それが、全方に吸われる様な動きを見せているのだ。

 何か、見えない物が陵伽の前面に発生したのだ。

 陵伽は、両手を前に突き出し、掌も前に向けている。

 

 そして──

 ミサイルが止まったのだ。

 超音速で飛翔する物体が、見えない何かにぶつかったのだ。

 だが、何かに着弾した訳では無い。

 爆発しないのだ。

「……何だあれ」

 

 何かが、ミサイルを押し返している。

 何かは冴羽獠にも分からない。

 だが、あれは、あの幼い少女が、行っている。

 

 それは、理解出来た。

 信じがたいが、理解は出来るのである。

 

「二発目!?」

 

 短翼に携行された対戦車ミサイルは、左右に二基。

 合計で四基搭載されているのだ。

 

 その二発目を、発射したのだ。

 冴羽獠の耳に、陵伽の絶叫が届いた。

 だが、それは悲鳴では無いと、冴羽獠は察した。

 いよいよ、冴羽獠も、陵伽を見た目通りの“少女”と言う概念の中では図れない存在なのだと、認識していた。

 

 ミサイルが、押し返されていた。

 そして、反転するかのように、ヘリコプターの元へ帰って行くのだ。

 既に、ミサイルから噴射していた焔が消えている。

 

 陵伽が右腕を振り上げた。

 その時だ。

 

 ミサイルが、まるで反射するかのように、完全にヘリコプターへ向けて、弾き跳ばされたのだ。

 重量はざっと300kgはある航空機搭載型の対戦車ミサイルである。

 

 それを跳ね返す何か──

 超能力?

 冴羽獠はそう考える。

 だが、それは、違う。

 

 空道──

 これは、武道の技術なのである。

 武術対近代兵器の戦いなのだ。

 

 だが、その時だった

 発砲音が響いた。

 

 そして──陵伽の顳顬、背中、肩、腹、胸から血が吹きあがったのである。

 突然の事だった。

 

 冴羽獠は、周囲を見渡した。

 身を隠しながら、周囲を探る。

 自動小銃で、陵伽を狙撃した男であろう。

 それが、三人。

 

「こいつは、不味いな──」

 

 冴羽獠は、彼等を迎撃するため、銃を向けた。

 トリガーに指を掛ける。

 ──その時だ。

 

「っこんっなもん、屁の突っ張りにもならんわ!おっちゃん!弾ぁ、無駄に使(つこ)たらあかんでぇッッ」

 

 陵伽はまるで、冴羽獠が、銃を撃とうとした事に気付いたかの様な口振りだった。

 だが、確かに、迎撃の為の発砲を制止する言葉であった。

 

 凄まじい少女だった。

 弾丸を撃ち込まれて、なお、そんな啖呵を切ってしまえるのだ。

 

 冴羽獠は、瞼を閉じる。

 そして、呼吸を整えた。

 凄まじい少女だ。

 

 大人になれば、嘸かし、良い女になるだろう。

 死なせてはいけないな。

 真冬の救出は、済んでいる。

 

「あの子を護る事は、俺の役目じゃない、俺のやることは一つ──確実にヘリを墜とす事だ」

 

 冴羽獠の双眸がヘリコプターに向けられる。

 陵伽は、少女ではない。

 一人の武術家だ。

 冴羽獠は、認識を改めたのだ。

 

 顳顬──

 衝撃で、ツーサイドアップテールを結っているリボンが弾け飛んだ。

 細い髪の房がほどけ、舞った。

 はらりと揺れた。

 

 背中──

 陵伽が、狙撃されている。

 しかし、冴羽獠が見据え、その眼光に捉えているのはヘリコプターの姿である。

 

「迦陵頻伽の根性やぁッッ」

 

 獣の咆哮の様だった。

 陵伽の意思。

 陵伽の戦意。

 

 ──陵伽の技術(わざ)。

 

「今や、おっちゃん!」 

 冴羽獠の意識が、それらと重なった。

 

2.

 四発目のミサイルが、轟音を上げた。

 

3.

 一基目のミサイルが、反転した。

 それが、押し返されていく。

 意思を持っている。

 

 物体でしか無いミサイルが、意思を持っている。

 そう錯覚してしまう、異様な光景だった。

 発射したミサイルが、何故戻ってくるのか。

 

 これは、発射すれば、ただ飛翔する物体ではない。

 誘導弾である。

 

 ミサイルに備わったレーダーやセンサーにより、目標物までの飛行経路を判断し、飛翔するのだ。

 滅多な事では、外れない。

 

 いや、外れる、外れないの問題なのか?

 何故、戻ってくる──

 

 その思考が、操縦席の男達の判断を鈍らせた。

 

 二基目、三基目のミサイル──

 だが、それらの末路も、一基目と同様だった。

 

 陵伽の空掌──

 まず、二基目のミサイルが、一気に押し込まれた。

 一基目のミサイルに着弾した。

 

 凄まじい、爆発が生じた。

 陵伽の鼓膜が、破れんばかりの衝撃に震えた。

 爆風が破片を撒き、それが、陵伽に突き刺さる。

 

 破片が、破片とは言えない金属の塊も、ばら撒かれた。

 だが、陵伽は、まだ立っていた。

 逃げない。

 

 四基目──

 

 三基目のミサイルを跳ね上げた。

 そして、四基目のミサイルを空掌で掌握する。

 

 ミサイルが、動きを止めたのは、凡そ、陵伽が立つ前方5m──そんな距離だ。

 陵伽の手に、300kgのミサイルが、掌握されていた。

 それを、発生させた真空で、投げ返したのだ。

 

 三基目のミサイルが、落下する。

 真空の壁を消したからである。

 

 三基目のミサイルが、メインローターに着弾した。

 四基目のミサイルが、その爆発に巻き込まれ、誘爆する。

 

「今や、おっちゃん!撃てやぁッッ」

 

 コルトパイソンの弾丸が、ひび割れた風防を貫いた。

 爆風がヘリコプターを巻き込む。

 

 二発目三発目の.357マグナム弾が、先に貫かれた1cmにも満たない、風防の穿たれた孔へと吸い込まれた。

 

 ワンホールショット──

 凄まじい技術を以てして、この神業を成し得るのだ。

 

 続けて、ミサイルが、着弾したメインローターを撃ち抜いた。

 

 爆風に巻き込まれた攻撃ヘリコプターは、ワンホールショットでコクピットを貫かれていた。

 

 四基目のミサイルが起こした爆風が、操縦の利かなくなったヘリコプターを呑み込んでいく。

 攻撃ヘリコプターは、異様な機動を見せ、爆散するのだった。

 

4.

  S&W M629 が、火花を散らせた。

 暗がりの倉庫内では、煌々とした輝きであった。

 その弾丸が、伊集院が潜むコンテナ付近に差し掛かった隊員を撃ち抜いた。

 

 .44マグナム弾を以てしても、ケブラー製のボディーアーマーを確かに貫通する事は適わない。

 しかし、衝撃は、その肉体に襲いかかる。

 胸骨が、粉砕されていた。

 

 ぬっと暗がりから、現れた大男に、二名の隊員は、悲鳴染みた高い声を挙げた。

 

 埠頭──

 場所を考えると、目の前の男は正しく、海坊主と見紛う巨漢であった。

 しかも、丸坊主なのだ。

 だが、残念ながら、彼等は中国人だ。

 日本人がイメージする海坊主と伊集院を重ねる事は無かった。

 中国にも、似たような妖怪は居るが、多少その印象が異なるのである。

 

 もはや、伊集院の敵では無い。

 ガシリと、隊員達の持つ自動小銃の銃身を掴む。

 そして、それを引き寄せ、男達の頭部をぶつけ合わせる。

 男達は、倒れ込んだ。

 

 それぞれ、腹に、伊集院の足が落ちた。

 

5.

 リチャードは、指を鳴らす。

 一歩踏み出した。

 自動小銃の銃口が、リチャードに向けられている。

 

 そのリチャードの表情に、恐怖も動揺も焦燥も無い。

 銃口を向けている者が、追い詰められているのだ。

 リチャードが、また踏み出した。

 

 男の口から、金属同士を擦り合わせた様な高い呼吸音が悲鳴のように洩れた。

 恐怖のあまり、トリガーを引いた。

 

 だが、発射された物はあらぬ方向へと消えて行く。

 リチャードは拳を固めた。

 技術も糞もない。

 ただ振り抜く。

 振りかぶった拳を撃ち抜く。

 それが、当たれば良い。

 それだけで終わる。

 

 あまりにも潔い、純粋な拳だった

 

6.

 ゲイリーのメリケンサックが、自動小銃を撃ち抜いた。

 

 美髯の隊員は咄嗟に、その自動小銃を横に持ち、ゲイリーのパンチを、それで受け止めようとしたのだ。

 自動小銃は、それだけでへし折れていた。

 

 もはや、使い物にならないのは、明白であった。

 男は、ゲイリーに、それを投げ付ける。

 そして、ナイフを抜いた。

 ゲイリーは、投げ付けられた自動小銃を、弾いた。

 

 その瞬間、男はナイフを逆手に持ち、ゲイリーの首を狙って振り抜いていた。

 ゲイリーは、それを肘で打った。

 ナイフが下がる。

 そして、ゲイリーは、ナイフを持っている手を掴んだ。

 

 恐ろしい厭な音が聞こえた。

 手首が、不気味に曲がっていた。

 手の平が、下がり、ピタリと手首に付いてしまうほど、曲がっているのだ。

 

 四方、どこに曲げても同じ様になるだろう。

 完全に手首の骨が砕けていた。

 男が絶叫する。

 

 ゲイリーのパンチが、フルフェイスのアーマーを砕き、顔面に叩き込まれた。

 

7.

 作戦行動隊長の呂は、次々に倒れていく隊員達を見て、既に戦意を失っていた。

 

 最初の薄ら笑いをどこかに落として来たのか、歯を鳴らしていた。

 その時だ。

 腹に強い衝撃を受けた。

 次に何かが見えた。

 しかし、理解は出来なかった。

 膝だ。

 膝蹴りが、顔面に叩き込まれたのだ。

 その瞬間、手首を掴まれていた。

 

 ──なに?

 

 その、疑問符が浮かぶより早く、浮遊感を覚えた。

 頭が地面に向いていた。

 頭から、コンクリートに落ちた。

 首を、横から蹴られた。

 

 そして、崩れていく。

 

 頚が異様に曲がり、折れていた。

 最後まで、自分が戦っていた相手を視認出来ず絶命したのだ。

 

 古牧宗太郎は、小さく、呼気を発した。

 

8.

 爆風に巻き込まれた輸送ヘリが火を吹き、墜落していく。

 その先は海だ。

 それを剛志は見ていた。

 

 彼も、爆風に巻き込まれ、転がっていたが、既に立ち上がり走り出した。

 

 ヘリコプターは倒したが、まだ終わっていない。

 向こうで、発砲音が響いているのを聞いた。

 まだやれる。

 まだ戦える。

 剛志の裡に、狂気染みた闘争心が沸き立っている。

 雨が、疎らになっていた。

 冬の雨も、この程度では、剛志の火照る闘争への熱を冷ます事は出来ないだろう。

 剛志に気付いた隊員達が、自動小銃を向けた。

 

 数発──

 一人の銃口からは二発。

 もう一人の銃口からは六発。

 最後の一人の銃口からは四発。

 陵伽に撃ち過ぎたのだ。

 慌てて、予備カートリッジの再装填を試みる。

 

 剛志はその内の七発を正面から食らった。

 

 しかし、怯まない。

 ──もはや、勝負は決していた。

 

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