※この作品はR-18です。

範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ)   作:贋海王

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一応の結末──そして……

 

 泰平通り西に建つ雑居ビルに、柄本医院は入っている。

 狙っているのか、偶然なのか。

 柄本医院の目印とも言うべきは、上の階で営業している風俗店の看板である。

 

 れっきとした診療所の近くに存在する如何わしい看板には、こう書いてある。

 

『看護しちゃうぞ』

 

 しかも、ピンクのナース服を着た女性のイラスト付きだ。

 勿論これは、柄本医院とは全く関係ない。

 そして、柄本医院には、ナースは居ない。

 医師の柄本も厳つい壮年の男性である。

 

 診療所に用があるのか。

 風俗店に用があるのか。

 階を間違えたら大変な目に遭うだろう。

 

 まだ、診察時間では無い。

 午前5時の早朝である。

 本来の診察時間は午前なら8時30分から12時30分。

 午後は16時30分から21時30分までだ。

 

 だが、柄本医院に灯りが点っていた。

 當之真冬が搬送されたのだ。

 

 重傷である。

 生きているのが、不思議なくらいなのだ。

 意識が混濁しているのか、会話も困難であった。

 

 この診療所では、万全な治療が受けられないだろう。

 それは、柄本医院の設備が悪いからではない。

 それほど、真冬の受けた傷が酷いのだ。

 どこから手を着けたら良いのか、柄本が、そして、鎬ですら悩む程だった。

 

 搬送され、直ぐに始まったのは輸血であった。

 大人の場合、全体の血液量の30%を失うと命を落とす危険性があると言われている。

 真冬から失われている血液量は、そうした域を越えているのだ。

 大人でも確実に死んでいる。

 そんな状態で、真冬は戦闘していたのである。

 凄まじい生命力であった。

 そして、精神力もだ。

 

 柄本医院には、診察室の他に簡素だが入院設備もある。

 真冬は、そちらの部屋に移されていた。

 

 ジープの運転はユウヤが行った。

 鎬は、その間に応急手当を施した。

 ほぼ、止血に時間を取られたが、倉庫には剛志が残り、鎬を真冬の側に置いたのは正しかったのだ。

 

 井森は、既に帰宅した。

 ユウヤも、柄本医院に着いた後、スターダストに戻ったのだ。

 彼等が、これ以上ここに居ても、言い方は悪いが何も出来ない。

 それよりも、彼らは彼らの日常に戻るべきだったのだ。

 

 井森は、ブローニングM2重機関銃を撃つことが出来てかなりご満悦な様子だった。

 今回の仕事でまた、色々な武器を報酬として受け取るだろう。

 眠っている真冬に、また、いつか協力することを告げ、勝手にその約束を取り付けて去って行った。

 

 倉庫の一件が終わり、柄本医院にやって来たのは、剛志、古牧の二人だった。

 剛志は、真冬の様子を見がてら、自身の治療も行って貰う為

だ。

 古牧は、サイの花屋への報告はゲイリーに任せた。

 その為、ゲイリーは柄本医院には来ること無く、直接賽の河原に帰還したのだ。

 伊集院と冴羽獠はデボラに向かった。

 そこで、今回の仕事について纏めるらしい。

 陵伽は、いつの間にか消えていた。

 彼女も、相当な負傷を負っていた筈だ。

 だが、皆が、帰還する事を決定する前に姿を眩ませたのである。

 古牧もまた、真冬の様子を確認し、自分は賽の河原へ戻って行った。

 

 こうして、倉庫の一件は、終わりを迎えたのである。

 

1.

 雨は止んでいた。

 晴天だ。

 東の空には太陽が姿を見せ、夜の闇も白んでいた。

 

 止まない雨は無い。

 明けない夜は無い。

 

 人に降りかかった不幸を慰める為に、そんな言葉を使うことも有るだろう。

 

 だが、本当にそうだろうか。

 比喩ではない、実際の雨や夜なら確かにそうだ。

 

 だが、あの倉庫に、一度でも足を踏み入れた少女に、二度と夜明けは来ないのだ。

 雨は降り続けているのである。

 

 真冬もそうかも知れない。

 肉体的な損傷。

 精神的な疲弊。

 

 どちらも、相当な物だ。

 他の犠牲者と違い、生きて戻って来た。

 だが、あの凌辱の日々を、多くの人間が知ってしまっている。

 そうしたことも、真冬の未来を閉ざす可能性を大きくしているのだ。

 

 また、肉体的な治療に関しても問題があった。

 柄本医院では、治療が困難な負傷が余りにも多いからだ。

 

 最悪、聴覚を失うかも知れない蝸牛の損傷。

 尿道口の損傷。

 半ば破裂している子宮。

 裂けた膣と肛門。

 粉砕されている各部位の骨。

 特に右腕の尺骨と橈骨は完全に粉砕されてしまっている。

 右前腕の筋肉は伸び、肘と肩の靭帯が断裂している。

 加えてアキレス腱の損傷も激しい。

 眼球の毛細血管が破裂しており、失明はしないだろうが、何かしらの障害が残る可能性が危惧された。

 それ以外にも無数に傷がある。

 異様な負傷としては、陰核と乳頭周りに、無数の短く細い針が打ち込まれており、それの除去は柄本医院では不可能であった。

 子宮の裂傷の原因となった改造BB弾は、子宮内に無数に残っている。

 膣口内の火傷なども、明らかに異様な負傷であった。

 

 大病院への移動。

 それは、不可能だろう。

 真冬の身元が全く分からないのだ。

 ホームレスの子供。

 現時点では、そうとしか言えない。

 

 仮に、病院に移動出来たとしても、治療費はどうすれば良いのか。

 真冬に、それを払う能力は無い。

 周囲にも居ないのだ。

 

「死んだ方が良かっただろうな」

 

 診察しながら、柄本はそう洩らした。

 冷たい訳では無い。

 突き放した訳では無い。

 医師として、それが本音であった。

 

「では、私が預かりましょう、柄本先生」

 

 鎬が、穏やかに微笑を湛え、そう口にした。

「何!?」

「放って置けませんからね、うちで、治療しましょう」

 

 その微笑は、優しげな物だった。

 裡に秘めているものを隠した微笑であった。

 

「だが、この子は賽の河原の……私としても最低限の治療はしたいが、これ程の損傷具合……莫大な金が必要になるぞ。この子を、苦しめるだけかも知れん」

「治療も、費用も、私が全て請け負いますよ、柄本先生」

 

 鎬は、真冬を見詰めた。

 範馬の検体が、そこにある。

 素晴らしい素材が、あるのだ。

 範馬の血や遺伝子が、無数に手に入るのである。

 

 最悪、死んでも良いのだ。

 死体が手元に残るのである。

 

「では、早速、うちの病院に……」

 

 その時だ。

 扉が開いた。

 駆け込んで来た者がいる。

 隣の診察室の方だ。

 

 足音は三人分か。

「真冬っ」

 

 それは、少女の声だった。

 もう一度、少女が叫ぶ。

 

 柄本は、驚き、診察室へ戻った。

 鎬はまだ微笑んでいる。

 しかし、その仮面の下には苛立ちが生まれていた。

 

 ──あいつか。

 東城会の若頭か何かの娘だろう。

 そう、柏木の娘だ。

 耳の早いことだな。

 鎬は、舌打ちをする。

 

 尤も、あの負傷だ。

 ヤクザの娘だろうと、どうにも出来ないだろう。

 まともな病院に搬送は出来ないのだ。

 特に、柏木が嫌がるだろう。

 

 明らかに、ヤクザが突っつかれかねない、そんな負傷なのだ。

 妙な追及を受けるのは嫌だろう。

 

「……な、に」

 

 鎬は、真冬を見詰めていたが、背中に刃を押し付けられたような冷たい物を感じた。

 本能的な恐怖に近い物があった。

 

 意識が混濁していた真冬の目が、ゆっくりだが開いたのだ。

 

 紅い虚ろな双眸が動いた。

 扉を見た。

 診察室へ入る扉だ。

 

「み……翠ですか」

 

 幽鬼の様な、震えるか細い声が、そう紡がれた。

 異様な奇跡であった。

 

 これが範馬なのか。

 鎬は、そう感じた。

 恐ろしいくらいに、強靭だ。

 

 柄本が、翠と柏木を伴い、戻って来た。

 彼も、真冬を見て、一瞬表情を変えた。

 意識を、この段階で取り戻すとは、彼も考えていなかったのだ。

 

 足音は三人分だったが、もう一人は待合室にいた。

 柏木の護衛か何かなのだろう。

 

「真冬……」

 声は静かだった。

 騒ぐなと、柄本に言われたのだ。

 だが、その声は震えていた。

 感情を押し殺しているのが、誰の目にも明らかな程だ。

 

 ──逢いたかった、貴女に

 その言葉の全てを聞き取る事は出来なかった。

 掠れ、呼吸も儘ならない。

 元々、か細い事も関係している。

 

 だが、真冬は確かにそう言ったのだ。

 駆け寄りたい。

 そう思いながらも、翠はゆっくり近付いた。

 

 触れたい。

 手を握り締めたい。

 抱き締めたい。

 

 それでも、輸血の邪魔は出来ない。

 ベッドの傍らに立ち、ゆっくり、膝を折った。

 少しでも、近くに。

 

 翠は、真冬に微笑み、そっと軽く、頬に触れた。

 ゾクリとした。

 

 耳が千切れているのを見てしまったのだ。

 だが、表情を変えてはいけない。

 真冬が、不安になるかも知れない。

 

「帰ってこれました、翠」

 汚泥の中で、暗闇に溺れていた時に見た輝きそのままの笑顔が、そこにあった。

 

 不思議な東天(よあけ)を告げる輝石(ひすい)が、真冬の心の裡にするりと落ちて来た。

 

 それが、ただ、嬉しかった。

 

 

0.  當之真冬

 まだ、真冬は、己(おの)が征(ゆ)く道を知らなかった。

 その道へ征く為の関門すら、開いていない。

 だが、いつかは、そこへ辿り着くだろうか。

 歩む事になるのだろうか。

 

 獅子の門(・・・・)を潜(くぐ)り──

 餓狼(・・)が如く闘争を求め──

 ──己が拳に願い(・・・・)、東天(・・)と成す。

 

 龍が如く(・・・・)生きる──

 刃と牙(・・・)が待つ修羅の刻(・・・・)──

 ──範馬の道を。

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