範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
一目で、暴力の権化だと、理解出来てしまう。
そんな、異様な男であった。
身長は190cm前後だろうか。
かなりの巨漢である。
巨漢だが、単に背丈で言うなら、海外のプロレスラーには、もっと、巨大な体躯の持ち主はゴロゴロいるだろう。
体重も、その筋肉の量感を見るに、100kgは大きく越えていると思われる。
凡そ190cm120kgと、海外なら珍しく無い体躯ではある。
だが、彼から発せられる威圧、威容、目に見えぬ何か、例えばオーラの様な物が、その実際の数値以上に、彼を巨大に見せているのだ。
そして、その肉体は、鍛え上げられた物だ。
海外のレスラーやボディービルダーの様に、薬物を使い魅せるために作りあげた、見せ掛けの筋肉ではない。
打撃の為の、人体を破壊出来る格闘技者の筋肉である。
獅子の鬣を思わせる、無造作に伸びた赤い怒髪が印象的である。
その髪は全体的に後ろに向けて流されていた。
長髪だが、不精さや、不潔な様子は感じられない。
眉が、怒りに満ちた様に、不自然な程、強く吊り上げられている。
全ての生命を睨み付けているような、眉と、双眸であった。
睨み続けるだけで、植物を枯らせてしまいそうな眼光は鋭く、誰もがその前に立てば射貫かれたかのように竦み上がるだろう。
肌は日本人離れした黒さだ。
単に色の話だけでなく、黒鉄のような強靭さを備えた皮膚である。
身に付けているのは黒いカンフー服とシューズだ。
胸元が開き、恐ろしく太く厚い胸筋が見てとれる。
袖から覗く両腕も、太い。
拳は大きく、それに殴られたら如何なる生物も絶命する、そんな拳である。
翠は、咄嗟に真冬をその男から庇うように、動いていた。
何故か分からないが、彼が真冬に危害を加えるのではと、考えたのだ。
この男には、そうした暴力の気配が纏わり付いているのだ。
肉体の全てが凶器、兵器である。
最先端の近代兵器に勝る肉体なのだ。
嘘か真か、彼がこの世に生を受けた日に、一国の主達は、無意識のうちに核の保有を決めたと言う。
そんな無意識さえ恐れさせ、影響を与える、驚異の肉体を持った男である。
例えば、総理大臣や大統領の顔が気に食わなかった──そんな理由で、彼を殴りに行き、そしてそれを実行してしまう。
国家に匹敵し、一国を容易く傾かせる──そんな常軌を逸した暴力を、個人の腕力だけで成し得てしまう。
彼から立ち上る気配は、そうした事を想像させるのだ。
冬の冷たい風が吹いている。
その風が、木々がざわめかせ、揺らしていた。
男の、鬣の様な怒髪も舞っていた。
鬣が舞う度、流れる風が、血の匂いを運んで来る様に錯覚してしまう。
池の水面にも、風が吹き、波立っている。
木々も、水面も、恐怖で震えているようだった。
翠の呼吸が乱れた。
恐怖心が沸き上がる。
歯を打ち鳴らし、それでも、逃げること無く真冬の前にいた。
僅かに、悲鳴の様な呼気と共に、真冬の前に出たのだ。
助けられるとは、思っていない。
暴走する車両を前にした母が、咄嗟に我が子を庇う為、抱き締める。
そんな、思考よりも先に身体が動くような、本能的な動作であった。
真冬は過去に三度、この男と出会っている。
一度目は、出生後、ほどなくして、顔を合わせていた。
当然だが、その記憶は残っていない。
二度目は、徳川光成の別宅だ。
そこで、この男は、岩を打っていた真冬に近付いて来たのである。
一瞬で真冬は意識を断たれた。
意識を取り戻した瞬間、真冬が見た景色は、神室町のミレニアムタワーの屋上だった。
六十階建ての巨大なビルの屋上だ。
その日、六月六日午前0時になるや、屋上から放り投げられたのだ。
三度目も六月六日であった。
そのミレニアムタワーの一件から、丁度一年後の事だ。
当時に住んでいたアパート近くのゴミ捨て場で再会した。
実際には、ゴミ捨て場ではなく、不法投棄された車やら、冷蔵庫、バイクなどが集まっている空き地である。
その日、腕を折られた。
今日は六月六日ではない。
六月六日は、真冬の誕生日だ。
しかし、真冬にとって、その日は母の最初の命日という認識であった。
何故なら、母から、そう言われ続けていたからだ。
『あんたが産まれた日が私の命日だよ』
そんなことを、毎年六月六日に言われていた。
六月六日でなくても、良く言われた。
自分が産まれた日が、母の命日なのだ。
真冬の母『當之蓮美』にとって、娘は、自分の人生を『殺した』存在でしか無かったからだ。
蓮美が愛した男が望んだ子供は『男児』であった。
だが、蓮美は娘を産んだ。
男にとって、不要な娘、それが真冬だった。
娘を産んだ蓮美は、それだけで、あっさりと男に捨てられたのだ。
そもそも未婚であった。
それ以降、蓮美はその男と再会することもなく、自殺したのである。
その自殺した日が本当の命日──二度目の命日だ。
真冬が男児なら、蓮美は棄てられる事もなく、故に自殺しなかっただろう。
真冬の心の裡にある、この男への印象としては、六月六日の母の命日に良く会う人物──であった。
そして、この男がお父さんだったらな、などと考えた事もあった。
彼の恐ろしい戦闘力を、身をもって味わっているからだ。
もし、この男の血を自分が引いているなら、母が喜んでくれる圧倒的な強さを得られるかもしれない。
──そんな思いから、彼が父親なら良いのにと思ったのだ。
──余りにも皮肉で、不幸な、悲しい願いであった。
「俺の前に立ちやがったか。女子供と言えど、そいつは、俺に挑んだって事になるぜ」
男は、静かに、殺気を孕んだ声で、そう翠に告げたのだった。
翠は、それでも逃げなかった。
「駄目、翠ッ、逃げて」
殺気が叩きつけられ、真冬が叫んだ。
自分にではなく、その殺気が翠に向けられている。
その事に、真冬は心底、恐怖したのだ。
男が、一歩踏み出した。
翠の口から、高い声が洩れた。
短い、呼吸音の様な悲鳴だった。
『ヒッ』や『ヒュ』と、そうした音が混ざった、ごく短い悲鳴だ。
声無き声。
そうした言葉で表せそうな、悲鳴である。
そして、男に背を向けた。
車椅子に座している真冬に被さったのだ。
護りたい。
しかし、護れない。
それが、ありありと理解できる。
だから、せめて覆い被さり、最期を共にしたい。
そんな覚悟めいた物が心に湧いていた。
無論、そこまで考えた訳では無い。
言葉で考えて、行動した訳では無い。
その行動も、先程の前に出た時同様に、身体が勝手に、咄嗟に動いただけであった。
真冬の身体に、翠の震えが伝わった。
彼女の恐怖が、悲しい程に伝わるのだ。
それなのに、自分を護ろうと被さっている。
五体が万全なときでさえ、この男と自分の戦闘力は大きな差があった。
今、まともに動くのは左腕だけだ。
だが、左腕だけでも、自分は翠より強い。
そんな自負は、真冬でも持ち合わせている。
その翠が、自分を庇っている。
翠にとったら、猛獣どころでは無い相手の筈だ。
そんな相手にも拘わらず、翠は自ら犠牲になろうとしているのだ。
その事が、真冬にも理解できた。
真冬は、動いた。
翠は、足元の地面が無くなった、奇妙な浮遊感を覚えた。
ふわりと、身体が空中に舞った様な気分だった。
見えていた、地面と車椅子の車輪が遠退き、視線が変わった。
感覚ではなく、実際に、身体がふわりと、浮いたのである。
それは、男が更に、歩み寄って来たのとほぼ同時だった。
男は、もっと速く、一瞬で詰める事も確実に可能であろう。
しかし、態と嬲る様にゆっくりと歩んで来るのだ。
翠の身体が宙に浮いたのは、彼の力に依るものではなかった。
翠は、傷付く事もなく、ゆるりと地に降りた。
視線が、変わった先に、車椅子の背凭れと真冬の背中があった。
男の怒髪同様に、真冬の髪も、風で揺れている。
翠は、地面に座していた。
そして、真冬の左腕が前にあった。
翠は、真冬に投げられたのだ。
だが、真冬は、車椅子から立ち上がり、翠を抱き止めた。
そして、脚を曲げた。
膝を畳み、翠に落下の衝撃が及ばぬように、座していった。
その真冬の動きと、身体が緩衝機能として作用し、翠は怪我一つ負うことはなかったのだ。
その後、真冬は、地面に膝を着いた。
そして、翠の前へと膝行したのだ。
今度は、真冬が、翠を庇っていた。
それは、御式内の構えであった。
男は、真冬の姿の意味に気付き、小さく『ほう』と声を洩らした。
感心した様な、嘲る様な、どうとでも受け取れる声音であった。
『仕切り直し、没ネタエピソード』は削除し、残骸置場に入れた方が良いですか?
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そのままで良い
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残骸置場行きが良い