※この作品はR-18です。

範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ)   作:贋海王

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隻腕

 

「右膝の前後十字靭帯加えて、左足アキレス腱の損傷。移動が困難故に、それを補う為の御式内か。面白い」

 男は、表情一つ変えずそう言った。

 そして、笑い声を洩らした。

 咳き込むような、奇妙で、不自然さが感じられる笑い声であった。

 

「俺に挑むか、ガキが」

 

「翠、下がって」

 真冬は、翠へ顔は向けず、声だけを掛けた。

 常ならば、気に掛ける相手に顔を向け、戦闘を行う事が多い真冬だったが、今回はそれが出来ないでいた。

 それ程、彼への警戒を強めているのだ。

 余裕が全く無いとも言える。

 無論、いつも余裕があり、相手を侮っているから、そうした行動を取っていると言う訳ではない。

 ただ、気配の察知が、常の戦闘ならば、可能であるからだ。

 当然だが、守る相手より、敵の方が気配は大きい。

 気配を『氣』と言い換えても良いだろう。

 それなら、守る相手の動きを目に留めながら動く方が、その人物を守りやすいと、考えているのである。

 

 だが、この男に対しては、その気配の察知が困難であると、判断したのだ。

 気配が全く感じられず、いつの間にか、近寄られた。

 その事もあり、この男への警戒心が強くなっているのである。

 

 城之内家の屋敷には、当然だが、警備員が二十四時間、常駐している。

 監視カメラも、至る所に備え付けられている。

 警備員達も詰所で、監視カメラを眺めているだけではなく、庭や屋敷内の見廻りを行っているのだ。

 この池付近でも、監視カメラは常に回り続けているので、警備員が異変に気付く事があれば、必ず駆け付けるだろう。

 翠は、警備員がやって来る事に期待もしていた。

 

 勿論、警備員達が何人駆け付けて来ても、無駄に負傷者が増えるだけなのだが、翠はそこまでは考えが及ばなかった。

 恐ろしい相手だとは分かる。

 しかし、その戦闘力の確かな水準が、どれ程の物なのかは、理解していないからである。

 戦闘力の見極めなど、ただの女子小学生の翠に出来る訳がないのだ。

 

「貴様の様な腑抜けに、何が出来る」

 また、一歩だけ踏み出す。

 

 真冬は、制する様に、左腕を翠の前で伸ばしていたが、それを肘で曲げて、前に出した。

 拳は握らず、開手の状態であった。

 手の位置は三角巾で吊るしている右腕の前で、胸元の中心辺りに置いた。

 片合掌に近い体勢であった。

 手のひらと、甲にもガーゼが当てられ包帯を巻いている。

 蒙将龍戦で、音速を越えた鞭打を放った為に負傷しているのだ。

 

 その男の歩幅なら、後四歩くらいで、彼の間合いに入るだろう。

 とは言え、それは、今の歩幅で、移動を続けた場合だ。

 一気に詰め寄って来ることだって充分あり得るのだ。

 飛び蹴りの様な技をかけて来ることも考えられる。

 飛び付いて関節技を狙ってくる場合だって考えられるだろう。

 一歩ずつ詰めて来ないかも知れないのだ。

 

 また、一歩だけ踏み出した。

 と──そこで、脚が前に伸ばされた。

 右足が、跳ね上がり、疾った。

 

 中足が、顔面目掛けて、襲って来たのである。

 突風が叩きつけて来たような一撃だった。

 突然、脚が伸びて来たのだ。

 予備動作の様な物が無かったのである。

 ほんの一歩だけ前に出てきた。

 そこから、突然の蹴りであったのだ。

 

 だが、真冬はそれに反応した。

 果たして、これに反応出来る人間など、何れだけ存在するだろうか。

 そんな一撃であったが、真冬は動いた。

 片合掌に似た状態の左手が、するりと上がった。

 手首を曲げて、甲を上にする。

 その甲を伸びて来た男の脚──踵辺りを打ったのだ。

 

 それを弾くと、手首を返し、僅かに跳ねた男の足首を掴んでいた。

 爪を、突き立て皮膚に潜り込ませた。

 片合掌から、甲で打つ、弾き手首を返し掴む。

 その動作を一瞬で行っていた。

 それぞれの動作に、コンマ何秒の差も無い様な速度であった。

 

 しかし、男は大きく、そして高く、その足を持ち上げた。

 すると、足首を掴んでいた真冬の手が、あっさりと外されたのだ。

 真冬の爪が突き刺さっていなかったのだ。

 いつもならば、コンクリートを容易く抉り毟り取る爪が、その男の皮膚を貫く事が出来なかったのである。

 真冬が、敵を掴む際は、大抵がそうしたやり方だ。

 爪で刺し、強靭な骨格と固定された指の関節で、引っ掛けるように、掴むのだ。

 握力は用いていない。

 単純な握力だけなら、普通の女児と変わらないのだ。

 爪が突き刺さらなければ、人成らざる骨格も意味を為さないのである。

 

 離れた足が、直ぐ様動いた。

 それが鎌で刈り取るように、打ち突けて来た。

 蒙将龍に千切られた左耳に、足が落とされた。

 包帯で保護されたそれを削ぐ様に、落ちてきたのだ。

 

 右膝を擦るように、動かし、それを追うように左膝も動いた。

 そして、右手方向に回り込む形で真冬は膝行したのだ。

 突風のようなと、比喩ではない。

 男の足が振り抜かれると、風が吹いた。

 膝行で躱したが、靡いた髪が数本千切れていた。

 足が通りすぎた時に発生したその風圧で、髪が揺らめいていた。

 

 膝行で躱す。

 その状態で避けられるからと言って、その蹴りが遅い訳では無い。

 その突風が、蹴りのスピードの速さを物語っているのだ。

 

「防戦だけか?貴様からも仕掛け、当てなければ、その娘を護れんぞ」

 御式内は、自ら攻撃に出るには向かない構えである。

 防御から、カウンター気味に征する技術なのだ。

 男はそれを知っているから、敢えて煽る様に言っているのだ。

 

 真冬もその煽りの意味に気付いている。

 だが、ここからどう仕掛けるべきか。

  

 下手に、当て身に転じたら、あっさりと迎撃され、一層不利になるだろう。

「俺はな、シロガキ。お前を一つだけ、評価している。そいつは、人を躊躇いなく殺傷せしめる所だ」

 

 真冬は、そう言われても無言であった。

 

「俺のガキの中でも、心の裡にその狂気が孕んでいる者は少ない。しかし、その殺傷本能がお前には宿っている。殺人を経験している事は力に繋がるのだ。闘争とは、狂気の比べ合いだ、故に、お前の狂気は優秀な暴力となる」

 

「貴方は……何者なのですか」

「なに?」

 無言で、男の語りを聞いていた真冬だったが、男が一息ついた時に、そう問い掛けた。

 真冬の問い掛けに、男は不思議そうな顔を見せた。

 

 そして、納得したように頷くのだった。

「そうか、名乗った事が無かったな」

 

 息が詰まる。

 真冬は、喉の奥に重い石が突然現れ、呼吸を遮っている──そんな息苦しさを感じていた。

 その石が増えて続け、肺まで落ちて来るのだ。

 この息苦しさは、男のある台詞が影響している。

 男は真冬と、自身の子供とを比べる様な事を言ったのだ。

 真冬は、彼の子供達と比べ、狂気を孕んでいる。

 確かにそう言ったのだ。

 

 何故、自分と、子供を比べた。

 そもそも、何故、この男は自分の前に現れるのだ!?

 

 あのミレニアムタワーの一件。

 金属の墓場でもそうだ。

 

 ──そして、この男と会うと自分は一つ強くなれた。

 

 死に際の集中力──

 服の袖で鞭打を扱う技術──

 それらを得たのだ。

 

「範馬勇次郎、まぁ、何と言うべきか──お前の親父だ」

 

 その言葉に、翠の表情が変わった。

 驚愕と、怒り。

 複雑な表情だった。

 

 対して真冬の表情に変化は無かった。

 実のところ、気付いていたのかも知れない。

 陵伽と出逢った時にも、気付いていた。

 彼女が姉であると。

 そんな血と遺伝子の共鳴があったのだろう。

 

 息苦しさも、そうした所から来ていた物である。

 

「……お父さん……」

「おう」

「お母さん、亡くなりました」

「あん?そいつがどうかしたか?興味もねぇ」

「……え?」

「顔も名前も覚えてねぇ女の事なんざ、今更、どうでもいい事だ」

 

 範馬勇次郎は、詰まらなさそうに、そう言い放った。

 ──顔も名前も覚えていない?

「お母さん、首を吊ったんです」

「あぁ、そうかい」

 

 範馬勇次郎が、笑った。

 その時だ。

 

 真冬は動いた。

 右膝で、地面を蹴ったのだ。

 地面が抉れていた。

 攻めの消力により、地面を蹴り、加速したのだ。

 

「跳ねっ返りおって、腑抜けが」

 範馬勇次郎の喉元に、真冬の左腕が迫った。

 

 五指を揃え、貫手を繰り出したのだ。

 

 だが、その左腕を捕られた。

 ぎしりと、手首を絞められる。

 

「お前(め)ぇ、左腕しか残っていないんだったか?」

 

 その瞬間、真冬は引っこ抜かれる様に持ち上げられた。

 範馬勇次郎が、真冬を掴んだまま振り上げる。

 

 真冬の視点がぐるりと変わった。

 

 その行動で、真冬の左腕が悲鳴を上げた。

 肘の靭帯が伸びる音だ。

 そして、前腕の筋肉が断裂する音であった。

 

 範馬勇次郎は、真冬の身体で素振りをしたのだ。

 小さな真冬の身体だ。

 範馬勇次郎にとったら、竹刀で素振りをするのと変わらないだろう。

 しかし、真冬の身体と、支点となる左腕に衝撃と重力が襲い掛かった。

 

 肉と骨──それが、同時に断たれる凄まじい音が響いた。

 

 真冬の身体が、前方に投げ棄てられた。

 地面に、ぽつぽつと、赤い点が散らばった。

 真冬の身体が滑っていく。

 その地面には、紅い筋が、伸びていた。

 

 範馬勇次郎の右手に、ただの一本の棒切れとなった、真冬の前腕が握られていた。

 

「左腕も無くなっちまったな、シロガキ」

 

 範馬勇次郎は、恐ろしい哄笑をあげた。

 しかし、真冬の耳に、それは既に届いてはいなかった。

 

「これは、制裁だ、シロガキ。汚された雌の身体を恥じろ。己の無力を恥じるのだ。これで終わるなら、所詮、そこまでと言うことだ」

 範馬勇次郎は、左腕を握り潰し、踏みつけた。

 

「女、お前は良い。お前がこいつの側にいろ、お前と居たならば、少しは化けるかも知れぬ」 

 

 翠は、真冬に駆け寄っていた。

 そして、身体を抱き締める。

 咄嗟に、範馬勇次郎を睨み付けた。

 

 だが、既に、彼の姿はそこに無かったのである。

 

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