範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
剛志は、破顔を見せるやいなや拳を固め、ブロック壁に掌を添え自身を支えている真冬の腹部──鳩尾へと的を絞り、拳を振り抜いた──
それよりも幾ばくか先に、真冬の身体が、体勢を崩したかの様に一瞬沈んでいた。
この場に居る者──剛志も含め、皆、彼女が蓄積されたダメージ故か膝を突いたと思った筈だ。
だが直ぐに、目の前で描かれた異常な光景に気付く事となった。
3.
真冬の左手が添えられていたブロック壁に、抉れ、深く彫りこまれた無数の引っ掻き傷の溝が出来ていたのだ。
何度も繰り返し、掘り返された様な傷である。
体勢を崩し、身体が沈み膝を突いたように見えた真冬だったが、実際は違っていた。
姿勢を低くすると同時に、左手の五本指に備わった“爪”でブロック壁を引っ掻いては抉り、削り出していたのだ。
指の力なのか。
爪の硬度もまた、凄まじい物があるだろう。
概ね、普通の人間の爪ではない、と、この壁の傷を見た者は直ぐに理解出来た筈だ。
しかし、この異様なまでの現実に、まともな理解に及ぶ者の方が少なかった。
真冬は暗器のように彫刻刀を扱うが、この爪は凡そ彫刻刀の鋭さを遥かに凌いでいるだろう。
まるで音も無く、とてつもないスピードで削られたブロック壁の破片は、真冬の左手に有った。
そして──
破片は無数の礫となり、散弾の如く剛志の顔面に撃ち込まれる。
鳩尾を狙ったボディブローが真冬に届くよりも、ブロック壁の破片による散弾が剛志に降り注ぐ方が速かった。
礫──
真冬の放ったこの散弾は、ダメージを与える目的が有って撃たれたわけではない。
ある種のフェイントや目眩ましだ。
一瞬でも、視線を逸らせることが出来たのなら御の字であった。
そして、続けて真冬は、口内にある折れた数本の前歯を噛み砕く。
一本の歯だけは噛み砕く事はせずに、舌の内側へと隠す。
礫を放つのと折れた前歯を噛み砕くのはほぼ同時だ。
鼻梁にダメージを受け、夥しく流れていた鼻血を、催涙スプレーか何かを思わせる様に、剛志の右目へと噴射したが──それで剛志の視力を奪えていたか、真冬自身には判断するのは難しい──筈だ。
普通ならそうだろうが、真冬は違う。
真冬は、人体の弱点やダメージを受けている箇所、本来なら目には見えない疲労や古傷なども“見る”事が可能なのである。
その真冬の特異な視覚は、剛志の右目から視力を奪えていない事実を判別していた。
“視覚に障害が発生しているのが見えない”
つまり、それは、ダメージが無かった事を表しているのだ。
礫は顔面全体を──
噛み砕き、微細な欠片となった前歯は剛志の右目に狙いを定め吹き出した。
ブロック壁の破片は、散弾銃の様相を呈していた。
もはや、近代兵器の領域にあるかの様に──
幾つかは、目に、鼻に、嗤った口に当たり、僅かなりとも刺さる破片さえ有った程だ。
だが、それで尚、怯まない剛志だったが、そこで何かしらの防御的な行動に出ていた方が良かったかも知れない。
ワンテンポ遅れて吹き出された前歯の欠片が、右目へと命中したからだ。
その右目へのダメージが影響したか、剛志の豪腕は突風の様に奮われはしたが、本来狙っていた鳩尾からは大きく外れた。
真冬は親指を曲げ、残りの四指は揃えて伸ばし、右手を手刀の様な状態にする。
真冬自身もダメージは大きい。
特に最初に下腹部へと受けた爪先による前蹴りで、膀胱や、子宮にダメージが響いている。
そろそろ、終わらせたい──と言うのが正直な所だ。
だが、だからと言ってカツアゲされて、金を差し出すのは違う──と、真冬は考えている。
実際、カツアゲ坊主が満足する様な額は持ち合わせてはいないだろうが、重視するべきはそこではない。
九歳の少女が、山や岩石を連想させてしまう程の大男に絡まれ、考える様な事では無いが──“金を出すのは癪に障る”──
真冬の脳内が、この件に関して概ね広く占めるのは、この思いだった。
剛志の拳が逸れて、彼のバランスの取れた平衡感覚も多少乱れた。
それを見逃す真冬ではなかった。
爪だ。
手刀を振るうのではない。
ブロック壁やコンクリート、アスファルトを抉り削り出してしまう硬度を誇る爪で、手刀の様に“斬る”のだ。
大振りにスイングされた剛志の右腕、肘関節辺りを左手の掌底で弾く様に軽く触れた。
その緩やかな打撃とも言えぬ一撃だが、剛志は平衡感覚を更に崩したかのようによろめく。
爪はナイフの鋭さを以てして、よろめいた剛志の腹を斬りつけた。
傍目には手刀を振るった様に見えただろう。
そして、手刀が剛志のシャツを裂いて肉を斬った──
ブロック壁を穿っただけでなく、幼い少女の手刀が人体を斬った……その妙技を目の当たりにした野次馬達は歓声を上げた。
人間技では無いのは、一般人でも理解できる。
勿論、手刀で行われた一撃では無いのだが、爪が、ナイフのように人体を斬ったのだ。
速度もあった。
斬られた──この状況に於いて尚も咄嗟にそう判断できた剛志は、腹筋を固めた。
何で斬られたかは分からなかったが、腹筋で、その“刃物”を呑み込み、僅かな時間なりともその次なる動作を抑えようと考えたのだ。
そこいらの
大抵は、腹筋を固めたならば、刃を内臓まで通される事はおろか、筋肉を裂かれる事も無かった。
それなりに腕に覚えのある刃物の使い手なら、多少の傷を負わされた事もあったが、今回の様に腹筋で刃を呑み込み、腕の動きを封じるや、反撃の一発を喰らわせたものだ。
だが、真冬の爪による斬撃のスピードはとてつもなく
尤も、傷は浅い──
しかし、それで、終わりではない。
真冬は爪で腹を斬りつけるや、間髪措かずに、剛志の肘を弾いた左手を下げ、片膝を突くと同時、剛志の股間を掌で打ち上げたのだ。
しゃがみ込み、立ち上がりと共に睾丸へ掌底──
それは一秒にも満たない、刹那の行動であった。
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そのままで良い
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残骸置場行きが良い