範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
5.
両手に違和感を残したまま、剛志は右拳に被せた左掌を外し、ダブルスレッジハンマーの形をやめ、両手を離して行く。
羽毛を殴った……いや、物体として余りに希薄な物を殴ったとも言えるだろうか。
人間の肉体を殴った感覚では無かった。
そして、見たところ二発目のダブルスレッジハンマーでは真冬にダメージが入っていない。
剛志は、先程真冬が爪を振るった時の様に、四指を伸ばし、あたかも手を刃物に見立てたかのように形作る。
しかし、真冬がそうして爪を使ったのとは異なり、剛志が放つのは手刀……チョップだ。
プロレスリングに明るくない者であっても、誰もが知る往年の名プロレスラー“マウント斗羽”が得意とした、所謂、斗羽チョップ……『脳天唐竹割り』の如く手刀をもってして、またも真冬の頭部を狙う。
と、思わせたが、狙ったのは実は脳天ではなく、真冬の耳だった──
嘗てマウント斗羽が海外のレスラーに放った耳削ぎチョップである。
鍛えようが無いと思われる耳。
アメリカにおいて、ジャイアント・デビルと渾名され恐れられたマウント斗羽の殺人技であった。
だが、耳への手刀さえ、幽霊の様な希薄さ、羽毛の様な軽さとなっている真冬──その衝撃を受け流す奇妙な技術の前に無力化してしまっていた。
手刀が真上から降り下ろされ耳へのインパクトの刹那、真冬はほんの数ミリメートル背後に跳び、またも全身を前に一回転させていた。
──何が起きているッッ!?
剛志、そして野次馬達の心に浮かぶのはそれだ。
明らかに死に体となっているとしか思えない真冬の姿を目の前にしたら、この不可思議な状況が一層、理解できないだろう。
「脱力じゃな……しかも、異常なまでに洗練された脱力……。まるで……『剣豪 宮本武蔵』の自画像に描かれてあるそれを、見ておるような、のぅ……」
いつの間にか野次馬達の中に現れた、一人の老人がそう語った。
如何にも、達人然とした姿格好、そんな見目の老人だった。
和服を着ている──
腕を組み、真っ直ぐ前を見据えた鋭い眼光──
日本人なら、時代劇や劇画から抜け出てきたような達人を想像してしまう……そんな風体の老人である。
身長こそ人並みだが、それが寧ろ、達人、師匠、老師……とそんな言葉を当て嵌めてみたくなるだろう。
「少年よ、ほれ、それかこれ、その娘に投げ付けてみい」
老人は指でそれぞれを指しながらそう言った。
剛志と真冬が拳を交えているのは赤牛丸の駐輪場である。
自転車やバイク、スクーターなどが数台駐輪されている。
それとは自転車で、これとは中型のバイクのことだった。
“何だ、その煽り──?”
野次馬達はそう思いながらも、次の剛志の行動に期待した。
本当に投げるのか?
投げるのなら……どっちだ。
そもそも、バイクを持ち上げるのか……?
そんな期待だ。
剛志は老人の言葉に従うつもりは無いが、確かに面白そうだ……とは思った。
剛志は地上最強の生物を目指している。
そうした目的の持ち主なら、武器やらを使わないのではと考えてしまいがちだが、彼は武器や道具を使う事を恥とは思っていない。
必要なら刃物だって飛び道具だろうと使うし、使わせる。
飛躍した例えとなるが、核爆弾の使用だって彼は容認する。
自分も使える状況にあり、必要に迫られたなら使うだろう。
だが、そうした兵器などは、実のところ使っても面白くないから、喧嘩やカツアゲの為には使わない筈だ。
しかし、この場にある二輪車を投げてみる、だが──これについては、その攻撃に真冬の技術はどう対処してくるか……それは見てみたいし、体験するには愉しい道具の使い方なのだ。
自転車やバイクが停められているのは、真冬や剛志の立っている場所から2メートルも離れてはいない。
それでも、わざわざ、それらの元に行くのはリスクがある。
自転車やバイクを投げろと言われ、それを手にするために向かおうとしているものがいたら、普通なら何らかの方法で邪魔をし、阻もうとするだろうし、手にしようと移動するものにも大きな隙が生じる筈だ。
その隙につけこまれる事もあり得るだろう。
だが、剛志はバイクの元へ向かうし、真冬の方も何の行動にも出なかった。
真冬はただ、陽炎の様に全身を揺らめかせ、虚ろな目で前を見ているだけだった。
剛志の手がバイクのハンドルを握る。
0.2トンが、みちみちと筋肉が膨れ上がった豪腕によって、宙を舞った。
僅かに浮いて、滑るように流れて、バイクは何の労力も無いようにして、剛志に投げられたのだ。
小柄な真冬の前に投げられたバイク──
真冬の前では明らかに巨大な物体だ。
“本当に投げたッッ”
“嘘だろ!?”
“化け物だッッ?”
野次馬達の声が口々に上がった。
“ひぃっ”
野次馬の小さな、悲鳴とほぼ同時に──
小柄な真冬と対比してより巨大に見えるバイクが、真冬に衝突する。
大きく横回転しながら投げられたバイクのちょうど後輪が真冬の首もとに当たる。
が、またも──真冬は、命中の際にとんと軽く跳び、背後に倒れ、全身で受け流し、先程のバイクと異なり縦に回転してみせた。
バイクは真冬の後方へ飛んで行き、レストランじゃんぷーのブロック壁を粉砕し、バイクもまた、大きく損壊した。
トっと、軽い音と共に真冬の身体は、元に戻り、何事もなかったかのように、そこに立っていた。
“おぉ~”
“こ、こっちも化け物かよ!”
「やはりな、あれこそ、脱力の究極系──」
感嘆の声を挙げる野次馬と一人納得し頷く老人。
「どこでいつ、学び修めたか、中国武術の極意……
達人然としている筈の老人だが、その声は、沈着冷静なイメージが付きまとう達人とはかけ離れたような、興奮の色が全く隠されていないものだった。
『仕切り直し、没ネタエピソード』は削除し、残骸置場に入れた方が良いですか?
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そのままで良い
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残骸置場行きが良い