範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
先日から賽の河原に住み着き出した真冬の存在を、
こんな幼い娘がホームレスの巣窟で暮らしていけるのか、危険では無いのか──
……当初はそう考えていたが、今の喧嘩を目の当たりにしてみれば、そんな心配など杞憂でしか無いだろうと改めて理解出来た。
「鞭打や、よもやの無寸雷神……良いものを見させて貰ったぞい」
野次馬達は既に解散していた。
彼らの前で“無寸雷神”の名を出すのは憚れる物があったが、真冬と、意識が遥か彼方にある剛志だけが居る現状なら問題は無いだろうとの判断だった。
武術家、特に表舞台で拳を奮わない、そうした裏の格闘士の様な存在は人目に秘伝を触れさせるのは嫌う物だ。
特殊な武術家は、一般的な大会はおろか、地下で行われる様な武舞台にさえ立つことはない。
そこには観客の姿があるからだ。
観客の前で武を披露すると言うことは、自身の技を見られる事になってしまうと言うことを意味している。
すると、隙や弱点まで知られることになる。
最悪、観客を通して他の武術家にまで知れ渡りかねない。
それは、避けたい物なのだ。
自身が扱うその技術の名称を、知られる事程度であっても忌避されるだろう。
古牧なりの配慮もあったのだ。
無寸雷神──その名を野次馬の前では出さず、心中にて叫んだのはそうした理由からだ。
だが、その名前を聞いても真冬は不思議そうに疑問符を浮かべる様な表情だった。
元々虚ろな目で何を考えているのか、表情からは読み取りづらい真冬だが、古牧が告げた技の名前を理解していない事ははっきりと古牧にも伝わった。
無寸雷神──
この非常に高度で扱うには困難な
そして、それらが、より高みに洗練され、進化した技術である。
大抵は相手の頭部を左右の掌の間に挟み、両掌をほぼ同時に打ち込む。
同時に打ち込むのではなく、僅かな時間差が重要となるのだ。
先に打ち込んだ掌で人体内部に波を発生させ、後から打ち込んだ掌でその波を打ち返す。
これを頭部で行えば相手は脳震盪のような状態になってしまう。
人体は水──
そうした理念から生まれた技術だ。
真冬は今回、頭部ではなく心臓を狙ったが、作用自体は同じだ。
剛志の心臓は激しく震動し、恐らく心臓を直接殴られた様な衝撃を受けていただろう。
並みの格闘家なら鼓動が停止していてもおかしくはない。
いや、真冬が剛志を殺すつもりだったのなら、あるいは……とも古牧は考えていた。
「昔……お椀や鍋に水を張って遊んでいた時に……思い付いたんです」
剛志の意識を奪った技術の名前だと古牧に教えられた真冬は、暫し記憶を掘り起こし、そう、告げた。
真冬は母から玩具などを買い与えられた事が一度もない。
玩具代わりになった物と言えば、ゴミ捨て場にあった物を拾い独自の視点で遊びを思い付き、それで時間を潰していたのだ。
ある日、ゴミ捨て場にあったお椀と鍋。
真冬の住居は水道が止められていたので、公園の水飲み場の水を家でも飲むためにその鍋に水を張って持ち帰っていた。
水を並々と張った鍋に波紋を見付けた時、波紋を自分で発生させては反対から打ち込み波紋を打ち返す──そんな無為な遊びを思い付き連日連夜行っていたのだ。
そして、それだけではなく、水を張ってある鍋の中に僅かに水を入れたお椀を浮かべた。
鍋の水には波紋を発生させる事なく、お椀の水だけに波紋を起こしてみよう。
そんなゲームを一人でやっていた。
いつしか、真冬はそれを可能にした。
それどころか、鍋に張ってある水に波紋を発生させ打ち返す事で、お椀を粉砕出来ることに気づいたのだ。
これにて、若干五歳のある日、真冬流の無寸雷神が完成した。
次は片手でやってみよう。
爪先でやってみよう。
保育園等にも通っていない真冬──彼女の思い付きは、それからも続き、新たな技術を編み出していった。
8.
古牧が真冬を見付け、彼女に声を掛けたのは偶然ではない。
──古牧も真冬同様に賽の河原で暮らしているホームレス仲間だ。
彼は“ゲンさん”と言う老ホームレスに頼まれて真冬を探していたところ、剛志との喧嘩を目撃し野次馬に混じって見物していたのである。
そのゲンさんは大の犬好きな老人で、
遥と言う少女がある事件の際に賽の河原で匿われていた時にも、ゲンさんはぽちたろの世話を焼いていたと言う。
「ポスター?ですか」
「うむ、ゲンさんが言うには闇雲に探すだけでなく、適切な所に仔犬の情報を書いたポスターを貼ってみてはどうか──との事じゃ」
古牧はゲンさんが作ったそのポスターの原本とカラーコピー代を真冬に届けに来たのだ。
ポスターの原本には仔犬の特徴が事細かく書かれ、見付けた際の連絡先、仔犬の写真まで載ってあった。
連絡先はゲンさんとモグサの携帯電話だ。
真冬はホームレス仲間共用の携帯電話を預かっているため、その番号も付け加える事を提案した。
カラーコピーは近くのコンビニで出来るだろう。
真冬達は現在、神室町の中で泰平通り西と呼ばれる区画にいる。
一番近いコンビニは、天下一通りのPOPPOだ。
歩いてもここからなら、五分とかからない目と鼻の先にある。
だが、コンビニに向かうのは少し先になりそうだ。
剛志は赤牛丸の駐輪場で、その巨躯を横たえており、真冬は彼が意識を取り戻すのを待っていた。
剛志がカツアゲ坊主として、多くの神室町住人から怨みを買っている事を、喧嘩の間にも聞こえていた野次馬達の会話から知っている。
もし、この場に意識が無い彼を放っていけば、そんな神室町住人達から何かしらの制裁を受けてしまうかも知れないのだ。
意識がある状態でなら構わないだろう。
しかし、無抵抗の状態となっている剛志が襲われ、被害を被るのは、どうにも気分が悪い。
不思議な事だが、真冬は彼に感謝していた。
剛志との喧嘩で、久し振りに脳内が甘くなった。
それは母がくれたたった一つの
今しがたの喧嘩は、そんな母との唯一の繋がりを思い出せたのだ。
また、喧嘩したいかな、と言うそんな奇妙な想いが真冬の心中に生まれていた。
だからだろう──剛志が覚醒するまで見守ろうと考えたのは──
そして──
剛志が意識を取り戻したのは案外早かった。
心臓を直接殴られた様な衝撃を受けながらのその回復力──
恐るべき頑丈さだと、古牧が嘆息する程であった。
『仕切り直し、没ネタエピソード』は削除し、残骸置場に入れた方が良いですか?
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そのままで良い
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残骸置場行きが良い