範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
クリスマス一色だった神室町の街並みは、すっかりその姿を変えていた。
時節の移り変わりは随分と早い。
コンビニでもそうした様子が見てとれた。
クリスマスケーキやチキンなどは姿を消して、年越し蕎麦のセールや正月用の餅、おせち料理の予約が始まっている。
真冬は、仔犬の情報を求める為のポスターをコピーするべく、POPPO天下一通り店へ向かっていた。
天下一通りは神室町の表通りと言われるだけあり、多くの人で賑わっている。
ティッシュ配りやら客引きやらもそこかしこに見られるが、彼らも流石に真冬へと声をかけることは無いようだ。
真冬が未成年──小学生女児だから、と言う事もあるが、彼らが真冬を遠巻きに見ながらも近寄り難いのには他にも理由があった。
我が目を疑う程の真冬の酷い身なりだ──
先程の剛志との喧嘩で、見るからに事件に巻き込まれたような状態になっているからだ。
幽霊や雪女を彷彿とさせる長く白い髪に飾られた黒い百合の装飾であしらわれたレースが美しいヘッドドレスは、付け直されてはいたが、やはり損傷が見られた。
元々、感情が読み取れない虚ろな紅い瞳も、彼女を知らない人間からすれば、何らかの事件の被害者が心を壊してしまっているかの様に思えてしまうのだ。
神室町は、構成員二万五千人を越える関東最大の広域指定暴力団『東城会』のお膝元である。
東城会絡みの犯罪に巻き込まれた少女なのでは──等と考えたら、誰もが関わり合いを持ちたがらないし、警察に通報する事さえも二の脚を踏むのだった。
単に面倒であると考えるものも居れば、報復を恐れるものもいる。
そして、神室町の住人誰もが、そんな被害者に関わり合いを持とうとしないことも、彼らは皆理解している。
自動ドアをくぐりPOPPOに来店した真冬の姿を見たバイト店員の男性も、外の住人達と同じ様に驚きつつも直ぐに目を逸らし、見てみぬふりを決め込むのだった。
真冬の目当てはカラーコピー機だ。
POPPOの店内に入り左手がわにコピー機が設置されている。
コピー代は老ホームレスのゲンさんから預かっている。
だが真冬はそこからコピー代を出すつもりはなかった。
神室町にやって来たときの所持金は600円ほどだったが、現在真冬は、彼女にとって人生初めての大金を手にしているからだ。
カツアゲ坊主こと江頭剛志との喧嘩に勝利した際に彼から押し付けられた金である。
カツアゲ坊主は自分が勝てば喧嘩相手の手持ちの金を全額カツアゲするのだが、負けたなら相手に全額カツアゲされる事を決めている。
そうしたリスクが無ければ強くなれない、彼も、元祖カツアゲくんである彼の父親もそんな心構えだったのだ。
真冬は、正直な所、全額を受け取る気は無かったのだが、古牧宗太郎からも説得された為、数分間の押し問答の末に、最終的には折れて受け取ってしまった。
こうして、カツアゲくんならぬカツアゲちゃんが神室町に誕生したのである。
お札を持っている──
そんな事に真冬は、何処か緊張していた。
表情が無い、無感情の様な彼女の顔から緊張の色は見えないが、確かに心中では大金を手にしている事に緊張しているのだ。
一万円札と千円札──それぞれ数枚──
小銭も合計すると、38,683円──
緊張の中にも、どうしてか不思議な高揚感も覚えている事に、真冬は気付いていた。
ワクワクしていると言った方がより適切かも知れない。
頭蓋骨の縫合が外れ、脳のダメージもそれなりにある。
そんな状態であって、高揚感を楽しんでいるのだ。
まずは、仔犬捜索の為にポスターをコピーすることが最優先だ。
だが、初めて手にした、自分が自由にしても良い大金──
真冬は、賽の河原で老婆のホームレスであるミチの手料理で食事の楽しみを知ってしまった。
ミチに、何か美味しい物を買ってお礼がしたい。
一緒に美味しい物を食べたい。
そんな思いが真冬の脳裏を占有していた。
さっき、剛志と喧嘩したのは牛丼屋の駐輪場──
牛丼を土産にしようか──
道路を挟んで牛丼屋の向かいにあったたこ焼き屋でたこ焼きを買うのも良いかも──
POPPOに入店したら目に飛び込んで来る多くの菓子類の中でならミチは何が好きだろう。
冬場のコンビニで売られている温かいおでんも美味しそうだし、寒空の下で暮らしているミチが喜んでくれそうだ。
そうした事を考えていたら、今までの人生で得た事の無い多幸感に包まれるのである。
真冬が母と暮らしていた時は、連日連夜、食事を共にするのはゴミ捨て場の鼠や蜚蠊だけだった。
食事とは到底呼べない代物であった残飯やゴミを、それに集る蜚蠊にも与えつつ、自分も口に運ぶ。
野良猫や野良犬がゴミ捨て場で餌を求めて漁っている時にかち合ったなら、彼らに譲り、真冬は公園の水を腹に溜めた。
そんな日には、食べられる食べられない関係無く雑草を食んだこともある。
そんな生活だったのだ。
ミチとの食事に幸福を感じてしまうのも無理からぬことであった。
ゲンさんから預かったコピー代で大体50枚はコピー出来る。
その金はゲンさんへの何か土産に使おうと考えた。
コピー代は、ゲンさんからの厚意でもある。
それを使わないのも失礼になるのではと、真冬は思った。
なら、その代金はゲンさんの為に使うのが良いだろう。
だが、ここに来て問題が起きた。
古牧か剛志に着いてきて貰った方が良かっただろう。
コピー機の使い方が分からないのだ。
そもそも使ったことが無いのだから仕方無い。
勿論、コピー機に小銭を投入するくらいは分かる。
コピー機の前で使い方を思案していた、その時だ。
「おい、あんた!どうしたんだ!?──大丈夫か!?」
慌てた様にPOPPOに飛び込んで来たのは、髪を金髪に染め、小豆色のスーツを着ている一人のホスト風の男だった。
真冬は突然大丈夫か等と言われ、不思議そうに小首を傾げた。
──相変わらず男に向けられる虚ろな視線。
何が大丈夫かなんだろう?あぁ、コピー機の使い方を教えてくれるのかな、真冬はそう解釈するも当然違う。
どこか、ずれているのも相変わらずだ。
真冬の身なりから犯罪の臭いを感じた神室町の住人はみんな見てみぬふりをしていた。
だが、そんな神室町の住人の中で、このホストは真冬の姿に不穏な気配を覚え、POPPOに入っていく真冬を心配のあまり追って来て声をかけたのだ。
「はい、コピー機の使い方がわかりません」
真冬のその言葉に、ホスト風の男はキョトンとした。
想像だにしていなかった返答に、息を切らせて走ってきたホストはすぐに真冬の言葉を理解出来ずにいた──
『仕切り直し、没ネタエピソード』は削除し、残骸置場に入れた方が良いですか?
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そのままで良い
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残骸置場行きが良い