※この作品はR-18です。

範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ)   作:贋海王

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コックローチ シンドローム

  

 神室町の地下深く──

 その、日本最大と言われる歓楽街の、有りとあらゆる情報が集められた場所が存在している。

 

 ──賽の河原だ。

 監視カメラ1万台が、記録し映像を送り続けるこの賽の河原最奥にて、地下の主“サイの花屋”が現在注視するモニターには、真冬がギャングチーム“神室町罸徒衆(バットメン)”のメンバーと相対する様子が映し出されていた。

 

「始まりました、ボス!例の娘がまた戦(や)ってまさぁッッ」

 

 真冬がPOPPOのガラス壁を突き破った──

 それは、POPPO天下一通り店の向かいにある漫画喫茶JUNGLE BOYに仕掛けられている監視カメラが捉えたライブ映像だ。

 

「凄いな」

 サイの花屋は感嘆めいた様な、そして、呆れた様な溜め息を一つ吐いた。

「ガラスに額から突っ込んでやがる」

 

 保存されたアーカイブ映像を再生し、一時停止。

 それは丁度、真冬がガラス張りの壁に、上半身で激突した瞬間だ。

 

 空手道神心會館長 武神 “愚地独歩”曰く、ベアナックル(素手)時代の拳闘に於いて、額で拳を受け、防御するのは基本的な技術であった。

 つまり額とは、人体の中でそれに耐えうる強固な部位として考えられるだろう。

 

 ──とは言え、勿論真冬にそんな知識は無い。

 ただガラス壁を突き破る、それだけを考えての行動だった。

 額で粉砕し、上半身をぶつけ、外へ飛び出す、真冬が思い描いたものは、そんな単純な発想でしかなかった。

 

 そして、その際に割れたガラス片を束にし、掴んでいる姿も記録されている。

 それは、スロー再生で漸く見ることが出来る早業だった。

 ガラス片を素手で掴む真冬の姿を見て、モグサは息を飲まずにはいられなかった。

 血がポタポタと滴っている──

 その傷に痛みを感じていない様な虚ろな双眸が、あまりに不気味だったからだ。

 

 姿勢は低く腰を落とし、右足の片膝を立ててはいるがまるで這うような体勢で、真冬はPOPPOへ向き直る。

 ヘッドドレスを持った右手はアスファルトの地面に置いている。

 ヘッドドレスを掴んでいるためにアスファルトに接地しているのは手首だ。

 ガラス片の束を持つ左手は、地面には着いていない。

 小刀を逆手で構える創作物の忍者の様に、ガラス片を握っていた。

 

 ゆらり──ゆらり──と白い髪が靡いている。

 強い風が吹いているのだろうか。

 それにしては、不自然な靡き方の様に花屋には見えた。

 寒い年末の夜だ。

 確かに風も吹いてはいるだろうが、髪の靡きに対して衣服やスカートはそれほど揺れていないのだ。

 不自然さはそれだった。

 それはまるで、髪が意識を持っているようだ──と花屋も、モグサ以下、手下のホームレス達も、そんな有り得ない想像をしてしまう。

 

 しかし、そんな有り得ない想像を更に越える物を、彼らは幻視する。

 

 地面に接地された存在しない二本の腕が、真冬にあった。

 存在しないのに、有る。

 脳が破綻しそうな矛盾が“見えた”のだ。

 

 爬虫類が這っているような姿勢──

 その腕を幻視しなければ、真冬の今の体勢はそう表現出来た。

 だが、その腕が見えた現状では、昆虫の様な姿だと思ったのだ。

 

 モニターを通して真冬を見ている彼らだが、肉眼で真冬を捉えている者は果たして如何なる物を見ているのだろう。

 賽の河原の男達は押し黙り、ただモニターを凝視していた。

 

3.

 制服の少年は、真冬が外へと飛び出した瞬間よりほんの少し遅れて動いた。

 上着の裏側に隠匿していた短い棒がいつの間にか両手に握られ、店員に絡む罸徒衆(バットメン)の肩を背後から強打したのだ。

 

 少年──井森洸一(いもりこういち)は更に追い討ちをかける様に棒を振るう。

 

 その棒はインドネシアの武術、“エスクリマ”で扱われる“オリシ”或いは“カリスティック”と呼ばれる短杖よりも、短めに作られている。

 本来の物なら60センチから70センチだが、これは約35センチ程度だ。

 携帯に適する様に作られたショートカリスティックである。

 激痛に堪えかね、蹲った男のこめかみを、両手のカリスティックで同時に殴打する。

 下手をすれば死にかねない不意討ちだ。

 そんな攻撃を、表情一つ変えずに、井森はやってのけた。

 

 真冬は、井森がそんな行動に出ることを察知した上で、動いたのだった。

 実のところ、真冬はこの少年を警戒していた。

 ギャング側なのか──

 ギャングに敵対する者なのか──

 単なる傍観者にはならないだろう、と言うことは理解していた。

 井森が仕掛ける相手がギャングだと、空気の流れで読んだのか、又は気配を感じたのか、井森が動く前に真冬は井森の行動に気付いたのである。

 

 まるで予知能力だ。

 闘争にしか意味の無い予知能力だろうが。

 

 突然始まった流血沙汰に動揺した他の罸徒衆(バットメン)がPOPPO内に慌てて雪崩れ込む。

 

 だが、ガラスが割れる音が響いたかと思うと、真冬が外にいるのだ。

 展開の異常さに、罸徒衆(バットメン)は理解が追い付かず、明らかに浮き足だっていた。

 

 しかも雪崩れ込んだ1人は、打ち下ろす様に放たれたユウヤの拳を顔面に喰らってしまう。

「真冬ちゃん、怪我ねぇか!?」

 

 ユウヤは真冬の安否を確かめるべく、自動ドアをくぐる。

 ユウヤの目に映ったガラスで傷付いた真冬はあまり無事とは言いがたい物だったが、真冬自身は平気そうだったので安堵する。

 

 が──

 

「真冬──ちゃん……?」

 

 真冬の白い髪が舞い踊っている。

 ユウヤは真冬の姿が徐々に歪に見え始め──

 そして、真冬が居るそこには、巨大な──

 人間程の大きな白い蜚蠊が這っていた。

 ──いや、錯覚か幻だ。

 

 ユウヤは真冬の姿が、そう見えたのだ。

 

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