範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
賽の河原のモニターに映る真冬の姿──
彼女が現在交戦中の映像以外、件の“ミレニアムタワー女児落下事故”の様子も流されていた。
アーカイブに残る一連の映像が終了すると、最初から何度も流れ始める。
そしてそれらは遠近様々な角度で映されているのだ。
だが、どうしても記録出来ないものがある。
当然だが真冬の視点である。
真冬の視線となる方向を撮しているカメラから、真冬が見ているであろう大まかな光景や物は映像に出来るだろうが、真冬が実際に視認している物は撮しようがない。
“モノにしな!死に際の集中力をよッッ”
暴力そのものを具現化した様な悪鬼の如く男が、真冬をミレニアムタワーの屋上から投げ棄てた。
真冬の身体は、神室町最大の高層ビルから空中に放り出され、地上へと吸い込まれていく。
その時──
真冬が見たものは、所謂、走馬灯の様にと形容される光景なのか五年程度の自身の短い一生──
そして、一人の男性の姿であった。
──幽霊だろうか。
その男は空中に浮いていた。
異様なまでに膨れ上がった筋肉が印象的である。
上半身は何も纏っておらず裸体だ。
故に、その太く厚い肉の鎧が余すことなく見てとれた。
どうすればこれ程までに鍛え上げる事が出来るのか。
幽霊──大多数の日本人が想像するような幽霊とは、かけ離れた姿だが、少なくとも実体のある存在ではないだろう。
眠たげな双眸が、真冬を愛しそうに見詰めている。
それは、真冬が自身に向けられた、初めての優しい視線だったかも知れない。
“孫ってのは可愛いもんだって聞くけどな、孫娘ともなれば、一際可愛い物なんだなぁ。ついつい出て来ちまったわ”
“なぁ、名前なんだっけ?”
「──母は“しろ”や“蛆虫”、“害虫”と……他には、真冬と呼ぶ人もいます」
不思議な事に、この『幽霊』と会話していると時の流れが止まっているかのように真冬は思えていた。
ミレニアムタワーから地面まで──どれだけの高所であっても、落下し地面に衝突するまでは何秒もかからないだろうが、一向に全身が固いアスファルトへと投げ出されない。
その視覚は、凄まじい集中力の成せる技だ。
“……そうかぁ、なら、俺は俺で好きに呼んでいいかい”
幽霊は視線を動かし、微笑の様なものを口許に湛えつつ──
“真冬が一番マトモだわなぁ”
“まぁ、いいか。なぁ、真冬。死に際の集中力、ったってお前にゃ、まだ、早いわな。だからな?助言、聞いてくれるか?”
「助言……ですか」
“あぁ、あの馬鹿高い建物から落っこちたら無事に済まないだろ。死に際の集中力を身に付けるにしたって、お前がそんなもんに挑戦するのはもう少し先の話だ。流石にお前、そんな領域には居ないからな”
「……申し訳ないですけど、助言は要りません。こう言う遊び……やったことなかったですから、ちょっと」
──愉しいんです。
幽霊は、真冬のそんな答えに呆れた様に笑う。
想像していなかった返答だ。
しかし、心のどこかで望んでいた返答でもあった。
──常人なら免れる事の叶わない高所からの落下、そんな確実に待つ筈の死に抵抗している彼女を見守った。
“……お前は、やっぱりあいつの娘なんだな、真冬。脳内麻薬、死に際の集中力──お前なら絶対、その先にも行けるぜ”
3.
真冬が、ガラス壁を突き破った事で、天下一通りでは軽いパニックが起きていた。
何かの爆発と勘違いした者や、極道の抗争かと考えた者などから、悲鳴があがっている。
つい先日あったミレニアムタワーの爆破事件が記憶に新しい神室町だ。
爆発と結び付けてしまうのも無理らしからぬ事だった。
真冬の痛ましい姿に恐怖を覚え、見て見ぬふりを決め込んでいた漫画喫茶付近のキャッチやティッシュ配りは、今度は野次馬として遠巻きに真冬の姿を眺めていた。
ユウヤが見たような真冬の姿──彼らも見えた様だ。
人間大の白い蜚蠊が這っている──彼らは、その異様な様相が理解できず、呆然と立ち竦む他なかった。
突然始まった異常事態に、直ぐ様対応出来ず右往左往する
真冬の紅い瞳が彼を獲物と見定めるや、間髪置かず、音もなくアスファルトを蹴った。
這っていた真冬が、男の背なに飛び掛かる。
蜚蠊が翔んだ。
実際にアスファルトを蹴ったのは脚だ。
しかし、真冬の脳裏に描かれたイメージでは、地面に接地されていると彼女が想像していた三本目と四本目の手がアスファルトを叩き、それを加えて跳ぶ勢いを増しているのだ。
その想像は、幻想でしか無いのだが、確かにより力強く真冬は跳べていた。
グチリ──
不気味な音が聞こえた。
真冬の安否を確かめようとしていたユウヤも、その音の出所、そして音が発せられた理由に気付き、顔面蒼白となる。
──飛び付いた真冬が、
カツアゲ坊主との喧嘩で幾本か砕けはしたが、残る歯で噛み付いたまま、ぶらりとぶら下がる真冬。
男の耳は真冬の体重を支える事になってしまう。
真冬の体重は凡そ35キログラムだ。
軽いとは言え、その重量を耳が支える事など出来る筈もない。
メリメリと聞こえる様な、そんな錯覚を伴い、耳が千切れていく。
千切れた──と同時に真冬は、その背中に膝蹴りを叩き込んだ。
『仕切り直し、没ネタエピソード』は削除し、残骸置場に入れた方が良いですか?
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そのままで良い
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残骸置場行きが良い