範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
神室町の玄関口と言われる天下一通りを北へ進み、泰平通りより更に北側に位置している劇場前通り──そこは、神室シアタービル、神室劇場ニュー天宝シネマ、大手ゲームメーカー経営のゲームセンター、他にはパチスロ店やボーリング場、ネットカフェなどが存在し、老若男女問わず多くの人で賑わう大通りである。
劇場前広場は1980年代中頃に一世を風靡したバンドグループ“横浜シルバーズ”が、路上ライブをしたことでも有名だ。
そうした過去もある為か、明日のスターを夢見る若いストリートミュージシャンが、この劇場前広場でストリートライブをしている光景を、今でも見られるだろう。
そして、劇場前広場の神室イルミネーションシアタービル地下で営業されているクラブ“デボラ”へと、真冬は井森に連れられ、やって来ていた。
先程まで、ギャングチーム罰徒衆相手に共闘していたスターダストのホストであるユウヤは、先に柄本医院に向かっている。
柄本医院は泰平通り西の雑居ビルで開院している個人病院だ。
柄本は闇医者ではないが、極道やホームレス、不法滞在者などであっても診療することで、アンダーグラウンドの者達から、その名を知られている。
例えば、銃創の弾丸摘出を必要とするような訳ありの患者にも対応してくれるのだ。
真偽は不明だが、東城会直系二次団体風間組の組長であった今は亡き『風間新太郎』や、或いは五代目藤木組内花山組の先代組長『花山景三』と交流があり、生前の彼らから多大な援助を受けていたからそうした闇の仕事も請け負うのだ─などとの噂が真しやかに囁かれている。
彼等と所縁がある桐生一馬や、花山薫の姿が、稀にこの医院で見られる事も、その噂の真実味を増しているのだった。
──柄本医院の本来の診察時間の受付は午前なら八時三十分から十二時三十分、午後は十六時三十分から二十一時三十分までだ。
今の時間帯なら診察も終了しているが、真冬の怪我を診察して貰う様な場合は、一般の患者の目が無くなっている方が柄本にも、真冬にとっても都合が良いだろう。
1.
イルミネーションシアターの入場券売場近くの地下へと続く階段を下りるとデボラがある。
ゲートを潜ると、カラーギャング“ブラッディアイズ”が溜まり場にしていた事でも有名な、ダンスホールがすぐに見える。
ダンスホールから数段上がると幾つかのテーブルや椅子、奥にはカウンターがあり、そこでは酒などの飲料を提供している。
カウンターにはサングラスをかけたスキンヘッドの男が立っており、井森が真冬をここに連れてきた理由は、真冬を彼に紹介する為だ。
マスターとおぼしきその人物は、厳つい大男だ。
真冬の目からも、一介のクラブのマスターでは無い、只ならぬ雰囲気を醸し出している男であると見て取れた程だった。
身長は180センチを越えているくらいだろうか。
しかし、身長以上に大男に見えるのは、その筋量故か。
黒いウェストコートにトラウザーズ、無地のシャツといった出で立ちだが、その衣服の上からもはちきれんばかりの厚い筋肉が明確に分かるのだ。
井森は、そうした普通なら声をかけるのも躊躇したくなるような男へ、気軽な様子で話し掛けていた。
カウンターの前で、タキシード姿の外国人が一人カクテルグラスを傾けている。
確かにマスターも只ならぬ人物であろう。
だが、一際、真冬の目が引かれたのはこの男の方であった。
マスターに負けず劣らずの巨漢だ。
身長181センチ、体重129キログラム──
身長は僅かにマスターよりも低い。
しかし、その筋肉の凄まじさはマスターのそれを遥かに凌駕している様だった。
彼を見詰め、真冬は、震えを抑えられずにいた。
カツアゲ坊主が岩石なら、この男は鉄の塊だ。
ただの鉄の塊ではない──巨大重機の鉄球なのだ。
「リチャード、テストしてくれねぇか?」
と、マスターが言った。
真冬が、ユウヤや井森と共に罰徒衆の六人を蹴散らした後、ここに連れて来られたのには理由がある。
井森が真冬の高い戦闘力を気に入ったからだ。
クラブ“デボラ”の裏の顔、用心棒の斡旋所に真冬を推薦するために連れてきたのだ。
真冬程の強い人物と仕事を共にすれば、報酬の武具を集めやすい──井森には、そんな思惑があった。
POPPOからの道すがら、真冬は井森からここデボラが依頼する用心棒の仕事について聞かされていた。
武具だけでなく、金銭も報酬として貰える。
いつまでも、賽の河原で過ごす訳にもいかない。
それに、金銭を受け取れるなら、ミチやモグサへ恩返しが出来るだろう。
そう考えると、井森の話に乗らない手は無かったのだ。
とは言え、真冬を用心棒稼業に推薦されたとして、裏社会の者であっても大抵の人間は話半分に聞いて相手にしないだろう。
九歳の幼女が用心棒になるとは誰も思わない。
しかし、デボラのマスターは一目で、真冬もまた並々ならぬ人物であると見抜いたのだ。
彼は多くの荒事に身を置き、様々な強者を目にして来た。
故に理解できたのだ。
通常なら、このマスターが持つ戦闘力への優秀な審美眼が見極め、適性有りと判断したなら用心棒稼業の採用がそれだけで決まる。
井森の時もそうだった。
井森の、他人を傷付ける事に躊躇いの無さや、熟練された武具の扱いは、多いに価値があると判断されたのだ。
だからか、井森も多少驚いた。
テストをすると言う事は初めて聞いたのだ。
真冬の力を疑っているのか──とも考えたが、それは違うと思い直した。
寧ろ、真冬の戦闘力を感じ取ったからこそ、それを直に見たいのだろう、と井森は思った。
「構わんが──マスター、その前にもう少し酒を貰おうか」
タキシードの男──リチャード・フィルスはそう言い放ち、真冬達がやってくるまでに呑んでいた物を合わせ、カクテルグラスにして11杯を飲みほしたのだ。
「適量にゃ程遠いが、これくらいで良いだろう。さて、やるかい?嬢ちゃん」
真冬の震えが増した。
じわじわと心の奥底から燻り、やがて燃えて来る、強者を前にする愉しさ。
それは、歓喜の震えだった。
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