範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
人類最古にして最良の武器
それは──
──ハンマーとなり
──刃となり
槍となる──
3.
或、真冬日の夕刻の事だ。
西陽が、金属の墓場を照らしている。
逢魔が刻と言われる時刻、冬の寒さから雪女を連想させる様な白い少女がそこにいた。
10歳の翠より、少し幼い──七つか八つくらいだろうか。
髪も肌も真っ白だった。
だが、虚ろな眸は血のように紅い。
身に付けている白いインナーシャツは薄汚れており、胸元には赤黒い染みが付いている。
翠の目にも、それは血の跡だと見てとる事が出来た。
神秘的な様で、儚く、脆そうな印象も受ける。
しかし、そんな少女を見た翠は“槍”が、少女の姿と重なった。
その少女は、まるで、鋭く冷たい刃物だった──
──前述した人類最古にして最良の武器を表すあのフレーズは、言わずと知れた、曰く地上最強の生物、曰くオーガ、巨凶と呼ばれる範馬勇次郎の言葉だ。
翠がその言葉を知ることなど当然無い。
しかし、白い少女が現在行っている様を見て、槍を想像したのだ。
少女は、左右の手の親指以外の四指を伸ばし、自動車のフレームを突き、打ち、穿っていたのである。
貫手だ。
何のために、固い自動車のフレームなどを指で突いているのだろう。
翠は疑問に思ったが、単に貫手の訓練を行っているのだ。
実のところ、白い少女にとっては、それは訓練を行っていると言う意識は無い。
遊んでいるのだ。
指を鍛えるゲームだった。
何度も何度も繰り返し、両手で放たれる貫手。
よくよく見れば、白い少女の手は紅く血で濡れている。
夕刻の陽光よりも赤い。
車体を指で突いているのだ。
当然、傷だらけになるだろう。
脱臼、骨折……普通だったら、そんな危険性もある筈だ。
かの空手道『神心会』の館長、武神“愚地独歩”も束ねた竹に貫手を打ち込む訓練の辛さを物語る。
彼でさえ、その訓練には正しく手を焼いたのだ。
指がいっそ無くなれば良いと思ってしまう程の荒行だ。
そんな荒行と似たような事を、この白い少女はおよそ0.9㎜の鋼板で行っているのだ。
翠は……その尋常ならざる姿に感動を覚え、この少女がとても面白い人物に見えていた。
一心不乱に貫手を打ち込む白い少女に向けて、ついつい翠は歓声と共に拍手を送った。
だが、白い少女は気にする様子も見せずただ、貫手を続けていた。
白い少女は、実はこの
拳を打ち込むのでは無く、指で鋼板を貫けたら愉しいかも──そう、考えての遊びだった。
拳よりも指で打つと痛い。
痛くなくなるまでやってみよう。
それが、最初に貫手を始めた切っ掛けだった。
いつしか、痛くなくなった。
次は指で貫けたら面白いかも。
その単純明快で、そして、気が触れているとしか思えない思考から貫手の訓練を続けているのだ。
拳で岩を削ぐのも愉しい。
鋼板を指で貫くのも愉しい。
手刀でタイヤを断ち切るのも愉しい。
白い少女にとって、このゴミ捨て場は、おもちゃ箱のようだった。
硬いものは車だけではない。
ここは金属や巨大な物の宝庫なのだ。
──そして、貫手が止まった。
白い少女が動きを止めると、何故か周囲が静寂に包まれた様だと、翠は思った。
木枯らしが吹いた。
空気が振動している。
刹那──
白い少女は、掌を車体に打ち込む。
車体は微動だにしない。
フレームに僅かなりとも、へこみが生じたりもしない。
何かしら、ダメージを与える物だと思った翠は、首をかしげた。
普通は少女の掌底が鋼板をへこませたりする筈も無いのだが、翠の思考も、多少歪みが生じており、常識的な事を忘れさせていたのだろう。
しかし、数秒──
経った。
すると、割れてはいるが、残っていた車の窓ガラスが全て、弾け飛んだのだった。
一体、何が起こったのか。
余りにも奇妙な現象に、翠の理解は追い付かない。
この白い少女を見付けてから、興味深い事が尽きないでいた。
片手で、無機物に対してある種の“無寸勁”を放ったのだ。
白い少女──當之真冬は去年の誕生日の夜に、神室町の超高層ビルの屋上から落下した。
悪鬼羅刹ですら生温い、そんな鬼神の如く男に、放り投げられたからだ。
真冬はその男が何者か知らない。
落下の際に恐怖も確かにあったが、それ以上に精神が研ぎ清まされ、そして愉しかった事を記憶している。
あの男にまた会ってみたいとも思える程だ。
真冬は、父親を知らないが、あんな男がお父さんだったらなと、あの事件のあと、考えていた。
その、神室町ミレニアムタワー女児落下事故に見舞われた際に思い付いたのが、この物体に対して行う、無寸勁だ。
全身を打つような物体の衝撃を殺すために、無寸勁を体の一部で打てないか、そう考えたのだ。
それを、攻撃にも使ってみようと、更に連想し完成させたのが、今しがた車の窓ガラスを粉砕した無寸勁……名付けて“無寸勁・破砕連振”である。
「スゴいッッ!どうやってるの、それ!」
翠はつい、真冬に叫んだ。
声をかけたい。
何故かそう思ったのだ。
会話の取っ掛かりは何でも良い。
そして、この白い少女と、少女が行った謎の技術、二つに興味が有るのだから、会話の取っ掛かりに今の技術の事を訊ねるのは自然の流れだった。
だが、真冬に届いた声は、翠のそれ!と言う言葉と重なる様に翠が発した悲鳴だった。
『仕切り直し、没ネタエピソード』は削除し、残骸置場に入れた方が良いですか?
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そのままで良い
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残骸置場行きが良い