範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
5.
悲鳴──?
2メートル強はある背の高い金網フェンスの向こう側から聞こえて来た甲高い声に、真冬は、訝しむような表情を浮かべた。
その悲鳴は、先程から自分の一人遊びを眺めていた少女の物だろう。
──それは、不思議な視線だった。
少女からの、その視線に込められた物は何なのだろう。
自分の一人遊びを見る者は今までも多くいた。
この辺りは、人の通りも少なくなっているとは言え、アパートに近い。
住民の目がある。
彼らからは嘲笑され、好奇や奇異、侮蔑と言ったマイナス面の印象しか見受けられなかった。
だが、少女から受けた視線は恐らく──好意だ。
一緒に遊んでくれるのかな──と、ふと、考えてしまう程に暖かさを感じた。
そんな少女の悲鳴だ。
──何が、起きたのだろう。
見知った顔ではない少女だった。
そして、彼女を囲む顔触れも知らない。
四人組の男達だ。
その内一人は、事もあろうに、少女の腕を乱暴に掴んでいた。
少女──翠の腕を掴む男を含め、三人は白いスーツ姿だ。
スーツの襟には皆、円形のバッジを付けている。
円形の中央には
真冬も翠も知らない事だが、それは源王会と呼ばれる極道組織の代紋を象った襟章である。
もう一人は代紋を付けていない。
源王会の組員達も大柄な男達だが、その代紋を持たない男は更に巨漢だ。
身長は190センチに近い。
背丈も並みでは無いが肉の分厚さが、鍛えた極道のそれと比べても桁違いなのだ。
──肉の鎧を身に纏っている様な、脂肪と筋肉である。
翠は大相撲に興味は無いので、テレビで取組の中継を視聴した事はなかったが、この男は知っている。
有名な力士だ。
髷を結っていないし、一目で誰かとは直ぐに気付け無いが、何度かニュース等でこの男の顔は見ているので、よくよく見れば思い出せる筈だ。
──横綱“蒙将龍”だ。
稀代の名横綱“金竜山”や“零鵬”古くは“龍金剛”とも並ぶ大横綱と言われては居るが、度重なる暴行による傷害、メディアや一般人への暴言、器物破損、更には取組での反則行為など様々な不祥事で問題視もされるモンゴル人力士である。
裏社会との黒い噂も絶えないが、こうして源王会の構成員と並んで居るところを見るに、それは単なる噂の域に留まらないだろう。
金竜山曰く、大相撲の腐敗──
その腐敗の温床が『源王会』や『近江連合』と言った暴力団との癒着である。
それらとの太いパイプの一つが代打ちと称される賭け試合だった。
億単位の金銭や不動産を賭け、双方の代表者の代わりに闘技場へ上がる賭け試合だ。
蒙将龍は源王会の構成員ではないが、様々な代打ちや用心棒も経験している。
土俵の上では金竜山から二度の黒星を喫してはいるが、そうした闇の試合では、恐らく十回やれば十回、蒙将龍に軍配が上がるだろう。
今回彼が源王会から受けた仕事は、東城会風間組の若頭である柏木修の娘誘拐の手助けだった。
柏木が内縁の妻との間に作った娘である城之内翠には、風間組組員の護衛が側にいる。
翠誘拐の障害となるであろう、そうした手練れと考えられる護衛の排除が蒙将龍に課せられた役目である。
しかし、翠誘拐の機会を窺っていた彼らに、絶好の機会が巡って来たのだった。
なぜか今日に限って翠は、護衛がいつも送り迎えする自家用車には乗らず、一人で町に出ていったのだ。
しかも、人通りも疎らな所で足を止めた。
不法投棄された空き地や、近くには安アパートが建っているくらいだ。
少し離れた先には、運転手役の源王会組員が一人乗っているワゴン車が停められている。
だが、それぞれのフロントガラスにはミラーフィルムが貼られており、車内の様子は分からない。
誘拐は、万全の状態での決行と相成った。
だが、源王会の誰一人として、想像だにしていなかった最大の誤算──
翠の腕を掴む男が、悲鳴を上げた彼女を黙らせる為に、もう片方の手を振りかざした。
頬を叩く──
が、その手が翠の頬を打つことは無かった。
それどころか、掴んでいた腕も離してしまう。
──それは、一瞬の出来事である。
翠の腕を掴む男が振り上げた手と、彼の顔面に、ガラスが突き刺さったのだ。
そのガラスは、さっき真冬が無寸勁で粉砕した廃車の窓ガラスだ。
粉砕され、飛び散るガラスを宙で手に取り、翠を叩くよりも、幾ぶんか──刹那ほど速くに真冬は命中させたのである。
男は突然の襲撃に動揺し、同時に襲ってきた恐ろしい痛みに思わず顔を押さえた。
真冬のそれは、尋常ではない反応速度だった。
ミレニアムタワーの屋上から落下し、生還した“死に際の集中力”の賜物である。
男が翠を叩く前に、真冬はその行動を察知していた。
それは、超能力者の予知能力を思い起こさせる。
武神“愚地独歩”曰く──
『脳の命令があり動作が始まる──その常識は間違いだ。脳は命令の0.5秒前に信号を発している』
今回の場合、翠を叩く──
それが、脳の起こりであり、仕掛ける初動となる。
真冬は、男の初動──頬を叩くと言う起こりを脳が命令した信号の0.5秒前よりも、先に察知し、ガラス片を投擲したのだ。
恐らく他の極道や翠は何が起きたか理解出来ていないだろう。
もしかしたら、翠の悲鳴とほぼ同時の襲撃になっていたのでは無いだろうか。
真冬自身、翠の危機を知るよりも速くに、動いていたのだ。
そして、真冬は跳んだ。
踏み出し、走り、地面を蹴った。
真冬は金網フェンスの上部胴縁に立っていた。
『仕切り直し、没ネタエピソード』は削除し、残骸置場に入れた方が良いですか?
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そのままで良い
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残骸置場行きが良い