※この作品はR-18です。

範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ)   作:贋海王

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はっきよい

 蹲踞の姿勢で互いが互いに睨み─

 見合って、はっきよいのこった──

 

 表の大相撲でも裏の闇相撲でも、立ち合いの始まりは同じだ。

 睨み逢う両者は呼吸を合わせて、一気に試合を開始する。

 闇相撲では蹲踞の姿勢を取るかどうかはその時々で変わるし、口上を宣う行司はいない。

 そんな違いは有っても、顔を合わせ睨み合うことに違いはない。

 そして、真っ正面からぶつかり合うのだ。

 

“はっきよいのこった”

 蒙将龍の脳内で今回の一番を開始する掛け声が響いた。

 嘘か真か、はっきよいのこった──には、古代ヘブライ語にて『投げて、やっつけろ!ぶちかませ!』の意味がある──と、そんな都市伝説が語られている。

 それが真実ならば、つまり行司は、眼前の敵を討ち滅ぼせと力士に告げているのだ。

 表の大相撲とて、敵が再起不能に陥るまで続けられる古代相撲の血は確かに受け継がれている……そう、思わせる都市伝説である。

 

 自分だけに聞こえた敵を倒せとの合図に従い、蒙将龍は、現在の対戦相手となる──真冬へと突進した。

 その恐るべき肉の弾丸超特急は、大地を震動させた──かのように、翠は錯覚する。

 

 真冬は考えていた。

 車に貫手を打ち込む姿を褒めてくれた少女が、今度はどうすれば、また──喜んでくれるだろうか……と。

 真冬は少女に褒められた事が純粋に嬉しかった。

 真冬の人生の中で、誰かに褒められる様な経験など何一つとして無かったからだ。

 翠がただ凄いと言ってくれたその一言が、嬉しくて仕方なかったのである。

 普通なら、真冬くらいの年齢なら、母親や肉親がどんなつまらない事でも褒めてあげるだろう。

 しかし、真冬は母親に常に罵倒されるだけだった。

 存在そのものを否定される、母親からは常にそんな態度で接せられてきたのだ。

 

 父親も祖父母の顔も知らないし、会ったことも無い。

 ──実は父親と父方の祖父(の亡霊?)と出会った事はあるのだが、彼等が血の繋がる肉親と言う事実を、真冬は知らないでいた。

 

 真冬は、翠から視線を逸らす事なく、そして僅かに微笑んだ。

 虚ろな紅い瞳が、幽かに細められる。

 それは、笑みを作り慣れない少女が浮かべる、とても笑顔に見えない代物だった。

 

 その、戦闘の最中にありながら弛い穏やかな心持ちとなっている真冬へと、地鳴りの様な気配が迫る。

 蒙将龍の瞬発力は、凄まじい爆発音を生み出した。

 

 ──空気の破裂音

 ──アスファルトが砕ける音

 

 突進する初動の際に踏みつけられたアスファルトは砕け、砂塵となり舞い上がる。

 それは、2メートル近い蒙将龍の身長よりも高く舞っていた。

 まるで噴火したマグマのようだ。

 横綱の瞬発力、突進力はスーパーボルケーノの力強さである。

 鬼界カルデラの超巨大噴火──

 嘗て、九州の縄文人を壊滅させた破局噴火を思わせる。

 

 マグマの熱力を孕んだ様な闘氣が真冬に迫った。

 現在の真冬は半身(はんみ)とは言え蒙将龍へ背を向けている──振り返り行動する為にはワンテンポの遅れた動作が必要となる。

 力士が立ち合いの直後に行うぶちかましの速度は、後のオリンピック金メダリスト、天才短距離走者にしてボクシング世界チャンピオンであるウィルバー・ボルトが100メートルを走る際のスタートダッシュよりも速いらしい。

 とすると、この真冬の体勢は、余りにも不利なハンデと言える状態だ。

 

 蒙将龍は小柄な真冬へのぶちかましを決めるためか、通常のぶちかましよりもかなり体勢は低い。

 そして、頭頂部から突っ込んでいく。

 本来の相撲の立ち合いなら、互いに額と額がぶつかり合う。

 だが、蒙将龍が狙うのは真冬の胴体だった。

 

 しかし──

 真冬は地面を蹴った。

 そして、蒙将龍の額……前髪の生え際辺りへと後頭部からぶつかって行ったのだ。

 ──自殺行為としか考えられない行動であった。

 自身の八倍もの体重を誇っている蒙将龍とぶつかり合おうとしているのだ。

 

 翠は小さく、悲鳴を洩らす。

 だが、これは翠を喜ばせようとしての行動なのだ。

 

 衝突の瞬間、真冬は跳躍中でありながら、数ミリ前進した。

 蒙将龍側から見ては後退となる。

 衝突の刹那、真冬は地面を踏んだ。

 

 額と後頭部がぶつかった。

 瞬間、真冬の頚と背筋が数ミリ伸びたが、蒙将龍も翠もそれに気付けてはいなかった。

 

 蒙将龍は、まさか真冬の方からも向かって来るとは思ってもいなかったが、その行動に対して動揺もなく、躊躇う事もしなかった。

 瞬間的にはウィルバー・ボルトを上回る速度に加え、160キログラムを誇る質量との衝突──

 怪獣が小動物を踏み潰す様な結果になるのは明白だろう。

 

 だが、蒙将龍の勢いは殺され、あまつさえ割れたのは蒙将龍の額の方だった。

 夥しい鮮血が溢れ、真冬の白い髪を赤く濡らした。

 

「……え」

 翠は、その異常な光景に動転し間の抜けた声を出した。

 

 そして、さしもの蒙将龍も、この異常と言える荒唐無稽な結果に驚愕し目を見開いている。

 土俵の上で立ち合う際も、ぶつかり稽古の際も額が割れる事態に陥った事は無い。

 それが、こんな幼女を相手に皮膚は破れ、肉が抉れ血が吹き出しているのだ。

 

 真冬の足下のアスファルトは陥没している。

 それは彼女が凄まじい爆発的な衝撃を受けたことを物語っていた。

 

「……何が、起きた」

 

 蒙将龍は当然の疑問をつい洩らしてしまった。

 だが、真冬は答えず、そして漸く蒙将龍へと向き合った。

 

 ──磯村露風、と言う男がいる。

 趣味が世界征服と宣う変人である。

 世界征服──それは、特撮ドラマに出てくる悪の秘密結社の様な存在が掲げる目標では無い。

 世界中の強いと言われる人物を格闘技で倒していくこと。

 ──それが磯村露風が言うところの世界征服となる。

 彼が扱う武術に、“無寸止め”なる技術(わざ)がある。

 今、真冬が扱った奇妙な現象は、その技に近い。

 この無寸止めは、木刀や棒などを振り下ろされた時に頭上……頭蓋骨で受け止めダメージを無効にする技術である。

 

 真冬は、蒙将龍の突進してきた頭頂部をそうした木刀や棒などに見立て件の無寸止めに近しい事をやってのけたのだ。

 

 真冬は磯村露風と会ったことはなく、その存在を耳にしたことすら無い。

 当然、無寸止めを学んではいない。

 この無寸止めに似た技術は、ミレニアムタワーの屋上から鬼神の如く男に放り投げられ落下した際に思い付いたのだ。

 

「……化けもんか……」

 

 一言吐き捨てると、蒙将龍は上着を脱ぎ、額の流血をそれで拭った。

 筋肉の鎧、それを覆う脂肪の重りが搭載された上半身が真冬の前に現れた。

 蒙将龍は改めて戦闘体勢に入ったのだ。

 

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