範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
真冬の眼前に横綱と言う重戦車がいる。
その重戦車も、近代の戦車に見られる複合装甲だった。
本来の複合装甲は、異なる素材を積み重ねる事で装甲を強固にした物だ。
翠は脳裏で、蒙将龍をデブと称した。
しかし、力士は単なるデブではない
力士の複合装甲とは、筋肉とそれを覆う脂肪である。
脂肪は重りとなり、力士の重量を増すのだ。
より重く、より巨大に──
力士の複合装甲は攻撃と防御を兼ね備えているのだろう。
──脂肪と筋肉の複合装甲を搭載した戦車、それが力士だ。
“素手だと流石に部が悪いかな”
と、真冬は考えていた。
先程のぶつかり合いの結果から見たら、そうした考えに至った事が不可解だろう。
“でも、素手でやった方があの子は喜んでくれそう”
その思考に及んだ事も、決して蒙将龍を侮っているからではない。
ただ、翠が喜ぶような戦闘を、彼女に見せたい。
それだけが、現在の真冬にとって大きなウエイトを占めているのだ。
勿論、敗北すれば翠が危険な目に遭うだろうとも理解している。
最悪な状況に追い込まれる……と考えられたならば、その時は、色々使うつもりではあった。
真冬は、蒙将龍がシャツで流血を拭い、長い髪を総髪に纏め、そして靴を脱ぐのを待っていた。
待たずとも仕掛ければいい──
いつもの真冬ならそうしたかも知れない。
だが、今日はしなかった。
そして──蒙将龍は血を拭ったシャツを落とした。
それが、勝負を再開する合図の様になったのか、シャツがアスファルトに落ちる前に蒙将龍は突進した。
靴を脱ぐと、蒙将龍は裸足だった。
裸足でアスファルトを蹴る様にして前に出る。
真冬まではそんなに離れては居ない。
ほんの数歩、駆けた。
右の掌底を放つ。
狙うのは真冬の顔面だ。
真正面からそれは、打たれた。
真冬の顔よりも掌の方が巨大だ。
大袈裟に言うでもなく、顔面が消し飛びかねない張り手だった。
真冬は、全身をゆらゆらと陽炎のように揺らめかせ、待っていた。
そして、張り手が撃ち込まれる瞬間、一歩半、踏み込んだ。
寸でで張り手を躱し、左腕を曲げ、肘を下方から蒙将龍の股間へと打ち付けた。
容赦も慈悲もない睾丸への肘打ちだ。
真冬は不思議なことに、人体の急所が見える。
先程、蒙将龍が頸を捻挫している事を言い当てたのもこの能力の為だ。
当然、睾丸も急所であると、視覚で捉えている。
しかし、肘を打ち込んだ際に、真冬は脳裏で首を傾げた。
奇妙な事に、蒙将龍の睾丸が急所として見えなくなってしまっていたからだ。
普通、睾丸を打たれたならどんな大男であっても耐え難い激痛に苛まれ、苦痛に呻いては苦悶し、最悪、意識を失うだろう。
──だが、蒙将龍は平気な顔をしていたのだ。
蒙将龍の細い目が一層細くなる。
嗤っていた──
力士は、廻しを締める時、睾丸が傷まない様に、腹腔にそれを納めると言う。
その技術は、古流武術の“釣り鐘隠し”や琉球空手の“骨掛け”に似る。
現在、蒙将龍が見せたものは正しく骨掛けその物であった。
骨掛けなどは恥骨の奥に収めるとされている為、違いはそれの収まる部位と言った所か。
打たれた刹那、蒙将龍は睾丸を腹腔に押し上げ隠したのである。
とんでもない速業だ。
嗤った──その刹那、蒙将龍の右手が真冬の左腕に迫る。
腕を捕ったかに見えたが、蒙将龍の右手は
真冬は、咄嗟に背後へ跳び、逃れたのだ。
だが、蒙将龍は更に追うようにして、間合いを詰めていく。
そして──
跳躍中で、未だ宙にいる真冬がアスファルトの地面に足を着くよりも早く、蒙将龍の両腕が彼女の背後に伸び、抱き込む様に回され、上着の後ろ身頃を両手で掴んだのだった。
“掴まったッッ”
翠は声にならない悲鳴をあげた。
──投げるか!?
──倒すか!?
──絞めるか!?
蒙将龍は逡巡した。
その逡巡は一瞬の物だったが、次の一手は余りに重要な物になるのだ。
投げれば、地面は固いアスファルトである故に、大きなダメージを見込めるだろう。
しかし、一旦離してしまえば、この恐るべき少女の事だ。
何が飛び出すかわからないのである。
とは言え、現状は、宙で捕らえた為、抱え上げるような体勢になっている。
身長185センチメートルの蒙将龍が106センチの真冬を抱え上げているのだ。
簡単に、投げて離してしまうよりは、捕らえたまま行える攻撃に打って出るのが得策だろう。
そして、更に真冬の身体を引き付け、より密着させた。
万力の様な──熊が両手で抱き付く様な──そんな凄まじい腕力である。
右腕で胴体を抱え、左腕を右太股の裏側に潜り込ませた。
それら一連の動作は一瞬で行った。
その体勢のまま、全身を真冬へと落下させるかの様に覆い被さった状態で蒙将龍は前方へと倒れていき、真冬の身体を地面に押し付けた。
八倍の体格を前に、さしもの真冬も跳ね返す事は出来無かったのか、押し潰される様に彼女は崩れたのだ。
七歳の少女の腹の上に、分厚く、太い168キロの肉の塊がのし掛かっている。
もし、上空からこの二人の現状を見たとしたら、真冬の身体は蒙将龍に隠れて確認出来ないだろう。
だが、この危機的状況にあってなお、真冬の表情に変化は無い。
眸は虚ろで、幽鬼の様に光は灯っていないが、それは、いつも通りの双眸だ──感情が全く揺れ動いていない証拠であった。
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