※この作品はR-18です。

範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ)   作:贋海王

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誰に謝っている

 

 それはまるで、鎌鼬(かまいたち)による裂傷だった。

 いつ、切られたのか、何に斬られたのか……蒙将龍は認識出来ていなかったのだ。

 

 傍目で見ていた翠でさえも、その一撃を捉える事は出来ずにいた。

 この場合の鎌鼬とは、両手が鎌で三体一対の妖怪か、外気の影響で肌が急激に冷やされ、或いは、真空が発生し裂傷を負う現象の事か──

 

 恐らく、蒙将龍は現象の方をイメージした。

 だが、翠は妖怪の鎌鼬をイメージしていた。

 

 そして、敢えて言うならば、妖怪の鎌鼬に“近い”ものが蒙将龍の頚を切り裂いたのだ。

 ──真冬の爪である。

 妖怪“鎌鼬”が手の先にある鎌で肌を裂くように、真冬は爪で蒙将龍を切り裂いていた。

 

 蒙将龍は突然の事に驚愕し、目を丸くした。

 斬られた事は分かったが、最初は痛みは無かったからだ。

 しかし──恐ろしい痛みが、急激に襲ってきた。

 

 加えて驚愕すべきは──

 斬られた──と認識してからは後、そして、激痛が押し寄せてくるよりは刹那程の前の事になるが、ヒュンと空気が切り裂かれる様な音と、破裂音の様な物も聞こえてきたのだ。

 斬撃に遅れて、音がやってきた。

 

 その事に、翠も気付いた。

 今しがたの“鎌鼬”の様な現象は、音より速い。

 音速にて生じた現象(もの)である。

 

 しかし、音速の壁を越える音であると、果たして認識出来ただろうか。

 音速に達する何か──それが人体で可能で有るなどと考えられる者はこの場にはいなかった。

 人間が音速に達する事が出来るとしたら、鞭を振るう場合だ。

 振るわれた鞭の先端は音速に達する。

 

 蒙将龍は、自身の頚を斬った物は、何かと考えた。

 すぐに導き出した現実的な解答としては、小型のナイフだった。

 そこに、音速で振るわれた爪や、鞭あるいは鎌鼬などは考慮の内に入らない。

 だが、ナイフだとしても、疑問があった。

 ナイフの長さ程度では頚には届かない筈だ。

 

 蒙将龍がそこで咄嗟に出た行動は、真冬の両腕を捕ることだった。

 何にせよ、腕を制し、攻撃を封じる。

 それが最善だ。

 攻撃を受けてから、判断し行動に移るまで、一秒もかかっていないだろう。

 

 体重を乗せて覆い被さり、真冬の両手首を捕るや握り、万力の様な握力で締め上げる。

 そして、未だ流血する額を、真冬の鼻っ柱に落とした。

 ナイフを隠し持っていたとしても両腕を封じた。

 八倍もの体重をのし掛かられては抜け出す事も不可能だ。

 反撃も、防御も出来ないだろうとの算段であった。

 

 真冬は、間近に迫る蒙将龍を待っていた。

 虚ろな紅い眸が巨大な姿を捉えている。

 蒙将龍が放つぶちかましは速いが、真冬はその一連の動作すべてを捉えているのだ。

 ミシリと、手首の骨が悲鳴を上げている。

 さしもの真冬も、両手首に痛みを感じており、僅かに、額や首筋から冷たい汗を流していた。

 傍目には絶望的な状況にある──その虚ろな眸から感情を推し量る事が蒙将龍には出来なかったが、しかし、真冬は戦意を失ってはいない。

 

 だが──

 降ってくる──と真冬が考えていた額は落ちて来なかった。

 ぶちかましは僅差で止まり、一瞬蒙将龍が跳ね上がった様に浮いたかと真冬が思うや、陰部に激しい衝撃を受けた。

 蒙将龍の膝頭が突き刺さったのである。

 

 真冬は、目を見開いた。

 余りの激痛に、真冬は初めて絶叫する。

 翠が思わず耳を抑えてしまう程の悲鳴を真冬は上げたのだ。

 

 額を落とす動作はあくまでフェイントであった。

 上から来ると思わせ、実のところ蒙将龍が狙っていたのは下半身だった。

 男性には睾丸が有るためか、どうしても股間は男性の急所と思われがちだが、女性にとっても股間は急所である。

 細く脆い恥骨は折れ、砕けやすく、また、大きなダメージが内臓にも響くのだ。

 骨掛を使い凌いだとは言え、先程股間を打たれた返礼とばかりに、蒙将龍は真冬の陰部に膝蹴りを入れたのだ。

 

 息を飲み、苦痛に悶えながらも堪えようとする声が真冬の口から洩れた。

 

 翠は両耳を塞ぎ、踞った。

 恐怖やら、怒りやら──様々な感情がない交ぜになっており、ガチガチと歯を鳴らし、翠は震えていた。

 

 握っていた真冬の手首から力が失せた──その手首は振りほどこうと僅かな力が込められていたが、今の膝蹴りを受け、抵抗の意思を無くしたのか、真冬の両手から力が抜けていると、蒙将龍は察した。

 だが、蒙将龍は執拗なほどに油断なく、真冬の右手首は掴んだまま自身の右腕を自由にする。

 

「……ごめんなさい」

 

 ぼそりと幽霊が囁く様な声で真冬が言った。

 その声は翠には届いていないが、蒙将龍は確かに聴いた。

 

“謝ってる……?”

 

 誰に?

 俺にか──?

 

 明らかに奇妙だが、然もありなんと蒙将龍は考えていた。

 如何に化け物染みた戦闘力を持っていても年端もいかぬ幼女である。

 今も股間は激しい痛みに襲われているだろう。

 手で抑えたくても押さえられないのは、より苦痛を大きくしている筈だ。

 涙ながらに許しを乞うてくるのも当然ではないか。

 

「ごめんなさい……ちょっと、無理でした」

 誰に詫びているのか?

 

「貴女に楽しんで貰える戦いは出来そうにありません」

 真冬は、翠に詫びていた。

 

 蒙将龍は自分に謝っている──と考えていた。

 しかし、そんな泣いて謝る幼女に容赦なく、再び陰部に膝蹴りをぶつけ、ほぼ同時に掌を顔面に落として来た。

 

 真冬は、悲鳴と共に大きく口を開いた。

 その悲鳴に暫し遅れて、蒙将龍からも苦痛の声が轟いたのだった。

 堪らず蒙将龍はもう片方の手も離してしまう。

 

 そして、その離した掌で、先程張り手を打った右手を庇うように覆った。

 庇った右手からはドクドクと血が溢れている。

 

 その手には、力士の命とも言える小指が、無かった。

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