※この作品はR-18です。

範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ)   作:贋海王

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指詰

 蒙将龍の右手の小指は、根元から、丸々欠損していた。

 それは、余りに恐ろしく痛々しい姿であった。

 極道者が不始末の際にけじめを付けるため、指を詰めた時の様に、蒙将龍の小指が失われているのだ。

 

「糞餓鬼……てめぇ、何、しやがった……ッッ」

 “わなわな”と全身を震わせ、蒙将龍の息が上がっていた。

 息も絶え絶え──とまではいかないが、それでも狼狽と疲弊の色は隠し切れない。

 未だ、真冬の腹の上にのし掛かり、見下ろしている──そんな状況に在りながら、追い詰められているのは蒙将龍の方だった。

 少なくとも蒙将龍は、この負傷を被った事で、そう、錯覚してしまっていた。

 

 真冬を、怨みが込められた双眸で射抜いているだけ、まだ、闘争心は失われていない事が分かるだろう。

 

「……て……てめぇ──ふざけんな」

 蒙将龍の視線は、真冬の小さな口へと注がれていた。

 薄い、色素が全くない白い唇だ。

 しかし、その白い唇は紅く染まっている。

 

 ──血液で紅く汚れているのだ。

 そして、真冬の唇の隙間から突き出ているものがあった。

 まるで、これ見よがし──を装う様に突き出ているそれは、蒙将龍の小指である。

 しかも、切断面が覗いているのではない。

 爪が──指先が、蒙将龍へと向けられていた。

 

 つまり、一旦口内に含んだ指の向きを、態々変えたのだ。

 その所業からは、正に真冬の精神的な異常性が窺い知れるだろう。

 

 それにしても、人間の指を噛み千切った真冬の咬筋力だが、尋常ではない。

 並大抵の人間業では無かった。

 

 翠へ詫びた言葉となる“楽しんで貰える戦いは出来そうにありません”とは、こうした戦闘スタイルに移行する旨を告げていたのだ。

 当初が竹刀を用いた剣道であるならば、今は本身を抜いた決闘である。

 そうした様に、戦闘へ向ける意識の在りようが変わったのだ。

 つまり──殺人に及ぶ結果を念頭においている、と言う事であった。

 そして、真冬の内にある殺傷本能が文字通り牙を剥き、獣が、恐竜が獲物に食らい付くかの様に、蒙将龍の小指に噛み付き、引き千切ったのだ。

 

 ──フッと軽い音が鳴った。

 それは、尋常ならざる加速を伴い、放たれた。

 真冬の口に咥えられていた蒙将龍の小指が、まるで吹き矢の如く放たれたのである。

 しかもそれは、蒙将龍の右目に吸い込まれる様に突き刺さった。

 恐るべき正確さだ。

 照準を合わせるスコープを持たぬと言うのに、スナイパーもかくやという程である。

 これもまた、ミレニアムタワーの屋上から落下した際に身に付けた、死に際の集中力の賜物だろう。

 

 右目に小指が突き刺さった蒙将龍は仰け反り、反射的に立ち上がってしまい、真冬から離れて後方へ下がろうとした。

 ──だが、動揺のためか、動きが鈍い。

 潰れていない左目も無意識に閉じて、歯を食いしばり、苦痛で顔を歪ませた。

 足が縺(もつ)れる。

 

 その瞬間、まだ仰向けに倒れている真冬が下半身のみ90度ほど回転させ、刈りとる様に蹴り付け、脚払いを見舞う。

 更に、その脚払いとほぼ同時か刹那のあと、地面から離れ転倒する蒙将龍の脚に脹ら脛を絡めた。

 それを軸とし、真冬の全身は回転しその反動を利用し宙に舞った。

 

 ジャンプした真冬が、今度は蒙将龍を見下ろす。

 そして、右手の五本指全てをまるで熊手の様な形状に曲げ、蒙将龍が完全に伏せるよりも早く──恐ろしく速い動作で襲い掛かった。

 

 そこで、翠の目にさえ見える異常が起きた。

 ビキビキビキと音が聞こえるかと思えるほどに、真冬の手の爪が伸びていくのだ。

 白い髪も伸び、蠢く様に靡いた。

 意思が有るように見える髪の動きであった。

 

 熊手の様な指が、その爪が蒙将龍の額に突き刺さる。

 その衝撃も上乗せされ、蒙将龍の後頭部はアスファルトに叩き付けられた。

 爪がアスファルトと挟むように、更に頭蓋骨の奥深くへと突き刺された。

 

 ──それはまさしく

 真冬の爪が上顎──

 アスファルトが下顎──

 宛ら恐竜の如く、爪とアスファルトが蒙将龍に噛み付き、その頭部を噛み砕いたのだった。

 

 玄武岩を削り、鋼板を穿てる真冬の爪が有ってこその技だろう。

 名付けて──真冬式嚙道“咬龍”である。

 

 そしてそこから、中指を突起させ他の四指でそれを握り込んだ左拳で、先程吹き矢の様に打った指を狙い、一本拳を叩き込んだのだ。

 蒙将龍の指は半ば潰れながら、より右目に潜り込んで行き一本拳は完全に目を破壊した。

 指はともすれば脳にまで達したかも知れない。

 

 間違いなく咬龍だけでも蒙将龍の意識は既に断たれていたが、だめ押しとなったその一本拳で完璧に勝負は決していた。

 

 見ると、蒙将龍の後頭部が落ちたアスファルトは大きくクレーターの様にへこみ亀裂が走っていた。

 とてつもない、人ならざる者が発生させた衝撃がそこにはあった。

 

 

1.

 ──そして、2005年

 神室町劇場前広場地下、クラブデボラだ。

 そう過去にあったそんな出来事を思い出している少女がいた。

 城之内翠だ。

 

 偶然とは言え、翠が誘拐から救われる事になり風間組と花山組は恙無く杯を交わせた。

 東西の極道間の抗争を目論み、関西近江連合をバッグに動いていた源王会とそれを阻止しようとする花山組の抗争は、東城会を後ろ楯にした花山組の勝利に終わり、東西の抗争も回避されたのだ。

 翠を誘拐し、風間組の若頭柏木修を揺さぶろうと考えた源王会だったが、その企みを阻止した功績がある少女の事を知るものは少ない。

 

 その少女──

 真冬がデボラにいた。

 久し振りに逢う姿だった。

 しかし、雪女のような美しい白い髪と肌、そして紅い眸。

 間違う事など無いだろう。

 二年ぶりに見る想い人の姿なのだ。

 

 その真冬が、あの時戦っていた力士よりも巨大に思えるほどの男と対峙しているのである。

 

 當之真冬とリチャード・フィルス──

 翠は、真冬の新たな闘う姿を見るのだった。

 

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