※この作品はR-18です。

範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ)   作:贋海王

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あの娘(こ)だッッ!

1.

 クラブ“デボラ”のダンスホールがざわめいていた。

 奥のバーカウンターからダンスホール中央へ、一人の男が向かって来たからだ。

 髪を短く刈り上げた厳(いか)つい男だった。

 タキシードが凄く似合っている。

 しかし、洗練されたジェントルマンと言う様な風貌ではない。

 似合うとは言え、それは、百戦錬磨のギャング等は礼服が似合う……そうした方向での意味合いで、だ。

 眉間に皺を寄せたその表情と、睨みを効かせている様な鋭い眼光──彼を見た者は誰もが射竦んでしまう筈だ。

 

 リチャード・フィルス

 シカゴのクラブで用心棒(バウンサー)稼業を営む男である。

 

 階段を上がり、吹き抜けになっているVIPルームからも、彼の姿が見て取れた。

 このデボラは、ついぞ先日までカラーギャングの“ブラッディアイ”の溜まり場にされていた。

 しかし、彼等は、とあるグレーのスーツの男によって壊滅状態に陥った。

 その後、多くのメンバーはチームを抜けたが、リーダー格だった赤井兄弟はしつこくデボラに居座りチームを再結成しようと目論んでいた。

 だが、用心棒として来日したリチャード・フィルスが赤井兄弟を完膚無きまでに叩きのめしたのである。

 その際に大立回りを演じたリチャードの勇姿を知っている客は多く、そんな彼らが特に注目し、今回もその時と同様に大喧嘩の様子を見られるのかと騒いでいるのだった。

 

 VIPルームの個室から下階のダンスホールを見る客に翠もいた。

 騒いでいる客達に興味を持ったようだ。

 身を乗り出し、下の階を見下ろすと、そこで、城之内翠は真冬の姿を見付けた。

「騒がしいな。どうしたんだ?」

 翠に問い掛ける男。

 彼女の父親で、東城会風間組若頭の柏木修である。

 鼻筋に走る斜め横一文字の傷から、歴戦の極道であろう事が窺える。

 だが、単なる強面ではなく、何処と無く気品さも併せ持つ不思議な人物だ。

 彼は今年のクリスマスには組長(おやじ)に屈強なプレゼントを埠頭に届けると言う大役があった。

 その為に娘とクリスマスを過ごす事が出来ず、翠からは顰蹙を買ったのだ。

 今夜は、その際の埋め合わせをする為に、このデボラへと翠を連れて来たのである。

 翠は十二才の未成年だ。

 当然、クラブであるデボラには本来入店は難しい。

 しかし、翠は父親の仕事場がある神室町に来たがった。

 そして、劇場前広場や神室劇場などを見て回った後、神室町らしい遊び場に行ってみたいと柏木にせがんだのである。

 そこで柏木は比較的健全で神室町らしさもあるデボラに連れてやって来たと言う訳だった。

 案外柏木は娘には甘いものだ。

 組員や若い衆には鬼と恐れられる柏木も娘の前では形無しである。

 恐らく、好物の冷麺を勝手に食われても、それが娘なら許してしまうだろう。

 

「ん?あいつは──」

 柏木はリチャード・フィルスに気付いた。

 シカゴのクラブで用心棒をしているリチャードは、日本の裏社会でも顔の知られた人物だ。

 強い奴等と喧嘩をしたいから用心棒となった──と宣うとんでもない男である。

 喧嘩の際は相手の攻撃を避ける事もしない。

 殴られ蹴られてもそれを耐え凌ぎ、負け知らずの彼を、現地の人間は、尊敬と畏怖を込めて“地球一のタフガイ”と呼んでいる。

 

「あの娘(こ)だッッ!」

 柏木が“あいつは”と言うのとほぼ同時に翠は叫んでいた。

 翠の視線の先にあるのはリチャードではない。

「あの子?」

 柏木は怪訝な顔をする。

 娘が、リチャード・フィルスを知っているのかと勘違いしたからだ。

 それに“あの子”呼ばわりとは……。

 随分な物言いに笑みが溢れる柏木。 

 翠の脳裏に、二年前に出逢った頃の思い出がありありと甦った。

 あの出逢いの後は二度程顔を合わせたが、それっきりだった。

 花山組と源王(げんのう)会の抗争が激化した為、再び源王会に狙われる事を危惧した山乃や柏木が護衛体制を強化した。

 その為に勝手に出歩く事が、一層出来なくなったからだ。

 真冬ともっと逢いたいと思っても中々許される事は無かったのである。

 しかし、逢いたくても逢えない。

 そのもどかしさが、真冬を忘れられず、より想いが強くなる切っ掛けになったのだろう。

 来年、中学生になる翠だったが、今も尚、真冬に対しての強い恋慕を持ち続けていた。

 

「ほら、あの娘よ、あの子が私を源王会の連中から助けてくれたって言う真冬ちゃん」

 

 二年前より、可愛くなってる──翠はそう思った。

 髪が結構伸びているなと言うのが第一印象だった。

 驚いたのは服装だ。

 胸元がどす黒く血に汚れ、清潔とは言い難くいつ洗濯したのか分からない程に薄汚れていた白いインナーシャツと裾が解(ほつ)れ破れも目立っていた紺色のプリーツスカートを毎回着ていたあの頃の真冬。

 しかし、今は白と黒とのコントラストが美しいメイド服風のゴスロリ衣装で着飾っているのだ。

 レースとリボンがあしらわれたポシェットなど肩から下げているのも女の子らしい可愛さだなと、翠は顔を綻ばせる。

 

「……あの娘……が!?」

 柏木も、翠を源王会の刺客から救った少女の話を聞かされてはいたが、多少半信半疑だった所がある。

 当然だろう。

「真冬ちゃん……まさか、あのギャングみたいな人と喧嘩をするのかしら……」

 胸が高鳴った。

 熱い物が込み上げて来るような気がした。

 

 真冬がリチャードと対峙した、その時だ。

 翠は走り出した。

 ──近くで真冬の闘う姿を見たい。

 

「ありがとう!お父さん、最高のクリスマスプレゼントだわ!」

 

 遅いクリスマスプレゼントだ。

 だが、それで良かった。

 本来のクリスマスの日なら真冬と再会は叶わなかったのだ。

 

 ──柏木修、2005年のクリスマス、奇しくも二回目の屈強な戦士の喧嘩をプレゼントである。

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