範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
年末年始──
柄本医院での治療を余儀無くされた真冬だったが、その姿は現在、賽の川原……西公園にあった。
西暦2006年一月三日
「お餅、美味しいです。ミチさん」
寒空の下、暖かい七輪で餅が焼かれている。
パチパチと、餅と練炭が鳴る音を聞きながら、真冬は餅を口に運んでいた。
餅に絡ませる、醤油に溶けた砂糖のとろみが舌に優しくて、涙が零れる。
砂糖醤油のあまじょっぱさは、初めて味わう美味しさだった。
ミチはいつも、知らない新しい美味しさを教えてくれる──それは、実の母親が最後まで教えてくれなかった物だ。
餅を、正月に食べるのも初めての経験であった。
そもそも、正月らしい食事も真冬は知らない。
──去年の今頃、何を食べていただろう。
真冬は思い出せなかった。
「真冬ちゃん、ミカン食べるかい?」
ホームレスの男性が声をかけてきた。
昨年末、西公園に真冬を連れて来たモグサと呼ばれる人物だ。
西公園はホームレスの溜まり場である。
周囲には多くのホームレス達で賑わっていた。
真冬は、彼らが用意した椅子代わりの黄色いビールケースに座り、すっかりとホームレス達に混じり馴染んでいた。
「ありがとう、モグサさん」
萎びた蜜柑を手渡された。
皮に白い点々が見られるのだが、黴が生えている様だ。
それでも、真冬にとっては嬉しい贈り物である。
果物自体、この西公園に来るまでは口にする事など殆ど無かったからだ。
同じく黴の生えた蜜柑の皮なら、アパートのごみ捨て場で、蜚蠊や鼠と一緒に食べてはいた。
しかし、果実の甘さは知らないのだ。
ホームレスから貰う、カビた、味が薄く水っぽい萎びた蜜柑でも、真冬にしてみればとても美味しいご馳走だった。
そんな蜜柑を嬉しそうに頬張る真冬の姿に、ミチは胸を痛めていた。
一体、どんな人生を歩んで来たのだろう、と──
幼い子供の姿とは思えない。
これくらいの年齢の少女が喜ぶような食べ物で無いのは、明らかである。
「あ、真冬ちゃん、皮は食べたら駄目やよ」
剥いた皮まで食べ出した真冬をミチは止める。
「え?はい」
そして、焼き上がった餅を真冬の皿に乗せた。
「真冬ちゃん、朝飯食ったらチャンピオン街に向かってくれないかい?ぽちたろの目撃情報があったんだ」
年末にコピーした失せ犬探しのポスターが、どうやら役に立ったらしい。
ポスターにはモグサと真冬、そして犬好きの老ホームレスであるゲンさんの連絡先が書いてあった。
そのゲンさんの携帯電話に、仔犬の画像が添付されたメールが届いたのだ。
ゲンさんは、以前にもぽちたろの世話をしていた。
一時期、長くは無いがぽちたろは、西公園──賽の川原に滞在していた頃がある。
その際にゲンさんは特にぽちたろの世話を焼き、可愛がっていた。
そんなゲンさんの目だから分かるのだが、添付された画像の仔犬がぽちたろであることは確実だった。
「はい、行ってきます」
神室町にやって来て数日暮らした真冬──チャンピオン街を含め、神室町の地理は既に概ね把握している。
保護するなら早い方が良い。
「お餅美味しかったです。ご馳走さまでした」
もう少し食べていたかった真冬だが、仔犬の保護が優先されるべき事柄である。
1.
チャンピオン街は、狭い区画に多くの飲み屋でごった返していると言う、神室町の中でも一際異質な区画になっており、殆どの店が昭和の時代から取り残されたような古いスナックやキャバレーなどの飲み屋である。
西公園から見て、公園前通り裏を南に抜けて、七福通り東の丁字路を更に南へ向かい、千両通り北に位置している飲み屋街で、千両通り北側に建てられた『神室チャンピオン街』とあるネオン看板が、チャンピオン街への入り口の目印だ。
出入り口はもう一つ、泰平通り東の小さな駐車場前にもある。
だが、そちらは看板を抜けて少し歩いた先、右手側に長年空き地となっている空間へと入る路地が伸びている。
その空き地は、カラーギャング“ホワイトエッジ”の溜まり場なのだ。
そう言った理由の為か、そちらの出入り口からチャンピオン街へ立ち入る事は、概ね敬遠される傾向にある。
チャンピオン街と言う、ある種独特かつ特殊な空間に、昼前から九歳の幼女である真冬が歩く光景は、異質な世界をより異質にしていた。
ゴスロリメイド服を身に纏った美少女だ。
カツアゲ坊主達との死闘で破れ汚れた衣服から新調している。
日中であっても日本最大の歓楽街の神室町には、多くの人通りで賑わい、行き交う雑多な人々が溢れていた。
狭苦しい裏路地のようなチャンピオン街もまた例外ではなく、そうした空間に合わない程の人混みようであった。
そんな彼らはメイド服の美少女に目を奪われていた。
彼らが考えるのは真冬が何者か──と言うことだ。
ゴスロリメイド服の美少女はあまりにも目立つ。
年齢的にキャバクラ等で働く水商売の女性では無いだろう。
そして──その多くの者の目を引いている少女に、声をかける者の姿があった。
こちらはこちらで、目を引く存在だった。
好意と言うよりも好奇で目を引く、奇異な人物だ。
初めて見ると大抵の者がぎょっと驚嘆してしまうだろう。
──見る者へと強く印象に植え付ける程に髭の剃り残しが濃い、ボブカットの大柄な女性だ。
真っ赤なワンピースがよく似合っている。
女性──ニューハーフと言う方が適切なのだろうか。
彼女は先日、ホストクラブ“スターダスト”で働いているユウヤから、ぽちたろのポスターを見せられ、見掛けたなら連絡する様に頼まれていたのである。
「真冬ちゃんね?ユウヤから聞いてるわ」
手を振りながら気さくに真冬へと声をかける。
「このワンちゃんよね?」
携帯電話で撮影した画像を真冬へと見せた。
彼女は、去年までパレスと言うスナックバーだった店舗跡に新しいバーを開くため、空き店舗へと下見に来ていたのだが、その際、ぽちたろの姿を目撃した。
ユウヤから予め失せ犬の話を聞いていたから直ぐに保護しようと思ったのだが、生憎逃げられてしまったらしい。
「野良のワンちゃんに餌をあげる犬好きの人がここらに居るのかもね。周辺、探したらどうかしら」
女性──アコが見せた写真の画像には、件の空き地に通じる路地を歩くぽちたろの姿が、写っているのだった。
『仕切り直し、没ネタエピソード』は削除し、残骸置場に入れた方が良いですか?
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そのままで良い
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残骸置場行きが良い