範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
日本最大の歓楽街で知られる『神室町』──その南部に位置している昭和通り。
千両通りを南下し、昭和通り東に差し掛かる角には、高級ブランドショップ“ル・マルシェ”が店を構えている。
ジュエリーやブティック、バッグ等、どれを取っても超一級品が揃っており、女に見栄を張りたい社長や役員、代議士、医者と言った社会的地位のある者から、果ては極道者や、ホスト、キャバ嬢など客層も様々である。
西暦2005年──
クリスマスが過ぎて、いよいよ年末に差し迫って来たある夜──
“ル・マルシェ”に真冬の姿が在った。
真冬本人からして、場違い感を否めないのか、何処と無く居心地が悪そうだ。
いつものように虚ろで、幽鬼の様相を呈している視線なのだが、真冬をよく知る者だったなら、不思議とその目は所在無さげに、泳がせている様にも見受けられただろう。
──ショーケースに飾られている鞄や宝石類、どれを見ても桁外れの値段である。
ル・マルシェは外国で人気筋の商品も取り揃えており、ひと昔前には、フランス製の高級な指輪なども店に並べられていた。
真冬にしてみれば、数十万やら数百万だのと値段を付けられている高級ブランドに、それだけの価値は到底見出だせない心持ちなのであった。
──400円ほどで買える赤牛丸の牛丼(並)を貰った方が嬉しいし価値があるだろう。
故に、ここに真冬を連れてきた一人の少女の袖口を軽く引っ張り、退店を促すのだった。
自動ドアの硝子越しに外を見れば、白い雪が舞っている。
ぽちたろを探さないと──
──雪が舞い散る寒空の下で、仔犬が凍えているかも知れないのだ。
心の内で呟くが、もう一人の少女は、買い物を止める素振りが無い。
少女──
横で見ていて、真冬の目にも彼女が愉しげな様子なのだと、ありありと理解できた。
真冬もまた、翠の愉しそうな様子を見ていると悪い気はしないから、不思議なものであった。
こうした気分は、今までの人生で無かった事だ。
真冬は学校にまともに通っておらずその為同学年の友人はいない。
そんな彼女にとって、比較的年齢の近い友人は、翠が初めてだったからであろう。
「ねぇ、真冬。これなんかどうかしら?真冬に似合うわよ、きっと」
翠がにこやかに微笑みながら、ネックレスを指差す。
高価そうなプラチナのネックレスだ。
少なくとも小学生が手を出せる代物では無い。
「お金の事なら大丈夫よ、心配しないで」
「これは、武器になりますか?」
ネックレスを見て、真冬が連想したのは鎖だ。
武器にするには、恐らく脆い──
それが、真冬の感想だ。
「あ、そっか……」
ル・マルシェに来店する前に、真冬と翠はbeamにも寄っている。
──そこで真冬がbeamの武器屋から、衣服に武器の様なものを仕込んで貰っている所を、翠は目撃していた。
真冬は暗器の達人だ。
「こう言うのに、武器を隠してみる?」
宝石が中心辺りに飾られた、レースのジャボタイを真冬に見せる。
真冬がゴスロリ趣味なのは既に知っている。
これなら、真冬の趣味にも、今も纏っている衣服にも合ってるし、暗器を仕込む事にも適切だと考えたのだ。
──そして、今度は天下一通りの裏通りにいるワークス上山の元に向かい、刃物をジャボに隠匿する様に改造して貰ったのだった。
レース生地の裏に薄い剃刀。
ただの剃刀ではない──これは、髭を剃るための物でなく、人体を斬り付ける為の刃だ。
それは剃刀に擬装された、ある種の、ナイフである。
チタンの刀身にカーボンでコーティングされている、その特殊なブレード部分のみを購入したのだ。
それを六枚──
段々になっているレースとフリルには、
真冬が隠し持っている別の物よりも細い。
非常に軽く、手に持ち刺す事も投擲にも適しているだろう。
通常の娥媚刺と異なるのは、指を嵌めて手持ちとなるリングが無い点だ。
──ル・マルシェで購入したジャボタイよりもこれらの方が高くついた事は、真冬には秘密だった……。
改造代は負けてくれたのは良心的である。
上山としても、真冬は上客だ。
そして、上山も、神室町の裏の界隈で武器商人を営む男である。
翠の事も知っていた。
表向きは隠されているが、彼女は、東城会の幹部『柏木修』とその愛人の間に産まれた娘だ。
金払いは良いだろうし、懇意にすれば東城会の覚えも良くなると思ったのである。
「ゴ、ゴスロリ暗器のま……真冬ちゃん、と、い、言ったところですね」
吃音気味の話し方で妙な渾名を上山は口にした。
「こ、今後とも、よ、ヨロシクです」
「ありがとう、上山さん」
新しい暗器を手に入れて満足そうに笑う真冬に向けて、翠も嬉しそうに微笑みかけていた。
2.
襟元と胸元
そして、ジャボタイ──
真冬がここに刃物を隠している理由は二つある。
いざとなれば、手持ち武器として扱うために取り出し準備することが、隠匿しながらも容易に行えると言う点だ。
もう一つは、暗器として急襲する際の意外性となる事だ。
襟元に隠していたら、胸ぐらを掴まれた時にその刃が自動的に相手の掌を斬り付ける。
そうなるように、衣服と刃を改造し、隠匿してあるのだ。
例えばロシアの死刑囚『シコルスキー』も、剃刀を暗器として同じ様な扱いを(時系列としては未来の事だが)行っている。
キックボクシングのチャンピオン、ロブ・ロビンソンが彼の襟首を掴み、手痛いダメージを受けていることからも、暗器として有用であり、虚を突く意外性としても優秀だと言う事が理解できるだろう。
そして──
真冬の胸元を脱がそうと襟元とジャボタイを掴んだ零号の手が、件のロブ同様にズタズタに切り裂かれていたのだ──
零号の手から、滴り落ちた血が香る。
真冬の鼻腔に、脳に、血の甘さが薫った。
その時だった。
──真冬の髪が、零号達の目に見える様にして伸び出したのだ。
真冬の血流が、速くなる。
全身を巡る真冬の血液が、人間離れした速度の血流となる。
まるで、血流の音が聞こえる程に。
零号達は幻視した。
尋常ならざる真冬の変化を前にして、真冬がまるで不思議なことに『鎗』の如く見えたのだ。
痛みに呻き自身の掌を凝視する零号だったが、そこは切り裂かれているだけでなく、細長い針が突き刺さっていた。
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そのままで良い
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