範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
──暗い
僅かな静寂の中を進むと、次は激流の轟音も響く。
神室町の地下に拡がっている、蜘蛛の巣状に繋がった広大な下水道。
鼻を押さえたくなる様な臭いに耐えながら、そこを歩く幼い少女がいた。
──當之真冬だ。
襤褸の様になった黒いゴスロリ衣装を身に纏い、髪と肌は白く、虚ろな紅い双眸の幼子が、暗がりで頼りになる灯りは、チカチカとたまに明滅する電灯だけが周囲を照らす光となっている地下下水道を、ゆらゆら歩いている。
気の弱い者で無くとも、もしこの場で彼女に遭遇すれば幽鬼と見紛い恐怖を覚え、戦くだろう。
──呑み込まれたら命の保証はない汚水の激流
下水道に足を踏み入れて気付いたが案外暖かい。
それ故に棲息しやすいのかネズミなどの小動物や、蛇やトカゲと言った爬虫類も生息している。
──歩いていると不意に遭遇する元ペットなのか日本には存在する筈のない外来種の爬虫類
さながら、暗闇の中の地下密林の様相だ。
そんな危険にも真冬は然程恐怖を抱くこともなかった。
真冬は桃源郷での闘争の後、そこから如何にして西公園に帰るか悩んでいた。
衣服の問題だ。
このホームレス等も多く闊歩する神室町なら、どんな襤褸服を纏っていたとしても、気にする者はいないだろう。
だが、真冬自身が、スカートを破り捨てられ、ショーツも穿いていない、今の半裸の姿で街を歩きたくなかったのだ。
元高級ソープランド桃源郷廃墟近辺のマンホールから地下に降り、西公園に向かっていた。
神室町の地下にはまるで巨大迷宮の様な下水道が伸びており、神室町のいたる所と繋がっている。
間違わなければ、西公園に帰ることも出来るだろう。
──西公園内に存在する“賽の河原”
上手く進めばそこに出ることも可能なのだ。
真冬の目的地はあくまでも西公園、ホームレス達のたまり場である。
西公園に住む老婆のホームレス“ミチ”に真冬は世話になっており、彼女ならまた何かしらの衣服を貸してくれるだろう。
──仔犬捜しはそれからにしたい。
小動物は生息しているが、危険そうな爬虫類も多いこの下水道に、仔犬はいないと思われた。
生きている動物だけではなく、死骸もある。
これだけ多種多様な在来外来種問わず棲息しているのだ。
捕食者となる生き物と被食者とされる生き物、地下には地下に生態系が特殊な形として出来上がっているのかも知れないと、真冬は考えた。
地上では見掛けることもない異様に巨大な蜚蠊が、群がっている死骸がある。
暗がりでは蜚蠊の群れは黒い塊にしか見えないが、随分とここにも、目が馴れてきたかはっきり見分けられる。
今の所、視覚的に不便は無かった。
寧ろ、明るい場所の方が昔から苦手だ。
それは、アルビノの紅い虹彩が由来する物だが、暗闇に適性があるのは別の話である。
真冬は、蜚蠊に近付いていく。
真冬の白い髪がさわさわと、まるで別の生き物のように──髪を靡かせる風も無いのに、蠢いた。
──それは、まるで、触角……?
“こんにちは、戦友”
真冬は、蜚蠊の群れに向けて囁いた。
今よりも幼い頃、まだ母が生きていた頃の話──母から食事をまともに与えられない真冬は、アパートのごみ捨て場で生ゴミや残飯を漁り、それを口にしていた。
その生活の中で野良犬、野良猫、どぶねずみなど、そして蜚蠊の群れも食物を獲るための宿敵であり好敵手だった。
彼等と肩を並べ、時には譲り、奪うことは無く、生きるため腐ったゴミをも喰らう。
そして、蜚蠊という戦友にして、師匠がいた。
居たと言っても当然個体ではない。
真冬は、蜚蠊の群体を1と捉え、共に生きてきた。
共に生きて、しかし“二人”の遊びとして命を奪ってしまう事もあった。
“戦友、久し振りに遊ぼう”
無論、久し振りに……などと言っても、そんなわけはない。
あくまでも『真冬の認識上で』の話だ。
──ざわり
真冬の気配を察した蜚蠊達が一斉に走り、飛び、逃げ出した。
しかし、その初速よりも速く、真冬は蜚蠊を捕らえた。
一匹二匹三匹……
幼い真冬の当時の愉しい“遊び”は蜚蠊との『鬼ごっこ』兼『かくれんぼ』だ。
真冬の存在に気付き、初速にして時速200粁と言われる速度の彼らを捕まえる鬼ごっこ。
凄まじい初速を移動速度ではなく、反応と反射の速度で上回り、初動が始まるよりも先んじて、彼らに追い付き捕まえると言う遊び。
優しく、殺さない様に、真冬は手で包み込むように蜚蠊を捕らえていく。
捕まえ、逃がすを繰り返す。
離されて逃げる蜚蠊のどれもが、脚の一本挫かれず羽根も傷つけられてはいなかった。
今の真冬が、彼らの命を奪う失敗などしよう筈もない。
集中さえしていれば、蜚蠊の初動をも察知し捉える。
それが、真冬の集中力。
蜚蠊に因って養われた真冬の強さの一つである。
感情を窺い知れない虚ろな紅い眸はいつものそれだが、頬を僅かに朱へと染めて、ほんの少し口角を上げる真冬はこの“遊び”を心底楽しんでいた。
そんな時間に没頭する真冬だったが、さわさわと靡く髪に、何か、奇妙な気配が叩き付けられた。
それは、真冬が独自に覚えた感覚だ。
実際に──例えば『氣』のような物、何者かがそれをぶつけて来たわけではない。
真冬自身もこの独特かつ特殊な感覚を言葉にするのは難しい。
しかし、それは、ある種の感覚器官のようであり、周囲の状況を確認するレーダーの様な蜚蠊の触角に酷似しているのかも知れなかった。
蜚蠊もいなくなっている。
気配は、下水の中から感じられた。
一時の安らぎの時間を終えた真冬は、下水の濁流へと紅い双眸を向けた。
姿は見えない。
しかし、汚水の流れの内に何か、居る
泳いでいるのか。
歩いているのか。
深さはどれ程か気にはなったが、一歩、そちらへ歩む。
その時だ。
汚水がまるで膨れ上がるように、そして、突き出てきた者から流れる滝の如く。
それは、まるで、怪獣映画さながら。
海面や湖面から出現する大怪獣の場面を描いているようだった。
現実に現れたゴジラ──そんな、言葉が流石に真冬に過る事は無いのだが、そんな言葉を当て嵌めたくなる状況であった。
──汚水の濁流から
──灯りの乏しい地下の下水道
都市伝説の世界からそれは、現れた。
──巨大な白いワニ。
だが、そのサイズが異常だ。
怪獣か。
いや、それは言い過ぎにしても恐竜……?
例えば巨大な殺人ワニ……ナイルワニのギュスターヴというワニがいる。
それは凡そ体長8メートルと言われる最大級のワニの一体。
しかし、今まさに真冬が目にしたその白いワニは、ギュスターヴより明らかに規格外なのだ。
まるで、古代からやってきた太古のワニだ。
──10メートルを越える、その、小さな恐竜が、真冬の眼前にて汚水から現れたのだ。
ここに、二頭の白き者。
闘争は避けられない。
真冬は、新たな遊び相手に、笑い掛けた。
『仕切り直し、没ネタエピソード』は削除し、残骸置場に入れた方が良いですか?
-
そのままで良い
-
残骸置場行きが良い