範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
真冬は笑い掛けたあと、急に踵を返し走った。
ここは、道幅が狭い。
自分にも、そして、この巨大な白いワニにとっては動きづらいのではないか、との考えである。
少し走ればもう少し広いスペースがある。
資材置き場の様な場所で、ブルーシートが被された雑多な資材や作業道具が置かれていた。
下水道のもと来た路へと引き返し、戻る事になるが、それは構わない。
更に走りながら、真冬は右腕の引き裂かれた袖口を確認していた。
真冬は右腕の袖に、バグナウと言う暗器を隠匿していた。
それが先程の袖口のダメージで失われていないか、或いは壊れていないか確認したのだ。
幸運にも、どちらでもなく、バグナウは無事だ。
安堵しつつ、袖口裏側に備えられたバグナウを、右の掌に下ろし、更に左手で、裂けている袖口を肘関節辺りまで縦に裂いていく。
それらは走りながら行っている。
白いワニが追ってきた。
ワニが陸上で走る速度は、人間に劣るらしい。
だが、この白いワニ案外速い。
しかし、彼はこの下水道の住人だ。
真冬以上に下水道の地理を理解している。
──突然、汚水に飛び込んだのである。
凄まじい水飛沫が、柱のように上がった。
逃げた……のではない。
真冬が向かった先の下水道の路は暫く一本道だ。
ならば、陸上を走るより泳ぐ方が速く真冬に追い付けるし、ともすれば不意討ちも可能である。
それに、道幅が狭く、自身の巨大な体躯では走ったとしてもどうしても動きが鈍る。
──ならば、水中に戻るだけだ。
真冬は腕の耐え難い激痛が嬉しかった。
昔を、母と過ごした頃を思い出せる。
先程の、鉄鞭の様な尻尾を両腕で受けた際の前腕部のダメージが思いの外酷い。
皮膚は破れ、肉が潰れ、尺骨と橈骨にダメージがある。
折れていないが、広い範囲でヒビが入っているだろう。
腕が使えない程の負傷ではない。
しかし、骨の異常と、腕の傷。
──もっと、腕があれば良いのにな
1. 二度目の誕生日祝い
2003年6月6日
それは、丁度“ミレニアムタワー女児落下事故”から一年後の話だ。
真冬はその日、七歳になった。
相変わらず、母から虐待を受け、育児放棄は続いている。
そろそろ暖かい時期になるとは言え、真冬はサイズが大きい薄手の白い半袖のインナーシャツ一枚を着ている。
冬の寒い時期からそれだ。
ほつれや、汚れも目立つ。
──まともな洗濯もされていない様だ。
丈の長いサイズが大きいシャツを着ているのは、ワンピースの代替として、スカートやズボン代を浮かすためである。
真冬に金を使いたくない故に、真冬の母はそれを着せていた。
本来なら、そんなインナーシャツも買いたくない。
──害虫、虫は服なんて着ない。
“服を着てる蛆虫なんているのかしら”
生活保護のケースワーカーに、真冬の母はそう言った事がある。
それを問題視した役所は真冬を施設に預けることを検討し、真冬の母から承諾を受け、引き取る。
が、自動保護施設に預けられる事になっても、真冬は逃げ出した、そして、母の元に戻る。
それの繰り返しだ。
逃げ出した際に、ある大財閥の屋敷に逃げ込み、姿を眩ましたりもする。
言わずと知れた徳川光成の屋敷だ。
施設から、脱走した夜に姿を隠し、岩を打つ。
そして、アパートに帰るのだ。
無論母は激昂し、育児放棄、虐待は続くが、真冬は母から離れたいとは思わなかった。
──強くなれば、お母さんは喜んでくれる
──いつか、大人になり、強い自分を見せたら、お母さんはどれだけ喜んでくれるのかな
──金属をえぐったり、岩を砕いて球体を作ったり出来る私を見せたい
──でも、まだ駄目だ
──あの夜のあの人みたいな強い私になったらお母さんは喜んでくれるかな
──痛くなりたい、痛いのを耐えるのは強いから
──脳が甘いと痛みがなくなるから、強いよね
──あの夜の建物より高いところからまた落ちたいな、あんな高いところから落ちて死なないのは強いから
──いつか、名前も欲しい、お母さんが呼んでくれる様な
──大きい岩を輪に針に出来る私は強いよね、いつかそれも見せたい
──強いと出来ることを一気に見せたら、お母さんはきっと喜んでくれる
──だから
──まだ言わない、ただ側にいたい
まだ、日も高い所にあった時刻。
フェンスに囲まれたゴミ捨て場の様な空き地。
そこは真冬が暮らすアパートの敷地で、本来はゴミ捨て場ではない。
しかし、不法投棄された大型家電品、事故車両やバイクが集まる金属の墓場の様な空き地で、真冬は、遊んでいた。
コンクリートブロックを幾つか積み上げ、そこに瓶を三本並べた。
ブロックの高さは、瓶を真正面にして、丁度見やすくなる高さにした。
瓶は固定されていない。
小学校にも通わず何をしているのか。
真冬は、積み上げられたブロックの前方、凡そ3メートル先に立って、瓶を見据えた。
そして、右手の人差し指と中指だけを揃えて立てた。
指を刀に見立てた刀印に似ているが、恐らく別物で、真冬にそうした知識は当然ながらない。
──素手をナイフのような形にしてみたい
そうした考えからたどり着いたのが、この手の形だったのだ。
母の前で、例えば何かしらの物体を切るとき、見栄えの良い切り方、斬っている様な姿ならもっと喜んでくれるのでは、と考えた結果である。
先ず右脚で、踏み込んだ。
二歩目で踏み切ると僅かに跳躍し、三本並べてある内真ん中の瓶にへと、指のナイフを縦に降り下ろした。
すると、瓶は幹竹割りのように真っ二つになったのだ。
他の二本は倒れる所か全く揺れもしていない。
そして、真っ二つになったのを確認せず真冬から見て右側の瓶に向けて横に薙ぎった。
すると今度は、瓶の首の部分を断ち切った。
最後の一本は、指のナイフで中央部分を穿ち、穴を空けたのだった。
断たれた真ん中以外は、二本とも倒れていない。
固定されていないにもかかわらずだ。
凄まじい技術である。
その時だ。
真冬は拍手の音を聞いた。
「良い児戯を見せて貰ったぜ。反撃されねぇのを良い事に、物への好き放題な斬撃拳……これ以上ねぇほど、まさに文字通りの女子供のお遊びだな、シロガキ」
男の声が聞こえると、真冬の髪が、風も吹いていないのに、ぞわりと揺らいだ。
『仕切り直し、没ネタエピソード』は削除し、残骸置場に入れた方が良いですか?
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そのままで良い
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残骸置場行きが良い