範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
彫刻刀を投擲武器として扱う。
それは差し詰め暗器に似る。
所謂隠し武器。
一般的な道具に偽装された武器だ。
しかし、白い少女は単に版画などを彫るための道具でしかない彫刻刀を、棒手裏剣代わりに、武器として投擲したのだ。
ある程度、手投げ武器は、形状や重量共に投擲に適切な物となっているだろう。
だが、ただの彫刻刀である──
当然、投擲武器としてのバランスなどは皆無だ。
刃の部分とて、下手に扱えば怪我もするだろうが、殺傷に適した物とは到底いえない。
白い少女は、それを人の両眼に、しかも黒目部分に命中させたのだ。
その技術の恐ろしさを、更に物語る所としては、的となった人間、萩野が彼女の背後にいた事だ。
勿論、彼の姿など白い少女には見えていなかっただろう。
背後に立っている、見えていない的の瞳孔という極々面積の狭い部位へ、武器として投擲するにはバランスの悪い彫刻刀を二本、同時に命中させてしまう技量。
もし、白い少女が鏢や飛刀、手裏剣などを扱えば、それはもはや近代兵器と比肩するだろう。
1. ブランコチェーン
彫刻刀の投擲と共に身を翻し、白い少女、真冬は地面を蹴った。
その速業──
彼女の尋常では無い体捌きに、目で追える者は、少なくともこの場には居なかった。
土や砂を固めた地面は、少女の小さい足で踏みしめた範囲よりも広く抉れ、クレーターの様になっていた。
単純な衝撃と、少女のその軽い体重からは想像できない圧力が地面に与えられたことを、そのクレーターは無言で表しているのだ。
……トン──
跳躍した彼女は羽毛のような軽さで宙空を舞い、そして、殆ど音もなく、そこに降り立った。
ブランコの梁部となるパイプである。
「あ、あの、その人の言葉に、酷いと言ってくれた貴方、ありがとうございました。嬉しかったです」
梁部にて、深く、深く真冬は一礼する。
その礼を述べる声に、当たり屋達は声が聞こえたブランコの方へと視線を向け──
ゆっくりと視線を上げていく。
ブランコの前か後ろ。
居ると思った場所に真冬は居ない。
当たり屋達は皆、まさかとは思いつつも、視線を上げ、ブランコの上部へと視線を移す。
居た。
しかも、お辞儀をしている。
どれ程の身体能力、平衡感覚があれば、其処に立ち、お辞儀までやってのけるのだろう。
人間じゃない──
幽霊──
それに、何のお礼を言っているのか、咄嗟に彼らは理解出来なかった。
ひでぇ!
それは、煽りに近い発言だった筈だ。
何が嬉しいのか、何故、礼を言うのか。
そんな、ブランコの梁部で──
焦燥、恐怖、動揺──
萩野が重傷を負わされた事に対する怒り──
それら渦巻く様々な感情や思考は、先程までは彼らにあった幼女への暗い欲望を失わせていた。
明らかに丈の合っているとは思えない短いプリーツスカートは冬の風に靡かされている。
しかも、白い少女はブランコの上だ。
視線を上げている彼らには当然スカートの中が見えている。
下着を履いていないそこを見ても、性欲が湧くことなど無かった程に、彼らの心は乱れ、狂っていた。
真冬はそのまま梁の上でしゃがみ、ブランコの振り子となる鎖と梁を繋ぐ止め金具と丸環をコツコツと軽く叩いた。
その奇妙な行動にまた疑問符を浮かべる当たり屋達だったが、松井が一人、いち早く我に帰る。
「お、お前!お前、萩野に!」
「鎖、良いですよね」
話が早々に噛み合わない気味の悪さ──
軽く──
聞こえた音だけでも少女の小さい指が、丸環を叩いたか弾いていただけの様なものだった。
しかし──
金属性の丸環はそれだけで砕けていた。
ジャラリ
真冬が立ち上がると同時に、丸環から外れ、自由となったブランコチェーンの一本が蛇の様な動きを見せる。
そして、然したる勢いも無かったろうに、鎖は踊り、座面となる椅子のもう片方を繋ぐ止め金具が千切れた。
ひゅるひゅると、ブランコチェーンがのたうつように、梁部で踊る。
その先には鎖分銅の如く、座面も舞っていた。
ブランコチェーンの座面分銅──
あえて表現するならそんな所だろうか。
鎖鎌の鎌代わりにブランコの椅子が鎖の先にあるような、そのようにも見えるかも知れない。
長さにして凡そ2
もはや、その平衡感覚の異常さに驚くことも無いだろう。
「お、降りて来やがれ!クソガキ!」
そう叫んだのは畑だった。
先刻、礼を言われたのがどうにも気持ち悪く、つい、そう怒鳴ってしまった。
「ところで、ここ、西公園でないのでしたら、西公園の場所、教えてくれますか」
ゆっくり、右足を梁から離す。
バランスをとっているようでも実際の所、真冬はバランスをとるように動いている訳ではない。
梁より、ほぼ平行に前へと跳んだ。
滞空が、長い──
1
本来ならそのまま地上へ降りるのが常だろう。
然し、当たり屋達の目にも空中に居ることがはっきり見えるほどに滞空していた。
無論、空を飛んだり、浮遊するなど有りえはしない。
だが、どういう理屈か原理か、まるで月面など真空にて跳躍したのかと錯覚してしまうような滞空時間であった。
「あ、貴方、右肩と右の鎖骨痛くないですか」
ヒュル
風切り音と共に真冬は畑に問い掛けた。
心配するように、そんな優しい口調で──
「大丈夫ですか」
風切り音はブランコチェーンが薙ぎられた事で生じたものだ。
鎖は連続で畑の右肩、鎖骨、加えて顔面を打ち付けた───
肩や鎖骨、それは数日前、グレーのスーツを着た極道風の堅気にのされた際に、傷めた部位であった──
『仕切り直し、没ネタエピソード』は削除し、残骸置場に入れた方が良いですか?
-
そのままで良い
-
残骸置場行きが良い