範馬道 神室町の蜚蠊幼女(ヤマトゴスロリ) 作:贋海王
真冬は、咄嗟に拍手と声が聞こえた方へ振り返った。
──金網のフェンスを挟んだ向こう側
そこに居たのは、見知った顔の男だった。
誰であっても、この男を一度見たら忘れられないだろう。
不思議な事に、彼の周囲だけ、大気が陽炎の様に揺らめいて見えた。
それとも、空間が歪んでいるのか。
男から発せられる並々ならぬ気迫が、そうした有り得ない現象を幻視させているのだろうか。
半袖の黒いカンフー着、黒いカンフーシューズを身に付けた髪の長い男で、大きく開いた胸元、二の腕を見れば恐ろしい程に鍛え混んでいる事が窺える黒鉄の様な筋肉から、その身体に宿した凄まじい戦闘能力が容易く想像出来た。
そして、真冬は想像だけではない、彼の凄まじい戦闘能力が如何程か知っている。
何故なら昨年、身を持って教えられたからだ。
徳川光成の別邸で岩へと貫手を撃ち込み、穿ち、削ぎ砕き、打岩を成していた夜に、彼と出会った。
奇妙な挑発をされた。
真冬は名前は知らないが、徳川光成その人は必死に止めようとしていた。
その男を制止しているのか、それとも自分に言っているのか理解出来ない内に──真冬の元へと男は近寄って、ゆっくりと拳を突き付けて来たのだ。
しかし、真冬はそれを攻撃と認識してしまった。
のろのろとした、蝸牛の歩みよりも遅い拳の軌道を読み、真冬は着弾する寸でで避けようとした。
そして、真冬は読み通りに身をかわし、男の懐に入り男の腹を抉る為に、貫手を放った。
──だが
真冬が初めて、その爪で抉る事が出来なかった物が、この男の肉体である。
しかも、たった一撃で意識を奪われたのだ。
何が起きたのか今でも理解出来ていない。
気が付いた時にはミレニアムタワーの屋上におり、そこから投げ捨てられたのである。
血と細胞が震える。
また、逢いたかった。
この一年、この男を忘れた日は無い程だ。
「シロガキ、今年も誕生日祝いだ、受け取れ」
フッと、男の姿が消えた。
そして、いつの間にか左腕を掴まれていた。
二人の間には金網のフェンスがあり、隔てられている。
それにも拘わらずいつ、如何にして乗り越えたのか。
突き破っていないのは明白であるので、跳躍したのか、しかし、何をしたのか真冬は見えていなかった。
ゾワっと、血が凍り付く様な寒気に襲われる。
再会の喜びを塗り替える、とてつもない恐怖が全身を駆け巡った。
「考えろ。片腕になったとき、お前はどう戦う」
男がそう言った。
自分を睨む、感情が全く読み取れない男の眼光。
──すると、肘の関節が、曲がるはずの無い方向へと曲がっていたのだ。
男が左腕を離すと、真冬は何故か空が見えた。
そして、倒れた真冬の左腕肘関節を踏みつけたのだ。
あまりの激痛に上げてしまった真冬の絶叫を聞くと、男は不快そうに鼻を鳴らした。
「うまく調理しろ。旨そうならいつか喰ってやる」
男はそれだけ言い残し、消えた。
真冬は恐怖と、当時の彼女では理解不能な感情と痛みと心地好さに包まれながら、激しい呼吸を繰り返した。
2.
腕を増やす。
その増えた腕を闘争に使う。
何故か腕を折られても、彼に対して、怒りや憎悪は生まれなかった。
恨むどころか、彼の言葉には不思議と従順となり、与えられた試練を乗り越えたいと思ったのだ。
だからこそ、与えられた試練の答えを考えた。
悩みに悩み、悩み抜いて、結論を出した。
そして、工夫し、完成させたのだ。
三本目の腕。
肘関節は破壊されても、肩関節は残っていた。
二年前よりも、今の方が状況は余程マシだ。
二年前は三本目の腕を使っても腕は二本。
今回は三本目の腕を加え、三本の腕で戦える。
“懐かしいな”
その戦闘方法を思い付いた頃には、既に骨折は治りかけていた。
だから、また、自分で折った。
片腕になっていなければ、たどり着けない境地もある。
マスター國松と言う名の、隻腕の殺法家がいる。
真冬の考える片腕になったときの戦闘方法は、彼の
三本目の腕とは、即ち衣服の袖である。
非常に単純な発想だが、実のところ、それを如何にして腕のように扱うかが、単純な技術では無い。
本当なら骨を折るだけではなく、これを完璧な物とする為に、真冬は
切断しなかったのは、繋ぎ直す術が無いからだ。
永遠に片腕なら、戦闘能力は流石にがた落ちである。
今もあの時も、まだ、そうした繋ぎを行えそうな医師とは出会えていない。
あの白いワニは、恐らくまだ水中だ。
追って来ている事は、髪の毛に気配として伝わり察することが出来た。
三本目の腕の準備は、走りながら既に完了させている。
袖口から縦に肘関節辺りまで切り裂いた。
その切り込み部分から上部までを腕から垂らし、そして、裂いた袖口を袖箭の発射装置として利用していたアラミド繊維で口を綴じる様に縫い付ける。
しかも、それだけではない。
アラミド繊維を縫い合わせる際、袖口先端へバグナウをセットする。
バグナウは、親指以外の指四本をリング状の持ち手があり、それに指を嵌めて握り混む。
その四本のリングにアラミド繊維を絡め、袖口先端に縫い合わせるのだ。
こうすることで、肘から二股に分かれる様にして、前腕が二本存在することになるのだ。
隻腕のマスター國松は、特別な細工はされていない長袖の衣服を着ており、腕が失われている方の袖を腕の様に扱う。
真冬の場合、まだマスター國松が繰り出す衣服の腕ほど洗練されていない。
故に、バグナウを先端に縫い付けることで、威力を増しているのだ。
マスター國松なら、袖を振るい鞭打を放つことが可能である。
真冬も、不可能ではないが、実戦の場で行うにはまだ不安定な技術
少し空いた路に出ると、記憶通り、様々な資材が置かれている。
ブルーシートが掛けられ、積み上げられた木材やブロックの上に真冬は飛び乗る。
そして、残る袖箭の矢を束ねて左手で持った。
これは、投擲或いは、超小型の刺突ナイフとして扱うつもりだった。
真冬は、再びワニが上陸してくるのを待つ。
下水の濁流を正面に、背は下水道の壁に。
ゴボゴボと水面が沸き立つように見えた。
──その刹那
真冬は矢を二本投擲した。
しかし、それは夥しい水飛沫が壁となりワニには届かない。
ビキリと、固い下水道の床が悲鳴を上げる。
ワニは凄まじい膂力によって水中から飛び出し、床を踏みしめたのだ。
そして、真冬に突進し、積み上げられているブロックに全身でぶち当たった。
コンクリートブロックが粉砕され、粉塵となり舞い上がる。
真冬がそれを躱す様に、コンクリートブロックへ直撃する直前にて跳躍するが、後ろ足だけで突然立ち上がったワニが、打ち上げる様にして、背中を真冬の両足へとぶつけ掬った。
強靭なオステオダームは堅牢な甲冑だ。
しかし、こうしてぶつかれば、質量と硬度で相手を粉砕する、まるでシールドバッシュの様な一撃となるのだ。。
凄まじい衝撃が真冬の両足へと伝わった。
『仕切り直し、没ネタエピソード』は削除し、残骸置場に入れた方が良いですか?
-
そのままで良い
-
残骸置場行きが良い